第51話

在人




           昇華システム作成に関する情報


始めに、これは故・飛月未来がこれからの未来を生きる我々に残してくれた遺産である。最期まで人間として戦い抜き、そして我々に新たな希望を残した彼に感謝を。


またこの資料は外部への流出及び悪用を防ぐため、大道龍治の許可が下りるまで長倉信二がこの情報を管理することにする。




紫の力とは


紫の力とは8000年以上前の古代文明の時代、ティリヤ人たちがこの星に降り立ったレアス人への絶滅作戦のために作られた古代兵器バベルの別称である。


その力はその時代の人々に負の感情という新しい観念を植え付け、それを活性化。


人間たちは体を負の感情に呑み込まれ肉体を維持できなくなり、推測にはなるが原罪を模倣した化物の姿へと変えてしまう力がある。


古代文明ではどのように対処したのかいまだに不明。現在調査中。




この星の人類が歴史的な戦争を行うようになったきっかけは間違いなくこの紫の力の影響であろう。


重ねて推測となるが、前述した争いを行うきっかけの下りが事実となると、紫の力は何世代にもわたり我々人類に引き継がれることになる。


紫の力は主に『獣』、ティリヤ人によって作成された侵略兵器『悪神』が鱗粉としてばらまくものであり、それを皮膚接触、呼吸摂取など、身体に接触することで接触者の負の感情の大きさによって活性化。




これに関しては個人差があるが、負の感情が大きければ大きいほど化物になりやすく、小さければ小さいほど化物になる可能性は低くなるという推測が今現在である。


だが、問題となるのが『紫陽花病』と名付けられた皮膚病の一種。これは紫の力に接触した者のすべてがこの病に侵されるのである。




初期症状は皮膚から小さな花のような痣が身体に発生。


調査によるとそれは身体を構成するの細胞が死滅し、そのような形状に変化していることが判明した。




中期症状は痣が全身に広がり、日常生活がままならなくなる。この時点で身体に発生した異物を取り除くために体内の白血球が異常に増え、健康な細胞までも破壊してしまう。




末期症状は吐血、昏睡、計り知れないほどの苦痛と共にその命を落とすことになるだろう。


我々が研究できたのは中期症状までで紫の力が現代に出現してからこの資料をまとめるまでの半年間である為、末期症状に関しては推測の域を出ることはない。


また、別の状態を紫の力は引き起こす。




一定以上の負の感情を持つ人が紫の力に侵された場合、化物になることなく、そして人間の身体も維持できずにジェル状になる場合がある。


これに関しては不明な点があまりにも多い。現場に立ち会った戦闘員の話によれば、苦痛や、水を欲する声が聞こえてきたという。




そしてこれらの人々は化物によって捕食される場面があった。そして、その化物を獣が捕食するということも戦闘員たちから伝えられた。




一連の関係性は不明のままであるが、判明次第、追記させてもらう。




紫の力の除去方法は確実なものが金の力による浄化である。


立花在人がシュラバ、通称金の力を纏った状態へと変化する際に放出される淡い虹色の光は紫の力を確実に消すことができる。


その際、ジェル状になった人々から苦痛に満ちた声が聞こえなくなったという話を私は立花在人、本人から教えてもらうことができた。




しかし、それはこの星に現時点で存在しない『青の力』というものに酷似したものであるとティリヤ人、リードによって力の正体を告げられた。


そして、その浄化は金の力を持った立花在人が紫の力を一身に背負うこととなっている。


その結果、立花在人は紫陽花病に感染、姿を一時的に変化させることとなった。




(追記、立花在人は初期症状である紫陽花病からジェル状、化物の姿へと変貌した。例え紫陽花病になったとしても、そこでとどまることなくジェル状、そして化物への変化とさらに悪化することが判明した。)




紫の力に侵されてしまった場合、人間の身体を維持できている場合はできる限りストレスをかけずに負の感情の量を減らすことだけが対策になる。




昇華とは


紫の力を打ち消すためには浄化だけでなく、別のアプローチが必要不可欠である。


実際に紫の力を克服し、人間に戻った事例が1件ある。(追記、2件へと変更)


