第50話 遺行(ゆいぎょう)

遺行(ゆいぎょう)


熱い・・・・・・熱い・・・・・・熱すぎる。そして痛い、ただひたすらに痛い!

身体が燃えるというのはこんなにも破滅的で壊滅的なものなのだと初めて知った。まともな人間で在るならばこんな感想も出てくるものではないだろう。

こんな感想が出てくる俺はきっと、いや元からまともな人間ではなかったのだ。


元々、人間の死というものが身近にあったのだ。まともでいられるはずがない。

正真正銘の肉親と妹を亡くし、引き取られ、その後も散々のように人の死を見てきた。俺は15年前からもはや人間ではなかったのかもしれない。

時に喜び、時に怒り、時に悲しみ、時に快楽的に、時に感傷的に、時に勇敢に、時に臆病に。思ってみると、俺という人間は比較的他の人たちよりも情緒が豊かである。それもあって様々な視点から物事を見ることができた。


それが窮地を乗り切る切り札となるときもあれば、穿った視点過ぎて忌み嫌われることも多かった。

炎に身を投げられた感想が出てきたのはそのためであろう。

普通人の身で身体を焼かれてそんな悠長に感想を述べられるわけがない。まあ、普通は焼かれてそのまま死亡なのだが。

さて、ヤマタノオロチに身体を焼かれ、途中で恐らく死んだであろう俺が何故こんな中二的感想文を述べられているのか。

それは・・・・・・


「・・・・・・生きてる?」

全身を焼かれ、完全に視界も世界も崩壊したはずの俺がまだ生きているのだ。

そして、今はもう二度と寝ることがないと思っていた組織の救護室のベッドに横たわっている。


「あれから、どうなったんだ・・・・・・?」

意識が完全には戻っていないのだろう、少し視界が霞み、頭の中がぐるぐると回っている。


だが、身体がある。あの炎の火力、黒と紫の身体を燃えさせるほどの威力を誇る攻撃を食らい、それでも尚、身体がどこの部位も欠けることなく残っている。

今の状況、そして俺が寝ている間に何が在ったのか気になるので、ベッドの近くにおいてある非常用のブザーを鳴らし、人を呼ぶことにした。


最初に駆けつけたのは、旦那だった。元々身体能力がえげつないというか金の力を持った俺よりもすごいから早いのは当たり前なのだが、それでも何かあるとこの人は真っ先にやってきてくれる。


「目が覚めたか。良かった、無事で・・・・・・!」

心底喜んだ顔をする旦那。

人が生きていると聞いて、ここまで嬉しそうにしている人を俺は見たことがない。

旦那も俺と同じ、人の死に触れすぎた人間なのだろう。

前の世界の事を俺は詳しくは聞いていないが、今の俺ならすべてわかる。

あまりにも壮絶的で悲惨的だ。

チヨに気持ちを伝えるなら早めにしておけ、後悔しないようになと以前俺に言っていた理由とその時の表情の原因がようやくわかった。


「心配かけちゃったな、旦那」


「正直、あの瞬間終わったと思った。まさか全身が墨になるまで焼かれるとはな」


「俺結構危なくなかったか!?よく生き還ったな俺!?」

いや、なんで生きてるんだ俺!?

さすがに死者さえも蘇らせてしまうのは星の力とはいえ如何なものだろうか?やっていることは強化人間の作成と何ら変わりないではないか。


「全くだ・・・・・・ん?いや、生き還ってなどいないぞ」


「・・・・・・え?何そのホラーじみた展開!実はすでに全員ヤマタノオロチに殺されてもうあの世ですよエンドってことか!?こんなオチは流石にねえだろ!そのまま出版なんかしたら返金ものだぜ!」


「何を言ってるのかよくわからないな・・・・・・意識がまだ完全に戻ってないのか?」


「うん、多分そうだ。多分そう・・・・・・」

いや、これは多分ないだろう。すでに全員死亡していましたとか、今までのこれが夢でしたとかの夢オチ展開ではないよな!?


・・・・・・ないよね?


