合コンに乗り気じゃない男とどうしてもお持ち帰りしたい男

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第1話

奥田はタバコの煙を吸い込むと、面倒くさそうにその煙を吐き出した。


 あと1時間ほどで会社の勤務時間が終わるが、その後の予定が億劫だったのだ。会社関係の予定でも無く、完全なプライベートの予定だったが、どうにも気持ちは定時が近づくにつれ落ちていった。当然プライベートな用事なので、断ることが出来たのだが、自分にそんな事ができるのならもっと違う人生を歩んでいただろう。昔から人に何かを頼まれたりすると、断る事が苦手だった。いや、断る事が苦手という、人が良いがために起こる現象では無く、自分の意思を相手に伝えるという能力が著しく欠如していたのだ。そのせいで昔から人に相手にされないか、バカにされるか、損な役回りを押し付けられるかだった。小学生の時は学級委員を押し付けられ、中学の時は掃除を押し付けられ、高校の時はあまり存在を認識されていなかったような気がする。大学になるとそれはさらに顕著になった。ただ、バイトをしていたコンビニではシフトの交代を良く頼まれ、最高で24日連続で出勤した事もあった。

 人と話をするのがどうにも苦手だった。そのせいで幼少のころから友達もいなくて、ほとんど人と話す事もなかった。女のことに関しては当たり前だがセックスの経験も無い。経験が無いどころか、25歳のこの年になるまで身内と店員以外の女と話した記憶がない。だから自分にとって女というのは、フィクションの世界の神聖なものか、現実に生きる汚れた生き物でしかなかった。

 自分にとっては興味の対象であり、性の対象となりえる女という生き物は、もっぱら二次元のアニメの中の世界にしかいなかった。

 そもそも自分が生きるこの世界で、自分が興奮したり、ワクワクしたり、楽しんだりする世界は、映画であったり、漫画やアニメであったり、ゲームであったりする架空の世界のできごとだ。その架空の世界が自分のリアリティであり、俺はその世界に満足していた。

 タバコを携帯灰皿に入れるとエントランスに入り、自分の部署がある8階のボタンを押した。現在自分の部署でタバコを吸うのは俺だけだ。ビル内は全面禁煙で、タバコを吸う時は外に出て吸う。当然その時間は仕事を離れるので、オフィスに戻った時は少し気まずい感じになる。ただそんな状況でもタバコをやめるつもりはなかった。特にタバコを吸う理由もなかったが、やめるという強い意思も持てなかった。それ以外タバコを吸う理由等ない。喫煙者を阻害する社会状況等、社会からほとんど孤立している自分には関係ないのだ。回りの人間は自分をバカにするか無視するしかない。そんな社会にすり寄る気にならないなんて当たり前のことだ。

 エレベーターが五階につくと、同期の河村がエレベーターに乗り込んできた。

 「あ、奥田君。仕事定時で終われそう?」

 「大丈夫」

 俺はひと言だけそう答えた。

 この河村が俺の気分が優れない原因を作った張本人なのだ。

 河村は会社の同期であり、大学も同じだった。しかし大学時代は学部が違い、同じ会社で働いている今も部署が違うので話をすることはほとんどなかった。

 その河村が4日前、急に俺の働くデスクまで来て話しかけてきた。

 「ねえねえ奥田君、今週の金曜日、仕事終わったあと予定ある?」

 スケジュールをたてないといけないプライベートの用事などあるわけなど無い俺は、馬鹿正直に無いと答えた。

 「良かった。じゃあ、夜の7時から代官山で大学の同級生と合コンがあるから来てくれるよね?」

 満面の笑みでそう言ってくる河村に反論等できるわけも無く。おれは「別にいいよ」とぶっきらぼうに答えた。

 「よかった。場所はメールで送っとくから現地集合でよろしくね。こっちのメンバーはあと僕と同じ営業部にいる同期の千葉君だから、千葉君は奥田君も面識あるよね」

 「まあ」

 エレベーターが8階で止まり、エレベーターを降りようとした。

 「じゃああとでね」

 エレベーターに残った河村は爽やかに軽く手を上げた。

 おれは伏し目がちに軽く会釈した。河村とは違い、なんだか妙なリアクションだ。

 おれがエレベーターを降りるのと入れ替わり、千葉がエレベーターに乗り込んだ。ちらっと目があったが、特に会話をすることがなかった。

 千葉のことは顔と社内の評判を知っているだけで話したことなどなかった。そもそも河村とも入社式で隣の席だったきっかけで、よく話しかけられたという程度で仲がよかったわけでも、ましては友達なのではない。そんな関係なのに、さも当たり前のように河村は誘ってきたことに驚いた。そもそも口を聞くのも1年ぶりくらいだ。社内であっても挨拶をするくらいのものだ。おもわず了承してしまったが、よりによって合コンだと。当然合コンというものがどういうものなのかということは理解しているが、今までの人生ではまったく縁がなかった。興味がなかったといえば嘘になるが、興味がないと自分にいいきかせなければ惨めでやってられない。大学生の時にそんなことを考えていたような気がする。身近であるようで遠い世界の出来事である合コン。今夜それに参加するのである。

 そもそもなんで河村は急におれを誘ってきたのだ。仲がいいわけでもなく、おれが合コンなんてものには縁がないなんてことはわかるだろう。いったい何が目的なのか。

 河村や千葉と自分とは生きている世界が違うのだ。奴らは社交的で明るくて、評判によると仕事も出来る。当然女にももてるだろう。おそらくそれは今に始まったことではなく、昔からそうだったのだろう。自分とは違う。楽しい学生生活を送ってきたのだ。童貞でもないだろう。要するに気に食わないやつらなのだ。合コンだって、俺みたいに今日がはじめてというわけなんかない。大学生のときなんて合コンしまくり、やりまくりだったに違いない。ろくでもない女を抱いて、ろくでもない大学生活を送ってきたやつらなのだ。そんなことを考えているとなんだか腹がたってきた。自分の中にある普段は押さえ込んでいる怒りが、ああいう連中と関わると溢れ出してしまう。

 河村が自分を誘った理由など、考えるまでも無く一つしか無いではないか、自分をバカにする為だ。どう考えても異質である俺を呼ぶ理由なんてそれしかない。善良な人間ぶって残酷なことをする。子供のころから奴らはいつもそうだった。小学生のとき、修学旅行のグループわけの時に、ニヤニヤしながらうちのグループに入れよというクラスのリーダー格の男のことをおれは思い出した。そのグループにはいったが、修学旅行中3日間無視されるという仕打ちをうけた。透明人間の気分を味わう修学旅行という、シュールな体験をすることになった。そうなのだ、こいつらはろくなものではないのだ。