一つが飛月未来。彼は獣の細胞を体に移植された次世代型強化人間である。


それは覆しようのない事実であった。本来人間には存在しえない紫の力を纏い、その力は金の力を持つ立花在人を瀕死にまで追い込むほどの暴力を発揮した。しかし、彼は最期に体内に変化が起き人間の姿を取り戻すことができた。




彼の死後の解剖では、移植された獣の細胞は死滅。


獣の力を宿した飛月未来は化物態になり、立花在人と戦闘を行った際には紫色の血を流していたが、遺体からは赤い血の身が採取された。




二つ目は立花在人。前述したように先日紫陽花病に感染し、化物の姿へと変貌をした彼であったが本部内に突然現れた黒い龍玉により、紫の力はかき消され、黒の力と共に体に纏い、人間の姿に戻った。


どちらも紫の力を我々が知る紫の力の原理とは逸脱している。


負の感情からの肉体、精神的な脱出、それ等の意味を込めて我々は紫の力の克服を『昇華』と名付けることにした。




そして、我々はリードが『引き寄せの法則』を物質化したように昇華の原理を物質にするための・・・・・・




「何やってんだよ、アルト」




「うお、びっくりした!」


漠然と長倉さんからもらった改定版のレジュメを眺めていた俺は、後ろから不意に話しかけられた。




「なんだよ、成人。お前から俺に話しかけてくることなんて珍しいじゃないか」




「お前こそ、珍しくなんか真剣そうな顔をしてその紙を見てたじゃんか」


遺行ゆいぎょうを終えた次の日、特別やることもなかったので俺は久々に孤児院に来ていた。


今は子どもたちと遊び終え、少し休んでいたところであった。




「まあ、仕事だよ仕事。成人も大きくなったらこういった資料に目を通すことになるからな」




「フーン、じゃあその紙を読むにはまだ俺には早いかもな」


この子は他の子よりも達観している。10歳とは思えないほどに。


そのせいでこの孤児院の中でも孤立しがちであるのは以前から変わらないままだ。


俺と同じ災害孤児の子が多くこの孤児院にはいる。成人も例外ではない。だが、その異質なほどの頑固さはどこか人といることを避けているような・・・・・・いや、人といることを怖がっているように思えてならない。




「そういえばさ、アルト。いつも一緒にいる人はどうしたんだ?」




・・・・・・そうか、この孤児院の子たちはチヨの身に起きたことを知らない。チヨもこの孤児院にはよく来ていたが、成人とはあまり接点がない。


というよりも成人から避けられていた。その時にチヨが俺に寂しさを訴えていたのは記憶に新しい。




「今日は、友達と遊びに行ってるよ。またいつか来てくれるはずだよ」




・・・・・・


これでいいんだ。余計にたくさんの人を心配させる必要はない。




「そっか・・・・・・ごめん」




「なんで謝るんだ?」




「なんとなく、アルトが一瞬悲しそうだったから。なんか今日のアルト、いつもよりおとなしいというか雰囲気が違うような気がするんだけどさ」




・・・・・・!


マジかよ、確かに紫の力を克服する前よりも雰囲気は変わったと頃もあるがこんなに小さい子が俺の変化に気づくとはな。


いや、もしかしたら成人も俺と同じく、人の感情の変化というものに著しく敏感なのかもしれない。


そうなると、この子もきっと苦労が絶えない人生になるだろう。


俺は成人の頭を撫でる。俺のことを心配してくれる姿がチヨを彷彿とさせたからだろうか。




「なんだよアルト、急に」




「俺もなんとなくだ。優しい成人の頭を撫でたくなったの」




「な・・・・・・!優しいって・・・・・・」






・・・・・・!


何だ・・・・・・これ?


何なんだこれは!?


一体俺は今、何を見ているんだ!?


この記憶は・・・・・・!?




この経験は・・・・・・!?




歌・・・・・・?




家族・・・・・・?




血・・・・・・?




切断・・・・・・?




化物・・・・・・?




