第203話  『 アマガミさんと――キス 』

 イルミネーション後。予約したケーキとチキンを受け取ってから帰宅した僕とアマガミさんは、先に入浴を済ませて夕食を楽しんだ。


 チキンを両手に持ちながら美味しそうに頬張るアマガミさんに苦笑して、思ったより伸びるチーズに苦戦する僕をアマガミさんがお腹を抱えて笑っていた。


 お腹も膨れて残すはケーキのみ。今は満たされたお腹を少し休憩させている最中だった。


「そうだ。はい。クリスマスプレゼント」

「――――」


 アマガミさんの入浴中にこっそりテーブルに忍ばせていたそれを差し出せば、アマガミさんは驚いたように目をぱちぱちと瞬かせた。


「いや、プレゼントならもう貰った……」

「あれはただのプレゼントだよ。こっちが本命です」


 と言いながら押し付けるように、硬直するアマガミさんにプレゼント用にラッピングされたそれを渡した。

 アマガミさんはそれを渋々といった顔で受け取ると、呆れたように苦笑を浮かべて、


「たくお前ってやつは。あたしのこと甘やかしすぎだろ」

「えへへ。プレゼントはなんぼあってもいいでしょ」

「そりゃそうだけどさ……でも贈りすぎだ」


 金遣いの荒いヤツ、と怒られてしまった。


「べつに荒くないと思うけどなぁ。全部予算決めて買ってるし」

「お前はどこの富豪だよ」

「プレゼント嬉しくなかった?」

「う、嬉しいに決まってるだろ!」

「じゃあいいじゃない」


 嬉しさと申し訳なさの二律背反にりつはいはんに葛藤しているアマガミさんに、僕は口許を緩めて言った。


「ぬいぐるみは期末テスト頑張ったご褒美。それとこっちはクリスマスプレゼントってことで」

「はぁ、これじゃあ後に出すあたしがケチ野郎みたいじゃんか」


 先に出せばよかった、と後悔を口にしたアマガミさんが、ソファーに置かれるクッションの隙間から何かを取り出した。

 もしかして、とある予感が浮上したのとほぼ同時、アマガミさんが「うい」と少し照れながらそれを僕に差し出してきた。


「あたしからのクリスマスプレゼントだ」

「あはは。なんだ。アマガミさんも用意してくれてたんだ」

「お前ならどうせ用意してくると思ったからな」

「僕のことよく分かってるね」

「当然。あたしは借りを作るの嫌いだからな。ボッチには猶更な」


 でも結局借りを作っちまった、と悔しそうな顔をするアマガミさん。

 僕はそんな彼女にくすくすと笑いながら、


「それじゃあ、ありがたく貰います」

「おう。気に入るかは分かんねえけどな」

「アマガミさんから貰うものなら何でも嬉しいよ」

「鼻を噛んだティッシュでもか」

「それは、流石に遠慮してほしいかな」


 それを貰って素直に喜べる自身がないと頬を引きつらせれば、アマガミさんは意地悪く「次のプレゼントに考えておくわ」と邪悪な笑みを浮かべた。やっぱりちょっと揶揄いすぎたかな。