 中学のときは、一緒に服を買いに行こうと野球部のキャプテンに誘われた。4人で街に繰り出した。おれは変な服をみんなに煽られ買わされた。自分で初めて買った服がそれだった。そんな服を着た俺を見てさぞあいつらは面白かったことだろう。ニヤニヤしながら超似合うよそれ、カッコいいよとバカにしてきた男のことを思い出した。

 高校のときはクラスメートのチャラチャラした男のグループにカラオケに誘われた。おれはカラオケなどしたこともなく、したいとも思わなかったが、断れずに行くことになった。俺は流行の歌などには興味がなかったので、こいつらの歌う曲などほとんどしらなかった。おまえも歌えと無理矢理曲を選ばされたので、おれは自分の気に入っているアニメソングを入れた。歌った結果はお察しのとおりだ。

 おれは何度同じ失敗を繰り返すのだ。あいつらと仲良くなどなれないし、そもそも仲良くしたいとも思ってないはずだ。しかし、断れない。断れないどころか心のどこかで少し喜んでいるのかもしれない。そんなはずはないが、今日は無意識に新しいコートを選んでいた。しかしまたあいつらにバカにされるのだ。ある日突然現実が変わるなんて、映画やアニメの中だけの話だ。現実も自分も変わらない。しかし、変わる必要もないのかもしれない。自分は今の生活に満足しているし、今以上に欲しいものなど特に無い。

 プライベートは常に一人だし、仕事も退屈で単調なものだ。そもそもこんな駄目な人間に勤まる仕事などろくなものではない。

 この会社で働いているのには特に理由はない。大学のゼミの教授がたまたま推薦してくれたからだ。そして会社がたまたま内定を出してくれた。面接も挨拶程度ですんだので、なんとか入社できた。通常の面接など自分にはとても無理だ。人とコミュニケーションをとるのは、コンビニのレジで精一杯だからだ。

 だがあいつらは違う。実力でこの会社に入ってきた。倍率の高い面接をくぐり抜けてきたのだ。

 だからそもそも仕事に対する姿勢も違うだろう。あいつらは入りたくてこの会社に入ってきた。そしてそれに見合う実力もあるのだろう。実際に仕事の成果をあげているという話はよくきく。それに引き換え自分はどうだ。ただ日々単純作業をしているだけで、アリとそんなには変わらない。

 時刻を見ると6時を少し過ぎていた。仕事を片付け合コンとやらが行われる店へと向かわないといけない。仕事をこのまま続けて居るほうがどれだけ楽か。しかしそんなわけにはいかない。残業をしている同僚を尻目に会社を出た。

 最寄りの駅につくと河村と千葉に改札口で偶然会った。同じ時間に同じ目的地に向かっているのだから偶然でもないか。軽く挨拶をすると3人で目的の店に向かった。

 河村と千葉が並んで歩き、その少し後ろに自分が歩く格好だ。その時千葉が河村に話しかけた。

 「なあ河村、合コンで今までお持ち帰りしたことはあるか?」

 「最近はないね。大学生のときはほとんど毎回してたけどね」

 河村は笑顔でそう答えた。

 それみろ、このクズどもの会話を。まさしく自分が忌み嫌う人間の典型的な会話だ。おまえら、会ったその日に股を開くビッチがそんなに好きなのか。たいそう良いご趣味でうらやましいかぎりだ。今日もその為の合コンですか。まあ勝手に楽しんで、性病の土産でももらってろ。そう心の中で毒づいていると、千葉が後ろを振り向き「奥田はどう?」と聞いてきやがった。

 合コンもしたことが無く、童貞のおれがどうやってお持ち帰りをするんだ。残った料理をタッパに詰め込んでもらうって意味か?ふざけやがって。こいつらはこうやって、おれがなんて答えるのかをたのしんでやがる。そしてお決まりのようにバカにしてくるのだ。あまりにも予想通りの展開に、呆れるという気持ちが怒りより勝っていた。

どうせなんて答えてもおまえらはバカにするんだから、適当にこたえてやろう。

 「忘れたよ」

 まるで小学生のような返しだが、そんな返ししかできなかった。

 「そっか」

 千葉はそう言うと前を向いたので、どんな表情をしているのかは分からないが、おそらく河村とニヤニヤと俺のことをバカにしているのは間違いない。合コンが始まる前からすでにバカにされている。この調子ではこのあと俺はいったいどんな目にあわされるのだ。そんなことを考えているとさらに気分は沈んでいった。

 しばらく歩くと、目的の店に到着した。

 【イタリアンレストラン エゴイスタ】とアルファベットで書かれた看板が地下へと続く店内へと案内していた。

 「ここだよ」

 河村は笑顔で後を振り返りその看板を指差した。

 「へーここよく来るの?」

 千葉が河村にそう尋ねた。

 「初めてだよ」

 「そうなんだ」

 千葉はそういうと階段を降りていった。

 いかにもこいつらが好きそうな店だな。イタリアンレストランだと?おれはイタリアンな食べ物なんて、お母さんが作ってくれるインスタントのミートソーススパゲッティくらいしか食べたことが無い。こいつらは常日頃こんなよく分からない気取った店で飯を食っているのか。俺は当然こういったオシャレな店になんてきたことないし、外食をする時は決まってチェーン店だ。どこでも決まった雰囲気のチェーンが自分には一番落ち着く。店員と客が少しでもなれ合うような個人店は、どうにも好きになれない。

 しかも、来たこともない店に人を誘うとは、河村はこういった店に行き慣れているのに違いない。それを受け入れた千葉もおそらく同類の人間だろう。

 地下へと続く階段を降りるにつれ、その階段を降りるリズムが次第に自分の気持ちの低下へとリンクしていった。

 河村は予約しているむねを店員に伝えると、店員は笑顔でお待ちしておりましたと答えた。どうせおれのことは待っていなかったんだろうと考えると、無意味にその店員の笑顔も自分の気分を害した。

 こちらでございますと、店員は8名定員の個室に通した。奥から河村、千葉、そしておれという順番で椅子に座った。時刻は19時10分前を刺していた。

 「くる女の子って全員河村の同級生なの?」

 千葉が河村にそう聞いた。

 「そうだよ。合コンしよって僕に言ってきたのが、大学のゼミで一緒だったトミコっていう子。あとの二人も僕と同じ大学のトミコの友達だけど、その二人はあんまり面識ないね」

 「そうなんだ。そのトミコちゃんとは仲が良かったの?」

 「うーん。たまにご飯食べに行くぐらいだったかな。久しぶりに連絡きてちょっとびっくりしたぐらいだよ」

 河村はそう答えた。こういう話が普通に出てくるのが腹立たしい。どこの世界に、たいして仲良くも無い女の子から合コンの誘いがくるんだ。こいつらにとってはそんな突拍子もない展開がもしかしたら普通なのかもしれない。そんなことを考えていると。個室のドアが開いた。

