花はいらない

丸井まー

花はいらない

 此処はとある学園。

 アーベルが図書室で本を読んでいると、バタバタッと騒々しい足音共に、友人のビリエルがやって来た。

 図書室では静かにしろと注意する間もなく、ビリエルがそばかすが散った頬を赤く染め、興奮したように話し始めた。



「アーベル。知ってるか?この学園、すげぇぞ。三年に一度だけ、恋が叶う花が咲くんだと!すげぇよな!」


「へぇー。とりあえず声量落とせ。図書室では静かにしろ」


「なんだよ。冷めてんなー。恋が叶う花だぜ?めちゃくちゃすげぇじゃん。今年がちょうど咲く年なんだってさ。先輩が言ってた」


「ふーん」


「ということで、アーベル君」


「なんだよ」


「探しに行こうぜ!恋の花!」


「一人でがんばれー」


「棒読み。一緒に探そうよぉ!」


「めんどい」


「そこをなんとか」


「何?お前、好きな相手でもいる訳?ここ男子校ですけど」


「わ、悪いか」


「ふーん。別に」


「は、初恋なんだよ。なんとか恋を叶えたいんだ」



 ビリエルが照れたように笑いながら、それでも目は真剣そのものだった。

 アーベルは小さく溜め息を吐くと、読んでいた本をパタンと閉じた。


「目星はついてんのか?」


「うん!多分、学園の森の中だと思う!」


「じゃあ、日が暮れる前にとっとと行くぞ」


「やったぁ!ありがとう!!」



 ビリエルがあまりにも嬉しそうに笑うので、アーベルはビリエルに気づかれないように小さく溜め息を吐いた。

 ビリエルに腕を引っ張られながら図書室を出て、学園の敷地内にある小さな森へと向かう。

 恋が叶う花なんて見つからなければいい。そうすれば、ビリエルはアーベルの友人のままだ。


 アーベルはビリエルのことが好きだった。お互いに地味な容姿で、成績もパッとせず、教室の隅っこにいるような生徒だ。成績がいい者や見た目がいい者達とは、住む世界が違うからつるんでいない。同じような感じのビリエルと自然と仲良くなり、アーベルは気づいたらビリエルに恋をしていた。

 男しかいない学園だからか、男同士で恋仲になる者もいる。しかし、学園の外に出れば、男同士で恋人なんて、極少数だ。

 アーベルはビリエルとずっと友人でいたい。友人ならば、卒業後も側にいられる。それに、ビリエルの恋を応援なんてしたくない。花が見つかったら、しれっと踏み潰そう。アーベルはそんなちょっと性格が悪い事を考えながら、ビリエルと一緒に森に入った。

 あまり聞きたくないが、聞いておいた方がいいだろう。



「ビリエル。ビリエルが好きな人って誰?」


「え?えへっ。ニーベルング先輩」


「……あぁ。あの男前の」


「すっげぇ優しいし、格好いいじゃん!」


「ふーん」



 アーベルのちょっとした呪い帖に先輩の名前が加わった。ちょっとした呪い帖とは、アーベルがこっそり呪いたいと思っている相手を書いている。呪いといっても大したものではない。ジュクジュク水虫になれとか、ささくれができろとか、尿切れが悪くなれとか、そんな小さな呪いをかけたい相手を書いている。呪いなんて実際にかけられないが、ちょっとした呪い帖に書くだけでも、少し気分がスッキリする。こういう所が根暗と言われる由縁なのだろう。アーベルの教室での渾名は「根暗眼鏡」だ。ちなみに、ビリエルは「阿呆眼鏡」だ。二人とも眼鏡っ子である。


