魔王嬢塞セレスティア~『ドワーフ令嬢』と呼ばれ虐げられていたわたくし、発掘した古代の機動城塞が最強すぎたので魔王を目指すことにいたしました~

石田おきひと

第1話『追放前夜の出会い』

「相変わらず、ロクなもの持ってこないな、セレス。

 ドワーフは穴掘りが得意なんじゃなかったのか? あ?」


 床に並べられた、大小様々な形のガラクタを見下ろしながら、細面の優男がネチネチと小言を垂れる。

 ここは、ローレンス伯爵家の執務室。

 来客をもてなすための美術品、上等な家具、よく躾けられた召使いたち。

 なにもかもが一級品のきらびやかな空間に、1つだけ薄汚れたものがある。


 ボロをまとった一人の少女――セレスだ。


 後ろでくくった薄紫色の髪は、まともなケアをしていないので、ゴワゴワのボサボサ。

 手は荒れ放題で、爪の間は土で真っ黒に汚れている。


 まるで鉱夫のようなひどい身だしなみだが、よく見れば、高貴さを感じさせる整った顔立ちだ。

 さらに言うなら、目の前の優男と、どことなく似通った顔かたちをしている。

 目元など、まるで瓜二つだ。

 優男の小言は続く。

 

「だいたい、ちゃんと洗ってから持って来いって、いつも言ってるよな? 

 ほら、ここ。まだ砂がついてるじゃないか。グズが。言われたことも守れないのか?」


「……申し訳ありません、ジョシュアお兄様」


 などと、殊勝に謝ってみせるセレス。


「お兄様、ねえ……。ふん、ぞっとするよ。

 小汚い土魔族ドワーフなんかの混血とボクに、同じ血が流れているなんてさ」


 小姑もとい、ジョシュアと呼ばれた優男が、吐き捨てるように言う。

 そう、セレスとジョシュアは、正真正銘の兄妹の関係にあった。

 

 ただし、ジョシュアは先代ローレンス伯爵であるブランドンの嫡子にして現当主。

 対するセレスは、ブランドンの愛人との子。


 だが、正妻の子と妾の子という立場の違い以上に、二人を隔てるものがあった。

 ブランドンの愛人は、土魔族ドワーフだったのだ。

 

 土魔族ドワーフ

 この世界ではありふれた、魔族と呼ばれる人種の一種だ。

 小柄で、屈強で、土木作業に長けた彼らは、鉱山で働かされたり、あるいは単純な力仕事をさせられることが多い。

 セレスの母親も、召使いとして屋敷に雇われたと聞いている。

 

 あとはお決まりの展開だ。

 主人と召使いの禁断の関係。

 人間と魔族の間で子どもができることは、まずないのだが、そのまずないこと・・・・・・が起きてしまった。

 そうして産まれたのがセレスだ。


 比べてみれば、彼女の身長は明らかに低かった。

 この国の人間は、女性でも身長170センチはあるのが当たり前なのに対し、セレスは150センチ足らず。

 魔族ぜんたいの特徴である、尖った耳も受け継いでいた。

 

「おい、どうだ。少しは売れそうなものはないのか?」


「いえ、どれも魔王遺物アーティファクトだということだけはわかるのですが……観賞用にしては無骨すぎますし、お引き取りできそうなものはないかと」


 セレスの発掘品を鑑定していた商人の男が、肩をすくめる。

 週に一度、彼女はジョシュアの命令で、敷地内にある裏山から掘ってきた品を提出することになっていた。

 魔王遺物アーティファクト

 六百年前、魔王ヴォルフラムが地上に君臨していた頃、通称『魔王時代』の物品が主にこう呼ばれる。

 

 セレスが掘り当ててきたのは、濃紺に緑青色ろくしょうしょくのラインが走った金属塊。

 明らかに人工物と思われる、鋭角かつ幾何学的な形状を持っている。

 だが、専門家の目をもってしても、それらはガラクタ以外の何ものでもないようだった。

 その報告を受け、ジョシュアがわざとらしくため息をついた。


「はあ……まったく、どうしようもないな、お前は。スキルもゴミばっかりだし。

 でも、まあいい。お前の顔を拝むのも今日で最後だ」


「それは、どういう意味ですの?」


「今教えてやるよ。……おっと、ちょうど来た頃かな」


 磨き上げられた窓から外の様子を伺っていたジョシュアが、いそいそと部屋のドアを開けに行く。

 ジョシュアの浮かれた雰囲気に、セレスはなんとなく嫌な予感を感じた。

 

