第49話 極限
極限
2月23日 本部内 午前10時
感情の・・・・・・憤怒の沼から脱出し、無事に物質世界の方へ還ってくることができた。あの出来事は本当に夢のようであった。
だが、この黒い籠手が・・・・・・いや、それ以上にあの世界でのチヨが俺に言ってくれたことやスラの高笑いが頭の中でずっと繰り返している。
その日からまだ一日しか、正しく言えば数十時間しか経過していないのだが、俺はみんなと俺が暴走している時に壊してしまった本部の瓦礫の片づけや電気の復旧の作業を行っている。
意識がなかったものの、俺が怪我をさせてしまったヤブさんは意識を取り戻し、しばらくの間安静にするとの事。
旦那に関しては、片腕を失ったもののいつも通り先陣を切って行動している。二人にはちゃんと謝っておかないと。
この片付けも、旦那や仲間たちからはやらなくていいとも言われたが、意識がなかったとはいえ自分が壊してしまったし、全員が徹夜の状態だ。誰かが倒れでもしたらそれこそ嫌なので大丈夫と言って作業に参加した。
「アルト君、これ運べるかな?」
男のメンバーの人に皆が運んでいる物よりも大きめの瓦礫を運ぶように頼まれ、俺は返事をしてそれを難なく運ぶ。
何個も瓦礫を運んでいるが、持っているという感覚こそあるが、もはやどの瓦礫からも重さを感じることができなかった。あの不安定で曖昧な世界と完全ではないが同化してしまったのが原因だろうか。それとも、昇華したことによって肉体が何かしらの変化を起こしたのだろうか。
あの沼の世界を靈界と物質世界の境目とスラは言っていた。
そして、あの世界は紫の力そのものだ。
リードは以前、紫の力が高次元に至るために必要とか言っていたが、あの言葉は紛れもなく真実である。実際、『引き寄せの法則』を物質化させた物は紫色の物であった。
目でとらえることができない概念や法則はいわば高次元の存在、俺の身体は紫の力に侵されていたが、転じて高次元の方へと向かいつつある。金の力と同じように。
「アルト、それが運び終わったら少し休憩しないか?」
運んでいる最中、旦那が俺に休むことを催促してきた。確かに片付けが始まってから俺は一度も休んでいない。
それは旦那も同じではあるが、無重力の能力など金の力を使った時は休憩が必須だったのに、もう俺の身体は疲れさえも感じない。
だけど、旦那と話しておきたい。今のことや、腕の事、そして俺が紫の力を得て知ったことを伝えておかないと。
俺と旦那は誰もいない休憩室へと入り、ベンチに腰を掛けた。
旦那は腰を掛ける前に自動販売機で二本のお茶を買って、そのうちの一本を俺にくれた。
礼を言い、しばらくの間、俺たちはただ黙り込んでいた。互いに何から話していいかわからないのだ。
だけど、せめて最初のうちに謝っておかないと。謝って済む話ではないけど、せめて言っておかないと俺の氣がすまない。
「旦那・・・・・・俺は」
「いい、何も言わなくて」
旦那が俺の言葉を遮った。
謝らなくていいと旦那は思っている。この先の旦那が言うことも分かったが、旦那の口から聞いておきたくて、俺は何も言わなかった。
「気にすることはない。ただでさえ、俺はお前からたくさんの物を奪ってしまったんだ、片腕ぐらい大したものではない。むしろ、これでは償い切れないことを俺はお前にしてしまった。だから、謝らなくていい。無事に帰ってきてくれて本当に良かった」
・・・・・・この気持ちをなんと表現すればいいのだろうか。
罪悪感?いたたまれなさ?よくわからない。
だけど、俺の帰還を良かったと言ってくれて嬉しいということだけははっきりとしていた。
