第2話

 先に服を脱いで寝袋に入ると、少し離れたところでアヤメが服を脱ぎ始めた。


 スマホを開くと時間は21時を過ぎていた。


「お兄ちゃん、スマホは消して……」

「なんで?」

「み、見えちゃうから!」

「わ、悪い!」


 今、この場において光源はアヤメの羞恥心をバグ上げする要素の1つだ。なので気を付けなければならない!


 布擦れの音が終わり、寝袋に追加で人肌の暖かさが広がった。


「もうこっち向いてもいいよ」


 アヤメと向き合ってみると、気恥ずかしさを感じて心臓の鼓動が強く高鳴ってしまう。

 長い黒髪、白い肌、痩せ型でありながら胸は大きめで、しかも顔立ちはとても整っているというチート仕様。


 血が繋がっていても、やはりドキドキしてしまう。


「お兄ちゃん、もっと近付いてもいい?」

「な、なんで!?」

「声、裏返ってる……」

「そりゃあ、まぁ……妹と言っても、女だし」

「えっ、女!? 私、魅力無いと思ってたんだけど……」

「アヤメは……自覚無さ過ぎ……」

「だって彼……いつも用事が出来たって逃げるから……」


 それは多分、童貞故の恐怖からそういう行動に出ているんだと思う。


「でも、お兄ちゃんも男らしくなったよね」

「世辞は止めろよ」

「ううん、お世辞じゃないよ。ほら、胸板だって、こんなに硬いし────」


 アヤメは俺の胸板に頬を擦り付けてきた。


 雨風の音が認識から消えて、2人だけの世界へと移り変わっていく。惹き付けられる匂い、触れる柔肉が心臓を高鳴らせた。


「ま、待て! これ以上はマズイ、彼氏に悪いって!」

「そうだね。私、最低だ……でも、これだけは知って欲しいの」

「なにを……ん、んんっ!?」


 アヤメの唇が俺の唇に押し付けられた。


 チョンチョンとソフトタッチから、顔を傾けてより密着度を高め、腕は俺の首に回され、今度は唇を割って舌が入って来る。


 脳髄が火花を散らし、抵抗力を奪っていく────。


「ぷはぁ! ……ふふ、キス、しちゃったね」

「ななな、なんで! こんなこと!?」

「お兄ちゃんの事が好き」

「いきなり過ぎる……」

「ずっと前からだよ。彼と付き合ったのも、彼女を作ったお兄ちゃんへの当て付けもあったり……」

「マジか」

「しないよ。真っ当に恋をしたかったから、お兄ちゃんを忘れるために付き合ったの……」


 薄暗いとはいっても、目は慣れてしまった。


 アヤメの妖艶な瞳はもう俺を逃がすつもりはないらしい。胸が見えるのも気にせずに身体を押し付けてきて、それと同時に顔も近付いてきた。


「もう後悔はしないよ。帰ったらちゃんと彼との関係も清算するし、そしたらお兄ちゃんだけを見るつもり」

「俺には彼女が────」

「少し前に別れたよね? お兄ちゃんの辛そうな表情見てたら分かるもん」

「まさか、この旅行って……」

「うん、ここまでするつもりはなかったけど、お兄ちゃんを慰める為の旅行だよ」


 俺は……アヤメのこと、どう思ってるんだろうか?


 容姿は俺と同じ遺伝子を共有してるとは思えないほどの美人だし、なんで彼氏作らないのかな〜って思ってた。


 正直なところ、アヤメのSNSを見た時は嫌な気持ちになった。でもそれは兄として妹を取られたくない気持ちだと思っていた。いや、そう思おうとしていたんだ。


 本当は心の底で理解していたはずだ。血の繋がりが理解を妨げていただけ。


 実際に裸で抱き合ったみて、微塵も嫌悪感を感じていないのが答えじゃないか? 後は俺が覚悟を決めるだけだろ?


 腕が自然とアヤメを抱き寄せていた。そして、互いの唇がそっと触れ合った。


 初めのような激しいキスではなく、承認と愛を込めて────。



 ☆☆☆



 肉と肉とがぶつかり合う音、色を帯びた女性の声、それらが激しい雨音に負けじと小屋の中を満たしていた。


 アヤメは初めてで、俺は童貞ではないが上手いわけでもない。ただ、身体の相性は昔の行為を置き去りにするほどだった。


 気付けば1日経っていて、窓の外には虹がかかっていた。


 俺の隣ではアヤメがすぅすぅと寝息立てて眠っている。寝袋の近くにある衣服が昨日の行為を物語っていて、少し恥ずかしくなった。


「ん、んん……お兄ちゃん……?」


 目を擦りながら起き上がるアヤメ。その際に揺れた双丘が視界に入ってきて、思わず目を背けてしまった。


「お、おはよう……アヤメ」

「おはよう、お兄ちゃん。雨止んだね〜って、なんで顔背けるの?」

「いや、なんつーか、その……」

「ん?」


 黙ってるのも悪いので、男にとって非常に魅力的なそれについて指摘することにした。


「前、見えてる」

「えっ? あ、きゃあっ!!」


 アヤメは顔を赤くしながら両腕で双丘を隠した。


 危機は去り、吊り橋効果から覚めた俺達にとって、昨夜の出来事はイレギュラーに過ぎなかった。


 肉欲の夜、互いの気持ちを確認し合い、交わり合った。


 危機的状況からくる生存本能が生み出した過ちかもしれないが、とても満たされた夜には違いなかった。


 アヤメも同じ気持ちなのか、ガードを少し緩くして身体を寄せて来て、そしてそっと頬にキスをした。


「ねえ、後悔してる?」

「後悔はしてない。でも不安ではある」

「うん、ごめんね」

「まぁ、これからだしな。色々と大変かもしれないが、よろしく頼むよ。彼女さん」

「───ッ!?」


 アヤメは目尻に涙を浮かべたあと、裸のまま抱きついてきた。


 このままおっ始めると帰る時期を逃しそうなので、程々にイチャイチャしたあと、速やかに下山した。


 アヤメは帰ったあと、キッチリと彼氏との関係を清算し、俺と付き合う事になった。


 俺達の関係にはきっと困難が待ち受けていると思う。表立って付き合えないし、両親になんと説明したらいいかも考えていない。


 法的に結婚できず、歳を重ねることに恐怖を感じることもあるだろう。


 ただ、アヤメと過ごしたあの嵐の夜、肉体的にも精神的にも強い繋がりを感じた。


 それを大切にこれからを生きれば、なんとかなるんじゃないかと思っている────。

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吊り橋兄妹 短編 サクヤ @sakuya_a

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