7.罪人の章


「なんで貴様は直ぐに警察沙汰になって、直ぐに釈放されんだ? 2年くらい前もそうだったろう? その前の年もそうだったな? 大体、お前、なんで直ぐに建物壊すんだ? しかも、お前に関わった連中、全員、記憶喪失だぞ? 説明がつかない事ばかりじゃないか! 説明してみてくれよ! な?」


そう聞いて来た刑事に、シンバは困ったように、


「別に全員が記憶喪失になる訳じゃないよ」


そう答えた。


「嘘言え!」


「本当だよ、只、その、なんていうか、大きい事になると、関わった神の記憶が消えちゃうからで、それはオレのせいじゃないけど、その・・・・・・」


「意味わかんねーよ! 大体、なんで大阪から東京まで迎えに行かなきゃならねーんだよ! いつの間にか、お前の担当、俺になってんじゃねーのか!? 事件起こして、どうせ釈放される癖によぅ! それに上からの命令で釈放って、上って誰なんだ!?」


「King」


「あぁ!? なんだって?」


「いや、刑事さん、送ってくれてありがとう!」


「っていうか、毎回、聞くが、そのパスポート偽造だろう? なのに、なんで、お前を捕まえたらダメなんだ!?」


「偽造じゃないよ、まるで犯罪者を見るような目で見るのは止めて下さい」


「こんなパスポート見た事あるかぁ!!」


「これはちゃんとした正規のパスポートです!!」


「大体お前、そんな日本語がうまくなる程、日本にちょくちょく来ては何してんだよ!? 働いてねぇみてぇだし」


「働いてます!ちゃんと政府公認の仕事してます!!」


「寝ぼけた事言ってんじゃねぇ!! いいか、次、日本に来る時は、前もって俺に連絡しろ!!」


「する訳ないでしょ」


そう呟いて、シンバは車のドアを開けて、バイバイと、刑事に手を振る。


刑事は、謎ばかり残り、あやふやなままで、気分も良くないが、バイバイと手を振り返し、シンバの存在の不思議さに悩む。


シンバはシンバで、警察にいろいろ追求されては、説明に困り、なるべく、警察と関わらないようにしたいと思っている。


「Japanese police are heavy」


日本の警察はシンバにとって、重荷でしかないようだ。


だが、今回の日本でのミッションはこれで、無事に終了。


日本の空に流れる風が、気持ちいい——。


夏の青空。


入道雲と飛行機雲。


何故か、とても優しい風を感じる。


今回、日本で出会った人達の事を思い出しながら、大きなリュックを背負い直す。


風に導かれるように、シンバは歩き出す。


もう直ぐにでもイギリスに帰る為、シンバは空港に来ていた。


そして、驚く光景を目にする。


「キト?」


長内 季人(おさない きと)。


彼がシンバの似顔絵を持って、通る人達に、


「この人、見かけませんでしたか?」


と、尋ねている。


まだ怒り足りないのだろうかと、シンバは苦笑いし、苦笑いした口元の怪我に、イテテと痛がる。


やっと警察から解放されたのに——。


どの道、嫌われてなんぼ。


罪人が好かれる事はない。


嫌われるなら、とことん嫌われてしまえば、諦めもつく。


諦め、それは、こんな自分でも誰かに愛されるんじゃないかという期待の諦め。


どうして自分が罪人なのか、悩まない日はない。


「キト」


「・・・・・・シンバ?」


「どうしたの? オレを探してたなんて?」


「シンバこそ、どうしたの? その傷——」


「あぁ、大した事ないよ」


「本当に? でも良かった、会えるなんて思ってなかった」


神達は罪人のシンバが悲しむ事なら、なんでもするだろう。


キトに会わせ、シンバが更に自分の存在に悩み、人々から忌み嫌われる存在であると再確認させる為なら、会わない運命なんて、神はつくらない。


会いたくなかったと、シンバは俯く。


「シンバ、あのね、僕ね、考えたんだ」


「What?」


「シンバはね、罪人なんかじゃない。シンバはこの世界で、たった一人、本当の優しさを持ってる人なんだ。シンバは、この世界の為に罪を重ねてる。この世界があるから、僕達は生きていける。シンバの御蔭だよ。シンバ自身には、何もなくて、見返りもないし、苦しいだけなのに、それでもシンバは罪人をやめないのは、それは、シンバが、本当に優しいからだ。優しいって言うのは、自分が傷ついても苦しくても、犠牲になっても、誰にも感謝されなくても、何かを守る事だと思う——」


「・・・・・・なんで?」


「シンバ?」


「なんで、お前、オレにそんな事、言ってくれるの?」


シンバの目に涙が一杯溜まる。


「オレ、お前の爺ちゃん、助けられなかったのに?」


「・・・・・・シンバ、僕のお母さんが元気になったんだ」


「え?」


「お母さんが、木里村の神から解放され、病からも解放されたんだよ」


「そっか・・・・・・」


「シンバ、僕はね、自分が情けないよ、自分にこうして利益がないと、シンバの優しさに気付かないんだから。ごめんね、シンバ、酷い事言って、ごめんね」


俯いているシンバに、季人は、更に口を開く。


「どうして人は自分に利益がないと、誰かの優しさに気付かないんだろうね、どんなに傷ついて悲しい想いで、罪人なんてやってるかなんて、考えもしなくて、シンバの明るい人柄と笑顔に何も気付けなくて、かっこいいなんて、そんな簡単な事を言って、本当にごめん」


伝えたい事がうまく台詞にできない。


シンバに会えたら、伝えたい事をちゃんと言えるように、ずっと考えていたのに、うまく言葉にできなくて、こんな事を言いたい訳じゃないと季人は首を振る。


「正直、僕はお母さんが病気のままだったら、シンバを憎んだままだったと思う。でも、誰かの犠牲の元、誰かの笑顔があるんだと知った今は——」


今は——?