 「ひさしぶりだねー」

という。甘ったるい女の声が聞こえ、俺は少し振り向いた。

 すると3人の女が個室へと入ってきて椅子に順番に座っていった。

 俺は急に目の前に女が現れたので前を向くことが出来ずに下を向いていた。

 「じゃあとりあえずドリンク頼もうか」

 河村はそう言うと、ドリンクのメニューを前に座る3人の女に手渡した。

 「千葉君と奥田君はビールでいいかな」

 河村はそう聞いてきて、千葉と俺は了承した。

 本当はビールなど飲みたくなかったが、そんなことは言えるはずもなかった。

 席についた女達は良くわからないドリンクを注文していた。

 「とりあえず自己紹介しようか。じゃあ河村から」

 千葉が明るく切り出した。急に振られて河村は少し困惑していたが、自己紹介を始めた。

 「初めまして河村です。丸井商事で働いています。今日は楽しみましょう」

 河村はそう爽やかに答えた。

 「初めまして千葉です。河村とは会社の同期で、同じ部署で働いてます。よろしくお願いします」

 こいつらは対したことを話してないのに、なんとなく気がきいていることを話しているようで気に食わない。なんだその爽やかな笑顔は、なんか楽しいことでもあったのか。何がそんなに楽しいのか俺に説明してみろよ。

 「奥田。早くしてよ」

 千葉がそう俺に話しかけてきた。そうだ、この自己紹介とやらが順番的には自分の番なのだ。何を話せばいいのか良くわからないが、河村と千葉と同じようなことを言えばいいのか。

 「よろしくお願いします。楽しみましょう」

 俺がそういうと、自分の斜め前に座っている女が笑い出した。  

 「ちょっと、それ自己紹介になってないんだけど」

 女がそういうと皆が笑い出した。横に座っている千葉など、しかめ面で下を向いている。ほらこうだ、自己紹介すらろくにできない人間を合コンに誘ってどうするんだ。おれをバカにしておまえらは満足なのか。

 「奥田が自己紹介しないからおれが変わりにするよ。この男は奥田といって、おれの会社の同期。部署は違うからやっている仕事はまったく違うけどね。それと大学も同じなんだよ。学部が違うから会ったこともなかったけど。だから、みんなとも同級生だよ」

 河村は俺をフォローするようにおれの紹介をしてくれた。

 「えーそうなんだ」

 目の前に座る女がそう答えた。おれはなんて答えていいのか分からず下を向いた。

 「じゃあ、次トミコちゃんお願い」

 河村がそう切り出し、女達が自己紹介を初めた。

 俺はその間何故かテンパってしまい。女の自己紹介はほとんど頭に残っていなかった。

 そうこうするうちにドリンクが運ばれてきた。緊張で喉が乾いていた上に少しでも酔っぱらいたかったおれは、乾杯をすませると一気にビールを飲み干した。

 「ちょっとなんで、一気してるの。どうしたの?」

 また私の斜め前に座る女が、おれに絡んできた。

 「喉が乾いていたから」

 おれは素直にそう答えた。酒くらい好きに飲ましてくれ。

 「何それ。次何飲むの?」

 おれは、ビールはあまり飲みたくなかったが、それ以外に何を飲んでいいのかわからないので、好きなものを飲むことにした。

 「じゃあワイルドターキー。ロックでお願いします」

 おれは何故か敬語で答えていた。

 「何それ、私知らないなー。美味しいの?」

 「お、美味しいと思います」

 おれはまた敬語で答えた。おれがそういうと女は店員をよんでくれて、注文してくれた。ヤリマンのビッチに借りを作ってしまったと思うと少しいらついたので、おれはタバコに火をつけて思い切り煙を吸い込んだ。

 「おい」

 となりに座る千葉が、少し険しい顔でおれに話しかけてきた。

 「タバコ吸うなら、せめて女の子達に吸っていいか確認しろよ」

 千葉がおれにそういうと、席の前に座る女達は「良いよ全然気にしなくて」と笑顔で答えていた。プライベートの空間でなんでタバコを注意されないといけないんだ。全く意味が分からない。そんなに女の前でこの男はいい人間ぶりたいのか。少しいやそうに俺を見る千葉のことなど気にせずおれはタバコを吸った。

 「じゃあ料理注文しよっか」

 千葉は表情を一変させ、女の前にメニューを差し出した。

 しばらく女達は「これおいしそう」だの「これ食べたい」だのと楽しそうに話してやがった。注文すら黙ってできないのかと思っていると、「だいたい決まった?」と千葉が女どもに聞いた。

 女がうなずくと千葉は店員を読んだ。女がいろいろと注文した後、河村がいくつかの注文を入れた。何を注文したかなど興味がなかったので頭に入ってなかった。ウイスキーを口に運ぶと目の前に座る清純ぶった服装をした女が「奥田君も何か頼みなよ」と聞いてきた。

 女に名前を呼ばれたことなど仕事以外では何年ぶりだろうか。すこしそんなことを考えていた。

 「ねえねえ聞いてるの」

 聞いてるが、別に今食べたいもの等なかったので「ない」と答えた。それでも「そんなこと言わないで何か頼みなよ」としつこく目の前の女は俺にそう聞いてきた。連続して女にしゃべりかけられているので、だんだんと冷静さを失ってきた。メニューを渡されてペラペラとメニューを見ていたが、全く頭に入ってこない。そんなことにはおかまいなく、目の前の女は「食べたいもの選んで」とせかしてくる。どうしていいのか分からなくなった俺は、頭に浮かんだ食べ物の名前を口に出した。

 「牛丼」

 そういった瞬間目の前の女が笑い出した。そして店員に牛丼ありますかと聞いた。店員は牛丼はメニューにはありませんといったが、目の前の女は、じゃあそれっぽいの出来ませんかと店員に交渉していた。おれの注文したものなんてどうでもいいよ。頼むからそっとしといてくれ。おれはいたたまれない気持ちになった。

 しばらくすると店員がもどってきて「ステーキ丼でしたらご用意できますが」と言ってきた。目の前の女が「どうする?それでいい?」と聞いてきたのでおれはうなずいた。ステーキ丼も牛丼もおれは別に食べたくない。どうしてこんなことになったんだ。そうおれが顔をふせていると「じゃあおれもそれ一つください」と河村が笑顔で店員に伝えた。

 なんだおまえは、おれの意味分からない注文までバカにしたいのか。女どもも「何それはやってんの」とバカにしてやがる。人の食うものまでばかにするとは、こいつらは一体なんなのだ。おれは一体なんなのだ。おれはさらにイライラをつのらせてウイスキーを口に運んだ。

