初恋の王子様の正体はイケメン女子!? 寮で同室になるとか聞いてませーん!
無月弟(無月蒼)
前編
初めて恋をした日の事を覚えてる?
私はよーく覚えているよ。
あれは去年、14歳の秋の日。
あの日私は、少し遠くにある高校の文化祭に行っていた。
グラウンドには、クレープやお好み焼きといった出店が並んでいて、校舎の中では文化部が展示を行っていて。高校生になったらこんな事ができるんだって、回っててワクワクしていたの。
だけど文化祭に来てたのは、いい人ばかりじゃない。一人でいた所に声をかけてきたのは、他所の高校の制服を着た数人の男子。
まあ、早い話がナンパで、断ったのに何度も「一緒に回ろう」ってしつこく食い下がられて。終いには手を掴まれて、放してくれなかったの。
「あの、困ります。話してください」
声を上げたけど、それでも手を放してはくれなくて。
怖くて焦って、困っていたんだけど、その時あの人が、颯爽と現れてくれたの。
「いい加減にしないか。彼女、嫌がってるだろう」
「痛てて、何だよお前」
ナンパ男の手を捻りあげて助けてくれたのは、背の高い学ランを着た男子生徒。
サラサラとした黒髪の彼は、凛々しくて美しくて。さっきまで震えていたのに、この世にこんなに綺麗な男の人がいるのって、驚いて固まっちゃってた。
彼はあっという間にナンパ男達を追い払うと、今度は屈んで私に目線を合わせてきた。
「大丈夫かい? せっかくの文化祭なのに、怖い思いをさせてしまったね」
「い、いいえ。全然大丈夫です。それより、ありがとうございました」
事実、怖さなんてもうどっかに行っちゃってるもん。
それよりも、助けてくれた彼を見ていると頭がボワーッて熱くなって、心臓がドキンドキン。
あ、あれ? 私、どうしちゃったんだろう?
「本当に大丈夫? 顔赤いけど」
「へ、平気です。あ、暑さにやられただけですから」
「今日は涼しいけど? けど暑いなら、水分補給しないとね。良かったら、これをあげるよ」
そう言って学ランのポケットから、オレンジジュースの入ったペットボトルを出して渡してきた。
「い、いえ。助けてもらった上に、これ以上お世話になるわけには」
「ふふっ、気にしなくていいから。さっきは嫌な思いさせちゃったけど、面白い催し物もたくさんあるから、今日は楽しんでいってね。それじゃあ、良い文化祭を」
ヨシヨシと頭を撫でると、彼はニッコリと笑って去って行っちゃった。
本当は追いかけて、もっとちゃんとお礼を言うなり名前を聞くなりしたかったんだけど。
頭を撫でられた私の心臓はズッキューン! 頭はドッカーン! 身体中が、ドロンドロンに溶けちゃいそうなくらい熱くなってて、追いかけるどころじゃなかったの。
つまり何が言いたいかと言うと。私はすっかり恋に落ちてしまったってこと!
な、ななななな、何あの人。この世のものとは思えないくらい、格好よくて素敵なんだけど!
それから暫くボーッと佇んでいて。我に返った後は彼にもう一度会いたくて校内を探し回ったんだけど、結局見つからなかったんだよね。
けどあの人、ここの学校の生徒だよね?
よーし決めた。私もこの学校入るー! そしたらまた、あの人に会えるかもしれないもんね!
会って彼の事を、たくさん知りたいもーん!
……こうして遅い初恋に目覚めた私は、激しく不純な動機で進路を決定した。
ちなみにこの日彼貰ったオレンジジュースは飲むのが勿体なくて、家の神棚にお供えしていたのだけど。
数日後に、ママが勝手に飲んじゃってた。えーん!
まあというわけで。あの日のオレンジの君(彼の事をこう呼んでいる)にまた会うべく猛勉強して無事合格。
春から入学することになったんだけど、実は通うには一つ問題が。
実はこの学校、うちからかなり離れてるんだよね。
文化祭に行ったのだって、進学を視野に入れてたわけじゃなく、ただこの高校の文化祭は派手で面白いって噂を聞いたから、遠出して行ったの。
だけど、毎日通学するとなるととても家から通える距離じゃないから。学校の寮に入る事にしたの。
実家を離れて寮生活なんて、ちょっぴり不安。
しかもだよ。入寮の日になって寮にやって来たら、寮母さんから衝撃的な事を言われたの。
実は寮の部屋は二人部屋なんだけど、人数の関係で一人余っちゃうから。私は同じく余っている、二年生の先輩と一緒の部屋になったんだって。
ええーっ、ちょっとまってよー!
