第6話 再び出会う

 日の当たる墓地は、同じ静けさでも夜のそれとは違っていた。

 例えば、夜の空気が背後に"何か"が潜んでいるようなおそろしさだとすれば、今は隣に寄り添ってくれているような、穏やかな優しさを感ずるのだ。

 それはそれとして。

 昨夜アニスが出会った女の子の姿は、案の定とも言うべきか、ちっとも見当たらなかった。


「……いないわね」


 ルーがわざとらしく息をついて、残念そうな顔のアニスを見やる。

 そして、問い詰めるというよりは純粋な疑問から訊ねた。


「本当に会った?」


「もちろん! 会ったからもう一度ここに来てみたんだ。でもやっぱり、一日中お墓にいるわけないか」


「そりゃそうでしょ」


「こうなったら街中を探したいところだけど、むやみやたらに歩き回っても疲れちゃうよね……」


 そう言ってから、アニスは、考え込もうとして俯いたかと思えば、またすぐにぱっと顔を上げた。


「ここで悩んでても落ち着かないし、泉で一休みしよう!」


 やる気があるのかないのか。とかく友人の熱意にげんなりしつつも、休憩すること自体には同意したかったので、ルーは仕方ないといった風に頷いた。

 肯定を受け取ったアニスはにっこり笑って、毛先の落ち着かない亜麻の髪をなびかせながら一足先に駆け出す。

 そして、振り返って期待の眼差しを彼女に向けた。

 ルーも渋々、動きの邪魔にならないようスカートの裾をつまんで、アニスの跡を追いかけていった。


 〇


 オークの木々がまばらに葉を落とす森の中を、二人は目印という目印を参考にすることもなく、するすると一定の道順を辿っていく。

 するとすぐに、森の空き地が視界に現れた。樹木が避け、日がたっぷりと当たる中心には、底が見えるほどに透き通った小さな泉が、水面を静かに風に揺らめかせていた。


「ここは落ち着くね……」


 昨夜起こった出会いとはもう一つ別の出来事……森の奥深くに潜む怪物めいた何かに襲われた悪夢をおぼろげながら思い出してか、原っぱに座り込んだアニスがしみじみと呟いた。

 彼女の込めた裏腹の意には気付かずに、ルーも「そうね」と同意しながら、手近な木にゆっくりもたれかかる。泉に来たら、こうして互いの思い思いに過ごすことが二人の常だった。


「それで、どうやってその幽霊の子をもう一度見つけるの?」


「だから幽霊じゃないってば」


 付き添いだからというものの、明らかに気の抜けた調子のルーの言葉に軽く突っ込みをいれつつ、アニスは改めて考え込んだ。

 けれどどうにも、考えれば考えるほど、効率的な人の探し方などという虫の良い

ものは思いつかない。結局、微かに思い出せる身体的な特徴に覚えがないか、町中の人にしらみつぶしに聞いて回るという原初の方法しかないように思われた。

 それは性根が行動的なアニスにとっても骨の折れる作業に違いなかったが、そんな損得を抜きにしても、彼女は件の少女に再会したかった。


「……よし!」


 両の頬を軽く叩いて、決意を固めたところで、アニスの目にある色が映った。

 泉の奥。言い換えると、彼女たちのいる場所の真反対。木漏れ日に照り映えるその豊かな流れは、記憶に新しかった。

 真っ白な髪。

 あの子だ!

 気が付けば、アニスは土を払うのも忘れて走り出していた。もちろん水面を突っ切ることはできないので、外周をぐるりと巡って。


「ちょっと、アニス!?」


 くつろいでいたルーも彼女の動きに気付き、何が起こったのかをわずかに悟って一足遅れて駆け出した。

 伸びた根っこに足を取られないよう気を付けながら、アニスは、見つけた喜びも合わさって勢いよく木々の合間を縫っていき、ルーも精一杯追いかける。

 まるで屈折する鏡の迷路みたいに、一向に縮まらないように思えた追いかけっこだったが、結果としてアニスたちの根気が勝った。

 自然に満たされていた景色が、突然落ち着きを見せていく。

 やがて前方に、丸太を継ぎ合わせた小ぢんまりとした造りの小屋が見えた。

 戸口には、アニスが昨夜出会った当の女の子が、困惑した様子で立っていた。

 アニスはというと、思いがけない幸運に満面の笑みになって、こう言った。


「また会えた!」


 二度目の対面とは思えない彼女のそのフレンドリーな態度に、女の子はどうしたものかと天を仰ぐのだった。

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あなたのとなり、満月を照らす日 鈴索 @starboard

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