酷い・・・・・・あまりにも悲痛的で悲壮的過ぎる。


こんなことがあっていいのか!?


この子の人生になんでそんなひどいことが起きているんだ!?


今までも・・・・・・そしてこれからもこの子は散々で悲惨な目に遭ってしまう。


その優しさゆえに、不器用が過ぎる優しさを持ったが故にこいつは・・・・・・




「・・・・・・アルト?どうしたんだよ、アルト。撫で始めたと思ったら急に体を止めて」




「・・・・・・成人、お前は」


あまりにも不憫すぎる。


この子が行く末を俺はわかってしまった。


様々な未来、可能性は多々ある。俺が手を下せればこいつはそんなことを経験せずに済む。だけど・・・・・・


きっと俺には、何もできない・・・・・・




「・・・・・・!アルト、急に泣いてどうしたって、次は何!?」


可哀そう・・・・・・あまりにも可哀そうだ。


俺は成人に未来を知って、つい抱きしめてしまう。




「気づいてあげられなくてごめん、何もしてやれなくて・・・・・・」




・・・・・・ごめんなさい。




俺の成人に対して最後に想ったことは、謝罪とせめてその未来がまともな方へ、成人は幸せになれる道筋になることだけをただ祈ることだけだった。




「本当にいいのか、もう時間はどのぐらい残ってるかわからないというのに俺となんかいて」




「いいの。むしろ旦那だからいいんだ」


午後になり、俺は旦那と体氣の特訓をしていた。使い方次第では体氣もヤマタノオロチ相手に使える可能性があるから・・・・・・というのもあるがいろんな人と話をしたけど、旦那ともしっかりと話をつけておきたかった。




「なあ、旦那。俺、わかったことがあるんだ」




「わかったことって?」




「昇華の原理・・・・・・に繋がるかどうかはわからないけどさ、ほら、リードが前に俺に言ってたじゃん。本質がどうこうって」




「本質・・・・・・その者の在り方を定義するものか」




「そうそう、それそれ。もしかしたらさ、その本質ってやつも負の感情の形成に関わってるんじゃないかなって思って」




「負の感情は紫の力をより強くするための物だよな。それと本質との関わりというのは一体?」




「うーん、どうやって説明しようかな・・・・・・俺だったら『存在』が本質で、それを証明してくれていたチヨがいなくなったから紫の力を金の力が抑えきれなくなって紫陽花病を発病しちゃったじゃん。


つまり、その本質さえ揺らぐことがなければ他の人も負の感情を抱きにくくなって紫の力に対抗できるんじゃないかな」




「・・・・・・!それは、確かにそうかもしれない」




「俺の本質が『存在』。俺が昇華できた理由は黒の力も関係してるけど、その本質を証明してくれるチヨとまた会えたからなんじゃないかなって。


ということは飛月の本質である『未来』も黒の力のこともあるだろうけど、俺たちや五代組、そして園田咲の未来を創り出そうとしたことによって昇華できたんじゃないかなって思うんだ」




「・・・・・・なるほど」




「ある意味、人生の指針みたいなものなのかもしれないな。本質ってやつはさ。旦那もその『自由』が早く自分の身に降り注げばいいのにな」




「・・・・・・?その自由というのは一体?」




「旦那の本質だよ。旦那の本質は『自由』。なりふり構わず振る舞っていた方が旦那らしくなれるんじゃないかって」




「一体何故それを・・・・・・いや、今はそんなことはいい。


だが、皆を守ったり、社会的に生きていくためにはそれを押しつぶすしかない。今の現代を生きるには、その本質はあまりにも邪魔な存在だ」




「そこがネックだよなあ。俺も旦那がカッコよく大人らしい振る舞いをしてる姿をすげーと思うけど・・・・・・とりあえず、ティリヤ人たちとの戦いが終わって楽になったらさ、なんかやりたい事見つけてやってみてもいいかもしれないぜ。


龍神の遣いとはいえ、人類最強とはいえ、旦那は人間だ。いろんなことをしてみるのも人間としての醍醐味ってやつだ」




「・・・・・・そうかもしれないな」




・・・・・・!




