第3話 剣聖、見下される
大崎は山をいくつも超え、電車よりも早く東京にたどり着いた。
(都会には久方ぶりに来たのう……今も昔もここは人が賑わっておる)
駅前には大崎が住んでいる山形の田舎町とは比べ物にならない程の人の数……
そして、その様相は少し変わっていた。
冒険者の格好をした者はみな、自分の周囲に豆粒サイズの小さな機械を沢山飛ばしていた。
大崎の目で見極めると、それは魔法のバリアで守られていることが分かった。
そこそこの衝撃を受けてもビクともしないだろう。
その機械にはレンズが付いており、その先には複数の視線を感じる。
(ふむ……あれがダンジョン配信に必要な機械かの。どこで買えるんじゃろうか)
大崎がそんな風に思っていると、一人のガラの悪い男が声を張り上げた。
「おい、テメーら! 良く見とけ! 最強の配信者、ヴァイス様が今日も最高の配信をしてやるからよぉ!」
突然の大声で、周囲の人々もその男に注目する。
そして、ザワザワと困惑した空気が流れた。
「うえっ、迷惑系チューバーのヴァイスじゃねぇか」
「今度は何をやらかす気よ~」
「あいつ、迷惑なクセにファンは多いんだよな」
「そりゃ、強いからね」
「だからって何をしても良い訳じゃないでしょ」
どうやら、ここに居る人々にとっては悪い意味で有名なようだ。
「今日はダンジョン配信に行く前に、景気づけにこいつをぶっ壊してやるぜ~!」
そう言ったヴァイスの隣には金ピカの大きな石像が建っていた。
場所は東京駅の広場のど真ん中。
明らかに景観を損ねるその石像……しかし、その姿を見て大崎は困惑する。
(この石造……よく見たら若い頃のワシじゃね?)
『世界を3度救いし伝説の剣聖【ロック】』
金の像の台座にはそう彫られていた。
【ロック】、大崎の名前『岩夫』から取って当時はそう名乗っていた。
今にして思えばややこっぱずかしい名前だ。
しかし、結果として身バレを防ぎ、穏やかな生活を送ることができていたのでそこまで悪くもない。
――勝手に金ピカの像を建てられて民衆の視線に何十年も晒され続けてきたことに比べれば可愛いモノである。
事情を知る為に大崎はすぐそばのおじさんに話しかけた。
「すまん、つかぬ事を尋ねるがワシは田舎者での。あの目に悪い像は何なのじゃ?」
「あぁ、冒険者ギルド協会の最高責任者――
(火狩め……ワシのことを慕っておるのは分かるが、ここまでするか普通)
まぁ、自分の金で立てているだけ良しとするか。
ただ、撤去はしてもらうがの。
そんな事を考えていたらヴァイスは目の前の何もない空間に手をかざした。
すると、ヴァイス自身の姿と沢山の文字が目まぐるしく流れてゆく画面が表示される。
「おぉ、ハイテクじゃのう。画面が出てきたぞ」
大崎が驚くと、おじさんは続けて教えてくれた。
「爺さん、まさか配信者を見るのも初めてか。そりゃ随分と田舎だな」
「うむ、恥ずかしながらの……アレはどうなってるんじゃ?」
「ヴァイスの周囲に飛んでる小さい機械が『撮影機』そして、それを映して配信してるあの画面のことを『配信画面』って言うんだ。流れてる文字は見てる人のコメントだぜ」
「なるほど、そういう仕組みなんじゃな~」
ヴァイスが出した配信画面には沢山のコメントが流れる。
"流石ヴァイスの旦那! そこに痺れる憧れるぅ!"
"ぶっ壊したらギルド会長が殺しに来んぞw"
"その像、普通に眩しいから壊して欲しかった"
"剣聖だかなんだか知らないけど、とっくの昔に死んだ奴なんかどうでも良い"
"本当は雑魚だったらしいよそいつ"
"というか、存在しない。逸話があり得ないモノばかり"
"ロックは都市伝説定期"
"ヴァイス最強! ヴァイス最強!"
周囲の人々の反応とはうって変わって、ヴァイスの配信の視聴者には大人気のようだった。
気分を良くした様子のヴァイスはニヤリと笑う。
「ギルド連中はいつまでもこの【ロック】とかいう冒険者を崇拝してるが、本当に強いのはこの俺様だ! いくぜ~!」
そして、ヴァイスは拳に力を込めてぶん殴った。
「ウルトラパンチ!」
そんな発声と共に放たれた拳は若い頃の大崎の石像を見事に破壊した。
画面にはコメントが流れる。
"その技名要る?"
"技名ダサすぎて泣いちゃった"
"お母さんに考えてもらったの?"
「どうだ! やってやったぜ! 憧れてちゃあ、超えられねぇのよ!」
一瞬流れたコメントは見なかったことにしてヴァイスは半分涙目になりながら満足げに拳を突き上げた。
"うぉぉぉ! やりやがった! マジかよあの野郎!"
"素手で石像破壊するのヤバすぎ"
"ちょっと泣いてない?"
"痛いの我慢してそう"
"ウルトラパンチって何ですか?"
"ヴァイス最強! ヴァイス最強!"
"ヴァイスしか勝たん!!!"
大崎も思わず大きな拍手をしてしまった。
忌々しい自分の石像を破壊してくれたのだ。
感謝もしたくなる。
それに『憧れてちゃあ、超えられない』、まさにその通りだ。
やっていることは過激だが、彼には自分の時代を自分で作ろうという情熱がある。
しかし、周囲で拍手をしたのは大崎だけだった。
普通に考えれば迷惑行為だ、ヴァイスのファンならともかく一般的には褒められたことじゃないだろう。
そのせいで、大崎の方にも少し注目が集まった。
良い機会だと思った大崎はそのままヴァイスのもとに近づいて尋ねる。
「すまぬが……その、ダンジョン配信というやつ。ワシもやってみたいんじゃがやり方教えてくれんか?」
"じじい、痴呆症か?w"
"このじいちゃんがダンジョン配信? お散歩配信じゃなくて?"
"おいおい、自殺志願者かよ"
"おじいちゃん、もうさっき配信したでしょ"
"こんなヨボヨボのじじいじゃ無理"
"多分ウチのハムスターの方がギリ強い"
大崎の正体がたった今破壊された伝説の剣聖本人とは思わない視聴者たちによって、見下したコメントで溢れかえった
これから始まる、隠居した剣聖――大崎岩夫(75)によるとんでも無双劇など知る由もなく……。
大崎岩夫75歳、初めてのダンジョン配信~新人配信者のおじいさん、実は引退した最強の剣聖です~ 夜桜ユノ【書籍・コミック発売中!】 @yozakurayuno
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