「旦那。俺、わかったことがあるんだ。今のうちに旦那に伝えておかないといけない」
「わかった。教えてくれアルト。何があったのか。お前が紫や黒の力を使い、昇華して知ったことを」
俺は頷き、事の経緯をできる限り鮮明に思いだしながら話を始める。
「俺は紫の力に完全に侵される前、スラと名乗るティリヤ人と出会った。そいつは前のシュラバに殺されててもう靈体だったけど、俺はそいつに唆されて、沼の世界へ入っていったんだ」
「沼の世界・・・・・・それは一体どんなところなんだ?」
「ああ、そこはすごく冷たくて、悲しい世界だった。俺はスラの声を聞いて、もう人間でなくなってもいいとも思った。そしたら、俺みたいに悲しむ人間をもう創り出さないためには人類や宇宙中の人間を滅ぼした方がいいっておもったんだ。
だけどチヨが来てくれて、俺を人間に戻してくれて、んでもって飛月も助けてくれた。急に黒い骨みたいな籠手が出てきてさ」
「・・・・・・俺もそれには驚愕したさ。アルトを救護室に運び終わったら、突然床に落ちていたのだからな」
「そう、だよな。でも、黒い龍玉を俺の下に運んでくれたのは旦那なんだろ?ありがと」
「どうしてそれがわかったんだ?まだそのことは言ってなかったんだが」
「まあ、その話は後にしてと。その黒い龍玉の力で俺は完全に紫の力をコントロールすることができた。紫の力を昇華して人間に戻れただけで、その時は完全に黒の力だけでスラと戦ってたんだけどな」
「戦っていたのか?こちら側ではアルトの姿が急に変わってすぐに人間の姿に戻ったぞ」
「あの世界と物質世界の方じゃあ、時間の流れというか、概念上の物もあやふやになってた。そよくわからないけど、それが原因だろうな。そしてスラは自分の悪神、獣を自分の身体に纏わせて俺と戦って、その靈体は完全に消失したよ」
「そうか・・・・・・その顔を見た感じ、何かあったか?」
「察しがいいな、旦那。まあ、いろいろとな。さて、ここからは俺が知った事。まずは黒の龍玉のことだ。黒の力からはどことなく人工的な何かを感じた。金の力のような神々しさ、五代の赤の龍玉のような自然的な力強さも感じることができなかったんだよ」
「・・・・・・つまり、それは」
「ああ、黒の龍玉は多分人工的に作られたもんだ。こんな神秘的なもんをどうやって作ったのかも、作り出した理由もわからないけどな。それに、スラはこの力のことを知らなくてうろたえていた。
きっと古代文明との戦いの後に何らかの目的として作られたもんだ。そしてその力は、紫の力を反転させて、強制的に昇華させる。そして戦闘面においては相手から受けた攻撃の分だけパワーを増していくようだ。力を増していくってところは、どことなく赤の力に近い性能みたいだけど、俺にもよくわからない色だよ」
「他の色の力とは違う、イレギュラー性を持った存在というわけだな」
「ああ、飛月が何故何回も繰り返しを行っても人間の姿でいられたのかもそれで納得がいく。紫の力、つまり負の感情の暴発を抑えてくれるのがこの黒い龍玉だ。
だけど、黒の龍玉の方が飛月の積み重なった負の感情をとうとう抑えられなくなったのが飛月の暴走の理由だ」
「なるほどな・・・・・・アルト、その戦いの時に金の力は使ったか?」
「全く使ってない。いや、使えなかった。スラの言うことが本当だったら、俺が金の力を使えなかったのは紫の力に浸食されたかららしいんだけど」
それは果たして本当なのだろうか?
星の抑止たる神秘の金の力が人工的な科学の呪いに等しい紫の力に劣るなんて。
それに真実かどうかはさておき、何故スラは金の力が紫の力に浸食されれば使えなくことを知っていたのだろうか?
