第2話 底辺配信者、ブラックドラゴンと遭遇してしまう

 私は今、ビニール袋を持ったクラスメイトの青井さんとダンジョンに潜っている。撮影のためにスマホを用意するが、不安で不安でしょうがなかった。


「ねえ、青井さん」

「何、赤西さん。告白なら受け付けてないわよ」

「そんなこと一言も言ってないけど⁉」


 青井さんのキャラがいまいち掴めない。

 それに私たち女同士じゃん……って、そうじゃなくって。


「本当にこんなのでバズるの?」


 私は訝しみながらそう尋ねた。


 私と青井さんが一緒にダンジョンに潜っているのは、自称インフルエンサーの青井さんが私に配信をバズらせてやると豪語したからだ。もちろん、私は半信半疑だったけれど、そもそも青井さんに誘われなくても一人でダンジョンに潜って配信しようと思っていたので、同行を許可してみることにした。


 だけど、その判断は多分間違いだったんじゃないかなあって、今となっては後悔してる。

 だって、青井さんが手にしていたビニール袋から取り出したのは、過激なポーズを取った女性が写った成人向け雑誌――エッチな本だったから。


「えい」


 青井さんはそう言って、無造作に成人向け雑誌をダンジョンの地面に落とす。自由落下によって開かれたページには、当然、そういうシーンが描かれていた。

 見てられなくて目を逸らす私とは対照的に、青井さんは平気な顔でページに視線を向ける。そして何を思ったのか、青井さんは履いたローファーでそのページを踏みつけた。


「えい、えい」


 可愛い掛け声だけど、やってることはおかしい。成人向け雑誌を一心不乱に何回も踏みつける女子高生なんて私は見たことがなかった。


「ちょ、ちょっと、青井さん! 何やってるの!」

「何って、エロ本を仕込んでるのよ」

「仕込む?」

「魔法を連発するとオーバーヒートしてしまう以上、赤西さんが『うっかり系』でバズることは期待できないわ。だったら、戦闘以外で視聴者の好奇心をそそるようなコンテンツを提供するしかないじゃない」

「だからって別にエッチな本じゃなくっても――」

「ダンジョン配信の視聴者層は若い男性が多いらしいわ。男子学生なんて年がら年中エロいことを考えてる発情期の猿みたいなものでしょう? 偶然を装ってダンジョンに落ちてるエロ本を撮影すればそれでもうイチコロよ。でも、新品のエロ本がそのままダンジョンに落ちてたら違和感があるじゃない? だから、こうして汚してるのよ」


 そして、青井さんは同じくビニール袋に入っていたミネラルウォーターを取り出すと、蓋を開けてそのままひっくり返した。


 じょぼじょぼじょぼ。


 白州の大自然が育んだ天然水が、成人向け雑誌をびしょ濡れにする。


「昔はボランティア精神に溢れた男性がわざと河原にエロ本を落とすことで、お小遣いもなく恥ずかしくてレジに並べないウブな中学生男子の好奇心を満たしていたそうよ。電子書籍が発達して出版不況の今のご時世では絶滅した風習だけれど」

「や、やけに詳しいね」

「バズるためにはこの程度の下調べは必要経費よ」


 成人向け雑誌で若い男性視聴者を釣るだけなら、その歴史を調べる必要はないのではないだろうか。

 それに多分、こんなことやってバズんないと思う。

 ここまで熱心に協力してくれてるから、そんなこと言えないけれど。


「仕込みは終わったわ。あとは偶然を装って撮影を済ますだけよ。赤西さん、スマホの準備、できてるわね?」

「う、うん……」


 本当にやるんだ……。

 いや、まあ、ここに来て冗談でしたなんて言われても、それはそれで困るのだけれど。

 でも、このままいつものように配信をしても過疎配信にしかならないだろうし、私は変化を求めて青井さんの作戦を実行することにした。


 スマホの撮影ボタンをタップする。


「はい、みなさんこんにちわ。ダンジョン配信者のアカです。今日も今日とて探索していきたいと思います」


 可もなく不可もないありきたりの挨拶をしてから、できるだけ偶然を装って、成人向け雑誌が落ちている地点へ向かう。

 かすかに雑誌が見えたところで、私はわざとらしく言った。


「あ、あれええ? あ、あれはなんなんだろー?」

 

 あまりの棒読みに隣を歩いている青井さんが尋常じゃない顔をしたような気もしたが、気のせいだったということにしよう。 

 

 私は一歩ずつゆっくりと目標地点に近づいていく。


「え?」


 そして、私は見つけた。


 成人向け雑誌と、それを踏みつける黒き龍を――。

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