後編

 今日は土曜日。学校はお休みだから、いつもより朝寝坊ができる。


 普段なら起きる時間はとっくに過ぎているのに、私は布団の中でスヤスヤ。ちょっぴり意識はあったけど、もうちょっとこの時間を堪能したい。

 ふふふ、朝の堕眠を貪るって、幸せですな~。


 起きているのか寝ているのか分からない、朦朧とした意識の中、そんな事を考えていたけど……。


「ふふ、可愛い」


 おや~、何やら人の気配がするような?

 うっすらと瞼を開けると、そこにはニマニマ笑っている優真先輩がいる……って、優真先輩!?


 一気に頭が覚醒し、まどろみの中から現実に引っ張り出されてガバッと飛び起きたけど。次の瞬間頭に殴られたような衝撃が走った。


 い、痛ーい! ここが二段ベッドの上だってこと、忘れてたー!


 天井が近いにも関わらず跳びはねちゃったもんだから、頭を強打したのだ。

 け、けど問題なのはそこじゃなーい! そんなミットもない姿を、優真先輩に見られたってことだよ!


「せ、せせせせ、先輩。何を?」

「ごめんごめん。小百合ちゃんがなかなか起きてこないから様子を見たら、あまりに寝顔が可愛いくてつい。夜這いをかけにきたわけじゃないから、安心して」

「よ、よば……」


 慌てる私を見て楽しんでいるのか、イタズラっぽく笑う優真先輩。

 入寮からまあまあ経つけど、この先輩は事ある毎に、私の心臓を壊しに来てるの。


 今みたいに寝顔を見られる事はこれまでも何度かあったけど、恥ずかしくて死にそうになる。

 しかも優真先輩は。


『恥ずかしいって、どうして? こんなに可愛いのに見せてくれないなんて、小百合ちゃんは意地悪だよ』


 なんて言って可愛く頬を膨らませるもんだから、さらに心臓がドカンとする。

 危うく新聞に【女子高生死亡。死因はキュン死に】って載るところだったよ。


 他にも抱きついてスキンシップを図ってきたり、おやつを分けてくれた時は「あーん」って食べさせてきたり。本当に心臓に悪い。


 けどこんなにドキドキしちゃうのは、優真先輩がオレンジの君だからなのかなあ。

 変なの。あの恋はもう、終わったはずなのに……。


「小百合ちゃん。朝寝坊もいいけど、もうそろそろ行かないと、食堂閉まっちゃうよ」

「えっ?」


 そうだった。

 すると途端に、お腹がぐぅ~と音を鳴らす。

 い、いやー、先輩の前で何鳴ってるのー!


「ふふっ。成長期なんだから、朝はしっかり食べないとね。私もまだだから、一緒に行こう」

「は、はい……」


 返事をしながら、私は恥ずかしさで縮こまる。

 本当に優真先輩といると、心臓に悪いよ。




 ◇◆◇◆




『どう、小百合。学校にはもう慣れた?』

「うん。友達もできて、エンジョイしてるよ」


 日曜日の昼下がり。

 寮の近くのカフェで紅茶を飲みながら電話で話しているのは、中学の頃の同級生。

 久しぶりに電話を掛けてきてくれて、今はお互いの近況を報告しあっている。


『と・こ・ろ・で。例のオレンジの君には、もう会えたの?』

「──んん!?」


 飲んでいた紅茶を、吹き出しそうになる。


「ゲホッ、ゲホッ……え、えーと。それはその……会えたと言うか、会えてないって言うか……」

『ハッキリしないなあ。まあいいや、今度ゆっくり、話聞かせてよ』

「う、うん」


 電話を切った直後、私は頭を抱えた。

 ふえ~ん。まさかオレンジの君が実は女の人だったなんて言えないよ~。


 それにね。さっき学校には慣れたって言ったけど、実は慣れてないこともあるの。

 それは優真先輩と同じ部屋での生活。寮に入ってからもう半月経っているのに、未だに優真先輩といるとドキドキしちゃうの。

 こんなのおかしいよね。確かに優真先輩はオレンジの君だけど、女子なのに。


 ああ、何だか考えたら、心臓がバクバク、頭がグツグツしてきた。

 もう帰って休もう。


 と言ったものの。休む場所であるはずの寮の部屋には悩みの原因、優真先輩がいるわけで。

 部屋に入ると先輩は部屋着姿で、机に向かって勉強していた。


「ああ、小百合ちゃんお帰り」

「ただいま戻りました……優真先輩……」


 優真先輩の部屋着姿に、ドキッとする。

 だって先輩はかなりの薄着で、体のラインが丸わかり。上はペラペラなシャツ一枚で、下は短いショートパンツ。健康的な太ももに、思わず目を奪われ……って、そんな所に目が行っちゃう私は変態かー!


「ん、どうして目を反らすの? ひょっとして、気分悪い?」

「いえ、にゃんでぇもありましぇん」

「そうは見えないよ……」


 そう言うと先輩はこっちに近づいてきて。

 あろうことか、私のおでこに自分のおでこをくっつけてきた。

 ふっ、ふぎゃああああぁぁぁぁ!?


「せ、先輩、何を?」

「シッ。動かないで。……やっぱり、すごい熱じゃないか」


 そうは言うけど、こんな息が掛かるくらいの距離に優真先輩のお顔があるんだもの。

 熱を出すなと言う方が無理なわけで……って、あれ? 何だか本格的にふらついてきたような……バタン!