「そうか。だが、金の力が紫の力の影響をもろに受けるとは考えにくいな」
「やっぱり、旦那もそう思うだろ?いやー、なんかこの理由だけはよくわからなくてさ。旦那はなんでだと思う?」
龍神の遣いである旦那ならば、金の力のことを恐らく一番よく知っている旦那ならばきっと答えにたどり着ける。俺はなんとなくだがそう思うのだ。
「・・・・・・そうだな」
しばらく旦那は考え込む。金の力が消失してしまえばこの星の人類は間違いなく敗北が奴隷になってしまう。
それに獣や他のティリヤ人たちよりも強いヤマタノオロチを相手するには絶対に黒の力だけでは足りないのだ。
「またしても推測の域を出ないが、スラがそれを知っていたのは奴が金の力と対峙したときの話になるんじゃないか?」
「・・・・・・となると、古代文明の時代か15年前のコード:ファーストとの戦いか」
なるほど。確かに金の力と戦って紫の力が通用するということを実際に見ている可能性がある。
「ああ。だが、コード:ファーストの時代には紫の力は使われた形跡が残されていない。アルトのように浄化したとも考えられるが、リードはコード:ファーストがそのような力を使っていたとは言っていなかったし、アルトがどこか特別なものを持っているような言い回しもしていた。
おまけにその時代、ティリヤ人たちは軍事産業に目を付け、強化人間の製造に力を入れていたからな」
「そっか。じゃあ、古代文明の時代になるよな」
「そうなるだろうな。それに今一つ思ったことだが、リードが言っていた古代文明の話だとヤマタノオロチと古代文明の王は相打ちになった。その後の金の力は果たしてどこに行っていたのか?」
「ああ、確かに」
言われてみればそうだ。
コード:ファーストに宿るまでの8000年間、誰にも継承されることなく姿を消していた金の力は何をしていたのだろうか?
この星の人類が戦争や飢饉で何度も破滅しかけたというのにも関わらず、一切の手出しをしてこなかったのだ。
神様は人間の在り方に干渉をしないからだろうか?それなら抽象的であるが妥当な考え方ではある。
だけど、それと紫の力に関係性はあるのだろうか?
「それに、俺がアルトのところに黒の龍玉を持って行ったときに、胸の辺りがかすかにだが金色の光を帯びていた」
「え?そうだったのか?」
それは知らなかった。
紫の力を昇華してなんとなく人の考えている事や経験してきたことを見れるようになっているが、その事だけは見ることができなかった。
「アルト、俺は金の力がまだアルトの中で生きているように思えてならないんだ。金の力と一体化しているアルトの身体が、何よりも金の力が生きている証拠なんじゃないか」
そうか、俺の身体!
沼の世界で紫の力に浸食される前までは金の力と一体化していた!ならば俺の身体の中で生きていてもおかしくはない!
「アルトの体氣を見た感じ、以前から感じる物とは全く別の氣が入ってきているが、その中に明らかに金の力の物も混じっている。アルト、金の力が何故使えないのかはわからないが生きているぞ!」
・・・・・・!
確信を得ることができた。それならばヤマタノオロチに勝てるかもしれない。
だけど、俺の中からは全くと言っていいほど金の力の反応は感じることができない。それにスラがあの時言っていたことは嘘とは思えない。となると・・・・・・
「生きているのだとするならば、金の力はどうして紫の力に勝つことができたんだろう?」
金の力の生存が明らかになった今、紫の力に浸食されても何故生きているのかという理由は関係ない事かもしれない。
やはり俺もまだ人間なのだろうか。
昇華しても尚、わからないことがあるということが嬉しいのだろう。思考するというのは人間に許された行為の一つだ。それがまだできることが俺は楽しくて仕方がない。
「それは・・・・・・もしかしたら8000年もの間、金の力が人類に宿ることがなかったことと関係あるんじゃないか?」
「あ、普通にありそう。もしかして、ずっと眠っていたとかありそうじゃない」
「眠っていたか・・・・・・金の力の根底である金色の龍神は星の遣いだ。星が生命体であるとするならば、それから生み出された金の力もまた生きているのかもしれない」
「そっか!だったら紫の力に対する免疫を作るために眠ってたなんてありえそうじゃないか!?それなら、コード:ファーストが現れるまで眠っていたということも納得がいくぜ」
星も地上に生きる生物たちも変わらない。
生きているんだ。
皆、進化していく。星も生物も。
「生きているのはわかったけど、どうして使えないのかな?そこはまだわからないんだよな」