本部内に警報が鳴り響く!


まだ話しておきたいことがあったけど、仕方がないか・・・・・・




「・・・・・・アルト」




「ああ、行くぜ!」








会議室に辿り着くと、組織の仲間たちがすでに集まり切っていた。


そして全員が見つめる場所も警報内容と場所が映し出されたスクリーンに集まっている。そしてざわついている。2週間前の絶望、その発端となったやつがまた現れたのだから。




「ヤマタノオロチ・・・・・・」


お前がこの星に居座り続ければ、確実にこの星は死の星となり果てるだろう。


俺はそんな事実を許容したくない。だから止める。




「みんな」


ざわつく会議室が俺の一言で静まり返る。そして視線も俺へと集まる。


この人たちとも最後になるのだろうか。


もっとみんなといろんなこと話しておきたかったし、たくさんの事やってみたかったなあ。


まあ、いつそういう時が来ても後悔はつきものなのだろう。


せめて後悔のない別れをしておこう。




「ちょっくら、行ってくるわ」




・・・・・・


いつも通りの行ってくるの合図。


特別目立った反応はない。しかし、どこか哀愁漂わせることになってしまった。


皆、多分わかっているのだろう。旦那や長倉さんから聞いたのかもしれないし、それとも直感的にわかったのかもしれない。




「行こうか、旦那」




「ああ・・・・・・長倉」




「はい、承知しております」


俺と旦那は会議室の方の出入り口の方へ歩み始める。この部屋を行き来するのもこれで最後だ。


思い返してみればここでもいろんなことがあったなあ。


長倉さんに五代、旦那に飛月。そしてみんな。出会い方は異なれど、皆最後まで仲間だった。


最初こそ胡散臭い集団だなとも思わなくもなかったけど、ここに来れて本当に良かったと思っている。だって・・・・・・




「ミスター・アルト」


俺は長倉さんに名前を呼ばれ、向かう足を止める。




「行ってらっしゃい。気を付けてくださいね」




「・・・・・・はい、行ってきます」


俺は今一度みんなの方に向いて、大げさかもしれないけど2,3回ほど大きく腕を振る。


そして、出入り口の方に振り向いて再び歩き出す。


歩き始めると、みんなからいつものような、行ってらっしゃい!や頑張って!といった応援声が聞こえてきた。


ありがとう、皆。俺はみんなのおかげでここまで生きることができたよ・・・・・・


出入口の外に出て、扉が閉まるとともにその声はシンと途絶えた。




日が沈んでいく。空は暗くなりつつある。暗闇と夕日が交差する時間。


逢魔が時である。


この時間にヤマタノオロチが現れたのは必然なのか、それとも偶然なのか。


今回は近場ということもあり、旦那が車で送ってくれた。


車の中で俺たちは一言も話し合うことはなく、ただ静寂の中、戦場へと向かった。


現地にたどり着き、黄色いテープで囲まれた入り口の中に入っていく。


そして、長い階段を共に上っていく。




長く・・・・・・果てしなく長い階段を上る。


5年前の大火の中、上ったときは焦りや戸惑いからとてつもなく速く登れた気がしていた。


だが、今日は時がここだけ遅くなっているのだはないかというぐらい時間がかかっているような気がした。




俺はアルトと共に境内へ繋がる階段を上る。


階段を上り切ればやつがいる。人類を地獄に叩き落す存在が。


この星を死の星へと変えかねない絶対悪である究極の生命体が。


古代文明の時代、レアスの光を持った人類が自分たちの文明レベルを超えさせないために獣を・・・・・・悪神を創り、その文明を衰退させた張本人。




金の力で倒されたやつが、再び金の力と相まみえようとしている。


それは復讐なのか、それともただ本人が言っていたように戦いを楽しみたいだけなのか。


だったら・・・・・・アルトを巻き込まないでほしかった。


どうしてアルトをそこまでして戦わせるんだ?




