第3話『追放の餞別』

 それは、ビビアンを模した等身大の石像だった。

 両手を腰に添え、偉そうに胸を張って仁王立ちしている。

 その横で、本人も同じポーズをとっていた。

 

「じゃーん! どうだ、かっこいいだろ!」

 

「どちらかと言えば可愛らしいですわ」


「なんだと! おれは立派な精霊だぞ! 可愛いなんて言うな!」


「失礼。かっこいいですわ」


「だろ! ぐふふ、我ながら会心の出来だな。

 この雄々しい立ち姿、作品名は……『ビビアン、大地に立つ』!」


 ニヤニヤしているビビアンに、セレスは疑問を投げかける。


「設計図がなくとも、想像だけで作りたいものが作れるんですの?」


「そうだ! こいつはめちゃくちゃ頭がいいからな! 城民を増やしてレベルを上げれば、もっと複雑なものでも作れるようになるぞ!」

 

「なるほど。……美味しいお菓子とかも?」


「楽勝、楽勝! ジュースもクッキーもケーキだって作り放題だ!」


「まあ! がぜん、やる気が出てきましたわ! どんどん城民を増やしましょう!」


 いきなり魔王になれと言われてもピンとこなかったが、これなら話は別だ。

 母親が存命だった頃、一度だけ食べたことがあるケーキの味は今でも覚えている。

 あれがまた食べられるのなら、どんな努力も惜しむまい、とセレスは思った。

 

「その意気だ! 食べ物は『城塞』がレベル1になると作れる様になるぞ!」


「レベル1というのは、どうすればなれますの? というか、レベルってそもそもなんですの?」


「一言で言うと、『城塞』の成長度合いのことだ! 

 基本的に、城民にしてる種族の種類が、そのままレベルになると思ってくれ! 

 今は城民がゼロ人だからレベル0だけど、たとえば土魔族ドワーフを城民にすれば、一種類だから、レベル1になるわけだ!」


「なるほど。ちなみに、最大レベルはどのくらいですの?」


「さあ? 魔王様は13くらいまで上げてたけど、六百年前の話だからなー。今じゃ滅びちまった種族もいるかもだし」


「え? これ、あなたが作ったものではないんですの?」


「違う違う。ブリギットっていう昔のすげー土魔族ドワーフが作ったんだ。『神代じんだい最後の賢人』なんて呼ばれてたな」


「聞いたことがありますわ。土魔族ドワーフの間では伝説的な人物ですわ。でも、万物生成炉こんなものを作ったなんて逸話は初耳です」


「本当か? あいつが作ったものの中じゃ、『城塞』の次にすごいもんだと思うんだけど……まあ、『城塞』も伝わってないんならしょうがないのか……」


 ブツブツつぶやいているビビアンを尻目に、セレスは致命的なミスに気がついた。

 サーっと顔から血の気が引いていくのを感じる。

 完成した『城塞』の外見は、高さ三メートル。球体に四つ足の生えた、新種のカニのような見た目だ。

 

「……あの、これ、どう見ても『城塞』の入り口より大きいのですけれど、入りますの?」


「ん? 入るぞ。持ち上げて、扉に近づけてみるんだ!」


「こ、こうですの?」


 ミシッと地面を軋ませながら、セレスは万物生成炉コルドロンを抱えて『城塞』の入り口へ近づいた。

 すると、ニュッと入り口の枠が広がり、セレスを万物生成炉コルドロンごと中へ迎え入れた。


「わっ、広い……」


 思わず感嘆の声を漏らすセレス。

『城塞』の内部は、外見よりもずっと広かった。

 一抱えもある万物生成炉コルドロンを床に置いても、まだ歩き回るスペースがあるほどだ。

 天井や壁には、魔王遺物アーティファクトと同じく緑青色のラインが走り、部屋全体をうっすらと照らし出している。

 ビビアンがふわーっと扉から入ってきて、自慢げに鼻の穴を膨らませた。

 

「びっくりしただろ? 『城塞』の中は魔法で作られた異空間になってるから、いくらでも人や物を運び込めるんだ!」


「それはとても便利ですわね」


 セレスはあちこちを見回しながら、『城塞』の中を歩いた。

 清潔で平らな床。

 広々とした空間。

 雨や虫が入り込んでこない隔絶されたプライベートスペース。

 壁は全面がモニターとなっていて、外の景色を360度余すところなく表示している。

 

 これだけでも、セレスにとっては感無量だった。

 と、ここでセレスは大事なことを思い出した。

『城塞』の壁に映し出された外の映像を確認すると、外が明るくなってきていることに気がつく。


「いけませんわ。早く出ないと、お兄様が来てしまうかもしれません……って、こんな大きな機械をどうやって外に出せばいいんですのー!?」


「そんなの簡単だ! えーと、まず万物生成炉コルドロンと『城塞』を連動させて、そんでこいつとこいつを入れて……っと」


 鉄鉱石や余った魔王遺物アーティファクト万物生成炉コルドロンに投入。

 すると、『城塞』の床がズゴゴゴと鳴動し、前方モニターに円錐状の金属塊がインしてきた。

 

「な、なんですのこれは?」


「こいつは掘削機ドリルだ! そのへんの岩なら砂糖のお菓子みたいに砕ける優れものだぞ! さあ、とっととここから脱出するんだ! 叫べ! 発進!」


「は、発進!」


 セレスの号令に呼応し、掘削機がギュイインと高速で回転し始める。

 それと同時に、セレスは軽い浮遊感を覚えた。『城塞』が立ち上がったのだ。

 そして、


 ドガガガガガガ!


