第204話 『 親愛度・Max 』

「それじゃあ、18時には帰ってこれると思うから」

「ん。家の方は任せな」

「ふふ。任せます」


 劇的なファーストキスを遂げたクリスマスイヴから一夜明け、本日はクリスマス。

 お互いまだ相手のことを意識してしまいながらも、会話や距離感は以前に比べてより近くなった気がした。

 実際、アマガミさんから向けられる赤瞳には親愛に近しい情が宿っていた。


「夕飯はアマガミさんが用意してくれるんだよね」

「おう。ボッチほど美味くは作れねぇけど、でも期待してな」

「うん。楽しみにしてる」


 口ではそういいながらもアマガミさんも料理の腕は達者な方だ。そもそも高校生が夕飯を一人で用意できる時点でかなり優秀だろう。そこはお婆さんと二人暮らしだった頃の経験が活きているのかもしれない。


「じゃあ、そろそろ行ってくるね」

「あ……」

「?」


 鞄を背負って玄関の扉に手を掛けた時、アマガミさんが呼び止めたような気がして思わず手を止めた。


「どうしたの?」

「な、なんでもねぇし」


 嘘だ。これは絶対何かある顔だ。

 僕はたじろぐアマガミさんと鼻と鼻がぶつかる距離まで詰めると、


「何か言い忘れたことでもあるの?」

「だから何もないって」

「言わなきゃ分からないこともあるんだけど?」

「うぐぐ」


 彼女の両手を握りながら睨めば、苦悶する表情が浮かび上がる。

 それから、何秒ほど経っただろうか。

 長い逡巡を終えて、頬を朱く染めたアマガミさんが俯きながらぽつりと呟いた。


「……たい」

「なんて?」

「だからっ! その、しばらく会えなくなるから、き、き……だ!」

「ははーん」


 恥ずかしさとそれを明かすことに激しい抵抗が垣間見えた。一番言って欲しい大事な箇所を誤魔化すアマガミさんに、僕はにやりと口の端を吊り上げた。


「いいの?」

「……い、いぃ」


 アマガミさんの言いたいこと、いや、してほしいことが分かった。なので主語はなく問いかければ、俯く彼女は反応しているのか分からないほど小さく頷いた。


 それが、まぁいわゆる彼女の精一杯の愛所表現というやつで。


「ヤンキーのくせに超可愛いんだから」

「うるせぇうるせぇうるせえ⁉」


 乙女で悪かったな! と羞恥心を爆発させて涙目で泣き叫ぶアマガミさん。そんな彼女を見て、僕は思わず破顔してしまう。

 

 僕はひとしきり笑い終えたあと、目尻に溜まった涙を指で払って、


「目、閉じて」

「――ぁ」


 朱に染まった頬に手を添えて、カノジョの可愛いおねだりに応える。


 囁くように促せば、アマガミさんはゆっくりとまぶたを閉じた。


 そっと顔が近づく気配を感じたアマガミさんの肩が一瞬強張る。けれどすぐに弛緩して。


 まるで僕に身を委ねるようにただその時を大人しく待つカノジョが、あまりに愛しくて。


「「――んっ」」


 刹那で済ませるには惜しくて、三秒にも及ぶ長い口づけを交わした。

 柔らかな唇の感触と甘い香り。彼女の温もりを存分に堪能したあとに重なる唇を離せば、お互いに熱い吐息をこぼした。


「……これで、もう寂しくない?」

「ん。もう大丈夫だ」


 自分からおねだりしておいて恥ずかしさのあまり顔を俯かせるカノジョさん。小さくこくりと頷いたカノジョに思わず笑ってしまいながら、僕は出勤前にもう一度、今度は僕はしたくて油断する顔に何の予告もなく唇を押し当てた。


「――っ⁉」

「へへ。これで僕も頑張れそうだ」


 大きく目を見開くアマガミさんに、僕は白い歯をみせながら微笑みを浮かべた。


「それじゃあ行ってきます!」

「……が、がんばれ」


 半ば放心状態のアマガミさんに手を振りながら玄関の扉を開ける。


「……それは反則だろボッチぃぃぃぃぃ‼」


 僕が家を出た後、顔を真っ赤にするアマガミさんはその場に力なく崩れ落ちて悶絶したのだった。


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