背徳を浴びる鳥のうた
栄三五
背徳を浴びる鳥のうた
いつも練習をしていたはずのコートが、前より汚く見えるのは俺の心持ちの問題だろうか。
体育館に響き渡る部員たちの掛け声が、よそよそしい。
バスケットボールをドリブルする音が、いつもより
今やっているセットが終わった。次のセットに移るよう指示を出す。
指示を受けた部員たちがゆるゆると、次の練習に移動してく。
ケンジが大声で歌を歌っているので注意する。
あいつはヘラヘラ笑って謝りながら、誰よりも上手くレイアップをきめた。
1週間前、俺がバスケ部の主将になった。
3年生は夏の大会で引退するのが通例だ。
うちの学校は決して部活が盛んではないし強くもない。せいぜい県大会に出られればいい方だ。だが、今年は珍しく県大会の決勝まで行った。
いいチームだった。前主将のリーダーシップが強く、3年を中心によく纏まっていた。
インターハイにだって出られたチームだったと思う。
俺が最後にパスを取り損ねて、相手のチームにボールを取られなければ。
決勝の終わった後、涙も出ず、ただただ茫然としていた。
我ながら薄情だ。
そんな態度でも試合の後、そのことで何か言われたわけではなかった。
責めたところで何がどうなるわけでもないのだ。
試合の後、体育館の前で整列して、改めて3年が引退すると発表があった。
そして、俺が次の主将に指名された。
試合後の熱気の伴う空気が、冷えたような気がした。
朝練の前、ボールを持って屋上に行くようになった。
朝練は自由参加だ。
さすがに県大会前はほぼ全員参加していたが、ここ1週間は俺1人だ。
うちの学校の屋上は、端に四角形の箱の様な建物があってそこに屋上のドアがついている。
俺は今、その箱の上で寝転がって空を眺めている。
ここで寝転がって見上げると、空が広く見える。
眩しくて腕で目を覆った拍子にボールが手を離れて、屋上の上に落ちて行った。
数回バウンドして結構大きな音がした。下の階に響いただろうか。
屋上は立ち入り禁止だ。先生にばれたら大目玉だろう。
でも、それもいいかもしれない。バスケ部を辞めるいい口実になる。
投げやりな気持ちで空に目を向けると、雁の群れが上空で大きく弧を描いている。弧の縁をなぞる鳥たちから、鳴き声が間断もなく降り注ぐ。
鳥のうた、って表現を考えたやつは詩人かなにかだろうか。
今、俺の上で聞こえているのはうたなんて上品な物じゃない。
あれは、嘲笑で罵声だ。
先頭を征く雁は、他の雁たちが奏でる不協和音に晒されている。
後ろからキーキーと鳴り響く声に翻弄されているのか、先頭を征く雁はくるくると旋回を繰り返していた。
あれは集団を先導しているんじゃない。追い立てられているんだ。
集団の秩序を脅かすことは、集団に対する
危機に陥れる無能なリーダーはいずれ淘汰される。
いずれ、あの群れはクルクルと同じところを周り続ける雁に愛想をつかし、別のリーダーをたてて進んで行くだろう。
そんなことを考えていると、下から声がした。
「誰かいると思ったらお前かよ」
主将の声だ。いや、今は元主将。
「屋上は立ち入り禁止だ」
「いや、先輩もですよね」
「俺いいんだよ。生徒会だから」
そいうえば、先輩は生徒会の書記だったはずだ。
屋上の鍵は部室棟の鍵束と一緒になっているが、鍵の管理は生徒会もしていた。
スペアキーがあるのかもしれない。
「こんなとこで何やってんだ」
「何でもないです」
「……なんかあったんなら言ってみろ」
先輩がボールを投げてくる。
下から放られたボールを受け取るが、手を放しそのまま下に落下させる。
床に弾む音がしない。先輩がキャッチしたのだろう。
「主将やめたいです」
「音を上げんのが早ぇよ」
「言ってみろって言ったじゃないですか」
「だれが汲んでやる、つったよ」
壁にボールが当たる音がした。先輩が壁打ちをしているのだろう。
等間隔に、コンクリートの壁にボールが当たる音がする。
そう大きい音ではないのに、やたらと強く響く。
「何が嫌だ?」
「………部の雰囲気が違います。前は、なんかもっと練習中覇気があったというか、ケンジとかのいつもふざけてるやつらも手を抜くようなことはなかったのに、なんか雑っていうか、適当になってるっていうか…」
「じゃあ、お前が注意しろよ」
やっている。注意すれば、あいつらもヘラヘラ笑いながら一段はやめる。でも、またすぐに元に戻る。試合の後の、一時的な緩みなんかじゃ、たぶんない。
俺だからだ。こうなったのは俺が主将になってからだ。
ケンジが練習中大声で流行りの歌を歌っていたのを思い出した。
あれが歌なもんか。あれは嘲笑で、罵声だ。
黙っていると、先輩が言葉を継いだ。
「お前、寝転がって何見てんだ?」
「なんで寝転がってるって分かるんですか?」
「分かるわそんなもん。で、何見てんだ?」
「鳥、
先輩が大きくため息をついた。
「俺は試合の結果がどうでもお前を主将に推してたよ」
ケンジに任せたら部がもたねぇからな。
先輩はそう言って、バスケットボールを空に放った。
「渡り鳥の群れの先頭がどうやって決まるか知ってるか?」
「…いいえ」
「一番渡りの経験が多いやつが先頭になるんだと」
たぶん、鳥の話ではない。
「……俺がバスケ始めたの高校からですよ」
「バカ、そういう意味じゃねぇよ」
「お前、あの時の試合で悔しい思いをしたんだろ?誰よりも、つらいな思いをしても、それでもまだバスケ続けるんだろ?」
「だったら、お前が主将をやれ。お前は他の部員よりも一回多く、強く悔しい思いをして、そこから立ち直ってるんだ。他の部員よりも挫折から立ち直る方法を知ってるだろ」
「同じように、挫折して、諦めそうになってるやつがいたら、お前が背中叩いてやれ。引っ張り上げて立たせてやれ。試合で負けそうになって士気が落ちたら、お前が諦めない姿を選手たちに見せつけてやれ」
先輩は上にボールを放っている。
俺の斜め上、太陽の位置までボールが現れては、落ちていく。
「別に
目の前に突然影が現れた。先輩がまた、俺の方にボールを投げたのだ。
顔面に当たりそうで、慌てて顔の前に両手を伸ばし、ボールをキャッチする。
足音がして、屋上のドアが閉まる音がした。
もう行ってしまったようだ。
たぶんドアの向こうで耳を真っ赤にしているんじゃないだろうか。
相変わらず鳥のうたが
でも、気にならなかった。やいやい言われるのは当たり前のことだ。
俺は今さっき、先頭を代わったばかりなんだから。
いつの間にか雁の群れは旋回を止め、山の向こうへ向かい始めていた。
背徳を浴びる鳥のうた 栄三五 @Satona369
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