「あの日、アルトがヤマタノオロチに敗北してからすでに二週間が経過している。北の街の被害は壊滅的だ。あの業火で一日にして30万人以上の死者が出た。今も尚死者は増え続けている。」


夢オチ展開じゃなかった。ちゃんと繋がってた。


いや、30万人以上の死者だって!?


・・・・・この事件のことやチヨのこと、飛月のことを考えると夢オチ展開のであって欲しい。

「アルトは体の全身を焼かれ、全身やけど、全身の機能の損傷・・・・・・というにも軽すぎる状態にまでなっていた」


「何それ怖いんだけど、え?全身丸ごと墨にされたのはマジの事実なの?」


「マジの事実だ。アルトを焼き付ける炎をすぐに消したのだが、その時点ではすでにアルトの身体は焼かれ切っていた」


うわ~、気にはなっていたけど実際に聞くとなんかぞっとするな・・・・・・

自分が焼かれていた時の第三者の視点とか。

というか、金の力ではないとはいえ、確かあの時点ではスラを倒すことができるぐらいのエネルギーが黒い力にはあったはずだ。それを上回るヤマタノオロチの能力。そして、その能力をかき消すほどの力を持つ旦那。


・・・・・・マジでこの人の存在やばすぎるだろ。ティリヤ人たちがマークしていたのも納得だ。


「全身が焼かれたアルトの身体はその場で崩れ落ち、燃え尽きた身体の中から金色の龍玉が出てきたんだ。肉体はなくても、それは心臓のように脈を打っていた。その時、俺は確信したんだ、アルトは生きていると」


「俺の生命力、というか金の力やべーな。流石にそこまでの力があるとは知らなかったぞ」


「ああ、俺もだ。本部に帰ろうとヘリに乗ったあたりから次第にその龍玉は赤く点滅し始めた。そして次第に肉片のようなものを、ゆっくりではあったが創り出したんだ」

う、うわ・・・・・・肉片が動くとかグロいな。

それが自分だっただなんて考えたくもない。


「それって、俺の身体は完全に金の力そのものってことなんだよな?」


「そうなるな。戦闘で使わなければ抑止そのものにならないわけだが、もうお前の身体は完全に金の力そのものだ。だが、まだその人格はアルトのままだ」


「そうだ、俺は立花在人。少なくともまだ心は人間だ。抑止の力を持った星の戦士になることは人格を保ったままなれるものなのか?」


「いや、それは違う。星の戦士になればその者の魂は靈界に帰ることなく、永遠にこの星に居続けるようだ」


「だけど、守護霊とは違うんだろ?」


「ああ、守護霊はあくまで靈界から物質世界へ干渉をする者たちのことだ。話を聞いた感じだと、アルトが沼の世界でチヨ君やアースと遭遇したのがその部類だろう。

本来は彼らの声などは精神的な臨界点を超えない限り聞こえてこないものだが、物質世界と靈界と間(はざま)であるあの世界だから声が聞こえたのだろうな。

そして何よりも、星の戦士は金の力と一体化した肉体だけで活動することになる。肉体と魂は離れ離れになり、魂は輪廻の輪から外れ、永久にさまよい続けることになる」


「それじゃあなんか頑張ってきたのに最後は罰ゲームみたいになってるじゃん!せめて死なせてくれよと切実ながら思うぜ!