・・・・・・いや、戦いに巻き込んでしまったのは俺か。いくら相手が悪そのものであろうと、アルトを戦いに巻き込んでしまったのは紛れもなく俺だ。やつのせいではない。


俺があの時アルトを勧誘さえしていなければこんなことにはなっていなかった。




「あ、そうだ。旦那」


階段を上りながらアルトが話しかけてきた。


以前この階段を仲間たちと上ったときは俺以外は皆、息が辛そうで話すこともままならなかった。しかし、アルトは全然大丈夫そうであった。やはりもう体が・・・・・・




「一応さ、この戦いの中で俺の力が暴走とかしたらさ・・・・・・あ、万が一にだよ、あの前に見た夢みたいな状況になったら旦那が止めてくれないか?


変化した後に胸の龍玉を壊したら多分動き止めるだろうからさ。あの胸の玉が心臓みたいなもんだし・・・・・・ほら、前に二人そろって町を焼き尽くす俺の姿を見たじゃん。


あれが本当に起きちゃったら嫌だからさ。あ、もちろん暴走しないように頑張るよ。いや、それより前に世界の修正力に消されないような力の出し方も・・・・・・」




・・・・・・アルト。


お前は最期までそんな他人のことを考えて・・・・・・


何故・・・・・・お前だったんだ。何故アルトのような人間がこんな目に遭わなければならないのだ。


変わってやれるなら、俺が変わってやりたかった。




「アルト・・・・・・結局俺は最後の最後まで、お前に頼りっぱなしだった」


俺はアルトの話を遮った。もう話を聞くのが限界だった。自分の愚かさと、罪深さに心が折れてしまいそうだったからだ。




「アルト。お前には・・・・・・ずっと友達と遊んだり、大切な人と幸せな時間を過ごしてほしかった」


吐き出す。


気持ちを。


考えたように。


自由に、自然に、思ったように。




「俺は・・・・・・いや・・・・・・」


もう少しで上へとたどり着く。そこにたどり着けばアルトのすべてが終わってしまう。


俺は足を止める。アルトも数段上ったところで俺を見て足を止めた。




「俺は最初、あの金色の姿を見て本当に神が降りてきたのだと思った。この現状を打破できる唯一の存在に俺は歓喜してしまった」




吐き出す。




自由に吐き出す。




そして伝えなければ。


「だが、そいつはあまりにも素直で、人間すぎた。俺は日に日に後悔が増していった。こんないいやつをこんなにも悲惨な戦いに巻き込んでしまって。俺は・・・・・・お前に」




「旦那」


優しい声でアルトが俺の話を止めた。きっとこの先の言うことを読まれてしまったのだろう。


謝罪


俺は前にアルトからアルトへのその行為をしないでほしいと止めらえていた。


だが、せめて最期だけでもさせてほしい・・・・・・俺は何度も失う運命にあるのか・・・・・・俺だけが生き残ってしまう罪深さに俺はもう、おかしくなってしまいそうなんだ。


もう散々怒鳴りつけられて、殴られた方がマシなぐらいだ。


一体・・・・・・俺は何人の仲間を、友を見送ればいいのだ!




「ありがとな、旦那」


そんな罪深い俺に降り注いだ言葉は怒りや罵声ではなく・・・・・・慈悲深い感謝だった。


「まあ、確かにいろんなことはあったよ。まさか人間じゃ無くなるだなんて思ってもみなかったしさ。死ぬまでにやりたい事もなんとなく達成できたし、童貞も・・・・・・まああんな感じだってけど卒業できたわけだしさ」


アルトは俺が立ち止まっている段のところまで降りてくる。そして、俺の目を見て口を開く。




「それに・・・・・・旦那やみんなに会えたからさ」




・・・・・・!