 岩が砕け散る凄まじい轟音と振動を奏でながら、脱出のためのトンネルを掘り始める。


「ちょ、めちゃくちゃうるさいんですけれども! これではお兄様に気づかれてしまいますわ!」


「いいだろ別に。どうせ敷地から出るときは誰かにバレるんだから」


「それはそうですけれども! いきなりすぎますわ! まだわたくし、心の準備が……!」


「大事な決断ってやつは、いつだって唐突にやってくるもんだ! 世界はお前の心が準備するのなんて待ってちゃくれない! ――魔王になるんだろ、セレスティア・ローレンス! だったら、これくらいのことで、オタオタするんじゃない!」

 

「っ……! ええ、そうですわ。わたくしは、魔王になる女ですわ……!」


 とんでもない一歩を踏み出してしまったことを、今更ながらに自覚するセレス。

 だが、もう引き返せない。そんなつもりは毛頭ない。

 セレスは固唾を呑みながら、『城塞』が坑道を掘り進めていくのを見守っていた。

 しばらくして、バコッと前方に大穴が空き、外の景色が見えた。


「と、止まれー! お前、何やってるんだセレス! そいつは一体何だ!」


 思った通り、すでに私兵たちが出口を包囲していた。

 その後ろで、ジョシュアがシルビアを伴って、震え声を上げている。

 セレスはジョシュアの声に応えようとして、いま自分が『城塞』の中にいることを思い出した。

 

「これ、一旦外に出なくてはなりませんの?」


「いや、そのまま喋れば外にも聞こえるぞ」


「あら、便利ですのね。……コホン、お兄様。今まで大変お世話になりました。突然ですが、わたくし、魔王になることにいたしましたので、ご報告だけさせていただきます」


「はあ!? 何言ってんだお前! ていうか、それは何なんだよ!」


「こちらは『魔導城塞』になります。魔王遺物アーティファクトから組み上げたものですので、餞別としていただいていきますわ」


「だ、ダメに決まってるだろう! 置いていけ! 命令だ!」


「お断りさせていただきます。では、またいつかどこかで」


「ジョシュア様! あの女を止めてくださいまし! あれはとんでもない兵器ですわ!」


「お、お前ら! あの中にセレスがいるはずだ! 早く引きずり出せ!」


 命令を受けた私兵たちが、『城塞』に取り付こうとする。

 しかし、


「勝手に『城塞おれ』に触るんじゃねー!」


 左右のモニターに、機械でできた腕が何本も映り込む。

『城塞』の側面から生えてきたのだ。

 三本の『指』を持つ腕は、私兵たちを引っ掴むと、ポイポイと投げ捨てた。


「な、なんですのこれは!」


操作腕マニピュレーターだ! 『城塞』の手みたいなもんだ! ……ちなみに、もっとすごいものも作れるぞ。ちょっと耳貸してくれ、ゴニョゴニョ」


「……それは面白そうですわね」


「だろ?」

 

 ビビアンと笑みを交わしたセレスが、再びジョシュアの方を向き直る。


「言っておきますが、今後わたくしや、わたくしの親しい方にちょっかいをかけてきた場合――こうなりますわ!」


 ウイーンと駆動音を上げながら、『城塞』の頭部から砲塔が生えてくる。

 砲塔の直径は四十センチ。長さは1・5メートルほど。

 明らかに物々しい兵器の登場に、ジョシュアが慌ててとりなそうとする。


「ま、待て! わかった、話をしよう! な? 一旦落ち着いて、茶でも飲みながら今後の話を……!」


「いえ、わたくし、茶会の作法には疎い土魔族ドワーフですので、ご遠慮させていただきますわ」


「じゃ、じゃあとにかく止めろ!」


「なにをですの?」


「お前が今からやろうとしていることだ! お、俺たちを皆殺しにする気だろう!」

 

「ふふふ、まさかそのようなこと。お兄様には大変お世話になっていますから――その程度では済ませませんわ」


「ひいいっ!」


「もし今後、わたくしやわたくしの親しい者たちにちょっかいをかけてきた場合――こうなりますわ!」


 セレスは右手を前に突き出し、頭の中で念じた。

 そうすれば、彼女のしたいことを実現できると、何かが教えてくれていた。

 

 ドッゴオオオオン!


 砲塔から放たれた一撃は、屋敷を半壊に追い込んだ。

 

「ぼ、ボクの屋敷が……」


 外壁が吹き飛び、メチャクチャになった内装があらわになっている屋敷を見上げながら、ジョシュアが情けない声を漏らす。

 その反応だけで、若干溜飲が下がったセレスは、屋敷の外に向かって歩き出した。


「ではお兄様、御機嫌よう。もう二度とお会いすることがないよう、お祈りしておりますわ」


 こうしてセレスは、外の世界への第一歩を踏み出したのだった。

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魔王嬢塞セレスティア~『ドワーフ令嬢』と呼ばれ虐げられていたわたくし、発掘した古代の機動城塞が最強すぎたので魔王を目指すことにいたしました~ 石田おきひと @Ishida_oki

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