「・・・・・・アルト、感覚で構わない。どのぐらいもちそうだ?」
もちそう・・・・・・寿命のことか。それに関してはもう明確な答えが出ている。
「もし、金の力が生きているのなら俺の寿命は後一か月だな。まあ、今日から一か月ぴったりなんてことはないと思うけど」
「・・・・・・!」
「紫の力を昇華した今、紫陽花病のせいで死ぬことはなくなった。だけど金の力との一体化が以前のまま、まだ続いているのだとするならば、一か月が俺の肉体の限界だ。
俺が星の抑止になることに反対すれば、俺が死んだ後にまた別の人に継承される。金の力は本来、人間を星の抑止にたる戦士を作るためにあるんだ。俺はなんでかはわからないけど、それに俺が選ばれた。選ばれた限りは、どのみち戦う運命にあったんだよ」
「・・・・・・何故そんなことがわかったんだ?」
「あー、そのことも話しておかないとな。紫の力をリードが利用していたのは覚えてるか?『引き寄せの法則』のことだけどさ。それって俺たち物質世界に生きる生命体が視認したり、明確に感知できない高次元の物なんだ。
神託にも書いてあった通り、紫の力は災いの元だけど使い方次第ではとんでもない物になる。紫の力を昇華した俺はそういった高次元のものをだいぶ感知できるようになったらしくてさ。
さっき旦那がなんで黒い龍玉を俺のところに持ってきてくれたことを知っているのかって言ってたじゃん?今の俺は近くの人が経験した事とか思考が読めるようになったみたいなんだ。加えて星の事情も少なからず分かってしまったというわけさ」
「そう・・・・・・だったのか」
あらら、圧巻しちゃってるや。まあそうなるよな。
「これがまた自分の意志で見たり聞いたりできなくできればいいんだけど、そんなに便利なものじゃないらしくてさ。結構頭の中ごっちゃごちゃなんだ。なれればもしかしたらこれもコントロールできるようになるかもしれないけど」
「・・・・・・!そうか、他人の思考が永久的に頭の中に入ってくることになるのか」
「そうそう、まだ自由に扱えないみたい。だからこうやって二人きりになってようやく、その人の言いたい事とかがはっきりとわかるようになるんだ。いやー、高次元の力ってやつもうまく使えないんじゃあ不便極まりないな~」
「どうする?この後の片付けの作業、休むか?結構な大人数でやってるからきついだろ?」
「ありがと、だけどお構いなく。むしろ人がたくさん周りにいた方がいいな。そっちの方がなんか落ち着くんだ。じゃ、戻ろうぜ、旦那」
うーん・・・・・・精神的にもどこか素直になってきているようだ。
気持ちを誤魔化すこともできなくなってきている。
やっぱり人間としてのタガが外れてきているみたいだ。
気持ちを解放するという点ではいい事なんだろうけど、社会の中で生きていく上では誤魔化しは必要だからな・・・・・・
まあ、この組織のメンバーにおいて誤魔化しは意味なんてないんだろうけど、絶対に誰かがが察知して心配してくれるから。
「アルト、最後に言わせてくれないか?」
休憩室を出ようとする俺を旦那が止めてきた。
何を言いたいのかはもう俺にはわかっている。だけど聞く。話さなければ本来は、その人が何を考えているのかわからないから。
俺は最期まで人間で在りたいから、紫の力にはできる限り頼らない。
「何?」
「今、アルトが金の力を使えない原因・・・・・・それは誰かに止められているから。そして、アルト。お前はその正体がなんとなくわかっている」
「ああ、間違いなくコード:ファーストだろうな」
「コード:ファーストの正体はわかっているのか?」
「・・・・・・いや、金の力が何故紫の力への耐性を付けたのかとか、コード:ファーストの正体といったことにはブロックがかけられたかのようにわからない。金の力に関してわかったことはさっき言った抑止の戦士を作るという本来の目的だけだ」
「そうか・・・・・・そしてアルト。もう一つ。コード:ファーストが金の力を使うことを止めている理由、それは多分・・・・・・」
「次に金の力を使えば、俺は完全に人間ではなくなり、死亡する。だから止められているんだろうな」
「やはり・・・・・・そうなるか」
だけど、一体コード:ファーストはなんのために俺を止めているのだろうか?
彼は恐らく抑止の戦士の一人になった存在だ。彼がどんな人生を歩んできたのかはわからないが、わざわざ俺やチヨの危機を救い、俺に金の力を継承させたのか。
そして何故わざわざ俺を戦士になることを止める理由があるのだろうか?
俺に同じ道を歩ませたくはないのか?
彼もまた、最期まで人間で在り続けたかったのかもしれない。
わからないことがあるのはやはり嬉しいものだ!