「大人なんて嫌だーとかクソくらえーとか思いながら生きてきた俺に、大人っていいなって思わせてくれたのはあの環境で、それを作り上げたのは旦那なんだぜ。


みんな頼もしかったし、優しいし温かい。


助けてもらわなかったら俺は此処まで来ることができなかった。それに飛月や五代とも楽しく過ごせたしさ」




「・・・・・・だけど、俺はお前のことを追い込んでしまった」


飛月の時だってそうだった。俺がもっと早くにアイツのことを気づいておけばアイツが強化人間としての生きる道を見つけられたはずだ。


チヨ君の時だってそうだ。何故古代文字の暗号が読めるのかに対しての疑問をすぐに帰結しようとしなかったのか。早くにアースの存在に気づいておけばチヨ君はずっとアルトといられたかもしれなかった。




そして、アルト。




お前に人間を辞めるきっかけを作ってしまったのは、お前をそんな状況にしてしまったのは間違いなく俺なんだ。


全てが後手に回った結果だ。先手で行き、失い、怖くなって後手に回った結果また失う。


またしても俺は・・・・・・こんないいやつらを、仲間を守り切れなかった。


俺はなんのためにあの時契約を交わしたのか・・・・・・




「旦那」


再び優しい声音で俺のことを呼ぶ。


これから戦いに行く。これから死に行く人間とは思えないほどすがすがしい声で。




「最期に、お願いを聞いてくれないかい?」




「・・・・・・どんなことなんだ?」




「そんなにも・・・・・・俺たちのことを想ってくれるのなら、俺たちがこの物質の世界で生きたってことを残しておいてくれないか?」




「・・・・・・一体何を」




「この物質の世界では死んだら終わりだ。だけどいなくなる前に何かしら遺しておけばそいつがこの世界にいたんだ、生きていたんだってことを残すことができると思うんだ。


本来なら、こういうときは子どもとか残したり、何か作ったりとかが鉄板なんだろうけど、俺たちはもうどっちもできないからさ。


だけど、そんなに俺たちのことを想ってくれる人がいるなら・・・・・・きっと残すことができる。頼んでもいいか?」




・・・・・・そんなの決まっている。




「当たり前だ。皆がちゃんと生きていたってことを。俺は後世に語り継ぐ。

人のために生き、戦った・・・・・・しかし、それでいてこの星で一番人間らしかった俺の友達の人生を――」


アルトは満面の笑みを浮かべて喜んでいる。


俺たちは再び上り出す。そして上り切る。


そこは大きな鳥居があり・・・・・・いや、鳥居が斜めに切り落とされている。


悪の存在であるヤマタノオロチが敷地内に入るのはそうするしか方法がなかったのだろう。


それにしても桜田神社か・・・・・・ヤマタノオロチはアルトの事情をわかったうえでこの場所に出現したのだろうか。そうであったならば一層タチが悪い。


・・・・・・進むにつれてとんでもないほどの邪気が周囲に拡散していて、気が狂いそうになる。


そんな中、アルトは平然と進んでいく。


そして、広いところに出た。そこには崩れた本殿が在った。


――ここは桜田神社。


アルトとチヨ君が初めて出会った場所。


石の道のど真ん中に小さな少年が、その身体に似合わないほどの大きく、邪悪なエネルギーを放出していた。


「待ってたよ、シュラバ。大道龍治」


少年が微笑む。その無邪気な笑顔は本当に純粋そのものだった。純粋な悪である。



「・・・・・・見届けてくれ、旦那。俺の、最期を――!」


金色の龍玉が胸に現れ、穏やかな笛の音が周囲に響き渡る。

左腕の黒い龍玉がそれに反応するかのように鼓動の音を鳴らす。

アルトは左手の掌を胸元に持っていく。

神にも等しい、その力を以てしてお前を倒さんとばかりに力強く、そしていつもよりも決意に満ちた輝きを放ちながら。


輝きと共に笛の音が増していく。そして鼓動の音も大きくなっていく。


身体がうっすら金色の光に包まれ、それと同時に黒い雷がアルトの身体の周りに発生する。




金色と黒色、そして紫色・・・・・・




巴型の光に身を包まれ・・・・・・そして、現れた。




