第2話『城塞の製造』

「魔導城塞……? な、なんですの、それは」


「なんだ、そんなことも知らないのか?

 魔導城塞ってのはな、ものすご~くでっかくて、超かっこいい歩く城だ!

 何十万っていう『城民じょうみん』を住まわせたまま、大陸中を冒険できるんだぞ!」


 雨が降りしきる音が響く中。

 ビビアンは小さな体を目一杯使って『大きいなにか』を表現している。

 セレスの脳裏に、四本の足がニョキッと突き出し、大地を踏みしめている奇妙な城のイメージが浮かんだ。

 

「……よくわかりませんが、その『城塞』とやらはどこにありますの?」


「たぶん、おれの近くに基礎のパーツは揃ってると思うぞ!

 教会に見つからないように、バラバラにして埋めたはずだから、全部は揃わないかもだけどな!」


「パーツ……」


 その言葉に、セレスは思い当たる節があった。

 洞穴の入り口あたりに積んでいた魔王遺物アーティファクトの一つを持ってくる。


「こういうもののことですの?」


「おお! それだそれ! もっとほかにもあるのか?」


「ええ。結構な数がありますわ。別の場所に保管してありますけど」


「よし、じゃあおれの本体をそっちに運んでくれ! これから組み立てるぞ!」


「く、組み立て!? でも、わたくし、工具のようなものは持ち合わせていないのですが……」


「大丈夫だ! 土魔族ドワーフの腕力があれば、素手でも組み立てはできる!

 まあ、最低限歩けるくらいの仮組みしかできないけどな~」


「はあ……」


 わたくし、純粋な土魔族ドワーフではないのですけれど、と思いつつ。

 セレスはビビアンを持って、魔王遺物アーティファクトの保管部屋のところへ行った。

 

 山のように積まれた魔王遺物アーティファクトを見て、ビビアンが歓声を上げる。


「すごい量だな! これ全部、おまえが掘り出したのか?」


「ええ。兄にはもっと役に立つものを見つけてこいと、いつも叱られますが……」


「なんだそいつ、見る目がないな~。まあいいや、さっそく組み立てようぜ! まずは歩脚アウトリガーからだ!」


 それから、セレスはビビアンの言う通りにパーツを組み上げていった。

 昆虫の足のような形状をした歩脚を完成させ、次は本体部分に取り掛かる。

 

「この細長いぼると? を、穴にねじ込めばいいんですのね?」


「そうだ。それが脱進機エスケープメントで、そっちが歯車。あ、ボルトはちゃんと時計回りに回すんだぞ!」


「時計回り?」


「時計も知らないのか? もしかして、日時計とか水時計みたいなのしか、この世界にはないのか?」


「しか、というか、それ以外の時計がありますの?」


「たは~。こりゃ先が思いやられるぜ。ゼンマイ式もないのかよ! これじゃ、おやつの時間がわからないじゃないか!」

 

「腹時計で十分でしょう?」


「おれは決まった時間に食べたいんだ!」


 ムキーと足踏みをするビビアンを放っておき、セレスはネジ締めに没頭する。

 土魔族ドワーフの驚異的なピンチ力――指でつまむ力をもってすれば、機械部品のネジ締めもお手の物だった。

 

「ところでおまえ、名前はなんていうんだ?」


「わたくしはセレスティア・ローレンス。セレスで結構ですわ」


「セレスか! いい名前だな!

 ……あれ? おまえ、よく見たら土魔族ドワーフじゃないな。背が高いし。

 顔もあんまり平民っぽくないのに、なんで採掘なんかしてるんだ?」


「それは、語れば長くなるのですけれど……」


 この小動物が相手ならば、隠す必要はないと思い、セレスは簡潔に自らの生い立ちについて話した。

 すると、話し終わる頃には、ビビアンはカンカンに怒っていた。


「なんだそりゃ! ひどすぎるだろ!

 腹違いとはいえ、自分の妹を穴ぐらに住まわせておいて、挙げ句に婚約したから出ていけなんて! 許せないぞ!」


「まあ、もとより生まれる前に処分されていて当然の命ですし……」


「そんなことない! おまえはおれと出会って、魔王になるために生まれてきたんだぞ! もっと自信を持て!」


「魔王になるためって、わたくしがそんなだいそれたものになれるわけが」

 

「いや、なれるぞ。だっておまえ、魔王様の血を引いてるじゃないか」


「……え?」


 セレスは作業する手を止め、己の耳を疑った。


「わ、わたくしが、魔王ヴォルフラムの血を?」


「うん。じゃなきゃ、おれだって目が覚めなかったぞ」


 魔王ヴォルフラム。

 それは、かつてこの地上で、人間と覇権を競い合った一人の魔族の名だ。

 詳細な外見や、種族などは伝わっていないが、強大な力を持ち、人間を破滅寸前にまで追い込んだのだという。

 

(まさか、そんなことが……お母様の仰っていた『貴いお方』とは、ヴォルフラムのことでしたのね)


 すると、ビビアンが藪から棒に尋ねてくる。

 

「セレスはでっかいお城に住みたくはないか?」


「お、お城? ええ、まあ……」


「たくさんの召使いたちに世話されながら、優雅に過ごしてみたくはないか?」


「憧れなくはありませんが……」


「おまえを慕う国民たちがいっぱいいる、自分だけの国がほしくないか?」


「ほしいかほしくないで言えば、たしかにほしいですわ」


「だろ? だろ? なら決まりだ!

 おまえは魔王になる! そんで、俺の『城塞しろ』にたくさん城民を住まわせる!

 お互いに利益のある、ウィンウィンの関係ってやつだ!」


「わたくしが、魔王に……」


 にわかには想像し難いことだった。

 今までは、奴隷同然の待遇で生きてきたのだから、無理もない。

 困惑するセレスに、ビビアンが言った。


「安心しろ! おれが全力でおまえをサポートするから、おまえはおまえのやりたいようにやるんだ!

 そうすれば、必ず魔王になれる!」


「魔王って、そんな感じでなれるものですの?」


「おまえは魔王様の末裔で、おれは魔王様の『城塞』だ。

 そんなおれたちがこうして出会ったんだ。

 どんな道を歩もうと、いずれ絶対にお前は魔王と呼ばれることになる。そういう運命なんだ!」


「運命……」


 考えてみれば、途方もない確率だろう。

 たまたま自分が住んでいる屋敷の敷地内に、『魔導城塞』なる代物が埋まっていて。

 その『城塞』は魔王の居城で、実は自分は魔王の血を引いていたなんて。

 これはもう、誰かが仕組んだのでなければ、運命という言葉以外では片付けられない。


「よし、これであらかた完成……おお! 『万物生成炉コルドロン』も作れるじゃないか!」


万物生成炉コルドロン?」


「素材を入れれば、なんでも勝手に作ってくれる万能プラントだ! やっぱり、こいつがないと『城塞』とは言えないよな~」


 ビビアンの指示通りに手を動かすと、大人数人が入れるほどの巨大な大鍋のような機械が誕生した。


「よし、試しになんか作ってみよう! そうだな~。まだレベル0だから簡単なやつがいいな」


 言いながら、ビビアンがよいしょとそのへんの石ころを万物生成炉コルドロンに放り込む。

 すると、万物生成炉コルドロンがガガガと振動し、扉が開いて生成物が出てきた。

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