「優しい世界教」誕生神話

◾︎あらすじ

新興宗教「優しい世界教」の誕生秘話は世界の中学生時代に遡る。

母親からの虐待、不登校、精神障害…

飛び降り自殺を図ろうとした世界の目の前に

一羽のカラスが現れて…



怖い怖い怖い!!

はぁ…はぁ…はぁ…夢か…

寝ている時、急に頭をよぎること。

「死んだらどうなるの?」


人間は100%死ぬ。

いや、生きとし生きるもの全てがそうであろう。

死後の世界はあるのだろうか。

はたまた、何もない無の世界なのだろうか。

コンピュータの電源を落とすみたいに

急に何もかもが見えなくなって

私という存在も消えてしまうのかな。

意識はあるのかな。あったとして苦しさが永遠に続いたら?

生きている人間が自らの意思で死ぬことは出来ても

死んでいる人間がいくら願っても生き返ることは出来ない。


…なんて恐ろしいのだろう。

考えるだけでパニックに陥る。

なるべく考えないようにしようとしているけど

私の頭部内熱は熱暴走を繰り返す。

毎日こうだ。「死ぬのが怖い」そう思った時、

傍にいてくれる誰かがいれば。

同じ想いを共有できる人間がいれば少しは楽なのかもしれない。

でもそんな存在はいない。

人間を信じられない自分には、

神様のように縋り付く存在はいない。

もしも神様を信じられたら、

きっとこの恐怖も楽になるんだろうか?


「ごめんなさい!ごめんなさい!」

バンッ!バンッ!

薄暗い部屋で響く音。

今日は何を投げつけられるのかな?なんて

冷静に状況を眺めているもう一人の自分がいる。

「どうしてお母さんの言うことが聞けないの!?」

ヒステリックに喚き散らす女。

窓に置いてあった硝子の花瓶を幼い我が子に投げつける。

「痛い!」いつもは避けていたが、

今日は見事に命中。おでこから血が滲み出す。

「お母さん…ごめんなさい…許して…」

幼い私はグスングスン、と啜り泣くしかなかった。


私の交友関係、成績、全てを監視。

ゲームは勿論、決められた服装や髪型以外は禁止。

遊びに行くことは一切禁じられていた。

暴言、暴力は日常茶飯事。

その割には「世界ちゃんは可愛いね」なんて言いながら私を抱き締める。


「適応障害」と診断されたのは中学生の時だった。

授業が頭に入らない。

黒板に書かれた文字がぼんやりと消えていく。

人と人との距離感が分からない。

人と話そうとしても声が出ない。

学校に行くのが嫌になり、不登校になるのに時間は要さなかった。


人から見る「世界ちゃん」はいつも別人のように感じる。

私のはずなのに、私ではない別の何かだ。


ある日、こっそりネットショッピングで買った

新品のワンピースを着ていた。

すると母は突然激高。

「何よその服!似合ってない!気持ち悪い!

今すぐ脱ぎなさい!」と服を剥ぎ取られ、

ボロボロに破られ、捨てられた。

そして母親が買った服を着せられ、髪を結ばれた。

フリーマーケットで買ってきたボロボロの服。

…ダサい。私だって好きな服が着たい。

いつまでも幼児のような、ダサくて幼稚な髪型。

「お洒落なんかしなくても世界ちゃんは十分可愛い!

無理して大人ぶるのはやめなさい。

お母さんが決めた服が一番似合うから、それを着なさい。

愛してるわ。私だけの天使よ。」


人の目が気になるようになった私は

定期的に保健室登校をするようになった。

お父さんはいない。

母の心の拠り所は私しかいなかった。

母は毎日車で私を保健室に送り迎えした。


「今日はどう?元気かい?」

保健室のおばあちゃん先生。

「あっ…あっ…」上手く出せない声。

間髪入れず母が答える。

「すみませ~ん…この子、人見知りで、私から離れられないんですw

私がいないと何もできない子で…

変わってるんです。クラスでも孤立してて…

本当にダメな子でしょう?

成績も悪くて、よく叱ってるんですが、

そんなこの子を理解してあげれるのは私しかいないので…

私がこの子を支えてあげなきゃなって思うんです。」

「…素晴らしいお母さん!立派ですね。

世界ちゃん。お母さんを大事にしないとダメよ」

「…」


その日の晩。食欲がなく、夕食を残すと

急に機嫌を悪くした母が突然立ち上がり

机にある食器を全て投げ捨てた。

そして私の頬を拳で殴る。

「誰が育ててると思ってんの!?

ねぇ。お母さんがいいたいこと、分かるよね…?

毎日あんたのせいでイライラしてんのよ!

あんたがいなければ…あの人もいなくならずに済んだのに」

「ごめんなさい!ごめんなさい!もうしませんから…」恐怖で泣き喚く私。

口からは血が流れていた。


普段は上機嫌でニコニコしている母。

ノリもよく、時々冗談を言うお茶目な一面もある。

しかし突然機嫌を損ね攻撃的になるので

常にビクビクしながら顔色を伺うようになった。

私は思ったことを言えない。

人から嫌われるのが怖い。

悪い子でごめんなさい……。


気がついたら、ベランダに手をかけていた。

飛び降りれば楽になるかもしれない。

カッターナイフで手首を切り刻み、自分を殴る。

自分が嫌いだ。

痛みで何もかもが曖昧になり、

自分で自分を消していく感覚が堪らなく気持ちいい。

私の存在で誰かが傷つくなら、迷惑をかけるのなら、

私一人がいなくなってみんな幸せになればいい。

体の力を抜き、ゆっくりと地面に背中を向け、

飛び降りようとした瞬間だった。


カァ!!

一羽のカラスが目の前を飛び、条件反射で部屋に戻った。

こんな真夜中に突然カラス…?

不自然な状況に戸惑っているも束の間。

目の前のカラスが突然、

目が一つの黒いうさぎのような生き物に変わった。


「こんばんは。世界ちゃん。

ボクはダークメジェドうさぎ。

怪しくないよ。ビックリしないでね。」

!!?何!?

ビックリして固まっていた。

「大丈夫。怖がらないで。ボクはきみの味方さ。

きみは今飛び降りようとしたよね。

それはどうして?」

全くもって意味の分からない状況だが

とりあえず返答してみる。


「…お母さんに迷惑をかけているから…」

「ほう。それで『自分がいなくなれば誰も困らない』と考えたわけか。

世界ちゃんはとっても『優しい』ね。

『誰かを傷つけるくらいなら自分が傷ついた方がいい』と思えるその心は立派な愛だ」

「愛…そうなの…?」

「そうだよ。でもね。一つ大事なことを忘れちゃいけないよ。

『優しさ』は『他人』への優しさだけではダメなんだ。

『自分』に対しては優しくしているかい?」

「自分への優しさ…

そういや、私は自分をぶったり、傷つけたり、最終的には殺そうとしていた…」

「自分への優しさと他人への優しさは

両立していなければいけないんだよ。

虐待やいじめ、暴力に犯罪。

全ての争いは『優しさ』の欠如から生まれる。

世界には今『優しさ』が足りていない。

世界ちゃんの優しさがあれば世界を救えると判断したんだ。

いい提案がある。ボクと協力しないか?

神を信じられないのなら、自分自身が『神』になればいい。

まずはきみ自身を救済してほしい。

そしてボクたちで争いのない優しい世界を創ろう。

『優しい世界教』を始めよう!」


意味の分からない展開に脳が混乱する中、

なぜかウキウキしている自分がいた。


「今日からきみは教祖だ。」

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優しい世界教 Folder @zvehour

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