全身が金色と黒色の鎧のようになり、二本の角は根元こそ金色のままだが、途中から紫色に変色し、その造形はいつも以上の粗々しさを象徴するかのように禍々しい。


人間態のときよりも、その見た目は巨大化したときに近い。




しかし、大きさは人間態の時よりも少し大きい程度だ。


目の色は依然までの赤色はなく、黄金になっている。


きっとあの赤い体はアルトの人間としての色だったのだろう。完全に人間ではなくなった今、赤は消失し、金色に塗り替わったのだ。


そして・・・・・・胸の龍玉は金と黒、そして紫が巴の紋のように交わる。


角の根がある額が少しだけ縦に割れたかのように紫色の光が零れだしている。


今のアルトはまさに極限を体現したような姿だ。


おそらく人間が引き出せる限界・・・・・・三つの色の力を併せ持った唯一無二の存在だ。


「へー、まさかそこまでの力を引き出せる人間がいるだなんて、嬉しいな」


そんな姿を見て、ヤマタノオロチは飄々とした態度を見せる。


「レアスの光も持たずにそこまでの力を持つだなんて、おまけにその額の割れ方・・・・・・君ってもしかして『最後の人間』かな?」

・・・・・・何だ、最後の人間って?わからない。龍宮の乙姫からも何も答えがない。


「でも、すごいね。君、そこまでの力を持っておきながら世界の修正力からの対象に外れてる。しっかり未完全のままだ。そんなに僕と戦いたかったんだ。嬉しいよ」


あの氣力を纏って未完全なのか!?


お前は一体何者なんだ、アルト・・・・・・


「・・・・・・フッ!」


ヤマタノオロチからかすかな紫色の光が発生する。


「じゃあ、戦おう。互いに殺し合おう。ああ、楽しみだよシュラバ。強い君とまた戦えるだなんて」


光は突然大きくなり、変化する。


紫色の歪な角を額から8本生やし、角の間からは横に割れた、目のような形をしたものから紫色の光が零れだしている。


現代においても30万人以上の死者を出した究極の悪。ヤマタノオロチだ。


「・・・・・・!」


アルトが走る!それとほぼ同時にヤマタノオロチも走り出した!


そして・・・・・・互いを殴り始めた!


ボクシングのように、格闘技のように・・・・・・いや、あれは完全に喧嘩だ。


互いに一心不乱に敵を見つめ、力任せに殴り合っている!


これが・・・・・・究極と極限の戦いなのか!?


俺の眼前で繰り広げられているのは原初の頃から人間が持ち合わせている拳や蹴りの衝突である。


そこには一切の情はなく、ただひたすらに相手をひれ伏させるためにぶつかり合っているのだ!


互いに殴られた場所から・・・・・・殴った足や拳から血が溢れかえっている。


昇華したアルトの紫の力と、紫の力を昇華せずに克服したヤマタノオロチの紫の力は性質が違うのだ。


互いに反発しあって、互いにボロボロになっていく・・・・・・




・・・・・・しかし、ヤマタノオロチの殴る手が突然止まった!




アルトはそれを見かねて、すぐさま大きく振りかぶった!


瞬間だった!


ヤマタノオロチの第三の目が輝き、手をアルトの方に突き出す!


突然周りの雰囲気が変わった。


アルトの周囲が次第に濃い紫色に・・・・・・そして燃え出した!


「・・・・・・!」


アルトが声にならない声で叫んでいる!苦痛に満ちた声だ・・・・・・


その炎は前にアルトを完全に燃やし尽くし、灰になる寸前まで追い込んだものだ!


――アルトが痛みをこらえた声を出しながら紫色の光を身体から発する。


それに呼応するように縦に割れた額も光りだした!


そして、金と黒の身体の全体にあったひび割れのような場所から血管のように紫色の光が拡がっていく・・・・・・!


ヤマタノオロチの周囲、そして身体からゆっくりと蓮の花が咲き始める、そして満開になると淡い虹色の光が放出され、ヤマタノオロチの身体が泥のように溶け始めた!


「ガア・・・・・・ア・・・・・・」


ヤマタノオロチも痛みからか声を上げ、地面に膝をついた。


だが、互いに肩で息をしながら立ち上がり・・・・・・身体を燃やしながら、身体を溶かしながら殴り合う!