「えっ……小百合ちゃん、小百合ちゃん!?」


 薄れる意識の中、焦ったように私を呼ぶ優真先輩の声が聞こえた。




 ◇◆◇◆




 次に目を覚ました時、私はベッドで寝ていて、優真先輩に看病されていた。


「目が覚めたかい? 新しい生活が始まって、丁度疲れが疲れが出てくる時期だから、それで体調を崩したのかもね。今日はもう、ゆっくり休むといいよ」

「すみません……」


 半分は先優真輩のせいかもしれないけど。けど確かに新しい学校やら寮生活やらで、疲がたまっていたのかも。

 けど倒れて先輩に迷惑かけちゃうなんて、申し訳ないよ。


 意識を失ってる間に、いつの間にかパジャマに着替えさせられてるし。

 と言うことは優真先輩が着替えさせて……いや、考えるのはよそう。

 すると何故か先輩が、申し訳なさそうな顔をする。


「すまない。小百合ちゃんの不調に、気づいてあげることができなかった」

「ふぇ? な、何を言ってるんですか。こんなの、私が勝手に体調を崩しただけですって」

「それでも……もしかしたら私、浮かれ過ぎていたのかも」

「浮かれる? 先輩がどうして?」

「ん。まあ、それはその……」


 先輩は、照れたように口ごもる。


「君が来てくれたからだよ。人数の関係で、私は1年間1人部屋だったからね。だから小百合ちゃんが来てくれて、嬉しかったと言うか、その……」


 モゴモゴと話しているうちに、優真先輩の顔はだんだんと赤くなっていって、しまいには耳まで真っ赤になっちゃってる。

 ぶはっ! な、なにこの人、可愛すぎ!


 普段は格好いいのに可愛くもなれるなんて、反則でしょ! ギャップ萌ってやつ?

 誰か助けてー! 優真先輩が私を、悶え殺そうとしていますー!


「だから、その……って、小百合ちゃん大丈夫? 何だかまた、顔が赤くなってるけど」

「こ、これはあの……先輩が悪いんですよ。好きな人に来てくれて嬉しかったなんて言われたら、赤くもなるに決まってるじゃないですかー!」


 全く先輩は、無自覚天然タラシなんだから……って、あれ?


「好きな人、か。ふーん、君は私のことを、そんな風に思ってたのかー」

「はっ!? ご、誤解ですー! だいたい私達、女子同士じゃないですかー!」


 ニマニマと笑う優真先輩に、慌てて弁明する。

 確かにオレンジの君の事は好きだったけど、女性だってわかった今はそうじゃないはず……なんだけど。


 だったらどうして咄嗟に、好きだなんて言っちゃったんだろう?

 オレンジの君が女性だって、もうとっくに受け入れているのに。


「ごめんごめん。君があまりに可愛いいものだから、ついからかっちゃった。けど一つ気になったんだけどさ、女同士って、そんなに気にしなきゃいけないことなのかな?」

「……どういう意味ですか?」

「誰かを好きになったり気に入ったりするのに、性別ってそんなに大事かってこと。例えば私は、小百合ちゃんの事をとっても可愛いって思ってるけど、もしも仮に君が男の子だったとしても、きっと同じように可愛がっていたと思うよ」

「せ、先輩……」


 もしも自分が男の子だったらなんて想像つかないけど。性別関係無しに可愛がってくれるって言われたのは、素直に嬉しかった。


 けど、それじゃあ私は? 

 オレンジの君が女性だってわかって、勝手に失恋した気になっていたけど。女性だったら好きじゃなくなっちゃうの? 

 あの時芽生えた恋は、そんな簡単に消えちゃうものだったのかなあ……。


「おっと、つい難しい話をしてしまった、ゴメンね」


 優真先輩はニコリと笑ったけど、胸の鼓動が止まらない。

 きっとこれは、体調不良のせいだけじゃないよね。


 そうだ。私は男性だから、オレンジの君のことを好きになったわけじゃないじゃん。

 性別とか関係無しに、あの時私を助けてくれたオレンジの君に、恋をしたんだ。なら今は? 


 ……答えなんて決まっている。

 勝手に終わったものと勘違いしていたけど。きっと私はまだ、優真先輩のことが……。


 はわわっ、意識したら、益々熱が上がってきたよー! 


「それじゃあ、何かあったら遠慮なく呼んでね。お休み」


 優真先輩はそう言うと顔を近づけてきて……頬にキスをされた。


「──&#!$%@〇℃¿★っ!」

「ん、小百合ちゃんどうしたの? 小百合ちゃんしっかり!」


 盛大に鼻血を噴いて倒れた私を、優真先輩が慌てて抱え上げる。


 先輩~、わざとですか~? わざと私を、キュン死にさせようとしてません~?


 ああ、意識が朦朧としてきて、かと思えば今度は三途の川が見えてきた。

 そして川の先をよく見ると、サヨナラしたはずの初恋が渡し船に乗って「帰って来たぞー!」って叫びながらこっちにやって来てる。


 ……どうやら私の初恋は、全然終わっていなかったみたい。

 はたしてこの恋はどうなるのか。それ以前に、私は心臓を破裂させることなく卒業することができるのか?


 恋とドキドキに満ちた高校生活は、まだまだ始まったばかりだ。



 おしまい♡

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初恋の王子様の正体はイケメン女子!? 寮で同室になるとか聞いてませーん! 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi

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