「それとな、アルト・・・・・・お前にまだ伝えておきたいことがあるんだ」
何を、と俺が言うと旦那は少しだけ口を閉ざし、そしてまた口を開いた。
「アルトが・・・・・・心を壊してしまっている時に、俺はあの街のことを調べていたんだ。何故あんなことになってしまっていたのか、何故あの紫陽花病に侵された子が殺されそうになっていたのか。何故、チヨ君が殺されなければならなかったのか」
「・・・・・・」
俺はできる限り気を逸らした。話に集中しすぎてしまうと旦那の心の中を見てしまいそうになるから。俺は旦那が調べてくれたことをその口でききたかったからである。
「あの少女・・・・・・チヨ君が助けたあの子は、アルトの発した虹色の光でその少女の紫陽花病は完全に完治した。
怪我の状態はあばら骨の数本と左腕の複雑骨折のみ。どれも町の人間たちにやられたものであったと彼女は述べた。
両親は共に例の一件で亡くなり、今、彼女の身柄は親戚に引き取られている。
そして、あの街が何故あのような状態になっていたのか。それは俺達の初陣の時に関わっている。奇跡の町と呼ばれた港町。そこは9月に紫陽花病が爆発的に民間人に広がり、町全体が崩壊したという惨劇を残した町だ。
その隣町である本事件が起きた街は、調査によると産業関係が奇跡の町の影響で後退し、事業は解体され、残された土地は主に住宅街として確立していたようだ。労働の際は奇跡の町の方へ出向き、事件があった町に帰ってくるのがどうやら通例のようであった。
だが、奇跡の町での紫陽花病の影響で街の人口のおよそ20分の1が行方不明になり、家族や友人、そして収入を失った人々は途方に暮れた。その影響で心が荒み、奇跡の町の生き残りである少女が逃げてきた際にあのような暴徒と化していたようだ。
下手をすれば少女もジェル状になるか化物となり、紫の鱗粉をばらまいていた可能性もある。
だが、彼らは負の感情でバベルの力が活性化することを知らない。下手にさらに傷みつけていればあの街さえも奇跡の町の二の舞になるところだったのだ。
それを・・・・・・チヨ君は止めてくれた。そして救ってくれた、一人の少女の命と街一つを。感謝してもし尽くせない」
「・・・・・・」
チヨは人の手によって殺された。それは紛れもなく、そして隠しきれない事実である。
だけど・・・・・・だけどチヨのあの行動を俺は誇らしいと思っている。街を救ったことよりも、一人の少女の命を救った勇気ある行動をチヨがしたのだから。
だけど、どうしてそんなことをしてしまったんだ・・・・・・
誇らしい、すごいことをしたんだよ。人間としてすごく素敵な事をしたんだよ。だけど、それで自分が傷ついて、死んでしまったら元も子もないじゃないか・・・・・・!
5年前、チヨを神社から助けた時に繋一さんが俺に言っていたことはこういうことだったのだ。今になってようやく理解ができたよ。
それに、チヨは俺が戦いに行って、ボロボロになって帰ってくるときにはずっと気が気じゃなかったんだろうな・・・・・・
今、この立場になってようやくそのことが分かった。
俺が戦う決意をして、泣いて止めてくれて。
俺の寿命のことを聞いて俺に想いを伝えてくれて。
相当辛い思いをさせてしまった。謝らなければいけない相手が、想いを伝えたい人ができたのに。できたってのに・・・・・・
「どうして・・・・・・今になって・・・・・・チヨ・・・・・・」
・・・・・・!
突然、本部内に警報が鳴り響いた。いつもと同じ、紫の反応を感知したときの音である。感傷に浸っている場合ではない。涙を流している場合ではないと現実が俺のことを急かしているようだ。
「・・・・・・アルト」
「・・・・・・大丈夫だ。行こう、旦那」
袖で涙を拭い、俺は旦那と急いで休憩室から飛び出し、会議室へと走っていった。
会議室には大勢の仲間たちが集まっていた。部屋が広いおかげでぎゅうぎゅうになることはないが、俺の頭の中はいろんな人の思考が入ってきてすごくすごいことになっている。正直言うと、頭がとても痛い・・・・・・
旦那が長倉さんと何か話し合っている。それは警報が鳴ったときはいつものことだが、今日はいつも以上に時間がかかっているようだ。
・・・・・・!
