05青宿 悠人 02

「こんにちは。青宿悠人さん」


「やあ、初めましてだな。この世界の神様」


「いいえ、私は纐纈こうきつあやと言います。シンソウ少女と呼ぶ者もおります」


「それじゃあ、綾さん。あなたはどうしてこんな世界を創ったんだ。元はあなたも普通の人間だっただろうに。龍の姿に、龍神になって、神様なんかになって」


「自殺って一番やっちゃいけない行為なんですよ。でも、当人からしたら追い詰められて追い詰められた先の最後の手段な訳なのですよ。誰だって死にたくない。でも死んでしまいたいくらい辛いから、死んでしまった。それは、最後の逃げるための手段。でも逃げた先があの世だと、地獄だと可哀想じゃないですか。だから、現世をきちんと生きることのできなかった人間に生きる場所を与えました。そうすると、その人間の数は莫大なものになり、小さな街一つ分になりました。小さな街になると、役割分担が必要になりました。警察のような人が、統率する人が必要になったので、私は死神を選びました。彷徨える魂を中心に、成仏するまでの間、死神としてこの世界のために働いてもらうことにしました」


「自殺者が可愛そうだから、憐れみのためにこの世界を創ったのか」


「ええ。私もご多分に漏れず、同じ自殺者ですし。少しはお気持ちを理解して差し上げられていると、思っているのですよ」


「air girl《透明少女》って何なんだ。世界に抗う者ってことなのか」


「そうですね、そうとも言いますし、そうではないとも言いますね。私の言葉じゃありませんから、死神さんが作り出した言葉ですから」


「やはりそうなのか。俺の先代、先輩死神が作ったのか」


「そうですね、おそらくはそうかと。でも、私も彼女達のことについては認識しているんですよ」


「そうなのか?」


「ええ、一応神様ですから。神創少女で、真相少女ですから。世界のことに限られますが、この世界の事なら何でも知っています。知らなければいけない、そういう存在ですから」


「そうか」


「聞かないのですか?」


「ああ、まあ、そうだな。たぶん俺の予想と違わないと思うから。そんなに間違いじゃないと思うから。そうじゃなかったら、俺は今ここに立っていないと思う」


「そうですか」


「ああ、そうだ」



 俺はそう言うと、背中のリトルバスターソードを抜刀し、構える。


   

 この刀剣は特別だ。今なら分かる。譲ってもらった頃は何かなんだか分からなかったが、これはあの人の剣でもあると同時に、俺の剣でもあったんだ。俺が旅していた時に所持していた剣でもあるんだ。俺の旅というのは、魂の旅だ。魂が彷徨い、目的地を探す目的で旅する旅だ。自ら命を絶ち、この世から縁を切り、あの世へ正しく行くことができなかった魂のための旅。そしてこの町が、自殺者限定の死者の魂の慰霊の町であったのだ。



 普通は自殺者の魂はこの世界では普通に暮らす。普通に暮らすことで、普通に生きられなかった時の現世での不満を晴らす。そして普通の魂となって成仏していく。しかし、その道理から外れた魂が現れた。それがair girl《透明少女》。祈鈴は透明少女の噂を聞いてその姿を探していたが、それは見つからなかった。なぜなら、その当人が透明少女だったのだから。神北、六合東、海星も、彼女たちも透明少女だった。いや、呼び方なんてなんでも良かった。幽霊とか、地縛霊とか、翼を生やして天使なんて呼び方でも良かったかもしれない。前の死神が透明少女と呼んだから、そう呼ばれただけで。実際はもっと違う名前のほうが適切でわかりやすかったに違いない。でも、今となっては、それは彼女たちにとっては、恐ろしいほどぴったりな名前だと、そう俺は思った。



「この世界も終わるのですね」


「神様がいなくなるからな。一度はなくなるさ」


「また、この町は復活するでしょうか」


「ああ、たぶんな。求める人間が絶えない限り、姿カタチ名前を変えて何度でも蘇るよ」


「そうですか、それならよかった」



 俺は振りかぶり、そしてこの世界の真相少女を、神創少女を、纐纈綾というひとりの女の子の魂を斬った。それは光の粒となって、大気へと変わっていった。



「そうか。大気に還るから、air girl。透明少女って意味なんだね。青宿くん」


「まあ、そうだと思っていればいいさ」



 振り返ると、そこには六合東がいた。そしてその奥にいつものメンバー、他の三人がいる。



 俺たちは防波堤の見えるバス停に居た。それは酷く夏であった。



 広い広い夏の空は広く、どこまでも大きくて雄大だった。入道雲はどこまでも突き抜けていきそうで、飛行機雲はどこまでも伸びて行って追いかけて行きたくなる。青くて、蒼くて、どこまでも青い。白くなりそうなほど青い。白い雲と一緒になりそうなほど、青い。超えてゆけ、どこまでも。その雲の向こうさえも。夏の空はいつだってそうだし、いつだって海の向こうにある。防波堤の向こうは砂浜で、その向こうに海が聞こえる。海の音が聞こえる。その渚の音以外はなにもない町だなと、俺は改めて思った。水平線のその向こう、夏の空が続く限りどこまでも。夏は続く。世界の限り。



 バスが来た。小さなバスだ。町の中を走る、町のハズレまで行くような、そんなバスだ。



「俺は乗るけど、お前らはどうする。このまま世界と共に消えても良いんだぞ。もう頑張る理由も、動機も、世界もない」


「青宿さんは、でも旅をするんだよね、ね?」


「まあな、どうだ。一緒に来るか?」


「うん!」


「はい!」


「いくー!」


「しょうがないわね」




 俺たちはバスに乗り込んだ。無期限の整理券を取って。目的地のないバスに乗り込んで。



 さて、次の世界はどんなところかな。



 そんな事を思って、俺はリトルバスターソードを一番うしろの席に立て掛け、隣りに座った。






 少年少女少女編 了

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旅 _ air girl _ 人 小鳥遊咲季真【タカナシ・サイマ】 @takanashi_saima

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