 「奥田君は休みの日何してるの?」

 目の前の女がそう聞いてきた。

 「映画見たり、漫画読んだり」

 「へーそうなんだ。私も映画大好きだよ。どの映画が一番好き?」

 女はそう聞いてきた。なんて答えていいのか分からず。黙っていると、女がせかしてきたので、おれは自分の好きな映画を反射的に答えた。

 「タクシードライバー」

 どうせこの年になってまでアクションヒーローものが好きなのかとバカにするに決まっている。しかし、返ってきた答えは予想外のものだった。

 「あ、私知ってるよ。スピード狂のタクシードライバーの話で、タクシーが変身するやつだよね」

 それは、リュックベッソン脚本のタクシーだ。トラヴィスのタクシーは変身しない。タクシーの場合は変形だが。変身するのはトラヴィス自身だ。そう思ったが反論するのも面倒なので、女の話にうなずいていた。いったいどこが映画好きなのだ。

 「千葉くんはどんな映画が好きなの」

 女は千葉にそうふると、千葉はしばらく考えて「エイリアン2かな」と答えた。 

 ルーカスの特殊性癖映画が好きだとは、案外こいつも偏屈な人間なのかもしれないなと思った。

 「あーそれ知ってる。怖いホラー映画だよね。子供の時見た」

 女がそう答えた。ホラー映画はエイリアンだ。よくこれだけ知ったかぶりができるなこの女はと思った。その後、河村にも同じ質問がとんだが、河村が答えたその映画は見てなかった。しかし、女達3人はその映画を見ていたらしく、話は盛り上がっていた。大好きな映画の話ですら、こういった人間達とは話があわない。

 そうこうするうちに料理が運ばれてきた。その中には店に無理を言って作ってもらったステーキ丼もあった。

 「えー何これ美味しそう」

 目の前の女達はわざとらしいリアクションで喜んだ。

 「これ裏メニューじゃん。SNSにあげよっと」

 そういうと女は携帯電話を取り出し、料理の写真を取り始めた。それに触発されたように、回りの人間も写真を取り始めた。ネットの話題で、自分の食った飯をSNSで公開するやつがいるのは知っていたが、目の前でそれが行われていることに驚愕した。運ばれたきた料理に一斉に携帯電話を向ける。異様な光景であった。いったいおまえらの食うメシに世界中のどこの誰が興味を持って知りたいのか、全くもって理解しがたかった。

 写真を取り終わると、目の前の女が料理をとりわけ始めた。「ハイ奥田君」女はそういうと自分の目の前に取り分けた料理をおいた。俺は取りあえず頭をさげた。

 さっきから目の前の女はおれに話しかけたり、いろいろ聞いてきたり、こうして料理を取り分けてくれたりしている。いままでの人生になかった状況におれは少し困惑しているのかもしれないと、目の前の料理を見ながら考えた。

 この女は何故ここまで俺のことを気にかける。もしかして、俺のことが好きなのか。いやそんなはずはない。俺のことを好きになる要素など無いではないか。しかし、俺をきにかける理由も俺のことが好きではないと説明がつかない。ここは俺のことを好きになった理由を考える方が合理的な判断なのではないのだろうか。おれは少し酔っていたが必死で頭を回転させていた。

 この、目の前に座る女は清楚な格好をしている。それを素直に考えると、そのまま清楚ということになる。つまり処女。

 そう、この女は処女なのだ。おれと同じ汚れなき人間なのだ。汚れなきもの同士引かれあっても不思議ではない。

 これでこの女がおれをきにかける理由がはっきりわかった。そう考えるとおれは少し申し訳ない気持ちも出てきた。この女は俺のことが好きでおれによくしてくれたのに、おれはそれを素直に受け取れずに心では悪態をついていた。人間は人の心を理解出来て初めて相手を思いやることができるのではないかと俺は思った。

 もしかしたら、何も考えていないように見える河村も千葉も、多少俺のことをバカにするのでは無く、気にかけてくれていたのかも知れない。

 おれはそんなことを考えながら、目の前の料理を口に運んでいた。

 しばらくすると千葉が「席替えしましょうか」と言い出した。

 そういうと千葉と河村は席を移動しだした。おれは当然何も動けず席に座っていた。するとおれの隣に目の前に座っていた女がおれの隣にすわった。やはり俺に気があるのか。そうと分かるとなんだか楽しくなってきた。こんな気分は初めてかもしれない。

 おれはぎこちなく無く話をした。何を話しているのかは緊張して良くわからなかった。それでも目の前の女はおれと楽しそうに話してくれていた。ふと回りを見ると、河村と千葉はそれぞれ女と何やら話していた。少し河村と千葉を観察していると俺はある異変に気づいた。それは二人とも目の前に座る女と手をつないでいるのだ。一体何があったのだ。よっぽどのことがあったに違いないが、おれはどうやらその瞬間を見逃していた。一体どういうことがおこれば、食事をしながら手をつなぐような展開になるのだろう。こいつらの生態はまったくもってわからない。それはわからないに決まっている。なぜならこいつらは、簡単にセックスするような人間達なのだから。おれには、そして目の前の女にも理解出来ないに決まっている。

 目の前の女はそんな女ではないと思うが、ここは空気を読んで俺の手を握るべきじゃないのか。おれがまんざらではなく、運命を感じていることも伝わっているはずだ。それならばこちらが状況を整えてやっているのだから女の方から手を握るという気遣いくらいはするべきではないのか、そう考えると少しイライラしたが、目の前のグラスを流し込み一息ついた。

 そのあと、くだらない仕事の話や漫画の話をしていた。退屈な話だったが、目の前の女が自分に気があると思うと気分は悪いものではなかった。 

 合コンが始まり2時間ほどたったとき、千葉が俺に話しかけてきた。「1万5千円よろしく」おれは千葉が何をいっているのかわからずしばらく黙っていた。「だからお会計だからイチゴーで」千葉はおれにそう伝えた。なんだと、俺一人に会計をまかせようというのか、なんなのだ結局まただまされたのか、またいいように使われたのか。そう思うとさっきこういうのも悪くないなと思った気分が一瞬にして台無しになって後悔だけが残った。いや、しかし甘んじてこの状況を受け入れる必要等無いはずだ。いやけしてない。しかも今は酒も飲んで少し気も大きくなっている。今こそ自分の意思を示す時じゃないのか。おれは決意を固めると口を開いた。「皆の分は?」おれははっきりそう言った。ついにおれは自分の言いたいことを言った。

 「いや、女の子の分はこっちで払うから3等分だよ」なんだと、すると会計合計は4万5千円ということか、ここはどんなぼったくり店なんだ。ちなみに俺の今日食べた昼飯は300円の海苔弁だ。

