花火を見送る

北谷雪

花火を見送る


無人野菜売り場でひときわ奔放な胡瓜をきみへの土産に選ぶ


回覧板の傾げた判がよく似合う浮草みたいなふたりの暮らし



 素麺をしづしづ啜る近ごろは金魚の波紋がやけに恋しい



この町の大動脈を弾ませて子ども神輿がほらもう見えるよ


祭法被が案外似合うコンビニの外で見かけたコンビニのひと


太陽の雫を受けてとろとろとビニールプールの水が温まる


ヨーヨーを黙々ふやす誰ちゃんのママとも呼ばれぬ木陰の椅子で


よそゆきの男だね今日はTシャツの袖で何度も汗を拭って


次々と乾杯していく(おそらくは)お向かいさんと三軒隣と


その姿を見たことはなく寄贈者の名前に連なる野田の一族


滅多矢鱈と生きるということ青年団の腕が鼓面に降らせる豪雨


午睡から覚めるのを待つ朝顔の芽吹きをそっと見守る心地で


姿見に立葵の花咲くような母の着付けを眼裏に描く



 本当のことなどいくつも話さずに 宵口 狐の面を購う



くちびるに金魚を覗かせ女らが鬼灯笛を鳴らす十字路


そのいもうとはすぐに大人になるでしょう鼻緒に滲む赤を隠して


境内の柳がさざめく能面の男が派手に鳴らす床板


提灯の群れを離れて自販機は夢とうつつの境界に立つ



 つなぐ手に閉じ込めたのは夏そして熱に溶けだす夜の茉莉花



飛遊星花火を見送るふたしかな軌道が藍の果てへゆくまで

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花火を見送る 北谷雪 @kitayayuki

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