第202話 『 アマガミさんとイルミネーション 』
「わぁ。流石にイルミネーション前は人でいっぱいだねぇ」
「うぐぅ。なんて煩わしい。ぶっ飛ばしていいか?」
「ダメに決まってるでしょ」
「睨むなよ。冗談だろ」
「目が本気だったけど?」
「…………」
イルミネーションショー開始10分前。前列で待機する僕らは他のお客さんとおしくらまんじゅう状態だった。
一応は係員さんが案内してくれているので、あと数分もすれば少しは楽になるはず。だが、アマガミさんは早くも限界が訪れようとしていた。
「はぐれないように手はしっかり繋いでおこうね」
「ここに着く前からずっと繋いでんだろ」
ボッチの方こそ離すなよ、とアマガミさんがより強く手を握ってきた。僕も、彼女と決して離れないようその手を強く握り返す。
しばらくすると予想通り列が整い始めた。ようやく一息吐くことができ、これならライトアップの瞬間を楽しく見届けられそうと安堵する。
「ふふ」
「なんだ急に?」
突然笑みをこぼした僕に、アマガミさんは不気味なものでも見るかのような視線を向けてきた。
「いや、少し感慨深くてさ」
「?」
眉根を寄せたアマガミさんに、僕はイルミネーションツリーから一度視線を切ると、
「まさか、あのアマガミさんとこんな風にデートして、一緒にイルミネーションまで見られるとは思わなくて」
「…………」
遠く。高く
「それはあれか。嬉しい方か? それとも予想外の方か?」
「どっちもだよ。だって隣の席だった人とこんな風に恋人になるなんて想像できた?」
アマガミさんはフッと笑うと、
「だな。お前と仲良くなるまで、そんなこと一ミリも考えたことなかった」
「でも今にして思えば、僕らの始まりはとても平凡な、それこそどこにでもいる恋人たちの始まりだったと思うよ」
隣の席同士で、少しずつ打ち解けていって、一緒に沢山のことを経験していきながら、そして、今
「狂狼のアマガミなんてあだ名、今じゃ誰も呼んでないもんね。読者も忘れてるよ」
「あたしらの世界に読者なんていねぇだろうが。それも元を辿ればボッチと一緒にいるせいだからな。お前のせいであたしは他のヤツから舐められるようになったんだ」
「でも皆と仲良くなろうとしたのはアマガミさんからでしょ?」
「それは、あたしのせいでボッチに変な噂が広まったら嫌で……」
柄にでもないことしてる、とアマガミさんはため息を落とした。
けれどそのおかげで、アマガミさんに僕以外の友達が出来たのは紛れもない事実だ。まぁ、本人は未だに白縫さんたちを友達とは認めてないみたいだけど。
そういうツンデレの所が、知らぬ間に自分の評価を上げてしまっていることはまだ秘密にしておいて、
「その柄にでもないことのおかげで、僕らは今、こうして堂々と手を繋いでられるんだよ」
「――――」
繋ぐ手を見せつけるように掲げて言えば、赤瞳が大きく見開いた。
「僕らがこれまで選択してきたことは、やっぱり間違いじゃなかったんだよ」
一度は引き裂かれようとした仲も、一度は離れてしまったことも、そして、離れたくないと願ったことも――全部、全部間違いじゃなかった。
あの過去があったからこそ、決断があったからこそ、僕らはこうして、絶対に断ち切れない絆を育めたんだ。
「そっか」
ぽつりと、安堵がアマガミさんの口からこぼれる。
彼女の顔を覗き込む。その表情は、まるで何か憑き物が落ちたような、長年の呪縛からようやく解かれたような、そんな安堵に満ちていて。
「あたしは、ボッチのことを好きでいてよかったんだな」
「――――」
「お前のことが、あたしはずっと好きだった。お前があたしにくれた無邪気な笑顔が好きだった。バカみたいに甘やかしてくれるお前を誰にも
「――――」
「一緒に暮らすってなった時、正直すげぇ不安だった。お前にカノジョができたらどうしようって。好きだって告白して、それでフられるのにビビって、ずっとあのままを望んでた」
けれど。
お互いにあのままではいられなくて。
好きって気持ちを、抑えきれなくて。
「ボッチ」
「……なに?」
揺れる赤瞳に、穏やかな声音で応じる。
「なんであたしは、ずっと不安だったんだろうな。お前はあんなにあたしのことを見てくれてたのに」
「仕方ないよ。アマガミさん、見た目に反して意外と臆病だから」
「言うようになったな」
ジト目を向けられて、それからすぐに微笑がこぼれる。
「もう、迷わねぇ。いや、最初から迷う必要なんてなかったんだ。ずっと、ボッチのことを信じてりゃよかったんだ。何も考えずに、ただ甘えてれば」
「うん。何も考えず僕に甘えなよ。僕は、そんなキミがずっと大好きだから」
バッ! と周囲の証明が落ちる。瞬く間に暗闇と化した空間の中で、微かな息遣いと握る手の温もりだけを感じた。
数秒。周囲に静寂が降りる。誰もがその瞬間を待ち詫びる。
一つ。正面に小さな明かりが灯った。それを合図に伝播するように小さな明かりが次々と灯っていく。
やがて、暗闇をかき消すほどの壮大で豪奢なイルミネーションツリーが光輝いて僕らの前に現れた。
「「――わぁ」」
息を飲むほどの美しさに見惚れてしまう。しかし、僕はそれから強引に視線を切るようにアマガミさんに振り返ると、同じタイミングでアマガミさんも僕に視線をくれた。
交差する瞳が、愛慕を宿して細くなっていく。
「お前のカノジョになれたことが、あたしにとって何よりの幸せだ」
「アナタのカレシになれたことが、僕にとって何にも代えがたい幸せだよ」
口ではそんなこと、簡単に言えてしまう。けれど今は、お互いの胸に確かに在るこの心地よさに浸っていたい。
「メリークリスマス。アマガミさん」
「メリクリ。ボッチ」
【あとがき】
・・・今年も俺はクリぼっちか。皆、メリクリ。
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