大崎岩夫75歳、初めてのダンジョン配信~新人配信者のおじいさん、実は引退した最強の剣聖です~

夜桜ユノ【書籍・コミック発売中!】

第1話 引退した最強の剣聖

 小さな、片田舎のとある一軒家。

 その和室では、スーツを着こなした若い女性と男性が肩を並べて正座していた。

 女性は冒険者ギルド協会の最高責任者、火狩かがりみさき

 男性はその側近、戸部とべ大輔だいすけだ。


 2人の目前には引退した最強の冒険者。

 ギルド協会から唯一【剣聖】の称号を与えられた男。

 大崎おおさき岩夫いわお、75歳が居た。


「――大崎様。再三のお願いで恐縮ですが。我らに今一度お力をお貸し頂くことはできませんでしょうか?」


 スーツの女性、火狩はそう言って、丁寧に頭を下げる。


「この世にダンジョンが現れ、早100年。近年、『厄災獣』と呼ばれる新たな脅威が各ダンジョンの奥深くに現れました。それに太刀打ちできる者は、もはや貴方しかいません」


 火狩の懇願に、大崎は威厳に満ちた声で返答する。


「ならん、ワシなぞ既に役目を終えた老骨よ。この時代の平和はこの時代の者たちが作っていかねばならん」

「で、ですが……! このままでは本当に人類がモンスターたちによって滅亡してしまうかもしれないのですよ!?」

「それもそれ、世界のことわりじゃ。この世の万物は必衰ひっすいの定め。抗えぬというのであれば、それが運命なのだろうよ」


 大崎の言葉には伝説の冒険者としての確かな重みが感じられた。

 75年という歴史、そして剣士としての研鑽の末にたどり着いた境地。


 その重圧を感じながらも、火狩は口を挟む。


「その……大崎様。大変言いづらいのですが――」


「じぃじ! お馬さんなんだから、ちゃんと鳴いてよ!」

「ヒヒーン! ブルルル!」


 引退した最強の剣聖、大崎岩夫。

 彼は今、ウマを演じるべく四つん這いになり背中に6歳の孫を乗せていた。

 もちろん、ここまでの会話もその状態で行っている。


「お孫さんには少し席を外して頂くことは……」

「お前らの話なんかより、遊びに来てくれた颯太と遊ぶ方が重要じゃ。席を外すというのであれば、それはそなた達の方だ。ワシは今おウマさんごっこをしている」


 ここまで、四つん這いの大崎に対して何も言わずに我慢していた戸部は激怒してちゃぶ台を叩いた。


「――っ、貴様! ふざけるのも大概にしろ! このお方は冒険者協会のトップ! 会長を務める若き天才、火狩かがりみさき様だぞ! いくら貴様が前時代の伝説の剣聖だからといって、そのような無礼な態度は看過できん!」


「よう知っとるわい。弱虫な少女だったお前が偉くなったモンじゃのう。お前がウチに泊まりに来た時、怖い話を聞いたせいで夜1人でトイレに行けなくて――」

「大崎様、そのお話は第一級秘匿事項に該当いたします。二度と口にされないように。二度と」


 ほのかに頬に赤みを帯びた火狩は大きく咳ばらいをした。


「とにかく、聞いての通りじゃ。ワシは絶対にダンジョン攻略などせん。例えお前らが1万回頼み込んできてもな」

「……火狩様! もう良いですよ、こんな奴! きっともう戦えないんです! だから誤魔化しているんだ!」

戸部とべ、貴方は黙っていなさい。この人は間違いなく、今でも最強よ。誰も理解が及ばないレベルでね」


 火狩はそう言うと、立ち上がった。


「貴方の意思は大変固いようですね。今日の所はここまでにいたします」

「おう、もう来んなよ~。婆さん、塩撒け、塩」


 火狩と戸部がウチを出ていく。

 その際、大崎の妻である大崎松枝まつえは塩を撒くどころか笑顔で「次は頑張ってねぇ」と言って自家製のぬか漬けを火狩に手渡していた。

 戸部は、大崎の耳元で「さっきのトイレの話、いつか絶対に教えてくださいよ」と密かに言ってその場を去った。


 2人が見えなくなると、垣根越しにお隣の山田さんが顔を出した。


「ちょっと~、何か若い子の怒鳴り声が聞こえたけど大丈夫なの~?」

「あっ、山田おばさん! こんにちは~!」


 颯太は大崎の背中から降りて元気に挨拶をした。


「あっはっはっ、大丈夫ですよ。暴れられたら、まだ逃げる体力くらいは残ってますから!」

「大崎さん、もう歳なんだから無理しちゃダメよ~?」


 そんな話をしていたら、またどこからともなくご近所さんたちが集まる。


「大崎さんの所、いつも心配してるのよ~」

「そうそう、優しいから詐欺師に狙われるんじゃないかって!」

「大丈夫? さっきの人たちから何か買わされてない?」


 大崎は明るく笑う。


「ご心配ありがとう! それより、ウチの畑で採れたキュウリがあるのでぜひ皆さんにお裾分けをさせて頂きたい!」

「えぇ~? ちょっと、悪いわよ~!」

「いいの~? じゃあ、うちもトマトが採れたからからお裾分けするわね~」


 ご近所さんたちとひとしきり談笑を終えると、大崎は和室に戻った。

 颯太は実家から預かっているのだ。

 遊べる時間は有限、颯太が帰ってしまう前に沢山遊びたい。


「さぁ、颯太! 次は何して遊ぼうか! またおウマさんごっこやるか?」


 しかし、颯太は熱心に自分のスマホを見つめていた。

 今まで見たこともないくらい、キラキラとした瞳で。


「そ、颯太? そのピコピコで何見とるんじゃ?」

「じぃじ、知らないの~? ダンジョン配信だよ!」

「ダンジョン、はいしん……?」

「うん! 凄いんだよ! 配信者さんたちはみんな、悪いモンスターをやっつけてるの!」

「へ、へぇ~。ダンジョン配信? ねぇ」


 大崎は嫉妬していた。

 自分と遊んでいる時には見せてくれない、颯太の憧れの瞳。

 それが、ダンジョン配信者たちに向けられているからだ。


「で、でも! 颯太はじぃじの方が好きだもんな~?」

「じぃじは好きだよ! でも、カッコ良いのはダンジョン配信者さんたち! 悪い厄災獣をやっつけるために、みんな頑張ってるから!」

「…………」


 大崎は決意した。

 絶対に、「じぃじ、カッコ良い!」と颯太に言わせるのだと。


 ――その夜、妻の大崎松枝まつえに伝える。


「婆さんや、悪いが颯太を家に帰したら。しばらくワシは家を空ける」

「おやまぁ、どうしてだい?」

「ちょっくら、厄災獣? とかいう奴をダンジョン配信? とかいうのしながらぶっ倒してくるからの」

「あらあら、また世界救うのかい。でも配信って色々と機械が必要だから大変じゃないかい?」

「ふふ、この歳で初めてのことに挑戦できる。ワシはむしろワクワクしているよ、身体は老いても魂は歳をとらないからのぉ」


 翌朝、倉庫に置いてあった一振りの剣を腰に差した大崎はダンジョン配信の機材を買いに街へと向かった。


 最強の剣聖、大崎岩夫。

 齢75歳の新人配信者。

 機械には疎いが、その実力はいまだ健在。


 ツッコミ所満載、トンデモ無双劇のデビュー配信が始まるのだった……


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