この星も大概だけどさ、その契約でよく古代文明の王様は自分の身を投げ出したな・・・・・・いや、そうでもしないと皆を助けられなかったのかもしれないな」


「それならば、俺たちが今この星で生きていられるのは間違いなく古代文明の王とその中で生活して、ここまで繋いでくれた人々のおかげとなるな」

永久にか・・・・・・体を星にくれてやるのはごめんだな。

この体はどこまでいこうとも人間で在り、俺の物だからな。自分の意志で動けるんだったらまだいいけどさ。


だけど、これからに人類の営みを見守り続けるってのは案外悪くないかもしれない。

もしかしたら、至るかもしれない楽園のような世界を見届けられると思えばだけど。


「恐らく、またしてもとなるが、アルトがまだ人間でいられているのは・・・・・・」

そうなるよな。俺のことをそんな大事にしてくれて、そこまで人間でいさせるのをこだわる人なんてあの人しかいないよな。


「ああ、もうわかり切っている。それよりも身体が金の力そのものになってしまったのならば、肉体的な寿命はもう超えたことになる。だけど、ヤマタノオロチと決着(ケリ)をつけるために黒や紫の力だけでなく、金の力を行使する人間、そして俺みたいに寿命を終えたのにも関わらず物質世界にいるとなると、間違いなくこの物質世界において俺の存在は異物となり果てるだろうな」


「・・・・・・謎の黒い力はさておき、物質世界の在り方をも凌駕する紫の力、そして星の力を持つ金の力。それらが万が一にも融合を果たした場合は・・・・・・その場合はもしかしたら『世界の修正力』が働き、アルトはもうこの物質世界にはいられなくなるだろうな。宇宙の修正力、すなわち法則は星の力をも上回るからな」


「まあ・・・・・・そうなるだろうな」

問題はその後だ。ヤマタノオロチとその身体の状態でまともに戦えるのか。

修正力が働くよりも前に戦い切れるのか。

そして俺の身体が消滅しなかった、つまり何かしらの要因で世界の修正力が働かなかった場合、俺の肉体と魂はどうなるのか・・・・・・

どのみち俺がいなくなることは確定している。


・・・・・・人間は自分の死が迫ってきたとき、一体どんな行動をするのだろうか?

個体差はあるとはいえ、自分の分身である子を残すための行動が自然の摂理になるだろうか。

それとも動物性を放棄して、自己の存在を覚えていてもらうための行動に出るのだろうか?

子作りのほうならば、性交をしようと思えば相手を探せばできると思うが・・・・・・俺はあの子としかそういったことをしようとはもう思えない。

まあ、あんなことされて、あんなことを言われて、あんなにも大事に想われてしまえば、それ以外の女性が眼中になくなるのは訳ない。


では、自己の存在を覚えていてもらうのはどうだろうか。

生きた証・・・・・・それを残せるのは物質世界で生きてきた唯一無二の特権だろう。

では、何を残せるのだろうか?

お金、写真、遺書、遺作・・・・・・どれも時間がかかってしまいそうだな。いつヤマタノオロチが現れるのかわからない以上すべてができるとは限らない。どれかが途中で終わってしまうと多分満足して俺はこの世界を去ることはできない。

ならば、せめて縁が在った人たちと最期に会うのはどうだろうか?せめて一目見るだけでも、せめて少しだけ話す程度であるならば時間は取れるし、すぐに終わらせることができる。


「よし、決めた!」


「ん?何を決めたんだ?」


「旦那、少しばかりさ、俺に暇(いとま)ってやつをくれないか?」


「・・・・・・!ああ、もちろんだ!」

こういう行為をなんというのだろうか。自分の伝えたい事、教えたかったことを文章にして残す行為、それは遺書だ。

自分が生きた証を形として様々なものを作り出す行為、それは遺作だ。

自分が伝えたいことを言葉にして言う行為、それは遺言である。

じゃあ、俺が今からすることは・・・・・・人間が自分の死を悟り、友人や恩人に会いに行くという行為は・・・・・・


遺行(ゆいぎょう)というところだろうか。


口にすると縁起でもないかもしれないが、想像するだけならば人間はいくらでも許されているから勝手に自分の行為に名前を付けることにした。


最初の目的地に着き、俺は乗ってきた車の扉をバタンと閉める。

行く場所自体はかなり少ないのだが、寮からはどこも距離があるということで旦那が車を出してくれた。そのおかげもあり、最初の目的地には思っていたよりも早くに到着することができた。