 まったくこいつらはどういう神経をしているんだ。完全に割り勘だとしても7千500円だ。まったく理解出来ない世界だ。しかも女の分はこちらが出すだと。そんな義理がどこにあるんだ。ふざけるんじゃない。俺は少し興奮してきた。「まあそういうことだから」千葉がすこし呆れたようにそう言った。何がいったいそういうことなのだ、今俺にこいつらの会計を、そしてこのぼったくり会計を払う理由を説明してみろ。「一人でいいよ」そうおれは言うとクレジットカードを差し出した。クレジットカードを出した理由は情けない話現金をもっていなかったからだ。おれは一人分しか払う気はなかった。「いいのか」千葉がそう言った。「いいよ払うよ奥田君」河村がそう言ってきた。おそらく良い人間ぶりたい河村は、おれが不愉快きわまりない思いを気遣って言ったのだろう。どこまでも偽善者だ。しかし、自分の会計くらいはたとえぼったくりでも俺は払う。いいよ払うから。そういうとおれはクレジットカードを店員に差し出した。

 店を出ると俺以外の人間は楽しそうに話していた。おれはなんのためにここにいるんだろうと思っていると。女が俺に話しかけてきた。その女はおれの目の前に座っていた女では無く、あまり話してない派手めな女だった。「ねえライン教えてよ」おんなはおれにそういった。しかしおれはラインはしていないので、そのことを伝えた。その女は何それと笑うとおれの携帯を取り上げ、連絡してよねと自分の番号を押した。自分にはなんの意味があるのかは理解できなかったが、むしろどうでもよかった。ただひとつわかることは、この女もおれのことを好きになったのだろう。運命的な出来事というのは、連鎖するようにおこるものだ。そんなことよりもう一人の俺の運命の女は何をしている。早く俺の住所や連絡先を聞きにこい。おれはそこまで世話をやくきはないぞ。そうこうするうちにそれじゃあとみんな別々の方向に歩き出した。俺も少し距離をとり駅へと歩き出した。

 結局なんだったのだ。運命の女に会えたと思っても、その女は使えない女だったし、何の進展もなさそうだ。不愉快な思いもした。

 しかし、もう一人のおんなとは連絡先を交換したので、おそらく何かしらのアプローチはしてくるだろう。処女じゃなさそうなのは少し気にかかるが、妥協してやらないことも無い。いろいろあったが久しぶりに人と酒を飲んでなんだか楽しかったような気もするし、河村も千葉も、いけすかないやつではあるが、そんなに悪いやつではないような気もする。女も使えないがおれのことを二人も好きになってくれた。

 そう思えたらこんな夜も悪いものではないのかもしれない。

 おれはそう思うと少し軽やかに夜の雑踏を歩き出した。

 帰ったら録画していたアニメを見よう。それにしてもお母さんが買ってくれたコートはあったかい。



 千葉はパソコンの画面を真剣な目で凝視していた。


 今日の合コンの為にやるべきことはやっておく必要がある。そう思うと自然と昨日ネットで購入した『合コンで即お持ち帰りできる方法』という、怪しげな情報商材のPDFを開いていた。こんな情報商材に対した価値なんてないのはもちろんわかっている。だが、この一万五千円したものにそれ以上の価値を見いだすのは自分自身の信念なのではないか、そう思うと教材を見る目にもさらに真剣さがやどった。しかし、この教材にはハッと自分に訴えかけるような新鮮な情報はなかった。書かれているのはありきたりな恋愛マニュアルだった。それでもこの情報には一万五千円以上の価値が自分にはあった。この教材を真剣にみるだけで自分のコンディションを高められている。そう思うと気分は無意味に高揚してきた。

 河村が私を合コンに誘ってきたのは一週間前だ。どうやら、大学の同級生に頼まれたらしい。

 ちょうど私はその時に合コンに行きたくてしょうがなかった。なぜなら合コンというものの新しい意味、そして価値が私には芽生えていたからだ。

 一ヶ月ほど前、会社の同期の人間と看護婦さんとの合コンに参加した。その時に男性陣がしていた会話に私は衝撃を受けた。「今日もお持ち帰り、やるしかないでしょ」お持ち帰り、その意味を私はメディアなどを通して知っていた。しかし、現実の人間がその言葉を発しているのを初めて聞いた。合コンで出会った女性といきなりセックスをするというのは自分にはあまり現実感がなかった。私は今まで合コンも何十回としているし、セックスも数えきれないほどしている。しかし、合コンで初めて会った女性といきなりセックスするという概念は正直なかった。取りあえずは知り合いになって、徐々に仲良くなっていくというのが私の考える順序だった。

 しかし、あの時目の前には、そのお持ち帰りというものを現実に実行している人間がいたのだ。私にはそれが衝撃的だった。実際にその現実が目の前で起こったのだ。男は女の肩を抱き夜の街に消えていった。

 おれは、この現実を見てどう考えるのか、所詮自分には関係のないことだと諦めるのか、それとも自分にも起こりえるロマンだと考えるのか。

 私の考えは当然後者だ、その現象を認識して、自分の心を刺激したのならそれは自分に興味のあることなのだ。興味のあることや、自分のしたいことと向き合うことができなかったとしたら、いったい自分の人生になんの意味があるのか、そう考えると私のテンションは上がってきた。 

 今私がしなければならないこと。それはお持ち帰りをする方法を考えることなのだ。

 自分がしたいことや、やらなければならないと思うこと。そういったことに関しては今まで自分は懸命に取り組んできた。幼少のころ、人よりエラそうにしたいと思ったらその方法を考えた。スポーツでは活躍し、人のことを笑かすことに尽力した。思春期にセックスがしたいと思えば、自分のおかれている環境のなかでセックスする方法を必死に考えた。悪ぶったほうがモテると思えば悪ぶり、スポーツや勉強ができたほうがいいと思えばそれも頑張った。進路を考えた時、就職を考えた時も、自分はどうしたいのか、自分の為にはどうすればいいのか、楽しいのか、為になるのか、そういったことをいつも自分は考えて生きてきた。

 だから今も、どうしたらお持ち帰りができるのかを必死に考えているのだ。

 時刻は就業時間に迫っていた。私は今日すましておかなければいけない仕事の優先順位を考え、8階のシステム関係の部署に向かった。確認事項を担当者と直接話し、問題が解決したと安心してエレベーターに向かった。エレベーターが開くと奥田がおりてきた。すれちがったが奥田は私と目も合わせなかった。相変わらず気取ったいけすかないやつだ。

 この奥田が今日の合コンのメンバーの一人だ。幹事は河村という私と同じ部署の男だ。そうなのだ。今日の合コンで一番の問題はこちらのメンバーなのだ。

 合コンでお持ち帰りをする為には、こちらのメンバーの中で自分が一番魅力的である必要があると私は考えている。他に魅力的な男がいるなかで、その他と認識される男と、あえて一夜を共にするという理由はないではないか。そう考えると私のおかれているポジションは非常に不利なのである。