「やあシルビア! 今日もキミは美しいね!」


「あらジョシュア様。つまらないことを仰るのね。ワタクシが美しいことなんて、空が青いことと同じくらい当然のことですのに」


 従者を伴って入ってきたのは、豪華な巻き毛をした金髪の少女だった。

 歳の頃でいえば、セレスと同じくらいだろうか。

 年齢不相応に豊満な肢体を、華美な装飾を施したドレスが包んでいる。

 胸元など、ほとんど丸出しだ。

 

 にも関わらず、卑猥に見えないのは、シルビアと呼ばれた少女が身に纏う自信がそうさせるのだろう。

 くるりとカールしたまつ毛に縁取られた大きな瞳が、セレスを見て――フッと鼻で笑った。

 その瞬間、セレスは本能的に察した。

 この女とは、決して相入れないと。


「あっはは! 嘘でしょう、本当に半魔はんまの妹さんがいらしたのね!」


 半魔とは、人間と魔族の混血の蔑称だ。

 歯に衣着せぬ物言いに、少なからず気を悪くするセレス。

 しかし、ジョシュアは訂正もせず、渋い顔でうなずいた。

 

「ああ……そうだ。我が家の汚点だよ。おい、セレス。ご挨拶しろ」


 こんな女に名乗りたくなどなかったが、セレスは精一杯の笑顔を作った。


「……お初お目にかかりますわ。セレスティア・ローレンスと申します」

 

「初めまして。ワタクシ、このたびジョシュア様と婚約することに相成りました、シルビア・ハルトマンと申します。以後、お見知りおきを。お義姉様ねえさま


「まあ、こんなやつの名前なんて覚えなくていいよ、シルビア。


 意味深にそう言うと、ジョシュアはセレスに向き直った。


「セレス、今日この日をもって、この家を出ていけ」


 ◆


 セレスはしばし呆然とした。

 あまりに唐突な宣告に、理解が追いつかなかったのだ。


「な……なぜですの、お兄様」


「なぜもなにもあるか! 聞いていただろう、ボクはこのシルビアと結婚するんだ。

 ハルトマン公爵家の正当な令嬢で、軍高官のお父上を持つ素晴らしい人だ! 

 こんな女性の住む家に、お前みたいな穢らわしい半魔の女を置いておけるか!」


「ワタクシは別に構わないのですけど、ジョシュア様がそう仰るのなら、口出しはいたしませんわ。家族のことですもの」


(ぜったいに嘘ですわ。この女がそれとなくお兄様を誘導したに決まっています)


 女の勘と呼ぶべき第六感によって、セレスはそう推理した。

 しかし、証拠はないし、仮にあったとしても、当主であるジョシュアに口答えなどできない。

 だが、セレスはどうしても我慢できなくなって、控えめに反論した。


「そもそも、わたくし屋敷内に住まわせていただいているという認識はないのですが」


「おっと、そうだったな。お前の家は裏庭のきったねえ洞穴の中だもんなあ! あっはっは――うるせえ! どっちでもいいだろ!

 第一、お前なんかあの変態親父の遺言がなけりゃ、とっくに追い出してるんだからな!」

 

 ブランドンの遺言。

 それは、『裏庭の山をセレスに譲ること』だった。

 これを盾に、セレスはブランドンの死後も、屋敷内に居残れていたのだ。


 まともな教育も受けていない、半魔の私生児。

 嫁の貰い手などいるわけもないし、市井で生きていく術などセレスは知らない。

 だからこそ、ジョシュアにこき使われようとも、彼女は我慢していたのだ。


 それも、今日までの話だが。

 ぷっとシルビアが吹き出した。


「穴ぐら? あっはは! 笑える、お義姉様ったらそんなところに住んでいらっしゃるの? もの好きねえ」


「そうなんだよ! やっぱりドワーフははおやの血なのかな? ベッドより、地べたのほうがよく眠れるんだってさ!」

 

「それ、とっても面白いですわね」


 ふつふつと湧き上がる怒りを堪えるセレス。

 だが、彼女がシルビアを決定的に敵とみなしたのは、次の言葉だった。


「でも、お義姉様のお母様も変わったお方ですのね。自分の子を半魔なんて惨めな生い立ちに産むなんて。愛がなかったのかしら? 