「ここがアルトの言っていた農場か、広いな!」

旦那が農場を見回して農場の敷地の大きさに驚嘆する。


「この農場はこのあたりの農場のなかでは一番広いからな。今は・・・・・・休憩中かな?じゃあ多分、家の中かな。旦那も来るか?」


「俺は車の中で待っている。水入らずで楽しんできてくれ」


「わかった。家を出るタイミングで連絡するから。ありがとな」

俺は旦那に軽く手を振り、小走りで夫妻の家に向かった。


「おお、アルト君!よく来たね」


「お久しぶりです。すみません、しばらくなかなか顔を出せなくて」

インターフォンを押すと、すぐに歓迎の声を受けることになった。

少し家に居なかったらどうしようと心配になっていたが居てくれてよかった。

5年以上働いてきて、そしてお世話になった夫妻にはちゃんとした挨拶をしておきたかったのだ。

本当はもっと早くのうちから顔を出しておきたかったけど、休暇の日は部屋の片づけや家事に追われたせいでなかなか会いに行くことができなかった。

去年の収穫祭の時に久々に会えるはずだったのに、余計なやつが現れたせいで会う機会を完全に失ってしまっていたから、今がいい機会である。

文字通りラストチャンスだ。


「あら、アルト君。来てくれたんだ」


「はい、久々にここに来たくなって」

次は奥さんの方が俺が来たことに気づいて話しをかけに来てくれた。

ただでさえ5年前は就職が困難と言われ、中学までに勉学で優秀な成績を収めた人しかより良い職場へ行くことができない時代だった。


俺は学校での成績はかなり良い方で、他の職場にも入ることが可能であったが、ただでさえ精神的に荒れていた時期であったし、チヨのこともあって俺は職に就くことができずにいたところを繋一さんと縁の在ったこの夫妻の農場で働けることになったのだ。

この場所こそ本当にアットホームな職場である。俺が働くのは今後この場所以外ありえないと周りに豪語していたぐらいだ。

だけど、そんな場所を与えてくれた人たちとのお別れも近い。今のうちに沢山のことを話しておこう。

あ、そうだ。そういえば・・・・・・


「今って、あいつらもいますか?」

アイツら、というのは俺が中学3年の頃からずっと仲良くしている・・・・・・いや、腐れ縁に近い友人のような奴ら。

紛らわしい言い方かもしれないが俺たちの仲を一言で表せと言われたら、それは至難の業だと言える。


「ああ、もちろん。今はみんなでボードゲームしてるところだよ」


「そうでしたか。俺も上がっていっていいですか?」


「もちろんだよ。そんな許可なんて必要ないって」


「やった。ありがとうございます」

俺はすぐに家に上がり、久々にあいつらに会うことになった。


「よお、しばらくぶりだな。お前ら」


「「「「・・・・・・誰?」」」」


「ふざけんなよお前ら!久々に会った古き良きダチ相手になんてことを言うのだ!」


「え?俺達ってダチなの?」


「さあな?」


「ダチって思ってるのお前だけだろ」


「いや、薄情すぎるだろ!相変わらずで何よりだ!」

はい、いつも通りですね。

・・・・・・だけどなんか嬉しい。半年前から何ら変わらない風景、日常。

俺の中にもちゃんと変わらないものがあるんだなとアイツら相手に柄にもなく感慨深くなる。


「というか珍しいな立花。お前がマフラーなんかしてるって。お前って前に蒸れるのが嫌だからって言って防寒具全くつけなかったのに」

市川が俺のマフラーに言及してきた。このマフラーは勿論、チヨからもらったものだ。

大事なもの且つ今となっては形見であるのでずっと大事に身に着けていた。


「ああ、いいだろ。すげー大事なもんなんだぜ。というか、よくそんなことを覚えてたな」


「ああ、ほら。前にみんなで冬に出かけた時に言ってなかったか?」


「いや覚えてないわ」


「俺もだわ」


「お前ら仲良すぎだろ」

井出、上下、高田がそろって覚えてないことを主張する。


「薄情なやつらだな!俺と立花ぐらい仲良くないとな!」

市川が肩をたたいてくる。普段なら喜びたいところだが、あいてがこいつらの場合は話が違ってくる。


「わ、悪い市川・・・・・・俺にそっちの気はねえからさ」


「なんだコイツ!?俺の味方はいねーのかよ!」

どっと5人の間から笑いが零れる。


ああ、いいなやっぱり。


中学生活の2年間、最初の方こそよかったものの、部活内のトラブルのせいで心が荒み、ろくに友人もできず、教師からは嫌われ、同級生からも怖がられてきたせいで楽しめていなかった。