刹那、俺の身体が震えた。そして同時に冷や汗が流れる。
なんだこの強い力は!?
身震いが止まらない。周りにいた人たちが心配して俺に声を掛けてくれたが、数秒後に警報音が変わる。
国民保護警報の音だ。スクリーンには龍之国の北部全域に警報が出ていることを映し出す。そして、本部内の紫の反応を感知する機械が静かに停止した。
「なんだ・・・・・・!?何が起きているんだ!?」
旦那が珍しくうろたえている。皆が様々な不安を抱いている。
「間違いない、やつだ」
俺はざわつく会議室の中、一言放った。会議室内が一気に静まり返る。
ヤマタノオロチ・・・・・・前にもそのエネルギーを感知したことはあったが、その時よりも比較にならないほどの力だ。
金の力を使えない今、勝利は絶対にありえない。
だけど勝てる、勝てないの問題ではない。行かないと犠牲者が増えていくだけだ。
「旦那!俺、行くよ!」
「長倉、緊急事態だ。ここを任せてもいいか!?」
「・・・・・・わかりました。どうか二人とも無理はしないでくださいね」
俺と旦那は再び走り、会議室を出ていく。
俺が万が一、ヤマタノオロチに殺された場合、勝ち筋はもう旦那しかいない。だが紫の力が確認されている以上、旦那がヤマタノオロチを攻撃すれば死ぬことは確定している。
俺ができる限りのことをすれば、なんとかヤマタノオロチを撤退させ、被害を拡大させないようにできれば、金の力を俺が死ぬことなく使えるようになる方法を模索する時間を得られるようになるはずだ。
北部の方は雪が降り積もり、地上が曇天模様の今日の空と同じような色をしていた。ヘリをできる限り近くの高層マンションの屋上に降りてもらい、俺と旦那は地上を見る。
「こいつは・・・・・・」
視界に入ってきた光景は、燃える街であった。
ここはテレビでも紹介されるほど有名な場所であり、観光客などでにぎわっていた綺麗な街並みがあったはず。
だが、もう跡形もない。すべてが崩れ去っている。
奇跡の町の時とは比較にならない。
曇天の空がまるでその町から出る煙で作られたんじゃないかと思えるぐらい、街は燃え盛っている。未曽有の大災害だ。
だが、これはただの災害じゃない。その炎のうちのほとんどが紫色の炎だからだ。
頭の中に入ってくるはずの人の声が聞こえてこない・・・・・・ほとんどが焼き殺されてしまったのだろう。
「・・・・・・ッ!」
「アルト、これでは助かっている人間はいないだろう。それでも行くか?」
「・・・・・・ああ、行くさ」
金の力が使えない今、浮遊することができないので俺は籠手に包まれた左腕を胸元に持っていき、拳を握る。
「・・・・・・行くぜ」
耳が痛くなりそうなほどの高い音を発しながら、黒い光が籠手の龍玉から放出され、だんだんとエネルギーが俺の中で発生していく。
黒い光が晴れ、視界がクリアになる。どうやら変化が終わったようだ。
旦那と共に高層マンションから飛び降り、急いで炎が進む先へと急ぐ。
進むにつれて段々と紫の炎の色が濃くなっていく。そしてとうとう、その発生源にたどり着くことができた。
・・・・・・そこにいたのは人で在った。
だが、その姿はティリヤ人たちと同じような異質な姿。
細身の身体は全体的に紫色で胸元や手首には何か文字のようなものが彫られた装飾品を身に着けている。
顔は人間らしさを残しつつも人間とは全く別物、額からは長く黒い二本の角が飛び出している。
「お前が・・・・・・ヤマタノオロチ!」
どのように町を燃やしているのかはわからないが、これ以上この先に進めるわけにはいかない。
ヤマタノオロチがこちらに気づき、俺の方を見る。
「イシタ・・・・・・シュラバヤリ?ムボユムバハバヤパフハネ?ナニミニイハノ?」
・・・・・・!その言葉は、古代文字のやつだ!チヨが以前、暗号を解読する時に使っていた言葉と同じものだ。
「旦那、こいつは何を言っていたんだ?」
「君はシュラバかい?ずいぶんと姿が変わったね、何をしに来たの。と言っていた」
シュラバの名前を知っている!?ということは、コイツはコード:ファーストと面識があるのか!?