 それとも、本気で公爵家の跡取りにできるとでも勘違いしていたとか? もしそうだとしたら――ちょっと頭が足りないお方でしたのね」

 

「ははっ! そりゃ足りてないだろ。土魔族ドワーフなんだから!」

 

「っ――」

 

 言いながらせせら笑うシルビアの顔を、セレスはじっと見つめ、目に焼きつけた。

 自分への侮辱なら、いくらでも耐えられた。

 だが、母親へのそれだけは、どうにも我慢ならなかった。

 

「今までお前が掘り出したガラクタはくれてやる! その代わり、あの山はボクがもらう! 明日の夜明けまでに、荷物をまとめてここを出ていけ!」


 ジョシュアが人差し指を突きつけて怒鳴ったが、セレスの視線はシルビアだけに注がれていた。


(許しませんわ、この女。わたくしが必ず、今の言葉を後悔させてみせますわ……!)

 

 

 ◆


「……はあ。どうしましょう」


 心の中では威勢よく啖呵を切ったものの、実際セレスは困り果てていた。

 一日という猶予をもらいはしたが、人脈もない彼女に次の行くあてなどありはしない。

 

 魔王遺物アーティファクトを積んだ背負子を背負いながら、とぼとぼと屋敷の敷地内を歩くセレス。

 魔王遺物アーティファクトの合計重量は100キロを超えているのだが、堪えている様子もない。

 そんな彼女を見ながら、使用人たちが噂しているのが聞こえてきた。


「ねえ、聞いた? 『ドワーフ令嬢』、勘当されるんですって」


「そうなの? よかった。あの方が通ったあと、土魔族ドワーフ臭くて、本当に嫌だったから。わかる? あの濡れた土みたいな臭い。嗅ぐと吐きそうになるのよね」


「ちょっと、聞こえるわよ」


「大丈夫よ。土魔族ドワーフは耳が悪いって言うでしょ?」

 

(聞こえてますわよ)


 激務かつ娯楽もない屋敷の中では、使用人たちにとって、噂話は数少ない楽しみだ。

 とりわけ、誰かの悪口などは、最高のご馳走である。


 半魔のセレスが、謂れのない中傷の的になることなど、日常茶飯事だった。

 無論、平民が貴族にそんな口を利けば、殺されても文句は言えない。

 だが、なんの後ろ盾もなく、寛容なセレスは、使用人たちの鬱憤晴らしの標的にうってつけだったのだ。


(主人がクソなら召使いもクソですわね、この屋敷は。出ていけるのはせいせいしますが……)


 中庭を横切り、林を抜けて裏庭へ。

 屋敷の陰にあるこの場所は、昼間でも薄暗く、じめっとしていた。

 日がとっぷりと沈んだ今となっては、ほとんど夜のように暗い。


「ただいまですわ~」


 独り言を言いながら、セレスは裏庭の一角にある洞穴の中に入っていった。

 縦横1メートルほどの入り口をくぐり、少し歩くと開けた空間に出る。

 人一人が寝泊まりするのに不足ない程度の広さで、壁際には古着を重ねて作ったベッドのようなものがある。


 日光など、ほとんど差し込まないが、洞穴の内部はうっすらと青白い光に満ちていた。

 壁に埋め込まれた、鉱石が放つ燐光だ。


 魔鉱石バテリウム

 内部に魔力を秘めた鉱石で、ポーションなどの材料となるものだ。

 この裏山ではたまに産出するが、セレスはそれらをジョシュアに提出せず、密かに隠し持っていた。

 渡していたのは、なにに使うかもわからない謎の魔王遺物アーティファクトだけだ。


「冒険者にでもなろうかしら……鉱石の採集専門なら、なんとかやっていけるかも……でも、半魔だと加入を断られるかも……」


 ぶつぶつとそう言いながら思案していると、ぐうと腹の音が鳴った。

 朝、硬いパンと水を口にしただけで、今まで何も食べていない。

 朝と夕方に、使用人が食事を運んでくることになっているが、あいにく外は雨が降り始めていた。


 天気が悪いとき、その責務がサボタージュされる可能性は高い。

 入り口を覗くと、思った通り、そこにはなにも置かれていなかった。


「はあ……」


 ため息をつくと、セレスは仕方なく手近にあった柔らかい土を口に運んだ。

 モソモソとした食感に、苦いだけの味。

 思わず顔をしかめるが、土魔族ドワーフの血筋のおかげで、なんとか飲み込むことはできた。


「……お母様」


 どうにか空腹を抑え、ベッドに寝転がって天井を見上げていると、優しかった母親のことが思い出された。


 ◆

 