それを一変させてくれたのがあいつ等だった。もっと早くに出会っておきたかったなあと改めて思う。

俺は数回だけアイツらがやっているボードゲームに参加し、仕事だからと言って戻ることにした。

時間がどのぐらいあるかどうかわからない。ヤマタノオロチが再び現れる前に何とか回るのを終えておきたいのだ。


「んじゃ、そろそろ行くわ」


「おう」


「じゃあな」


「またな」


「また」

それぞれいつも通りの返事をする。そして俺もいつも通りの別れの言葉を言う。


「おう、またな」

玄関の方へ向かうと夫妻が段ボールを以てお見送りに来てくれた。


「アルト君、これうちの農場でとれたやつ。職場の人と是非食べて」


「え?いいんですか?こんなにいただいちゃって」


「いいの、いいの。収穫祭の時は渡せなかったからさ」

そういえばそうだった。あの日、国民保護警報が鳴って避難したときに事故に遭って旦那さんの方は足の骨を折る重傷だったと聞いた。


「足の方は・・・・・・」


「ああ、忘れてた。というぐらい元気だから大丈夫、大丈夫」


「そうでしたか。良かった」

俺はこれでもかというぐらいに大量に野菜の入った段ボールを受け取った。きっと前までは重いと感じる量だが、今となっては全く感じない。


「重くない?重かったら小分けにするかい?」


「いえ、大丈夫です!鍛えてますので!」

この量の野菜を確かに一回で持って行くとなると、昔の俺では無理があった。

それを夫妻は知っているので本当にあり得ない話だが、不審に思われてしまうかもしれない。いや、それ以上にけがをしないかなどの不安をさせてしまう可能性があるのでとりあえずの言い訳をした。


「ありがとうございます!みんな喜びますよ!」


「アルト君・・・・・・」

ふと二人が悲し気な表情を浮かべる。だが、それは一瞬で終わりいつも通りの笑顔で俺を送ってくれた。


「またおいでね。いつでもいいからさ」


「また何か作ったら食べにおいでね」


「はい!また来ます!ありがとうございました!」


・・・・・・うーん。

やっぱり、嘘を言うのはしんどいかも。

またな。また来ます。だなんて・・・・・・もう会えないってのになあ。

それにしても、なんで二人は一瞬とはいえ俺のことを儚げなかをしてみていたのだろうか?心の中を無差別に見ることができるはずなのに、あの一瞬だけは誰かにはぐらかされたように見ることができなかった。


まあ、そんなことはいいや。


俺は旦那の待つ車の方へ、ペースを落とすことなく歩いて行った。


「次は・・・・・・ここでいいのか?」


「ああ、ありがとな、旦那」

俺は車から出てそれを眺める。

黒く焦げた色をしたそれ。形を最低限だけとどめているが骨組みが出てきてしまっているそれ。黄色いテープに出入り口を塞がれたそれは、かつて俺と繋一さん、そしてチヨと暮らしてきた家だった。

本来であるならば、すぐに撤去され新しい土地にでもなるのだろうが、最近は建築業も人手不足が目立と始めており、手が回っていないようだ。


俺の方にも家の解体の話が全く入ってこないのはそのせいだろう。だが、おかげで来ることができた。会いに来ることができた。

俺は黄色いテープを手で広げて、本当はダメなのだが中に入っていく。扉は原形をとどめておらず、中に入ることはできないようだ。


「来たよ。かなり久々になっちまったなあ・・・・・・俺とチヨは、皆ちゃんと一緒にいるよ」

もう住むことも、帰ることもできない。


だけどこの場所こそが俺を作った場所だ。繋一さんに拾われて、一緒に生活をして。いろんなことをして、時々怒られたりもしたけど今となってはそのすべてが思い出だ。

チヨと共に歩んできた5年間。そのうちの大部分はこの家の中であった。繋一さんがいなくなってから不安になることなく、楽しく暮らしていけたのはチヨと繋一さんが残してくれたこの家のおかげであった。