「ああ、そっか。今はこの言葉じゃないんだっけ?今の人類の言葉で話さないとね」
「なっ・・・・・・」
コイツ、現代語もしゃべれるのかよ。
「当たり前だろ、シュラバ・・・・・・といっても前のシュラバとは違うのかな?金色の力はどうしちゃったのさ?」
「・・・・・・テメーに関係あるかよ。いいからその手を止めろ!」
「ん?ああ。そうだね。こうして君たちをここに呼べたわけだし」
「呼べたとは・・・・・・まさか!」
旦那が怒りの表情を見せる。ああ、こいつはまさしく・・・・・・
「うん、こうやって人間を殺していれば君たちは絶対にやってくると思ったんだ。やってみて良かった。だって本当に来てくれたんだもん」
人としての面影をほとんど残していない顔がゆがむ。それはまるで少年のように嬉しそうに、楽しそうに笑っているのだろう。
そして、気づいたことが一つ。昇華した俺でもコイツの思考や感情が一切読めないのだ。
人をおもちゃを壊すように扱いこの野郎を今すぐにでも殴りかかりたい。だが、話を聞きだすのが先だ。
「ヤマタノオロチ。お前の目的はなんだ?俺やアルトをここに連れてきた理由は?」
「それは・・・・・・暇だったからさ。せっかく生まれてきて、身体も昔の物よりももっと若々しくなった。だけどなんもやることがないんだ。だから君たちを呼ぶついでに、人間を殺そうと思ってさ」
「テメー・・・・・・」
怒りが抑えられない。紫の力の影響で段々とエネルギーが増していく。
「待て、アルト。ヤマタノオロチ、アルトや俺を呼び出して何をしようとしたんだ?」
「・・・・・・聞いてなかったの?僕は暇だったの。だから久々にやりたくなったんだって、人間を殺すという行為を。宇宙のよくわからない場所で復活してからというもの、全然戦ってなかったからさ。
だけど、やっぱり同じぐらい強い奴じゃないと楽しくないんだ。もう小物の悲鳴とか断末魔は聞き飽きたからさ、もっとこう・・・・・・血沸き肉躍ることをしたかったんだ!」
理解できないことを本当に、心底楽しそうに俺たちに主張してくる!
「そのために・・・・・・そのためだけに人間を殺そうとしていたのか?」
「そうだよ」
コイツは・・・・・・コイツは、生かしておいちゃだめだ!
確かに他のティリヤ人も同じような事をしようとしていた。
だが、あいつらには願いや野望があった。
スーロは復讐。リードは高次元への挑戦。スラは悲しみの連鎖を止める。
しかし、こいつはただ自分が楽しむために人間を殺している。ダメだ・・・・・・こいつは、いただけで周りを傷つけてしまう!
「ウオォォォォォォォォ!!!!!!!!」
怒りに任せて俺はヤマタノオロチに向かって走る。怒りのおかげで今のエネルギー量はスラを倒したときと同じぐらいにまで上がってきている。これならば一発は殴れ・・・・・・!
殴れ・・・・・・
「・・・・・・あれ?」
あれ、脚が動かない。
立っているのもキツイ。
おかしい、休憩をしなかった反動だろうか?いや、拾うなんて感じていなかったからそんなことがあるわけがない。
それに、とてつもなく足と脚が熱く感じてしまう。
俺はその場で倒れこんでしまった。倒れた俺を迎えたのは冷たく積もった雪・・・・・・
ではなく全身に広がる紫色の炎だった。走れなくなったのは、立てなくなったのは炎で足の筋肉が燃やされてしまったからだったのだ。
「アアアアアアアア!!!!!!!!」
熱い!熱い!熱い!熱い!熱い!熱い!熱い!熱い!・・・・・・痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!・・・・・・
燃える、身体が燃える。全身に痛みが走る。今までに感じたことのないほどの凄まじい痛みが。目が見えなくなっていく。目から、喉から・・・・・・全身から水分が抜けていく。血も蒸発していくみたいだ。
身体が、意識が崩れていく。自分が叫んでいるのかどうかも定かではなくなっていく!
そして・・・・・・・ふっと世界が崩壊した。
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