 まずは幹事の河村だ。河村は私と同期で同じ部署で働いている男だ。この男がとんでもない男なのだ。なんせ仕事ができて人当たりがいい。河村のことを悪く言う人間にいままであったことがない。しかも卒業した大学は幼稚舎からのエスカレーターで育ちもいい。親は財務省の官僚らしい。そのくせ高校生のときには部活でしていたサッカーで、2部ではあるがプロリーグのスカウトがきたほどの実力だったのだ。

 そして、もう一人のメンバーである奥田、この男もとんでもない男なのだ。この会社に入るルートだけでもこの男は違う。河村でさえ正規のルートで倍率何百倍の難関である入社試験を潜り抜けて丸井商事に入社している。しかし奥田は違う。大学からの推薦で、軽い面接だけで採用されているのだ。しかも奥田はその期待通りの仕事をし、入社3年にも関わらず、社内の経営システムの根幹に関わる重要な仕事を任され、しっかりと結果をのこしている凄腕のSEなのだ。さらに奥田の評価を上げているのが、当の本人は何事も無いように仕事を流れ作業のようにこなすのだ。どんな無茶な要求をされても、どんなトラブルが起こっても、奥田は文句ひとつ言わず仕事をして、きっちりと完了させる。奥田の不平不満を聞いた人間は社内、社外を問わず未だにいない。そんな奥田に憧れる人間は多いと聞く。  

 こういった奥田に関する話は人伝いに聞くだけで俺自身は奥田とは同期というだけであまり話したことも無かった。そんな奥田が合コンでどういった対応をするのかが私には興味深かった。河村はおそらく合コンでも無難にこなすだろう。そんなことは予想出来る。しかし奥田がどういう行動に出るのかはまったく予想出来なかった。 

 この河村と奥田を出し抜いて今日の私はお持ち帰りをしなくてはならない。それを成し遂げることができたのなら、いったいどれほどの満足感にみたされることができるのだろうか。そう思うと私の感情は高ぶった。

 相手に好印象を与える為の準備は朝出社するときから出来ている。スーツは高級感を醸し出す艶のあるブラックのストライプ。もちろん人気のあるブランドだ。シャツは淡いピンクで、ネクタイもそれに合わした色で統一した。靴もしっかりと磨いてピカピカにした。これでしっかりと清潔感は出せているはずだ。女性に対してはまずは清潔感を出さなければならない。女性達は日々美しくなる為に努力をしている。着飾り、化粧までする。しかし、我々男は着飾っても美しくなることはできない。ならせめて、女性を不快にしない為の努力ぐらいはしなくてはならないのではないか。相手に気に入ってもらい、お持ち帰りをしたいのであればなおさらだ。

 仕事を終えると社内のトイレに向かい、髪を整えて衣服の乱れをチェックした。制汗剤をふり、顔の脂も拭った。衣服にも消臭剤を振り会社を出た。

 河村が指定した店の最寄り駅に電車が到着してドアを出てしばらく歩くと「千葉君」と河村が声をかけてきた。どうやら河村と同じ電車に乗っていたらしい。同じ部署で仕事をしているのだから一緒に行くほうが自然なのかとも考えたが、河村となれ合うのも座りが悪く、仲が良い訳でもないので、別々に行くことにした。河村に一緒に行こうと誘われもしなかったので、おそらく同じように考えていたのかもしれない。

 今日は寒いねなど、河村はたわいもない話をしていたが私はそんなことを考えていて適当に相づちをうっていた。

 改札口を出ると奥田が歩いていたので、三人で駅から店まで向かうことになった。

 ここで河村と奥田に気になっていることを聞いてみることにした。この男達は今までお持ち帰りをしたことがあるのだろうか。おそらく河村はその経験があるような気がする。なんでもできる男なのだ。奥田は全くわからない。お持ち帰りどうこう言うよりも、女性関係がどうなのかも全くもって想像出来ないからだ。河村の答えは大学生の時はほぼ毎回していたというものだった。この男は自分が今から全身全霊をかけて成し遂げようとしていることを過去にいとも容易くしているのである。河村とはこういうおとこなのだ。しかし、私は河村と自分は違うのだからという結論を出すことはできない。諦めることがどうしてもできないのだ。河村のことなど関係ない。今、今夜自分がどうしたいのか、何がしたいのかが重要なのだ。そう思うとさらに気分は高揚してきた。そして奥田だ。奥田に対しては聞きづらい質問だったが、私は河村にした質問と同じ質問を奥田にした。

 奥田の答えは「忘れた」というふざけたものだった。奥田は私になんでそんなことをわざわざ言わなければならないのだという表情で私に答えた。たしかにそうだ。しかしその情報を私に伝えたとしてもなんの問題もないのではないか。奥田のことを考えてもしょうがないが、私は自分たちと距離を取ろうとする奥田に少しいらついた。そして同時に少し嫉妬した。

 しばらく歩くと目的の店についた。店に入りしばらくすると、女性陣が到着した。

 個室に入ってきた女性達は魅力的な女性達だった。この女性達の誰でも持ち帰ることができたのなら、どんなに素晴らしい夜になるのだろうか。そう考えると興奮を押さえることができなかった。女性達が席につくと場が一気に華やいだ。

 この女性達は河村の卒業した大学の同期といっていた。つまり、私以外はみな同じ大学を出ているということだ。河村の卒業した大学は自分のそれよりはレベルの高い大学だった。そう考えるとすこし居心地の悪い気がした。私は少しでも雇用条件の良い企業に就職する為に大学に行った。その目的を果たしているのでどこの大学を出たのかということは関係ない。しかし自分の超えられなかった壁を超え、私のたどり着けなかった地点に到達した人間に対しては敬意をもつ。なぜなら彼らは私には見ることのできなかった景色を見ることができたのだから。そう考えると目の前に座る女性達がさらに魅力的に見えてきた。なんとしてもこの女性達の誰でもいいのでお持ち帰らなければならない。

 自己紹介をすることになり、河村と私が簡単な自己紹介をした。奥田の番になったが、奥田はかんたんな挨拶だけをした。河村は何事もなかったかのように奥田の自己紹介を補足した。こういったところも河村は抜け目がない。その時に必要である最適解が常にわかっているようである。それにしても奥田は、このような場にいるにも関わらず愛想のかけらもない。いったいどういうつもりなのかは私には理解できない。

 河村の友人である。トミコさんが自己紹介をした。携帯電話のキャリア大手で働いているとのことだ。雰囲気はとても洗練されており、いかにも仕事ができる都会のOLといった感じだ。服装は黒のパンツスーツで髪の毛も黒髪で、ロングヘアーがとても似合っていた。