スーロに燃やされて、現場に駆け付けた時は完全に頭が真っ白になってしまって何もすることができなかった。


だけど、せめて最期に感謝の言葉を言いたかった。共に生きてくれて、俺の居場所になってくれて・・・・・・


「ありがとう・・・・・・」


三か所目。そこが最後の場所だ。

だけどそこは本部からも、そして俺やチヨの家からもかなりの距離があった。


「最後が・・・・・・ここでいいのか?」


「最後だからこそだ。俺はあの人に伝えなきゃならない」

俺の家からおよそ1時間半。日が沈み始め、夕焼けが空を美しい色に染め上げる。


「ありがとな、旦那。ここからは旦那も一緒に来てくれ」


「・・・・・・ここに限っては俺も同伴させてもらう。この場所は俺ともかなり縁がある場所だからな」

ここが俺の最後の目的地。だが、この場所に俺は一度も足を運んだことがない。

それもそのはずである。この場所はどんな地図にも記載されることのない場所であるから。誰にも知られることなくただひっそりとした村であるから。


「ここが・・・・・・シュラバ村」

昔ながらの作りをした家がそこらにある。夕飯の時間が近いせいか、家の隙間から白い湯気が上がっている。

奥の方へ進んでいくと大きな階段があった。桜田神社よりも長く、角度の急な階段が。

俺と旦那は一切の息を切らすことなくすぐにその階段を上り切る。

上り切ってしばらく歩くと本殿と大きな鳥居が立てられていた。そしてその鳥居の真ん中にあの人がいた。


「待って居たよ。アルト君、龍治」


「お久しぶりです、ミー子さん・・・・・・いえ、立花真美子(まみこ)さん」


「あらま、いつの間にフルネームを覚えられていたとはね。そろそろここも冷えるだろうから、中にお入り」




「今日は急なご連絡をしてすみませんでした」


「いいの。もう年を取ってから暇で、暇で」

ミー子さんに連れられて俺と旦那は本殿の中に入らせてもらった。畳が敷き詰められた広い空間はどこか懐かしい雰囲気を醸し出しているような・・・・・・


「それで、なんか用があるのかい?見た感じだと、もう君は・・・・・・」


「流石ですね、ミー子さん。俺はもう人間ではありません」


「うん、さすが私。でも、そんなことを伝えにきたのではないだろう?」

旦那がそうなの!?と言わんばかりの意外そうな顔を浮かべる。


「俺はてっきりそのことを伝えに来るもんかと思っていた。だけど、そのぐらい婆さんならわかるだろうからなんでここに来たのかと思っていたが」


「相変わらず鈍感だの、龍治。それでアルト君、君は何を話に来たのかい?」

俺は切り替えて、話を始める。

あの話をしなければ。真実を確かめなければ。

それを知る権利は、俺にもミー子さんにもあるはずだから。


「ミー子さん・・・・・・立花繋一という男を、ご存じですか?」


「・・・・・・!まさか!」

この反応、間違いないな。

だけど、ミー子さんが把握しきれていなかった。やっぱり・・・・・・そういうことになるのかな。


「改めて名乗らせていただきます。俺の名前は立花在人。立花繋一の・・・・・・息子でございます」


「あ・・・・・・・あ・・・・・・・」

ミー子さんが身体を振るわせて、浴衣の胸元を手でギュっと握りしめる。


「そう・・・・・・だったのかい」


「正しくは、15年前に繋一さんに命を救われ、拾われた・・・・・・血のつながりのない義理の家族になりますが」


「・・・・・・そうかい・・・・・・そうかい」


「以前より名前こそ聞いておりませんでしたが、繋一さんから話は伺っておりました。母親はとても優しい人で、俺に優しさと愛を教えてくれた人だって」


「・・・・・・ッ!」


「貴女の優しさと愛は、俺に・・・・・・俺たちに受け継がれております。繋一さんに優しさと愛を与えてくださり、ありがとうございます」