 反省しつつアマガミさんからクリスマスプレゼントを受け取れば、


「ね、早速開けていい?」

「いいぞ。じゃあ、あたしもこれ開けていいか?」

「うん。いいよ」


 お互いに貰ったプレゼントに興味津々で、確認を取れば鼻歌をうたいながら丁寧にラッピングされた袋を開けた。

 二人、ほぼ同時に〝それ〟を取り出した瞬間、揃って目を見開いた。


「……これ」

「……あはは」


 お互いに貰ったプレゼントを見てこぼれたのは、苦笑。

 何故か。それは――


「これ、あたしがボッチに贈ったやつ」

「これ、僕がアマガミさんに贈ったやつと一緒だ」


 そう。お互いが相手にプレゼントしたものが、まさかの丸被りだったのだ。

 そのプレゼントというのは、


「まさか〝ピアス〟が被るとはね」

「だな。あたし、ボッチは絶対〝ピアス〟なんて贈ってこないと思ってた」

「それ言うなら僕の方こそ」


 奇跡にも等しい瞬間に遭遇して、僕とアマガミさんは驚愕と喜びの狭間にふける。


「ちなみに、どうしてアマガミさんはこれを選んでくれたの?」


 まだ驚きの余韻から抜け出せていないものの気になって問いかければ、アマガミさんは指をもじもじさせながら答えた。


「ほら、前に約束しただろ。ピアス買ってやるって」

「あぁ、そういえばしたね」


 いつの日だったか。たしかアマガミさんのピアスを褒めた時の気がする。その時に会話の延長線上で僕がピアスを付ける時はアマガミさんから貰ったものを付けると約束した。


「それでピアス」

「そろそろボッチもピアス付けてもいいんじゃねえかと思ってな。学校で禁止されてるっつても、耳に穴は開けても問題はなかったはずだったし。休みの日なら付けていいってことだろ」

「律儀に校則調べたんだね」

「べつにすぐに付けて欲しいわけじゃねえよ。ただ、それを見てあたしを想い浮かべて欲しかっただけ……ってこんな恥ずかしいこと言わせんな!」

「いや僕何も言ってないんだけど」


 急に顔を真っ赤にして吠えるアマガミさんに僕は思わず苦笑。


「それで、ボッチはなんでこれにしようと思ったんだよ」

「僕も理由はアマガミさんと同じだよ。それを見て、僕のことを思い浮かべて欲しいなって。単純にお店で見かけた時にアマガミさんに似合いそうだと思ったのも理由にあるけど」

