幕末陰陽傳 古戦場火

猛士

第1話 闇告鳥


 ふぉろ――――

 ふぉろ――――


 未練を残した亡者と言うのは、この世に化けて出るものなのでしょうかと――おりんは言った。


 ふぉろぉ――――

 ふぉろぉ――――


 ミミズクだろうか。

 フクロウだろうか。

 うっそうと深い森に儚げな猛禽の声が響く。

 それがたまらなく――怖い。


「もしですよ。もしたとえ数百年前の武者などが、怨霊と化けて出てくるのだとしたら、つい最近死んだ者など当然の如く化けて出るのでしょうか……? 」


 おりんの声が、猛禽の声に霞む。


「華の残り香が、新しいほど濃いのと同じように……この世の未練と言うものも――」

 新しいほど強いのではありませぬかと、おりんは言う。


「――ど、どちらでも、違いがあるのかの?」


 左眼がむず痒い。

 無意識に痒く。


「ど、どちらでも――人は死ねば終わりじゃ。あの世もこの世も無い」


 少なくとも、以蔵はあの世などと言う場所を見たことも、ましてや行ったことも無い。

 未練を持って死んだ人間が化けて出ると言うのならば、なにより以蔵こそが真っ先にその姿を見ていなければ、道理が通らない。

 なぜならば以蔵には、誰よりも多くの輩を三途の川の向こうに送った自負がある。その中で未練を残さず逝った輩なぞ、以蔵はひとりも知らない。

 だから以蔵にとっては、亡者など別段問題ではない。


 そんな事よりも――ふくろうが――――いやみみずくか――――


「そのような事は…ありませぬか――――」

 そうです――よねと、おりんは悲しそうに以蔵を見つめた。


「い、いや――わしは梟かどうかが、き、気になって――」


 以蔵は卑屈な笑いを浮かべ誤魔化した。

 

 兎にも角にも――恐くて、怖くて……こわい。


 ただでさえ必死に堪えているのに、そのような話を真剣に聞きたくはなかった。

 

 幽霊なぞごめんだ。

 真に怖ろしきは生きて動くもの。何をしでかすか分からぬ生者。

 生きている者の相手だけで、溺れそうなぐらいに息苦しく、何より己が生きることで――手一杯だった。

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