『あなたはいずれ、人の上に立つ運命を背負っていますのよ。わたくしにはわかります』


『どうして?』


 この洞穴の中で、セレスを膝の上に載せながら、母親はとうとうと言い聞かせる。


『あなたには、とっても貴いお方の血が流れているのですから。でも、だからこそ、その血に恥じぬ生き方をしなくてはいけませんわ』


『そのちにはじぬ生き方……?』


『「王は国のためにあり。されど国は王のためにあらず」この言葉をよく覚えておきなさい』


『……よくわかんない』


『あなたがもっと大きくなったら教えてあげますわ』


 ◆

 

 結局、母親はその言葉の意味を教える前に亡くなった。流行り病だった。

 

「……わたくしが人の上に立つ日など、来るはずもありませんわ。人よりも低いところで寝泊まりしているのですから」


 自嘲気味にそうつぶやくセレス。

 雨はどんどん激しくなり、やがて泥水が洞穴の中に流れ込んできた。

 いちおう、ベッドが濡れないように溝を掘ってはあるのだが、いい気分ではない。


「ここを出たら、もう少しまともな家に住みたいですわね……」


 この場所を『家』と呼べればの話だが。

 あまりの惨めさに、セレスの目尻に涙がにじむ。

 セレスは乱暴に目元をぬぐい、ピッケルを掴んで洞穴の奥へと駆け出した。


「いつか! 必ず! すんごい魔王遺物アーティファクトを掘り当てて! 成り上がってみせますわ!」


 やけっぱちで言っているわけではない。

 セレスには事実、土中に埋もれているものを感じ取る才覚があった。

 これも、土魔族ドワーフの血統がなせる技だった。

 その勘が言っていた。

 この先に、なにかがあると。


(まあ、どうせまたガラクタでしょうけど……)


 それでも、今のセレスには発掘を続ける以外の選択肢はなかった。

 どうせ、明日の朝にはここを出ていかなければならないのだ。

 だったら、もらえるものはもらっていくべきである。


「ぬおおおおお~~! ……キャアアッ! 落盤ー!」


 しばらく一心不乱に掘り続けていると、とつぜんピシリと壁に亀裂が走った。

 ゴゴゴゴという地響きとともに、洞穴の内壁が崩れていく。

 

(や、やり過ぎましたの!? 土魔族ドワーフの血を引くわたくしが、落盤で死ぬなんて! いえ、ある意味お似合いなのかも……)


 瞬時にそんな思考が駆け巡るが、崩落はすぐに止まった。

 セレスが目を開けると、足元には一抱えもある魔王遺物アーティファクトが転がっていた。

 

「な……なんですの、これ?」


 今までのガラクタとは違って、それは綺麗な球の形をしていた。

 相変わらず、なにに使うものなのかはわからない。

 だが、確実に特別なものだということはわかった。

 すると、不意に変声期前の少年のような声音が洞穴に響く。


「おい、おまえ! 早くおれに触って契約してくれ! じゃないと動けないんだ!」

 

「ひっ!」


 魔王遺物アーティファクトが喋った。

 予想外の出来事にテンパりつつも、恐る恐る触れてみると、ブンという唸るような音とともに、球が発光する。

 そして、

 

「あ~よく寝た! あんまり寝すぎて、おれこのまま化石になっちまうかと思った~~」


 一人の幼い女の子のような生き物が、虚空から現れた。

 身長は80センチほど。

 ボブカットの緑色の髪。

 くりっとした大きな瞳に、長いまつげ。

 

 ツンと尖った鼻は綺麗な鼻梁を描き、ぷっくりした桜色の唇から小さく吐息が漏れる。

 それは、白い貫頭衣のようなものを身に着け、ふーっと空中で背伸びをした。

 全く未知の存在と遭遇し、セレスの動揺は最高潮に達した。

  

「あっ、あなたいったい何者ですの!?」


「ん? おれか? おれはビビアン! 『魔導城塞まどうじょうさい』キャメロットの『城精霊マザースピリット』だ!

 魔王様が乗ってたこともある、すっごい『城塞』なんだぞ!」


 ビビアンと名乗ったその小さな子どもは、えっへんと胸を張った。

 

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