吊り橋兄妹 短編

サクヤ

第1話

 キリシマ タクト、20歳。妹であるアヤメから山登りに誘われたので一緒に行くことになった。


「お兄ちゃん、登山は初めて?」

「ああ、登山どころか山で遊んだこともないな」

「じゃあこの機会に自然を堪能しようね! 社会人になって疲れた心が癒やされる、はずだから!」

「なんだよ、はずって……。まぁ、会社ってのはメッチャ疲れるところだから気分転換にはいいかもな」

「でしょう?」


 アヤメはズンズンと先頭を歩いて行く。


 登山と言っても、お互いに初心者なのでガチなやつじゃない。遠足で行く山登りより少しキツイ程度の難易度で、ある程度の高さまで登ったらすぐに引き返すつもりだ。


 さっきまでチラホラいた他の観光客がいなくなっている。道なりに進んでるからコースから外れてるとは思えないが、少し不安だ。


 先の方でアヤメが「おーい!」と叫んでいる。


 俺が遅いから心配しているようだ。手を振って少し小走りで追いかけた。


「少し曇ってきたね」

「雨が振りそうだよな……」

「山は怖いって聞くよね。引き返す?」

「でもアヤメは絶景を見に来たんだろ? じゃあ進もうぜ」

「そうだね。降ってもそんなでもなさそうだから行こ行こ!」


 俺達は気にせず進むことにした。


 澄んだ空気、鳥の鳴き声、叫べば山彦が返ってくる。それに加えて雨粒が葉に落ちる光景とかが自然を感じさせてくれるので、アヤメの言う通り見てるだけで心が癒やされていく。


「写真撮りまくろ!」

「俺は見てるだけでいいわ。もう疲れたし」

「SNS用に撮らないと損だよ?」

「俺はやってない。お前しかフォローしてないし」

「えっ、マジ? てか、私の投稿見てたり?」

「彼氏出来たんだってな、オメデトウ」

「はぅ〜〜! お父さんとお母さんには言わないでぇ〜!」

「どーしよーかなー」

「本当にお願いします! なんでもするから!」

「そう簡単にナンデモとか言うなよな。じゃあ、俺とツーショット撮ってくれよ」

「そんなことでいいの!?」

「なんだかんだで気分転換にはなったしな。あ、でもSNSにはアップすんなよ?」

「うん、しないよ」


 俺とアヤメは山々を背景に並び立ち、自撮り棒でスマホを構えた。


 少し距離があるな、もうちょい寄れば……。


 そう思いながらアヤメの肩に腕を回して抱き寄せてみた。すると、肩口から別の山が視界に映り込んでしまった。


 アヤメ、思ったより胸が大きいな。1か月前くらいに彼氏が出来たって投稿をしてたし、もしかして……経験済みだったり?


 想像すると少しだけ心が痛くなった。


 小さい頃から知っているアヤメが、俺の知らない顔を彼氏とやらに見せている。


 俺も彼女を作ったりしたからイーブンなんだが、それでもあんまり気分のいいものではない。


「お兄ちゃん……?」


 いつまでもシャッターを押さない俺を心配してなのか、アヤメはキョトンとした顔で見上げてきていた。


「なんでもない! ほら、撮るぞ!」

「あっ、ちょ!」


 先程の心理的動揺を誤魔化すようにシャッターを起動させた。


 ────パシャ!


 スマホを確認してみると、苦笑いの俺と驚いた表情のアヤメが写っている。


「私、準備出来てなかったのにぃ〜〜!」

「こういう写真のが味があっていいんだよ」

「そういうハプニングは要らないよぉ〜」


 写真を撮り終えたあと、さあ引き返そうかと言う時に雨が激しく降り始めた。

 視界がとても悪い。正直こんなに降り始めるなんて思わなかった……。


「道が見えないけど、どうしよう!?」

「結構進んじまったから無理に戻るのもヤバそうだな」

「あっ! なんか小屋みたいなのがある! 取り敢えずあそこ行かない?」

「そうだな! 走るぞ!」


 木製の小屋が近くにあったので、雨が止むまでそこに避難することになった。



 ☆☆☆



 幸いなことに鍵はかかっていなかった。


 人の気配はなく、とても埃っぽい。だけど雨風を凌ぐには十分な建物。


 正直、山と雨を舐めていた。歩行困難な程に叩き付けられる雨粒と視界の悪さ、そして山という地形がこんなにも恐ろしいものとは想像もしなかった。


 途中で観光客がいなくなったのも、それを予想してガイドが引き返させたからだと思う。


「ごめん、俺が先に行こうなんて言わなければ……」

「ううん、私も同意したからお兄ちゃんだけのせいじゃないよ。責任ははんぶんこ、だよ?」


 アヤメの優しさに心がじんわり温かくなった。


 とはいえ、体温がドンドン下がっていくこの状況は少しヤバい気がする。薄暗い室内でも分かるほどアヤメも震えてるし。


「お兄ちゃん、寒いね」

「食料はあるんだけどな……」

「ふふ、お菓子ばっかり」

「日帰りだから別にいいだろ。ほら、遠慮しないで食べろよ」

「ううん、今はそんな気分じゃないかな。どちらかというと……寒さをどうにかしたい……」

「こういう時、雪山だと肌と肌で暖め合うんだっけ?」

「お兄ちゃんのエッチ!」

「雪山での話だし! それに、俺達は兄妹だろ?」

「うん、じゃあ私のリュックに寝袋あるから少し入ろっか」


 そう言って、アヤメはリュックから少し大きめの寝袋を取り出してきた。


 出発前からやけに大きいなと思っていたが、あんな物が入っていたとは……。


「てか、日帰りって言ったよな?」

「山登りは日帰りだよ? でも、麓にキャンプ場があるから今夜はそっちに泊まろうと思ってたんだけど?」

「聞いてないが……」

「うん、今言った」


 溜め息しかでないが、昔からこういう感じなので仕方がない。

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