つま先立ちしてあなたに触れたい
哉田
つま先立ちしてあなたに触れたい
射し込んだ西陽がノートに反射して、汗を拭ったあなたと目が合う
水泳のあとの四限目 眠ってるクラスメイトを起こさないでよ
僕はもう狂っているに違いない 教科書の表紙の鳥すら愛おしいから
漱石のこゝろを読んでるテノールがいつまでも残る気がした、朝
黒板に白いチョークで描かれるあなたの素朴な「の」の字が好きだ
みんなには気付かれないようしぶしぶと国語係に名前を残す
すみません、辞書忘れました(先生の使い古した辞書がいいから)
蝉の音と、あなたの眼鏡の鼻あての、少しくすんだ透明感とか
校庭を見つめるあなたの目に浮かぶきっといつかの春の残り香
先生と仲良さそうに話してる生物基礎の佐藤が嫌い
喉元でかっかと騒ぐ、手のひらを滑る氷みたいな「好きです」
先生の爪は綺麗な楕円形 張ったヤマから転げ落ちてく
先生が隣を行くたび心臓は跳ねる 答案用紙は白い
蝉たちが五月蝿く鳴くからひっそりと先生のこと、さん付けで呼ぶ
日蝕を観察しながら先生が「綺麗ですね」と言ったあの午後
よし今日は12日だから12番、ってあいつに向かって微笑まないで
教科書のことばが喉に詰まるのは湿気のせいだ 湿気のせいだ
先生は傘持ってないの、そうなんだ、車のとこまで入れてあげるよ
蘭服の群れのひとつに僕が在りあなたに名前を呼ばれるひとり
明日から会えなくなるからいつもより青葉みたいな恋がさやいだ
つま先立ちしてあなたに触れたい 哉田 @Sodasuisui
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