第3話 底辺配信者、百合でバズる

「嘘」


 自分がスマホ越しに目の当たりにしている光景が信じられなくて、自然と声が漏れる。

 磨かれた黒曜石のような鱗に、ダイヤモンドよりも硬いと言われている鋭利な爪を生やした、翼の生えた蜥蜴。それはどこからどう見ても、エピックモンスター『ブラックドラゴン』だった。


「なんで、こんなところに……」


 ダンジョンは深く潜れば潜るほど、より強力なモンスターと会敵しやすくなる。だから、モンスターとの戦闘を目的としていない私たちは、ダンジョンの最上層にいるのだが、なぜか下層でしか現れないはずのブラックドラゴンが、涎を垂らしながら私たちを見ていた。


 やばいやばいやばいやばい。

 

 言葉なんて出てこない。

 本当なら今すぐにでも背を向けて逃げ出したい気分だ。でも、そうしたが最後、ガラ空きになった背中をブラックドラゴンの黒炎が焼き尽くすだろう。


:え、これブラックドラゴンじゃね(笑)

:さすがにコラだろwww

:でも、合成にしてはリアルだけど……

:ここ上層だろ? エピックモンスターが出るわけがないんだよなあ

:もしかしてまた「うっかり系」か? 冷めるわー

:うっかり系配信すこなんだ

:ってか、この声、女? 顔見せて


 スマホの画面にコメントが流れているのに気づく。

 私の配信でここまで大量にコメントが流れるのは初めてだった。

 だけど、今はそんなこと気にしてる場合じゃない。

 私はスマホを地面に捨てた。

 これは「うっかり系配信」でもなんでもなくて、本当にただのアクシデントなのだ。呑気に撮影なんてしてる暇はない。しかも、私にブラックドラゴンを倒す力なんてないし、それに――


「青井さん……今すぐ逃げて」


 私は一人じゃなかった。


「逃げる? でもそうしたら、赤西さんはどうするの」

「時間を稼いだら、隙を見て逃げる」

「嘘ね」


 青井さんは冷たく言い放った。


「赤西さんは魔法を連発できなくて困っていたのに、どうしてエピックモンスター相手に時間が稼げるのかしら。それにブラックドラゴン相手に時間稼ぎができる探索者なんて、日本にも数えるくらしかいないわよ?」


 私は図星を突かれて何も言えなくなる。

 青井さんがダンジョン関係に詳しくないと踏んでの嘘だったが、一瞬で見抜かれてしまった。

 

「赤西さんは私が安心して逃げられるように嘘をついたのよね?」

「…………」

「好きよ、あなたのそういうところ」

「え」


 急に好きだなんて言われて、私の頭は困惑する。

 そして、さらにいきなり青井さんに後ろから抱きしめられたことで、パニックになった。


「え、え、え、え?」


:今誰かが「好き」って言わなかったか?

:しかも女の声だったよな?

:配信者も女性だよね? え、え、どういうこと?

:【悲報】ブラックドラゴン、空気と化す

:すこなんだって言え

:こいつらエピックモンスター前にして何やってんだwww

 

『好き』

 

 え、好き?

 好きって、え、どういうこと?


 言葉の魔力と接触の魔力で混乱する私に、後ろから青井さんが囁きかける。


「魔法を撃ちなさい」

「え?」


 そして、今度は命令ときた。

 青井さんは一体何を考えているのだろう。もう私の頭からはブラックドラゴンとか、配信中だとか、そういう大事なことが抜け落ちていた。


「大丈夫。あなたならできる」

「いやでも、私は魔法を撃つとオーバーヒートで……」

「私を信じなさい」


 そこまで強く言われたら、信じるしかなかった。

 たった数十分前に初めて話したばかりの女の子。信頼関係なんて生まれるはずもないのに、なぜか私は青井さんのことを信じてみたくなった。

 

 覚悟を決めた。

 

 両手を前に突き出す。

 照準をブラックドラゴンの頭部に合わせる。

 手が震える。

 青井さんが私をより強く抱きしめる。

 