寮生活ってだけでもちゃんとやれるか心配なのに、先輩と同室って、本当に大丈夫かなー。怖い先輩じゃなければ良いんだけど。
そんなわけで。おっかなビックリしながら、部屋に行ってみたんだけど。
部屋に入った私は、出迎えてくれたその人を見て固まった。
「やあ、君が今日から入ってくるって言う、一年生だね。寮長から話は聞いているよ」
ブレザーにスラックスを着こなして、サラサラとした黒髪で凛々しく美しい顔した先輩がそこにはいたのだけど。一目見た瞬間、ショーゲキが走った。
う、嘘でしょ。だ、だってこの人は……。
「オ、オレンシの君!?」
「え?」
それは忘れもしない、あの日私を助けてくれたオレンジの君。
キャーッ! 嘘ー! どうしてー!?
ま、待って待って待って。
ひょ、ひょっとして同じ部屋の先輩って、まさかオレンジの君ですかー!?
そ、そんな漫画みたいな展開あるー!?
頭の中はもう、ぐっちゃぐちゃのしっちゃかめっちゃか。
ま、まさか愛しのオレンジの君と、こんなに早く再会できるなんて……って、あれ? ちょっと待て。
舞い上がりそうになっていたけど、ハタと冷静になる。
落ち着いて考えたら、それっておかしくない? だってここ、女子寮だよね?
あの日のオレンジの君は男子のはず。はたして男子が女子寮に住んでいるだろうか? いや、いるはずがない?
目の前のオレンジの君(仮)を上から下までジーっと見てみると……うん、女の人だ。
だけど顔は、あの日のオレンジの君そのもの。ということは……。
「あ、あの。つかぬことをお伺いしますが、先輩に双子のお兄さんか弟さんっていますか? 私、去年の文化祭で困ってたところを、助けてもらったんですけど」
「双子? 文化祭……」
先輩は、何かを考えるように黙りこむ。
ああ、オレンジの君と瓜二つなだけあって、思考を巡らせている様子も賢そうで素敵。
すると何かに気づいたように、「ああ」と声を上げた。
「思い出した。そうか、あの時ナンパされていた子か」
「は、はい! それ私です!」
あ、先輩もそれを知ってるんだ。
すると先輩は、おかしそうにクスクスと笑う。
「なるほどね。驚かせてしまってすまない。君が言っているのは、兄でも弟でもない。正真正銘私だよ」
「へ? ……ええっ!?」
オレンジの君が、目の前にいる先輩!? け、けどあの時確か……。
「で、でもあの時助けてくれたのって、男の人でしたよ。学ラン着てましたし」
「うむ、確かにそうだね。けど不思議に思わないかい? うちの学校の制服はブレザーなのに、どうしてその彼は学ランを着てたのかな?」
「そ、それは……」
気づいてなかったわけじゃなかった。でも、まあいいかって深くは考えてなかったの。
「あの時着てたのは、劇の衣装だったんだよ。私は演劇部で、男役をやってるからね」
「劇の衣装!? 男役!? そ、それじゃあ本当に、あの時助けてくれたのって」
「私だよ」
「──っ!?」
な、なんとおおおおおおっ!
あ、あのオレンジの君が、女性だったなんてー!
あまりのショーゲキに、頭の中が真っ白になる。
そ、そんな。また会いたくて進学までしてきたのに。初恋だったのに、女性って……。
「分かってくれたかい? って、何土下座してるの!?」
「た、助けて頂いたのに大変失礼な勘違いをしてしまって、申し訳ございませんでしたー!」
「いいよ、慣れてるからね。それより、まだ自己紹介が途中だったね」
先輩は私のほっぺを両手で掴み、床に擦り付けていた頭を上げさせる。
「私は秋見優真。優真って呼んでね。君は?」
「は、葉山小百合です」
「小百合ちゃんだね♡ 同室同士、これからよろしくね」
先輩は私の失礼な勘違いなんて気にしてないと言わんばかりに、ニコッと笑ってくれる。
うおっ! ま、眩しい!
あの日のオレンジの君は女性で、私の初恋は終わっちゃったわけだけど。
よく考えたら勘違いとはいえ恋漕がれていた相手と同室って、すごいことじゃないの?
キャー、心臓が爆発しそー!
「おや、顔が赤いけど大丈夫かい?」
「へ、平気でしゅ。よ、よきゅありゅ事にゃので」
呂律が回らない声で、何とか返事をする。
ゆ、優真先輩が女性で、ある意味良かった。
もしも先輩が男性で、何かの間違いで同室ってなってたら、いつか私の中の何かが致死量を超えて、卒業を待たずして死んじゃってもおかしくないものね。
優真先輩は、私の命の恩人って事だよ!
……なんて、この時はこの上ないほど頭がおかしくなって、アホなことを考えていたけど。
私は事の重大さに、全然気づいていなかった。
そして勝手に初恋は終わったものと思っていたけど、ならば何故ドキドキが止まらないのか。
恋に性別は関係ないって事を、私は今後知っていく事になる。
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