第201話 『 底なしの愛情表現 』

 ぬいぐるみをプレゼントした事と昼食でお腹も膨れた事で上機嫌になったアマガミさんと引き続きショッピングモールを散策している途中、


「そういや、ケーキって予約してるんだよな」


 ケーキ屋の前に通りかかった時、ふとアマガミさんが思い出したように訊ねてきた。


「うん。帰りに受け取りに行く予定だよ」

「だよな。あとチキンももう予約してんだっけ?」

「うん。夜は家で食べたいって言ったのアマガミさんでしょ」

「あぁ」


 デート当日は夕食もどこかお店で食べようと提案したけど、アマガミさんは嫌な顔をして首を横に振った。


「アマガミさんて僕より家出たがらないよね」

「結局家の方がリラックスできるからな」

「……引きこもり」

「引きこもりじゃねえ。ちゃんと学校に通ってるじゃねえか」


 めんどくせぇけど、と後頭部を掻きながら文句を垂れるアマガミさん。

 僕はそれに苦笑をこぼしながら、


「まぁ、アマガミさんの気持ちも理解できるけどさ。やっぱり家の中には敵わないよね」

「だろ。家にいれば好きな時にメシも菓子も食えてさらにゲームし放題だ。逆に外に出てもすることなんかなんもねぇ」

「でもこうして二人で一緒に色んな所見て回れるのは楽しくない?」

「そりゃ悪くねぇけど、でも家の中じゃねぇと……」


 と急に口ごもるアマガミさん。僕は一瞬だけ疑問符を浮かべて、それからすぐに唇の端を吊り上げると、


「でも家の中じゃないと、僕とイチャイチャできない?」

「~~~~っ⁉」


 彼女の心を見透かしたように言えば、途端、アマガミさんの顔がシュボッ! と朱く染まった。


「……べ、べつにイチャイチャしたいなんて思ってねぇし」

「たしかにこんな公共の場じゃ好きな時にハグできないもんね」

「だからあたしは何も言ってないだろ!」


 顔を真っ赤にして反論するのが答えのようなものだよ、アマガミさん。

 本当にこの人はツンデレだなぁ、と頬を緩めずにはいられない。

 僕は愛しい彼女の耳元に顔を近づけると、囁くように告げた。


「……なら、夜はアマガミさんが満足するまでハグしてあげるよ」

「――んなっ」


 にしし、と悪戯に笑う僕。アマガミさんは金魚のように口をぱくぱくさせて、羞恥心でうるむ赤瞳で僕を睨みつけた。


「や、やれるもんならやってみろよ」

「いいの? 僕はアマガミさんが降参するまでハグし続ける気満々だけど」

「ボッチの変態! エロ助! ケダモノ!」

「挑発してきたのそっちじゃん」


 己の体を抱きながら叫ぶアマガミさん。僕はとんだとばっちりを受けて肩を落とす。


「……で、夜ご飯食べたら、その後はハグしていいの? ダメなの?」

「うぅぅ」


 少し意地悪に問いかければ、アマガミさんは悔しそうに奥歯をんだ。

 それからたっぷり時間を掛けて、


「クリスマスなのに、なにもないしないのも寂しいだろうが」

「――ふふ」


 それはつまり、イエスということだろう。


「まぁ、アマガミさんが嫌って言っても、今日はハグするつもりだったけどね」

「ならなんであたしに確認させたんだよ⁉ 悪魔かお前は!」


 いや魔王だ! と指を指してくるアマガミさんに僕はご満悦げに口許をほころばせる。


「僕は今日、やる気満々です!」

「それどっちの意味だ⁉ ハグだよな⁉ ハグでいいんだよな⁉」


 それ以上はしないよな⁉ と学校では誰もが恐れているヤンキーとは思えないくらい可愛い反応をみせるアマガミさん。そんな顔な顔を見上げるように視線を落として、


「それは逆に、それ以上を期待してるってことかな?」

「してねえよ⁉」


 悪戯に問いかければ、悶絶するアマガミさんが「もう勘弁してくれっ」と蚊の鳴くようなか細い声で懇願してきた。少し揶揄いすぎたかな。


 ――まぁ、期待はして欲しいんだけど。


 でもそんなこと、とてもではないけどこんな場所では言えなくて。

 それは夜のお楽しみとして、今は悶える彼女の手を握ろう。


「少し熱いね。アイス食べよっか」

「こうなったのもボッチのせいだからな!」


 繋いだ手を勢いよく振りながら不服を表明するアマガミさんに僕は苦笑を浮かべる。


「あたしを辱めた罰だ。アイス、奢れ」

「ふふ。もちろん」

「はぁ。お前って懐広いな」

「アマガミさん貯金してるので」

「おい待て。なんだその貯金」

「アマガミさんとデートする用の貯金のことだよ」


 恥ずかしげもなく吐露すれば、アマガミさんは「コイツアホだ」と本気の呆れた顔をみせた。


「んだよその貯金。もっと有意義なことに金を使え」

「カノジョを甘えさせること以上に有意義なことはないと思うんだけど」

「底なしのバカだな」

「そんなバカは嫌い?」

「……その質問はずりぃ」


 アマガミさんは照れくさそうにそっぽを向いて、


「……大好きだよ、言わせんな、ばか」

「ふふ」


 照れ屋のカノジョからの精一杯の愛情をもらえば、僕は嬉しくてたまらず笑ってしまう。


「本当にアマガミさんは可愛いなぁ」

「くっそ。なんか舐められてる気分だっ」

「全然そんなことないよ。僕はずっとキミを尊敬してる」

「これまでのことが尊敬してるやつにすることかっ」

「尊敬と愛情表現は違うから」

「くっ。たしかにっ!」


 尊敬は変わらず、けれど、愛情表現は際限なく。


 伝われ。

 伝われ。


 キミを好きっていう、唯一無二の恋慕。


「そろそろアイス食べに行こっか」

「ん。はぁ、やっぱあたしは家にいるのが一番いいや。外に出るとボッチに揶揄われる」

「お望みとあらば家でも揶揄ってあげるけど?」

「絶対止めろ!」


 くすくすと笑う僕にアマガミさんは頬を膨らませる。繋いだ手をぶんぶんと振って、不満を伝えてくる。

 ぷりぷりと怒りながらアイスを食べるカノジョは、すぐに目を輝かせて上機嫌になる。

 まるで子どものようなカノジョを隣で見つめながら、僕はこう思った。

 ご立腹のカノジョの機嫌を直すのに、アイスを奢るだけで済むのは安すいな、と。


「ボッチのやつも一口食わせろ」

「いいよ。あ、それならあーんしていい?」

「ならいらない!」


 まぁでも、揶揄うのもほどほどにだね。


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