「たしかにこのデザインはあたし好みだ。だからあたしもボッチに贈ったわけだが」


 つまり、図らずともお互いペアイヤリングを買ってしまったわけだ。お互いに相手のことを想像して、似合うと思って。


「ふふ」

「はは」


 それが、とてもおかしくて。けれど同時に途方もなく嬉しくて。


「あたしら、ずっと相手のこと考えてんな」

「だね。僕に至ってはアマガミさんのこと考えてない日なんてないからね」


 これだけ一緒にいるのに、それでも相手のことを考えてるとか、どんだけ恋人のことが好きなんだよって話だ。

 でも、それだけ恋人のことが好きってことだ。


「ありがとう。アマガミさん。必ずピアスこれを付けるよ。でも、一人だとまだちょっと怖いから、穴開ける時は手伝ってくれない?」

「たくしゃーねぇな。そう言うと思ってピアッサー買ってあるから、覚悟できたらあたしに言えよ」

「うん。じゃあ、覚悟ができたその時はお願いします」

「おう。任せろ。先輩が優しく手解きしてやろう」


 腰に手を置いて、胸を張ってドヤ顔を決めるアマガミさん。それに僕は「心強いね」と微笑みを浮かべた。


 奇跡的なクリスマスプレゼント交換も終わり、胃もそろそろケーキを入れる準備ができた頃、


「うし。それじゃあお待ちかねのケーキ食うか!」

「あ、ちょっと待ってアマガミさん」

「なんだ。まだ何か隠し玉でもあんのか――」

「――んっ」


 アマガミさんが手に持っていたピアスをテーブルに置いて、冷蔵庫に向かおうとした直後だった。


 これ以上はもう必要ないと、油断したアマガミさん――その一瞬、隙を見せた彼女の唇を、僕は奪った。


「んっ⁉」


 重なり合ったのが刹那的で、アマガミさんは何が起きたのか分からず困惑する。しかし僕はその刹那的に重なった唇の感触を決して忘れなかった。


 アマガミさんの、柔らかな唇の感触を。


「これが、僕がアマガミさんに贈りたかったもう一つのクリスマスプレゼントだよ」


 こんな歯に浮く台詞を言うのは滅茶苦茶に恥ずかしい。それでも顔を真っ赤にして告げれば、アマガミさんは、はっ⁉ と驚いたまま硬直していた。


 あまりにも短い、僕とアマガミさんのキス。僕に至ってはこれが人生初。つまりファーストキスになる訳だけど、正直な感想としては緊張のあまり覚えてない、だ。


 唇と唇が確かに触れた感覚はまだ残っている。それはアマガミさんも同じだろう。いや、アマガミさんの方は徐々にその感触を思い出しているかもしれない。


「…………」


 やっぱいきなりは心臓に悪すぎたか、そんな不安が胸に過った瞬間だった。


「……かい」

「え?」


 俯いたアマガミさんがポツリと何かを呟いた。困惑する僕に、アマガミさんは潤んだ瞳で僕を見つめながら、


「何されたのか、全然分からなかった。だから、もう一回。してくれ」

「――――」


 その懇願こんがんがどういう意味なのかは、いわずとも理解できたし、考える間もなく察した。


「ふふ。おねだり。上手になったね」

「うっせ」


 短い会話を弾ませた、その後すぐ――


「「――んぅ」」


 今度は一瞬じゃない。相手の唇の柔らかさを確かめるような、長い口づけを交わした。


 甘い。柔らかい。温かい。――離れたくない。


 気持ちが高揚する。頭がふわふわして、頭がくらくらする。心臓が破裂するほど脈を打っている。頬が熱い。それでも、交わす唇は離さない。


「……ボッチ」

「…………」


 ――これが、僕がアマガミさんにできる〝僕が彼女のものである証明〟だった。


 不安にさせてしまった彼女に、ずっとできることを考えてきた。考えた末に出たのが、このキスだった。


 ただ恋人になっただけでは、なんの証明にはならない。でもこれなら、僕らが正真正銘、恋人である証明になる。


 このキスには、それだけの意味と価値があった。


「ぷはっ」


 長いキスを終えて、アマガミさんが少し苦しそうな息を吐いた。

 僕も吐く吐息に苦しさとこれまで感じたことのない熱さを感じながら、


「これで証明になったかな。僕は、アマガミさんのものだっていう証明に」

「……あぁ。これでもかってくらいなったよ」

「アマガミさん。顔、真っ赤だよ」

「うるせ。ボッチだって顔真っ赤だぞ」


 お互いにファーストキスを捧げたんだ。慣れないことの反動が顔に出てしまう。


「ボッチ。も、もう一回、その、いいか?」

「いいの?」


 わずかに目を見開く僕に、アマガミさんは無言で小さく頷く。

 その反応があまりに可愛くて。


「あはは。可愛い」

「う、うるせえ!」


 羞恥心が爆発して目を潤ませているのに、求めてくるのは止めなくて。


「大好きだよ、アマガミさん」

「――んっ」


 ぎゅっと抱きしめて、そして三度目のキスを交わした。


 ――『あたしも、大好きだ。ボッチ』


 言葉には出せない想いは、代わりに唇に乗せて。


「「――んぅ」」


 三度目のキスは一度目よりも、二度目よりも長く。まるでこれまでの口づけを交わしてこなかった空白の時間を満たすように深く交わした。


「好き。好きだ……ぼっちぃ」

「僕も、大好きだよ。アマガミさん」


 こうして僕とアマガミさんのクリスマスイヴは、更に深まった絆を互いに感じ取りながら幕を閉じたのだった。


「ぷはっ……ボッチ。もう一回」

「えまた⁉」

「さ、最後の一回だっ」

「あはは。いいよ。じゃあ、これが最後の一回ね」

「お、おう。ばっちこい!」


 …………。


「「――んっ」」


 結局、その最後の一回があと三回続いたのはここだけの話にしておいてほしい。






【あとがき】

やっとキス回書けました。

初キスからの連続キス。二人は結局、7回キスしました。


追記:キスはしたけどまだ舌は入れてません。大人のキスはまだ二人には早い!

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