 震えが、止まった。


「やあっ!」


 次の瞬間、私の手から火炎が迸った。燃え盛る炎は一直線にブラックドラゴン目がけて射出される。

 だが、それと同時にブラックドラゴンも大きく口を開けていた。ブラックドラゴンの口から黒い炎が吐きかけられる。

 

 赤と黒が混じり合った。


「――っ!」


 まさにそれは炎の鍔迫り合いだった。

 一進一退の攻防。

 しかしそれと同時に徐々に私の身体が熱くなっていく。このままではオーバーヒートして、魔法を維持できなくなるだろう。さらに過熱した身体は、触れるものを傷つける。だから――


「青井さん! やっぱり――」


 逃げて、と言おうとしたそのとき、私は気づいた。


 熱さが、臨界点を超えない。

 いつもならもっと熱くなって、魔法が途切れてしまうのに。

 そして、なぜそんなことが起こっているのか、私は自分を抱く青井さんの腕を見て気づいた。


「――氷?」


 そう、青井さんの腕には薄氷が纏われていた。

 耳元に涼しい声が囁かれる。


「私なら大丈夫。私なら、あなたに触れられる」


 あまり頭は回らなかった。

 だけど、不思議と安心感があった。


 私は突き出した両手に力を込める。

 これまで無意識に制御してきたリミッターを外し、全出力で魔法を放った。


     *


「ふう、やっと見つけた」


 私はブラックドラゴンの死体からコアを剥ぎ取っていた。本当ならあらゆる素材を剥ぎ取って換金したいところだけれど、運搬の問題がある以上、必要最小限の素材しか持って帰れない。だから、一番高値で売れるコアを剥ぎ取っていたのだ。


 ブラックドラゴンの体内から赤色に光るコアを取り出す。私はそれを青井さんに投げた。


「……私はお金には困ってないわよ?」

「そういうんじゃなくって、その、ありがとうって意味で」

「ふうん。優しいのね」


 青井さんはコアをスカートのポケットにしまう。

 少し間を置いて、青井さんは続けた。


「でも、私にこれをもらう資格があるのかしら。結局エロ本でバズらせるという作戦は失敗に終わったのだし」

「そんなこと言わないでよ。そりゃあ、確かに配信を盛り上げられなかったのは残念だったけれど、そういうのは地道にやらなくちゃいけないことだと思うから……って、あ」


 そういえば配信をつけたままだった。

 ブラックドラゴンを倒したことで、ワンチャンうっかり系でバズんないかなーなんて淡い期待もあったりしたけれど、そもそも私がブラックドラゴンを倒すところを画角に収めていなかったので、その期待は一瞬で崩れ去った。


 はあ。

 まあ、しょうがないか。

 これからじっくりやっていくしかないよね。


 そう思って、配信を切ろうとしたそのとき、私はやっとそれに気づいた。


:百合きたああああああああ!

:百合、百合、百合、百合(以下略

:お前ら騙されんな! これ絶対百合営業だぞ!

:営業だろうがなんだろうが関係ねえ! 偽物の方が本物になろうとする意志がある分上なんだ!

:そして二人は幸せに暮らしましたとさ――Fin.

:百合最高!

:百合尊い……

:百合キマシ

:百合すこなんだ

:やばいなんか目覚めてきた

:お前もやっと”こっち”にこれたみたいだな。ようこそ、”上”の世界へ


 スマホのコメント欄が今まで見たことないくらいの速度で流れる。同接もバグを疑うくらいの数字を叩き出している。


「バズってる? コメントは……百合最高、百合尊い……って、百合⁉」


 百合……百合⁉

 その二文字を見て、そしてその意味を理解して、私は少し前まで私と青井さんが何をしていたかを思い出して、顔を赤くする。


「赤西さん、どうかした? 顔、赤いけれど」

「こ、これはあれだよ。オーバーヒートっていうか、余熱というか……」


 そう言って、私は青井さんと目を逸らす。

 私の胸にこれまでにない感情が湧き起こったような気がした。

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ダンジョン百合 〜火炎魔法でオーバーヒートした底辺配信者の私を氷魔法を使ったクラスメイトが冷やすために抱き締めてたらなぜか配信がバズり始めた件~ 小垣間見 @kokaimami

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