今は・・・・・・その後の言葉が出てこない。


季人は、ゴクリと唾を呑み込み、一呼吸して、


「友達になりたい」


そう言った。


まるで、女性に告白でもするのかと言う位、勇気のいる台詞。


だが、一度、吐いたら、止められない。 


「僕はシンバと友達になりたい。これから先、シンバが誰かに悲しみを負わせ、誰かに憎しみをもらうなら、きっと、その裏で、笑顔が生まれる事もあるよって、その都度、僕が言ってあげれるから。駄目かな? 僕はシンバの友達になれないかな?」


一生懸命、気持ちを伝えてくる季人に、シンバは鼻をすすり、顔を上げ、


「似てないよ」


そう言った。


「え?」


「この絵、オレだろ? 似てない。オレ、もっとカッコイイよ」


「似てるよー! これでもカッコよく描いたつもりだよー!」


「似てないよ!」


「似てるよ! あげるよ、この絵!」


季人は、スケッチブックごと、シンバに渡す。


「・・・・・・」


「後、お金持ってないって言ってたからさ、お金、貸してあげる」


と、季人は金を入れた茶封筒をシンバに差し出す。


「金?」


なんで?と言う顔で、シンバは季人を見た。


「イギリスまで帰るお金だよ、必要でしょ?」


「あぁ、金は必要ないんだ」


「え? どうして?」


「罪人は特別なパスポートがあるんだよ、そのパスポートだと、どこでも無料で行き放題」


「嘘!?」


「本当。でも一般的には知られてないよ、だって、SINNERなんて、架空人物みたいなもんだから。だから特別なパスポートを発行してくれて、国を行き来するのは簡単でも、国の中を行き来するのは難しい。これでタクシーとか、乗り放題なら、もっと便利なんだけどね」


「つ、罪人って、国王達には認知された職業って事!?」


「Yes. でも一般的には知られてないよ。ほら、こんな神の存在が公になったら、信じる者で増えちゃう事もあるしね。神は信じる者、信じない者がいて、その存在を人間の世界で認められているから」


「そうだったんだ・・・・・・じゃあ、生活するお金も国からもらえるの?」


「Yeah」


「そうだったんだぁ!」


謎が解けたと、季人は一人頷く。


「・・・・・・でも、金、借りようかな」


「え?」


「キトとまた会いたいから」


そう思ってもいいのだろうか、罪人が、誰かに会いたいと思う事など、許されるのだろうか。それを受け入れてもらえるのだろうか。


「うん、貸すよ、僕もシンバにまた会いたいから」


「そんな簡単にオレを受け入れていいのか? 神はオレを憎んでる。キトはそんなオレと仲良くして、神に嫌われたらどうするんだ?」


「どうもしないよ、だって、神に嫌われるより、シンバに嫌われる方が悲しいよ」


笑顔でそう言ったキトに、シンバは心から救われる。


「ねぇ、シンバ? ボクと別れた後も、いろんな人と出会った? 辛い別れもあった? 嬉しい事もあった? 苦戦もした? それって、僕達と変わらないよね、辛い事も嬉しい事も苦戦する事も、出会いも別れもあるし、神様も、信じてる奴も信じてない奴もいるし、それに調べたら、神様によって、別の神様を悪魔として殺す儀式もあったりして、だから僕達の人生と、シンバは何も変わらないよ。世の中の人は、みんな、罪人なんだ——」


——神よ、あなたに、どんなに嫌われても憎まれても、罪人である事をやめれない。


——人は人として生まれ、罪と罰を背負い続ける。


——だが、闇に彷徨うばかりじゃない。


——光もある。


——どんな罪人にでも、光が訪れる時、人で良かったと、人は思う。


「キト、オレを探して会いに来てくれてありがとう」


季人が照れたように、微笑む。


人は笑顔が一番似合う。


どんな人間も笑うだけで、その場を明るくする。


この世界を笑顔で、もっと溢れさせたいと思う事は、誰もが願う事。


今、この場所で、見渡す限りでも、そこら辺で、笑顔は溢れている。


当たり前のように笑う人間の、その笑顔は、誰かの悲しみの下に成り立つのだとしても、人から笑顔を奪う事はできない。


明日も、明後日も、世界で一人ずつ、笑顔が増えていくように——


オレはこれからもSINNERとして、この世界を、守り、罪を重ねていく。


知り合いである誰かの笑顔を、そして、知らない誰かの笑顔を、この世界から消さない為に——。



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SINNER ソメイヨシノ @my_story_collection

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