顔面を打ち合うたびにアルトの赤い血とヤマタノオロチの紫色の血が辺りに飛び散る。


雪解けが終わり切っていない地面に双方の血痕が拡がっている。


互いに殴り、殴られる。


双方ともに蹴り、蹴られる。


互いに弱らせた後での超能力ならば殺せると思ったのだろう。


しかし、先ほどの超能力では実力が変わらない。


互いを殺すことができなかった。


もう、これでしか決着をつけられないのだろう。


ヤマタノオロチはひたすら笑いながら、必死にアルトを殴る。


アルトは何も叫ぶことなく、ただ真っすぐヤマタノオロチを殴りつける。


・・・・・・もうアルトには意識はないのかもしれない。


3つの色の力を一身に宿したのだ。もう死んでいてもおかしくない。


「ハアッ・・・・・・オラッ!」


ヤマタノオロチの拳がアルトの胸の龍玉に命中した。龍玉にひびが入りどんどんそれが拡がっていく


「・・・・・・!」


アルトの身体の挙動が一瞬にしておかしくなる。まるで壊れたロボットのようなぎこちない動きだ・・・・・・

「・・・・・・ッ」

見るに堪えない。やはり、アルトはもう死んでしまっている。


これまでのヤマタノオロチとの戦いは、彼ではなく、色の力がやっていたものだったのだ・・・・・・

死にながらも、ただひたすらに敵を殲滅する機械のように・・・・・・

しかし、今のアルトの龍玉は心臓そのものだ。


破壊すればアルトの肉体はもう動かなくなる。

だが・・・・・・アルトは動いた。右手の拳を開き、指先に力を入れる。


そして、その指をヤマタノオロチの第三の目に突き刺した!

「ガアア・・・・・・アアアアアア・・・・・・」


そしてアルトは額の角を両手でつかみ、それらをへし折った!


ヤマタノオロチが叫ぶ。紫色の血と光が身体から大量に放出しながら仰向けに地面に倒れ込む。

それと同時にアルトも口から赤い血を流して、うつ伏せに倒れ込んだ。


「こ・・・・・・これが最後の人間の底力・・・・・・か」

ヤマタノオロチは起き上がることなくただ天を仰ぎ、アルトの力に関心する。だがアルトは止まらない。身体を起こし、ヤマタノオロチに近づいていく。

ゆっくりとその拳を握りしめながら・・・・・・


「楽しかったよ、シュラバ。きっとまた君と戦うことになるだろう。それまでお互い、お休みだね」

「――オラアアアアアアアア!!!!!!!!」

アルトが叫んだ!もう、すでに死んでいるはずのアルトが声を上げた!

そして拳をヤマタノオロチの顔に突き出す!

その拳を食らったヤマタノオロチは痙攣をおこした後、動かなくなった。

拳の風圧で周囲の地面の雪が跡形もなく吹き飛んでいく・・・・・・

――拳をヤマタノオロチの顔面から外し、アルトは立ち上がる。

アルトは天を仰ぐ。雲が割れ、光が彼を指している。

エンジェルラダー・・・・・・といっただろうか。

その光はまるでアルトに迎えが来たというように、彼に光を降り注がせる。

そして・・・・・・段々とその身体が虹色の光に包まれていく!


ア・・・・・・


「アルトォォォォォォォォ!!!!!!!!」

俺は叫ぶ!

彼は今、消えてしまおうとしている。

ヤマタノオロチを倒し、自分も消える。

――そういう定めだったのかもしれない。

だが、その終わり方はあまりにも儚すぎる・・・・・・

アルトが俺の声に気づいたのか、振り返ってくれた。

シュラバの状態の彼の姿が、一瞬だけ、俺には人間にもどったように見えた・・・・・・

その温かく優しい虹色の光は神社を包み、町を包み、国を包み・・・・・・星を包み込んだ。

・・・・・・光が消え、俺は目を開く。

そこにはヤマタノオロチの遺体はなかった。

そこには最期の最期まで戦い抜いた、俺の大事な友人の姿もなかった。

「――アルト」


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楽園の創造者たち(パラダイス・クリエイターズ) トミー尾杉 @tommy55710

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