セントラル図書館で、夢を見るために紙の本を読む

西しまこ

第1話

 何も心配することはない。

 何も考えなくていい。

 何て楽なんだろう?


 昔は自分で考えて文章を書いていたらしいが、今ではみなAIが書いてくれる。音楽も絵も全て。思考も創作活動も、全て任せておけばいい。知らないことはAIにアクセスすれば全て分かるから、何かを覚える必要はない。学校で学ぶのはAIの使い方だ。それから、適正を判断されて、どんな仕事に就くのかを決められる。学校に行くのはそのため。


 一生懸命勉強をして、知識を積み重ねていた時代もあったようだが、馬鹿みたいだと思う。また、知識を蓄えることはAIに任せて、人間は思考して創造力を磨けばいいという時期もあったようだが、思考力も想像力もAIの方が優れている。AIにすべて任せておけばいいんだ。


 西暦2222年。

 世界からは争いごとはなくなった。世界のすべてはAIで一元管理され、予定調和の社会でひとびとは平和に幸せに暮らしていた。


「ねえ、エリー。今日の予定は?」

「今日は、セントラルの図書館で紙の本を読む日です」

「分かった。ありがとう」

「読む本は図書館に行けば出してもらえます。最適なものを」

「分かった」

 僕たち人間は夢を見る。しかし、AIは夢を見ない。AIには出来なくて、人間に出来る数少ないことが、夢を見ること。AIは寝ている間の人間の脳を観測する。そして、AIが社会を構築するのに役立てているんだ。


 僕の仕事は夢を見ること。

 その夢を見るために、僕は毎日いろいろなことをする。紙の本を読むのもその一つだ。今や紙の本なんて、誰も読まない。セントラルの図書館にしかない、貴重品だ。紙で本を読むのと、スマホで読むのとでは、なんか違う感じがする。手触りとか「めくる」という動作とか、紙に印字された文字や、それから紙のにおいとか、そういうことが読むという行為に影響している気がする。そして、その感覚が夢に影響を与えるらしい。


 セントラルに到着し、僕は図書館に向かった。今日読むべき本を受け取る。ファンタジーだった。

 それにしても、これらの本を人間が書いたなんて、驚きだ、と僕は思う。

 ……AIがなかった時代はどうやって生活していたんだろう? 全く想像がつかない。AIは人間よりずっと優秀で、間違えない。そのAIが社会を構築し運営し、そして芸術も娯楽も提供している。おかげで、人間はとても快適に過ごすことが出来ているんだ。セントラルに中枢となる巨大なAIがあり、そして各個人に中枢のAIと紐づいた個人使用のAIが付与されている。僕のAIはエリーだ。


 おっと、本を読まなくては。

 僕は本に目を落とした。僕はAIじゃないから、休まずに本を読むなんていうことが出来ないし、そういうことを求められてもいない。しかし僕はさぼらずに本を読む。


 夢を見る仕事は好きだ。




   了



一話完結です。

星で評価していただけると嬉しいです。


☆これまでのショートショート☆

◎ショートショート(1)

https://kakuyomu.jp/users/nishi-shima/collections/16817330650143716000

◎ショートショート(2)

https://kakuyomu.jp/users/nishi-shima/collections/16817330655210643549

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

セントラル図書館で、夢を見るために紙の本を読む 西しまこ @nishi-shima

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説