俺は畳に手を付け深々と頭を下げる。

俺の人格の元を作ったのは間違いなく繋一さんだ。そのルーツを辿ればこの人に行き着くことになる。


「どうして、私と繋一につながりがあるとわかったのかい?」


「確信はありません、なんとなくでした。きになって調べた時に苗字が一緒だったことと、雰囲気で・・・・・・それと。今日、ふと会わなければならないと思ったんです」

それも俺が昇華したおかげなのだろう。高次元の力が俺とミー子さんの関係を教えてくれたのかもしれない。


「・・・・・・そうかい。繋一は元気にしてるかい?もう20年近く会っていないんだ」


「実は、俺たちの前からも2年前から姿を消してしまったんです」

20年近く会ってない・・・・・・俺を救ったのは15年前だ。その前は一体何をしていたんだ?


「そっか、そうなるとアルト君は私の孫になるんだね・・・・・・もっと早いうちに気が付いてあげられればよかったのに・・・・・・すまなかったね」

ミー子さんが畳に手を置いて頭を下げる!


「いやいや、頭を下げることはないですって!顔を上げてください!」


「いや、あの時・・・・・・私が君に力を貸してあげられたかもしれない。そう思うと辛くて辛くて・・・・・・」


ミー子さん・・・・・・


今にも泣いてしまいそうな声で、今にも崩れてしまいそうな膝に力を入れながらミー子さんは話をしてくれた。


「私の方からも話しておかなければならないね。繋一は・・・・・・捨て子だったの。

この村の近くの山の中に捨てられていたのをたまたま見かけてね。その時から何かこの子は他の人間とは違うと思っていた。村の同い年の子たちよりも力も頭もよかった。大きくなっていくにつれて繋一の力はより強くなっていった。

だけどね、あの子は人を傷つけてしまうことを恐れて、人といることに恐怖を抱いて、人のいない場所を探すと紙を残して出ていってしまったのさ。私も懸命に探したけど見つけることができなかった・・・・・・」


・・・・・・ん?俺に知っている繋一さんと全く人物像が違うぞ。村を出ていってから変わったのだろうか?


「そう・・・・・・だったんですか。その力のことは初めて知りました。繋一さんは俺に一切そんなことを言いませんでしたし、人との関係を繋ぐことに一切のためらいが見られたところも見たことがありません」


「おや!そうかい。きっとこの村を出ていって成長したのかもしれないねえ・・・・・・そうだ、私が以前に渡した神託、あれは今どんな感じかね」


「あ・・・・・・それは」


「それなら、俺が伝えよう。婆さん、神託のうち数十か所の現代語への変換が完了した。だが・・・・・・古代文字の暗号を解読していた協力者が」


「もうよい、だいたい分かった・・・・・・龍治、もし神託の内容を残してあるものがあれば私に別の日でも構わないから送ってくれ」


「わかった」

ミー子さんは俺の方を見て、優しく微笑む。


「夜がそろそろやってくる。帰るだろうけど、せめて夕食だけは一緒に食べぬか?繋一とアルト君の話を是非聞かせてほしいんだ」


「・・・・・・!もちろんです!いいよな、旦那!」


「ああ、もちろんだ。まさか俺の恩人とアルトが祖母と孫の関係だったとはな!」

あれ?そういえば旦那も繋一さんのことを把握していないのか?組織のデータバンクならばどんな個人の情報でも乗っているだろうから、俺のことを調べた時に知っておるはずだけどな。


「そういえば、組織のデータバンクの方での検索でもわからなかったのか?」


「あ、ああ。その立花繋一という人物の情報は一切その中にはなかったからな」


・・・・・・

繋一さん。

やっぱり繋一さんは・・・・・・

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