第2話 技術者たちの挑戦


 鉄道会社の垣根を超え、全く新しい特急電車を開発することとなった小田急電鉄と松平ら鉄道技術研究所の技術者たち。


 目指すのは高速で走り、なおかつ車体がとても軽い新型特急電車。

 開発名 SE車。


 旧日本軍の戦闘機づくりで得た知識や技術、それを応用して日々研究していた最新鋭の鉄道技術を、彼らはSE車に投入していきます。


 爆撃機 銀河の設計に携わり、0系新幹線の先頭形状を生み出した三木忠直は、車両の軽量化という難題に対し、モノコック構造を電車に取り入れるというアイデアを打ち出します。

 ボディとフレームを一体化させた構造で、車体の骨組みを無くして軽くする一方、細かい部品を組み合わせることで強度を保つことが可能であったことから、航空機設計の現場で多く用いられていました。

 これにより、空気抵抗の少ない、丸みを帯びた流線型の先頭車両を作ることも、技術的に可能となったのです。


 この段階で、SE車は理論上、今までの電車より軽くて速く走ることが可能となりました。


 一方、ゼロ戦の墜落事故研究を応用し、列車脱線の原因となる「蛇行動」を突き止めた松平精は、高速度で走っていても蛇行動を起こしにくい新しい台車を提案しました。

 いくつかのバネを組み合わせ、台車にかかる振動を分散させるという新型台車は、SE車に求められる高速運転と、安全性、快適性に無くてはならないもの。

 この台車の研究と成功が、のちの新幹線にも生かされていきます。


 更に、他の技術者たちからも新技術の提案が続々と行われ、SE車に投入されていきます。

 その技術は時代を超え、現在の電車にも使われています。


 ―― 高速で走っていても、正確かつ安全に車輪を止められるディスクブレーキ。

 車輪を二枚のパッドで挟み減速させるもので、自転車のブレーキ……と言えば想像しやすいかもしれません。

 航空機に導入されていた最新技術を、鉄道車両に取り入れたのです。

 近年、電車へのディスクブレーキ採用は減っていますが、2010年にデビューし、在来線としては日本一の速さを誇る京成電鉄の空港特急「スカイライナー」に、この方式のブレーキが採用されています。


 ―― 踏切事故防止と、沿線住民への騒音対策を兼ね備えたミュージックホーン。

 音楽を奏でる全く新しい警笛は、名鉄のパノラマスーパーや、JR東日本のサフィール踊り子号など数多くの電車に採用されています。


 ――車両の連結部分の真下に台車を取り付ける連接車方式。

 メンテナンスがしにくいのが欠点であるものの、台車を少なくできることで軽量化や車体下部に大きなスペースを確保しやすい上、カーブを高速で曲がりやすいというメリットがありました。

 この連接車方式は、SE車デビューの少し後に登場する近鉄ビスタカーの、初代特急車両にも採用。 二階建て車両を兼ね備えた、世界初の高速電車誕生に一役買ったのです。


 1957年5月。

 航空機由来の技術と知見を贅沢につぎ込んだSE車こと、初代小田急ロマンスカーが完成。

 流線型の超軽量車体に、鮮やかなオレンジを基調としたボディカラー。

 何もかもが全く新しい、世界最先端の特急電車が誕生した瞬間でした。

 7月には早くも営業運転を開始。

 瞬く間に箱根観光の顔となったのです。


 しかし、SE車の物語はこれで終わったわけではありません。

 ここから、さらなるバタフライエフェクトを生み出していくのです。


 〈第三話へ続く〉

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