破滅の確定
三鹿ショート
破滅の確定
その存在は、ある日突然、姿を現した。
最初は小さな黒い丸として空に現われたが、みるみる巨大化していき、やがて空の全てを覆ってしまった。
当然ながら人々は戸惑っていたが、それを強めたのは、頭の中に響いてきた言葉だった。
自身が理解することができる言語ではないものの、不思議と何を意味しているのかを、人々は理解した。
それは、三日後にこの惑星を破滅させるという内容だった。
あまりにも突飛な話であるために、にわかには信ずることはできなかった。
それを証明するかのように、一つの大地が一瞬にして姿を消したのである。
破壊ではなく、その大地が存在していた場所に、巨大な穴が生まれたのだ。
その大地に存在していた生命体が無事であると言うことは、不可能だろう。
人々は、空に存在する支配者の言葉が事実なのだと理解した。
その瞬間、人々は己の欲望に従うことを決めた。
***
外の世界では悲鳴が木霊し、至るところに死体が転がっている。
腕や脚を切り落とされている者や脳髄を露出している者まで様々で、人々がどれだけ危険な欲望を有しているのかが分かる。
何処かで火事が発生しているのだろう、煙が立ち上っていることも確認することができた。
破滅が確定的となった今、人々は自分を偽ることがなくなり、思うままに残りの時間を過ごしていたのである。
私と彼女といえば、他者に襲われることを避けるために、自宅に籠もっていた。
三日後に終焉を迎えるのならば、家の中にある食料品で充分に生活することができる。
だが、生命の終わりが分かっている今、我々はどう過ごすべきなのだろうか。
思い出を作ろうとしたところで、外を歩けば私は殴られ、彼女を奪われてしまうだろう。
そして、汚れた欲望の餌食とされてしまうのだ。
その光景を、我々は家の中から何度も目にしていたため、想像するに難くない。
では、我々は残された時間をどのように生きるべきなのか。
とりあえず、我々は時間を考えることもなく、獣のように交わった。
これまで経験したことが無いような様々な行為を試し、彼女は外の人間に聞こえたとしても構わないほどに、快楽による喜びの声を発した。
しかし、それが終わってしまえば、何もすることがなかった。
外の人間のように、他者を傷つけることで喜びを覚えるような感性の持ち主ではないために、我々は無為に過ごしていた。
「本当に、終わりは訪れるのでしょうか」
不意に、彼女がそのような問いを発した。
私は何度読んだのか分からない本から顔をあげると、
「何故、そのように考えるのか」
「この惑星を破滅させると空の支配者は言いましたが、その理由が不明であるためです。この惑星の生命体が憎いと言っているわけでもなく、破滅させるという行為を楽しむためだと説明しているわけでもありません。これが気まぐれによる行為ならば、破滅させるという行為も取り消す可能性があるのではないでしょうか」
そのように説明され、私は一理があると頷いた。
「だが、それは楽観的ではないだろうか。大地の一つを消してみせたことを考えると、本気であるという可能性の方が高いではないか」
私の言葉を聞くと、彼女は眉間に皺を寄せながら、腕を組んだ。
「確かに、その通りでもあります。しかし、可能性が存在するのならば、私は支配者の気が変わることを祈るまでです」
「今さら破滅行為を止めると言ったところで、人々が失ったものはあまりにも大きいと思うが」
***
その時間が、訪れた。
自然と人々は手を止め、揃って空を見上げている。
世界が静寂に包まれていることを考えると、訪れる終わりの瞬間を目にしようとしているらしい。
果たして、再び支配者の声が頭の中に響いた。
その言葉を理解した瞬間、私は思わず彼女を見た。
いわく、破滅行為を中止するということだった。
人々が騒ぎ始めると同時に、支配者が空から姿を消していった。
元通りの空と化すと、人々は歓喜の声をあげた。
だが、それらは段々と悲鳴に変わっていった。
何故なら、空だけではなく、これまで支配者の行為や影響によって失われたものまでもが、全て元通りと化したからだ。
つまり、殺害された人間たちが蘇ったのである。
彼らは自身を殺めた人間たちに襲いかかり、世界は再び、混乱に包まれた。
何者かが自宅の扉を叩き、助けを求めてきたが、我々は寝室で布団を被り、世界が落ち着くことを待ち続けた。
***
数日が経過したが、混乱が落ち着くことはなかった。
支配者が存在していたときは言い訳の材料が存在していたが、今の人々は、己の意志で行動している。
このような結果となることが分かっていたのならば、支配者の手で終焉を迎えていた方が、素直に諦めることができていただろう。
支配者は、自身の手を汚すことなく、この惑星を破滅へと追いやったのだ。
ゆえに、支配者が本当の意味で破滅行為を中止させたと思うことはできなかった。
このままでは、いずれ自分たちが望まない形で生命活動の終わりを迎えてしまうに違いない。
それならば、我々は愛する人間と共に、この世を去りたいと考えた。
私は台所から包丁を取り出し、彼女に見せる。
彼女が首肯を返したことを確認すると、手にしていた包丁を渡し、私は新たな包丁を手にした。
互いに笑顔を向けると、我々は同時に、首に包丁を突き刺した。
破滅の確定 三鹿ショート @mijikashort
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