第3話 世界最高速度、その未来へ…
戦闘機で培った技術、それを応用した高速鉄道研究の粋を集めて作られたSE車こと、初代小田急ロマンスカー。
1957年にデビューしたこの列車は、人々に大きな影響を与えていきます。
走り始めるや否や、予約を取ることが最も難しい列車となった特急ロマンスカー。
このロマンスカーでは、今までの鉄道にはない、あるサービスが行われました。
それが「走る喫茶室」
専属のウェイトレスが席までオーダーを取りに来て、淹れたての紅茶を持ってきてくれるという、特別感あふれるサービスでした。
1981年には「走る喫茶室」を題材としたドラマ「想い出づくり。」が放送開始。
裏番組である「北の国から」と、対国鉄ばりの視聴率獲得競争を繰り広げました。
トラベルミステリーの大家として知られた作家 西村京太郎。
代表作である十津川警部シリーズにもロマンスカーが登場しており、「走る喫茶室」のウェイトレスが突如列車から消えるという、奇想天外なストーリーを生み出しています。
「走る喫茶室」は利用客に好評で、1995年にサービスが終了するまでのおよそ40年に渡って、ロマンスカーの名物となったのです。
一方、鉄道ファンたちによって作られた日本最大級の愛好家団体「鉄道友の会」も、SE車の功績を讃えようと動き出します。
彼らが生み出したのは、その年に営業運転を開始した電車のなかで一番素晴らしい車両に与えられる「ブルーリボン賞」でした。
栄えある、いや、必然的にSE車が第1回目を受賞したブルーリボン賞は、現在も続いており、これまでに500系新幹線や寝台特急カシオペアなどの列車が受賞しています。
こうして、名実ともに人気列車となった小田急ロマンスカーSE車。
しかし、列車を開発した松平たちには、一つの疑問が浮かんでいました。
もともとSE車は、ボロボロの線路を傷めずに走ることができる、超軽量電車として開発されました。
ならば、しっかりとした線路でなら、この電車はいったいどれほどの速さが出るのだろうか。
松平や三木ら鉄道技術研究所の技術者たちは、この疑問を解決しようと動き出します。
それは戦時中、自分たちが吸収してきた知識と技術が、どれほどのものなのかを試すチャンスでもありました。
奇しくもSE車が完成したのと同じ5月に、国鉄も新幹線構想を立ち上げ市民に対して講演会を開催。 人々の高速列車に対する関心と期待は高まりつつあったのです。
1957年9月20日。
国鉄は小田急から車両を借り入れる形で、高速走行試験を開始。
東海道線の線路を使って、日夜走行試験を繰り返しました。
そして9月27日午後1時57分。
静岡県
これは狭軌… 幅の狭い在来線の線路を走る列車としては、当時の世界最高速度でした。
松平・三木たちの生み出した未来の特急電車は「世界一速い電車」という名声をもつかんだのです。
高速走行試験で得られたデータ、そして技術者たちの成功と自信が、東海道新幹線に受け継がれたのは言うまでもありません。
6年後の1963年3月30日午前9時46分32秒、今度は新幹線の試験車両が、時速256キロという最高速度をたたき出しました。
この記録に三木忠直は「SE車の記録を基に導き出した、計算通りの結果だった」と、後に語っています。
■
2018年3月。
小田急の最新型ロマンスカー、70000形 GSE車が営業運転を開始。
伝統的に踏襲された連接車方式ではないものの、オレンジ色の流線型ボディ、そして特別な旅を演出する豪華で美しい車内は、ロマンスカーの名に相応しい完成度でした。
このGSE車は、翌年の2019年に、とある賞を受賞します。
ブルーリボン賞。
61年前、初代ロマンスカーSE車を讃えるために創設された賞を、最新型のロマンスカーが受賞したのです。
―― SE車のデビュー後、小田急電鉄は個性的な新型車両を次々に開発。
「箱根観光と言えばロマンスカー」となるほど、大きな知名度を上げていきました。
その一方で、SE車は老朽化が進み、編成や運用の縮小を繰り返しながらも走り続けていましたが、ついにその伝説も終わりを迎えようとしていました。
1992年3月20日。
この日行われたさよなら運転をもって、SE車は35年の歴史に幕を下ろしたのです。
現在SE車は、唯一残された1編成が神奈川県海老名市にある博物館に保存され、余生を過ごしています。
日本の鉄道の未来を切り開いたパイオニアとしての貫禄を、その軽量ボディに宿しながら――。
〈戦闘機が生んだ、もう一つの高速列車 終〉
*参考資料
隔週刊 鉄道 ザ・プロジェクト 13号 小田急SE車
隔週刊 鉄道 ザ・プロジェクト 20号 近鉄ビスタカー
隔週刊 鉄道 ザ・プロジェクト 50号 鉄道技術者 三木忠直
旅と鉄道増刊号 ありがとう 小田急ロマンスカーLSE
鉄道ファン 2022年10月号
その他、多数のインターネットサイトを参照させていただきました。
Another butterfly ~映像の世紀 バタフライエフェクト補足エッセイ~ 卯月響介 @JUNA
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