 森の中の花が咲いてそうな場所を見て回っていると、森の少し開けた場所に、ぽつんと一輪のピンク色の花が咲いていた。

 ビリエルが興奮したようにアーベルの腕を掴んで、アーベルをゆさゆさと揺さぶってきた。



「アーベル!!あれかな!?あれっぽくないか!?」


「あー。あれっぽいなー」


「なんで棒読み。よし!願掛けするぞ!」


「ん?摘まないのか?」


「摘んじゃったら可哀想だろー。お花さん。お花さん。俺の想いが先輩に届きますようにっ!!」



 ビリエルが花の前に跪き、一生懸命お祈りしている後ろで、アーベルは花に向かって一生懸命念じた。『こいつの恋を叶えるなっ!!』と。


 それから一週間後のこと。

 アーベルは朝一でビリエルに確保されて、教室の隅っこに移動した。

 内緒話をするように、ビリエルがアーベルの耳元に顔を寄せた。思わずドキッとするアーベルに構わず、ビリエルが華やいだ小さな声で告げた。



「昨日、先輩から『付き合ってくれ』って言われた!」


「……よかったな」


「あの花のお陰だよ!アーベルもありがとな!一緒に探してくれて!」


「……いいってことよ。俺達、友達じゃない」


「うん!持つべきものはやっぱり友達だよな!!」


「……オシアワセニ」


「ありがとう!」



 ぱぁっと花が開くように明るい笑みを浮かべるビリエルは、アーベルには眩し過ぎた。失恋確定である。

 アーベルはジクジクと痛む胸を軽く押さえて、はしゃいでいるビリエルの話を聞いてやった。


 それから更に二週間後。

 ビリエルが急に授業を休んだ。アーベルは何も聞いていないので、昼休み時間に、寮へ戻り、ビリエルの部屋を訪ねた。

 ビリエルの部屋をノックしても出てこないので、勝手にドアを開けて中に入れば、ベッドの上がこんもりと盛り上がっていた。



「ビリエル?」


「……ぐずっ。悪い。今日は帰ってくれ」


「ビリエル。何があった。俺じゃ話せないか?」


「~~~~っ、先輩にフラレたっ!」


「はぁ!?付き合ってまだ二週間?だろ?」


「う、うぇっ、せ、先輩が、ヤリたいって言って、押し倒してきて、俺、そんな、まだ早いしって、怖くて、逃げようとしたら、『ヤラせてくれねぇなら別れるわ』って」


「はぁぁぁぁ!?」


「『じゃあ別れます!』って言っちゃったぁぁぁぁ!うーー、うぇぇぇぇ……」


「別れて正解です。もーー。このお馬鹿ちんめー。男見る目なさ過ぎぃ!」


「うぇぇぇぇん!だってぇぇぇぇ!地味な俺でも『可愛い』って言ってくれたしぃぃ!」


「いや、お前は可愛くはないかな」


「冷静に言うな。傷つく」


「お馬鹿ちん。お馬鹿ちん」


「え?俺の呼び方、今度から『お馬鹿ちん』?」


「お馬鹿ちんに選択肢をあげよう」


「え?『お馬鹿ちん』確定?」


「俺と一生友達でいるのと、俺と一生恋人でいるの、どっちにする?」


「…………は?」


「いやね。俺も思ったのよ。今まで、一生友達がいいと思ってたけど、他の男に盗られるくらいなら、いっそ恋人になった方がいいんじゃね?って」



 もぞもぞとベッドの上の小山が動き、布団の中からビリエルが顔を出した。泣きすぎたせいか、瞼は真っ赤に腫れてるし、鼻も赤くなって、現在進行系で涙も鼻水も垂れ流し状態である。素直に不細工な顔をしている。



「アーベル。俺のこと好きなの?」


「不本意ながら」


「マジか」


「マジよ。つーか、鼻水拭けよ。マジ不細工顔になってんじゃん」


「本当に好きな人が言うことかなぁ!?」


「安心しろよ。お前がどんだけ不細工面晒しても、俺はお前のこと好きだから。お前がヤリたくないならヤラないし、お前のペースに合わせてやるよ」


「ちょっ、ちょっとまって!?なんか今めちゃくちゃ混乱してるんですけど!?」


「付き合ってください。返事は『はい』しか認めない」


「選択肢はどこにいった!?」


「えー。もう、俺と付き合うのが一番いいって。地味な野郎同士、地味で堅実なお付き合いしていこうぜ」


「マジか」


「マジのマジ」



 アーベルはそっと手を伸ばして、涙が止まらないビリエルの頬をごしごしと擦った。



「地味に痛いです。アーベルさん」


「あんなヤリチン野郎の為に泣くなよ。泣くなら俺のことで泣け」


「無茶苦茶言うなぁ!?」


「で?」


「へ?」


「返事は?」


「……『はい』しか認めないんだろ!」


「その通り!!」



 ビリエルがぶはっと吹き出して、ケラケラと笑った。アーベルはゆるく口角を上げて、ビリエルの手をやんわりと握った。



「アーベル」


「なに」


「顔、真っ赤」


「うっさい」


「えー!なに!?照れてんの!?」


「おーだーまーりー」


「わははっ!やーい!照れてやんのー!」


「うっさいわね!ちゅーすんぞ!」


「ははっ!できるなら、してみやがれー!」


「言ったなこの野郎!」



 アーベルは握っていたビリエルの手を離し、鼻水垂らしたままゲラゲラ笑っているビリエルの顔面を両手でガッと掴んだ。そして、そっと一瞬触れるだけのキスをした。顔が熱くて堪らない。心臓が耳の側にあるような気がする程、バクバクと心音が煩い。

 ビリエルがキョトンとしてから、へらっと笑った。



「耳まで真っ赤じゃん」


「う、うるさいな」


「ちゃんと俺をお前に惚れさせてくれたら付き合う」


「よし。見ていろよ。ちゃんとお前を俺に惚れさせてやろうじゃないの」


「ふはっ!がんばれー」



 アーベルとビリエルがちゃんとした恋人になれるまで、あと半年。




(おしまい)


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