白雪姫殺害計画 ①

 白雪姫は三度死ぬ。


 最初は腰紐で首を絞められて。

 次は毒が塗り込んだ櫛で頭を刺されて。

 最後に毒林檎を喉に詰まらせて。


 その三度に渡る殺人は全て、物売りの老婆に扮した継母によって犯されたものだ。

 一度だけならまだしも、白雪姫は愚かにも学ばずに殺され続けた。それは白雪姫が愚者故か、はたまた何か意図があったのかはわからない。


 だからそれを見極める。そのために赤ずきんが立案したものが、『白雪姫スノウ殺害計画』だった。


「さて、最後に『スノウ殺害計画』のおさらいをしましょう」


「わかった」


 突然転移した童話の世界で一晩を過ごし、何事もなく朝を迎えた。瞭雅たちは森に建つ、こじんまりとした木造の家に訪れていた。あれが七人の小人たちが住んでいて、白雪姫も滞在している家。小人たちは七人とも外に出かけたのをこの目で確認したから、今は白雪姫ひとりが留守番をしているはずだ。


「私たちは物売りに扮してスノウを訪問します。彼女にまともな危機感が備わっているなら、私たちをひと目見た瞬間追い出すでしょう」


「まあ、そうだな」


 瞭雅たちは黒一色のローブを着て陰鬱な雰囲気を醸し出し、更には動物モチーフの仮面もつけているため怪しさ満点である。ちなみに瞭雅が狼の仮面、赤ずきんが山羊の仮面だ。特に赤ずきんの仮面はただの山羊ではなく、悪魔として出てきそうな、角が馬鹿でかくて骨格が浮き彫りになっているタイプのものだ。初見の瞭雅の感想が、『黒ミサとかやってそう』。


 とにかく怪しさに全振りをした結果、その見た目は怪しい物売りを優に超えて、もはやカルト教団。同じような手口で三度も殺されるようなバカじゃなかったら、無言でドアを閉じて鍵をかけるだろう。瞭雅たちの世界だったら通報ものだ。


「もし招き入れられたら、殺します」


「……って脅すんだろ」


 その反応で、死なない体質によって危機感がないのかどうかがわかる、という算段だ。


「もし拒否されたら、探るのはある程度にして、無理に食い下がらないようにしましょう。では──作戦開始」


「了解」


 二人して家の扉の前に立ちながら、赤ずきんがギリギリ聞こえるほどの極々静かな声で最後の確認を済ませる。それに瞭雅も同じ声量で応答する。家の中からは僅かに生活音が漏れ出ていて、白雪姫がこの中にいるのだと今更ながらに実感し、鼓動が音量をあげた。


──コンコンコン


 赤ずきんが扉の前で拳を軽く握り、手の甲で優しくノックする。すると、今まで家の中からしていた音がピタリと止まり、完全な静寂が白雪姫と瞭雅たちを隔てた。


「──はい?」


 それを先に破ったのは白雪姫。扉は未だ閉め切ったまま、ノックの主に用件を尋ねるような返事をする。その声は女性的な高さがありつつも、どこか心地よい低音であり、非常に落ち着いた大人っぽい印象を受けた。声だけで判断するのは自分でもどうかと思うが、それでも三度も学習せずに殺されるようなバカにはとても思えない。


「お嬢さん、お嬢さん。綺麗な花柄が描かれた腰紐をおひとついかがかね? 試しに結ぶだけならタダだよ。どうだい、結ぶだけでも試してみないかい? きっと気にいるだろうよ」


 赤ずきんの喉から搾り出されたその声は、普段のものとは遠くかけ離れてた低く、しゃがれた──まさに老婆の声だった。声すらも変えて、怪しげな物売りを演じる赤ずきんの役者魂に、胸の内で素直に感心する。


 さて、ここからが本番だ。赤ずきんの、胡散臭さで評価を下したら文句なしの百点満点の誘いに、白雪姫はどう答えるのか。


「……帰ってください。私はここの家主ではありませんので、存じ上げない方を家にあげるわけにはいきません」


──おっ。


 仮面がなかったら、間抜けなにやけ顔をそのまま晒すことになっただろう。許して欲しい、『白雪姫殺害作戦』がこうも早く、かつ完璧に機能したのだから、にやけ顔の一つや二つしてしまうのは仕方ない。白雪姫は瞭雅たちに警戒を示した。それも、扉すらも開けないという最大級の警戒を。


 つまりはこれで、白雪姫は相手が継母だからこそ話に乗り自ら殺されたか、そもそも継母が殺しに来るというイベントが起きないことが判明したということだ。もしかしたら継母は殺しに来るが、それもすべて拒否する、という線もあるかもしれないが。


 世界で一番美しいと言われる白雪姫の容姿を見られなかったのは残念だが、これほど警戒されているようでは探るのも困難だろう。ここは『拒否されたら無理に食い下がらない』という作戦通りに帰るとしよう。


 そう思い立ち、瞭雅は小人の家に背を向けて帰ろうとするが、赤ずきんにそっと袖を引かれた。これは『まだ帰るな』という意味だろう。作戦と違う赤ずきんの行動に瞭雅は難色を示すが、仮面に邪魔されて伝わりはしない。そもそも赤ずきんはこっちを見ておらず、ずっと扉を見据えていた。


「おい、帰るんじゃねぇのかよ」


 事前に基本喋るなと言われていたが、赤ずきんの作戦に反する行動に我慢ならず、小さな声で尋ねる。赤ずきんは答えず、そのまま作戦を続けて、


「あなた、何か大きな悩みを抱えていますね?」


 物売りの演技を放棄した。仮面も外し、素の声と口調で赤ずきんは白雪姫は尋ね始めた。


「……お帰りください。例えあったとしても、あなた方には何一つ関係ありません」


 予想通り、白雪姫は拒否を続ける。若干の言い淀みがあったが、急に赤ずきんがキャラを切り替えたからだろう。このまま問答を続けていても、白雪姫がめぼしい情報を話してくれるようには思えない。赤ずきんはどうするのだろうか。


「いいえ、関係ありますよ。この場合、貴女から私たちに関係を持ちかけることになるでしょうね」


 赤ずきんは前を立っているため、顔は見えないが、何故だか確信があった。今絶対、赤ずきんは笑っていると。


「──私なら解けるかもしれませんよ? その呪い」


 再び静寂の壁が立ちはだかる。

 次にその壁を破ったのは、赤ずきんでも、白雪姫でもなく────鍵を回す音だった。


「なんで……どうして貴女がそれを知ってるの?」


 赤ずきんの隠し球によって、白雪姫はついぞ警戒の門を解き放つ。瞭雅も呪いとは何だと、すぐにでも問いただしたい気持ちに駆られるが、そんなものは白雪姫の前では、あっという間に霧散してしまった。


 白雪のように純白に透き通る肌。

 鮮血のように真紅に染まった頬と唇。

 黒檀のように漆黒に艷めく髪。

 奇跡のように端正に整った顔の造形。


 世界で一番美しい人が、そこにはいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

赤ずきんとオオカミくんはハッピーエンドを果たしたい! 加峰椿 @K0kutyu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