届かぬ想い【彼女視点】
今日も彼は来ないのかしら。
水族館デートの後から、彼には会えていない。
まず、あれをデートと呼んでいいものなのか。
わたしは、彼のことを何も知らない。
名前すら知らない彼のことを、わたしは好いている。
手のひらには、彼から貰った、ペンギンのキーホルダーが握り締められている。
今日は、本を読んでいる時間よりも、これを眺めている時間の方が多い気がする。
彼から貰った物だ。大切にしなければ。
そう思い、ポケットにしまう。
その代わりに、スマホを取り出す。
そこには、真っ白な画面が広がる。
わたしのスマホは、誰との連絡先とも繋がっていない。
ただ、親から義務的に貰ったものだ。
わたしには、ひとつ下に妹がいる。
妹は、とても優秀だ。
文武両道はもちろんのこと、友だちも沢山いて、社交的だ。
本を読んでばっかのわたしとは大違いだ。
本も好きで読んでいる訳では無い。
独りの時間を潰すのには、これが最適だっただけだ。
両親も、わたしより妹を可愛がる。
当たり前だ。こんな根暗陰キャのわたしよりも、明るい社交的で才能溢れる妹を可愛がるなんて。わたしが親でもそうする。
そうなると、必然的に家でも独りの時間が増えてくる。
耐えられず、わたしはこの場所に逃げてきた。
そんな時に出会ったのが、彼だった。
彼は、わたしに興味を示してくれた、初めての人だった。
本当のわたしを見つけてくれた王子さま。
わたしにはそう見えた。
もちろん、彼は妹のことなど知らない。
彼もきっと、妹のことを知ればわたしに興味を示さないだろう。
でも、それでも良かった。
それほどまでに、彼といた時間は心地よかった。
そんな彼に好意を抱くのは時間の問題だった。
水族館は楽しかった。
久しぶりに、心の底から楽しめていた気がする。
そんな彼を、わたしは失いたくなかった。
だから、彼には死んで欲しくなかった。
水族館で、ファーストペンギンの話をした。
彼に、『死ぬのが怖い』という気持ちがあってよかった。
彼がわたしに幸せをくれたように、わたしも彼に何かを与えられたらな。
そんなことを考えてみたりする。
……………彼はいつもどんな景色を見ていたんだろうか。
わたしは、彼と同じように、下を見下ろしてみる。
そこには、どこまでも続いていくような、暗闇があり、吸い込まれそうになった。
わたしは、慌てて下を見るのを辞める。
彼はいつも、こんな景色を見ていたのか。
それは、一瞬だった。
優しい風が、わたしの背中をそっと押す。
わたしは、海に飛び込むペンギンのように、暗闇に放り込まれた。
ヤバい。
そう思った時には、もう既に遅かった。
必死に足場に捕まろうとするわたしの手は、虚しくも空を切る。
あーあ。わたし、死ぬんだな。
落ちていく最中、他人事のようにそう感じた。
一瞬であろう時間が、永遠のように感じる。
死にゆく中で、思い出したのは彼の事だった。
こんな時にも、思い出すのは家族ではなく、彼だった。
好きだよ。
この想いだけは、伝えたかったな。
ふふ。まるでこれじゃあ、わたしがファーストペンギンじゃない。
でも、ここには怖いものがあると、彼には伝えられるはずだ。
そうすれば、彼がここから飛び降りることも無いだろう。
そう思うと、わたしは少し嬉しかった。
ねえ、知ってる?
ペンギンって、一度ペアになると一生添い遂げるって言われてるのよ。
とってもロマンチックよね。
もし、生まれ変わりがあるのなら、あなたも、わたしも、ペンギンにして欲しいな。そしたら、わたしは絶対あなたを見つけるのに。
最後に、最後にもう一度だけ、彼に会いたかったな。
嫌だ。
死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない
助けて。わたしの王子さま──────────────
考える人の末路 紅野素良 @ALsky
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