 続いて、クミさんが自己紹介をした。広告代理店で働いているということで、服装も化粧も髪型も派手であった。口調も明るく、笑顔が素敵な女性だった。

 最後にアユミさんが自己紹介をした。大手メーカーの一般職をしているということだ。ふんわりとした口調で落ち着いて話し、髪型も化粧も服装も、なんだがふんわりとしていた。

 今日おれは、この女性達の中から一人を狙いお持ち帰りをしなければならない。その為にはまずターゲットをしぼらなくてはならない。なりゆきにまかせったって私にはお持ち帰りなどできない。それは今までの人生で実証済みなのである。それ故に今までと違う結果を求めているのならば、違う行動を取る必要があるのは自明の理なのだ。このなかで誰をターゲットにすればお持ち帰りできる確率が一番高いのかを私は考えた。

 初めてあった男といきなりセックスするというのは、セックスに抵抗があってはならない。そう考えると、男性経験が多い方が良いに決まっている。ではこの三人でだれが一番男性経験が多いのであろうか。

 まず、河村の友人であるトミコ。いかにも身持ちが固そうで、セックスをするにしてもそれなりの手順をふまないといけないような気がする。アユミは清純そうな雰囲気であんまり男にも興味がなさそうだ。この二人はあったばかりの男とセックスするということが想像出来なかった。

 しかし、クミはどうだ。コートを脱げば露出の多い服を来て、派手なメイクをし、いかにも男受けを狙っている雰囲気だ。男好きで、だれとでもやりそうな期待がもてる。こんなものただの自分の主観に過ぎないがそれ以外に頼るものなどないのだからそれを信じるしかないではないか。私は今夜のターゲットをクミにしぼることにした。

 そうと決まれば積極的にクミとの距離をつめていかなければならない。しかし、合コンはあくまで団体戦であり、何より重要視されるのは全体の雰囲気である。全体の雰囲気が悪かったら、例え好みの男であろうとも「なんだかつまらなかったね」で終わらせてしまう。クミへのアプローチをしかける前に、まずは全体の雰囲気を考えねばならない。おそらく、河村も同じ考えでいてくれているだろう。自分の見方だと思えば河村は頼りになる男なのだ。

 しかし奥田はどうだ。そう思いふと奥田の方に目をやった。すると奥田はビールを5秒ほどで飲み干した。前に座る女性がそれを見て面白がり、次の注文を奥田に聞いた。注文を聞かれた奥田はワイルドターキーのロックを頼んだ。ビールを一瞬で飲み干し、いきなりウイスキーのロックを注文するとはワイルドすぎるだろ。やはりこの男はひと味違う。さらに、奥田はポケットからタバコを取り出し火をつけた。おれは奥田にせめて女性陣に断りを入れろと注意した。私も一年前までタバコを吸っていたので、酒を飲んでいるときにタバコを吸えないことがつらいことはわかる。しかし、喫煙者が虐げられている昨今、禁煙席じゃなくてもタバコを吸って良いか断るのはマナーなのではないか。私が一日に50本ほど吸っていたタバコをやめたのは、そういった肩身の狭さを感じたからだ。しかし、女性陣は、気にしなくてもいいよと言った反応で、奥田も何も言わずに面倒くさそうにこちらを見た。奥田が何も言わないので、なんだかこちらが悪者になった気分だ。奥田は勝手な行動を取ってはいるが、言葉はいたく丁寧で紳士的だ。さらに私が間違っているのではないかと思わせた。

 気分を取り直し、みんなに注文を聞いた。奥田にペースを乱されてはならない。奥田のスタンスや行動と、今夜達成すべき目的には何の関係もない。私は自分の目的の為にするべきことをするだけである。女性陣があらかたの注文をすると、補足で注文しておいたほうがいいかなと思う料理を注文した。女性は食べることが大好きだ、こういった場では最大限楽しんでもらいたい。それが私の目的にも直結しているのだ。そう考えると私の落ちたテンションも上がってきた。

 私が注文をし終わるとアユミさんが奥田に何か頼みなのよとしきりにせかしていた。奥田はしばらく黙っていたが、さらにアユミさんがせかすので面倒くさそうに口を開いた。

 そして、奥田の口から出てきた答えは。

 牛丼だった。

 私は一瞬パニックにおちいった。何故この場で牛丼という答えが出るのか。ここは牛丼屋ではないし、合コンの場で一人で食べるようなものを注文するというのもおかしい。奥田は真顔で受けを狙っている訳ではなさそうだ。何か今この場で私の感覚や価値観では理解出来ない何かが起こっているのか。目の前の女性達は楽しそうに笑っている。そして牛丼があるかどうかをごく自然に店員に聞いた。すると店員は奥に確認しにいきしばらくして、ステーキ丼ならできると答えた。河村は同じものをくれと店員に頼んだ。ここで今何が起こっているのか自分には理解出来なかった。なぜ奥田は牛丼を注文したのか、そして河村まで同じものを注文したのか、そしてなぜその場は盛り上がっているのか。私には理解出来なかった。世界に取り残された気分にもなった。しかし、物事には原因がある。私が今この場の状況に適応できていないことにも原因がある。私が今しなければならないことはこの原因の解明であり、私が今この場に適応することである。しかし、合コンの時間は限られている、その問題については後日ゆっくり考えることにして、目の前のクミに集中することにした。

 仕事の調子はどうですかだの、くだらない話をしていたが、愛想の良さだけには気をつけ、しっかりと相手の話を聞くことに集中していた。どうでもいい話の中に相手が話したいことが隠れているものである。それをしっかりと見極めることが重要なのだ。そしてそのことを相手に気持ちよく話してもらわなければならない。そう考えクミの話に集中していたはずだが、奥田のことがどうしてもきになってしまっていた。奥田はアユミさんとどうやら映画の話をしていたらしい。しかし、私には話している内容が良くわからなかった。なぜなら私は映画を見るという習慣がほとんどないからだ。そのときアユミさんが私に好きな映画が何かを聞いてきた。私は戸惑った。よく考えれば、合コンで映画の話をするということなど、想定される事態ではないか。何故私はその準備を怠たっているのだ。そう思うと自分に腹がたち眉間に皺をよせた。しかし、私には好きな映画が一本だけあった。それは子供のころに見た映画で、今まで何十回と見ている。私はこの映画で格好良さとは何かを学んだ。女には負けられないと自分の中の男を意識できた。

 「エイリアン2」

 私はそう答えた。それ以外に知っている映画のタイトルが出てこなかったので堂々と答えるしかない。

 アユミさんは怖いホラー映画だよねと意味のわからないことを話していたが、当然私は笑顔でうなずいた。女性の話を否定することほど意味のないことはないとわかっていたからだ。しかし、私は心の中で言わせてもらった。エイリアン2はホラー映画じゃない、痛快な戦争映画だと。

