第2話 剣聖、街へ向かう

 

 地元の山形を出て、東京へと向かう電車内。


 若者~中年の人たちは誰もかれもがスマホを横持ちにして耳にイヤホンを付け、その画面に目をくぎ付けにしていた。

 みんな、自分の世界に浸り、楽しんでいるようだ。

 そんな様子を見て大崎は思う。


(うむ、世間でも『ダンジョン配信』が流行っている様子じゃな。みんな見ておる)


 好きなモノに夢中になるのは大いに結構。

 しかし、独りに夢中で人同士の関わり合いが無くなってしまうのではないだろうか。

 ただ同じ電車に乗り合わせただけ、それだって素敵な縁になり得る。


 大崎がそんな事を考えていると、一人の若いお母さんに抱えられた赤ちゃんがぐずり出した。


「うぇぇぇん!」


 見ているダンジョン配信に雑音が入るのを嫌うように、周囲の人たちは迷惑そうな表情だ。

 そのお母さんも申し訳なさそうにペコペコと頭を下げて赤ちゃんの背中をさする。


 赤ちゃんの顔がお母さんの背中越しに、丁度大崎の方を向いた。

 大崎はにっこりと微笑むと、自分の顔を両手で隠す。

 そして、次の瞬間に手を開き、舌を出して渾身の変顔を披露した。


「――きゃははは!」


 それを見た赤ちゃんは泣きやんで楽しそうに笑う。

 大崎は満足そうに鼻息を出した。


(ふふ、ワシがどれだけ孫たちのご機嫌を取って来たと思っておる。これくらい朝飯前じゃ)


 最強の剣聖は赤ちゃんをあやすのも上手かった。

 お母さんは背後でおじいさんが変顔をしていることなど知らず、泣き止んだ我が子に安心してホッとため息を吐く。


 こんな風にハプニングがあっても、スマホの画面を見続けている人たちしかいない電車の中の様子を今一度確認すると、大崎は寂しく思う。


(みな、もっと周囲の人に寄り添ったり、外の景色を楽しむくらいの余裕は持って欲しいのぅ)


 そんな事をしみじみ思うと、今度は車内にいる5歳くらいの男の子と目が合った。

 大崎はにっこりと笑って手を振ると、その子も嬉しそうに手を振る。


(颯太と同じくらいの可愛い子じゃ。さて、そろそろ行かせてもらおうかの)


「――たっくん、何か見えたの?」


 その子の母親は左手でダンジョン配信を映したスマホを持ちながら尋ねた。


「うん! おじいちゃんが笑って手を振ってくれた! だからこっちも手を振ったの!」

「あらそう、良かったわね~。は色んなモノがあるから、いっぱい楽しむのよ」

「うん! おじいちゃんは走って先に行っちゃった!」

「……そ、そう? もう少しで着くからね」


 5歳児の言うことなんて、不思議なことばかりだ。

 母親は特に気にすることもなくダンジョン配信の続きを見る。


 大崎はその俊足で住宅街の屋根の上を跳びながら、電車を追い抜かして街まで駆けた。


 ――――――――――――――

【補足】

おじいちゃんは実は電車の中ではなく外を並走して車内を見ていたというちょっとした叙述トリックでした!

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