 アユミさんは、同じ話題を河村にもふった。河村はTVドラマから映画化された映画のタイトルを言った。そのドラマは見たことあり、映画化されて大ヒットしていたこを思い出した。すると女性陣は私も好き、面白いよねと盛り上がった。河村はやはり最適解にたどり着いていた。河村は河村なのだ、そう思うと気持ちが沈みそうになったが、河村からは学ぶべきことは多いと感じると、そう嫌な気分ではないのかもしれない。

 しばらくすると料理が運ばれてきた。すると、女性達は料理の写真を携帯電話のカメラで撮りだした。おそらくSNSにでもあげるのだろうが、自分にはまったく興味の無いことだった。少しあきれていると隣に座る河村が女性達と同じように料理の写真を撮りだした。写真を撮る理由はわからないが、写真を撮ることが正解なのかもしれない。そう思うと私も携帯電話を料理に向けていた。

 写真を撮り終えると、私は料理をとりわけ出した。料理にも喜ぶ彼女達の為に、とりわけの盛りつけ方にも気を配った。食事を口にしながらたわいのない話をしていたが、このままでは確実にお持ち帰りが出来ないことに気づいた。今の状態が続いても、クミがおれとセックスをする理由が見当たらない。それならば流れを変えないといけない。その為に私は席替えを提案した。クミの隣に座れるように私は皆を誘導した。しかし奥田だけは面倒くさそうに席を立つ気配すらなかった。

 私はクミの横に座ると少し落ち着いた。これでゆっくりとはなせるからだ。ここからが勝負なのだ。私はクミが楽しく話せる話題を探した。仕事の愚痴、最近食べたおいしい料理がある店の話、大学時代の話、そういった話をクミとしていると、少し打ち解けてきたような気がした。しかし、楽しく話をするだけではだめだ。私は今日この女とセックスをする関係にならなければならない。その為には私をセックスする対象として意識しなければならない。いい人楽しい人と思われても何の意味もないのである。そう思われるくらいなら、いっそう嫌われたほうがましなのだ。そう思うと私はクミの手を握っていた。クミは少しびっくりした表情を浮かべたが、拒否することも無く、こちらに笑顔を向けてくれた。これでいいのだ。相手が嫌がろうがなんだろうが、私のことをどう思うのかを判断させないといけない。その為の判断基準はこちらから提示しないといけないのだ。

 そう思うと緊張して、言葉に詰まっていた。私は吸い込まれるようにクミの大きな瞳に見入っていた。何か話さなければと考えたとき、今日読んでいた情報教材の話を思い出した『女に異性との快楽を感じるような出来事を思い出させる』私はクミに今までで一番楽しかったデートの話を聞いた。教材によれば楽しかったことを思い出すことによって、今この場も楽しいと錯覚するということだ。

 クミは高校生の時に行った遊園地のことを楽しそうに話してくれた。その話をするクミの笑顔はとても可愛かった。手は握ったままだった。

 私の目的はお持ち帰りをすることだ。その目的の為に最善をつくさなければならない。しかし、今この瞬間。私は当初の目的を忘れ、目の前に座る魅惑的な女性に心を奪われていた。

 私は気を取り直さなければならないと思い繋いだ手を離した。冷静になり的確な発言をする必要がある。私はクミに「このあと二人でどっか行かない」と尋ねた。クミは少し驚いたような顔をして「ごめん。皆で帰るから」と答えた。 

 終わった。私の合コンは今この瞬間終わった。そう思うと気がゆるみ私は苦笑いを浮かべた。

 それから店を出るまでのことはあまり覚えていない。会計は何故か奥田が全て払っていた。この男は最後までよくわからなかったし、私にはおそらく理解することはできないだろう。

 しかし、今の私をかいま見るなら、奥田の生き方が正しく見えるような気がした。奥田は誰にも媚びず、自分の思うように生きている。そしてその姿は他の人間にとって魅力的ですらある。それに引き換え自分はどうだ。お持ち帰りという目的の為に、目の前の女性に媚び諂い。その上結果も出せないただの負け犬ではないのか。そう思うと気が少しめいったが、私は駅とは逆方向に歩き出した。

 今日はたしかに負けた。男としておそらく河村にも、奥田にも負けた。しかしそれは今夜、この合コンだけの話だ。今何が重要なのかは、今日目的を達成出来なかった原因を追求し、今後の合コンに生かすことだ。私は負けたわけでもなく、失敗したわけでもない。ただ勝ちへの、成功への過程を悠然と歩いているだけなのだ。

 そう思うと気分が高まってきた。このままキャバクラに行こうかと考えたが、私は自分に課題を課した。今日はたしかに負けた。しかし、この気分のまま明日を迎えるわけにはいかない。ナンパをして一緒に酒を飲む。それを達成するまでは帰らない。時刻はまだ、十時をまわっていない。勝算は十分にある。



 トミコとクミとアユミの三人は横一列に並び、駅に向かって歩いていた。

 「結構楽しかったね」真ん中で歩くクミが左右の二人に話しかけた。

 「人数合っていなかったけどね」アユミが答えた。「たしかに」トミコは笑った。

 「トミコさ、河村君のこと好きだったんだよね。今日何か進展あったの?」アユミが聞いた。「全然。昔からよく分からない人だったけど、変わってないね。たぶん付き合っても苦労しそうだしもういいや」トミコは少しうんざりしたように答えた。

 「二人はどうだった。気に入った男いた?」

 「全然だめ。奥田とかって人としかほとんど話できなかったし、あの人最後までただ格好つけてただけだし、何がしたいのかわかんないもん。千葉君が誘ってくれたら乗ってたのにな」アユミはそう答えた。

 「そういえば珍しく男と消えてないね」クミがそうアユミに言った。

 「だって、さすがに自分からは言いたくないもん。クミは自分から奥田君に連絡先聞いてたけど、あの格好付け野郎のどこがきにいった

の?」

 アユミはクミにそう聞いた。

 「格好つけるって、本当にそうなのかな」

 「え、何?」

 「ううん何でも無いよ。なんかよくわかんない」

 少し3人人に沈黙が流れた。

 「そんなことより料理おいしかったよね」

 トミコがそう切り出した。

 「本当においしかったよね。最近ちょっとつかれてたからいい気分転換になったよ」アユミがそう答えた。

 「来週のお食事会は店決まってるの?」

 クミがトミコに尋ねた。

 「うん。恵比寿の和食ダイニングだよ」

 「いいね。楽しみだね」

 アユミはそう答えた。駅につき3人は「じゃあまた来週」とそれぞれ違う電車に乗る為に、別々の方向に歩き出した。 

 そして、3人ほぼ同じタイミングで軽いため息を吐いた。


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合コンに乗り気じゃない男とどうしてもお持ち帰りしたい男 @sd-0001

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