第5話 もう一度探しに出かける

 翌朝、アニスはベッドの上で目を覚ました。


「ふわぁ……はっくしゅ!」


 寒気に震えてくしゃみをすれば、シーツも掛けずに着の身着のままで眠り込んでいたことに気付く。

 慌てて起き上がって辺りを見回すと、数少ない家具がちゃんと馴染みのある配置にあった。つまり、ここは間違いなく自分の部屋であり、家である。

 体をあちこちまさぐったりしてもみたが、異常はまったくなく、健康そのものだ。 

 ひとまず無事であることに安堵する一方で、記憶だけ、どうにも曖昧なところがあった。


「確か、森のお墓にこっそり行って……」


 幽霊ではなく、剣を抱えた女の子に出会った。

 月光に淡く照らされた真っ白な髪の毛と、ひどく悲しそうな表情かおが印象に残っている。

 何か言葉を交わしたところまでは覚えているけれど、その後に起こった出来事が思い出せない。

 ただ、凄く怖かったような、とても安心したような、相反する感情の強い火花だけが心の隅に焼き付いていた。


「……でも、今わたしが家にいるってことは、きっとあの子がなんとかしてくれたんだよね。他に思いつかないし」


 とにかく、彼女のおかげで自分が無事であることを、アニスは信じて疑わなかった。

 気になることもたくさんあるし、なにより助けてくれたお礼を言いたい。


「……よし!」


 もう一度、あの子に会いに行こう。

 夜更かしの眠気を覚ますために頬をつねると、ベッドから飛び降りて母の朝食の手伝いに向かった。

  


 皿洗いと洗濯物を済ませて、織物の仕事もそこそこに、母に断りを入れてからアニスはさっさと家を飛び出した。

 ここ数日は天気の良い日が続いており、今日も晴れ晴れとした青空と、冷たく爽やかな空気が街を満たしていた。


「外に出たはいいけど、あの子、どこに住んでるかも分かんないや」


 そんなことを今頃になって気付いたけれど、彼女は特に悩むこともなく歩き始める。出歩いてはいけない夜ではないから、こっそりではなく、堂々と。

 通りすがるご近所さんとあいさつを交わしながら、民家の並ぶ道を抜けたところで、さっそく一つ、方法というか手掛かりを思いついた。


「そうだ、もう一回お墓に行ってみればいっか。時間は違うけれど、いなかったらそのときはそのときだし」


 そうと決まれば話は早く、アニスは昨夜に歩いた道を同じように進んでいく。もっとも、森にはよく遊びに行くので、その傍にある墓地にいくのも道順としては対して日常と変わらない。

 逸る気持ちも抑えずに、街の中央に位置する円形広場まで来たところで、ぴたと足が止まった。友達の顔を見かけたのである。


「ルー!」


「あら、アニス。おはよ」

 

 アニスの呼ぶ声に気付いて、ルーはベンチにの背に頭をもたげ、走ってやってくるアニスを見上げた。

 赤毛のサイドテールがちらりと揺れて、見ようによっては鋭いとも捉えられる垂れた目つきが、空のまぶしさに少し細まる。


「おはよ、ルー。今日は広場でのんびりするの?」


「いいえ、何しようか考えてるところ」


 年齢に似合わない、どこか世離れした雰囲気を漂わせながら、彼女は答えた。

 しかし、要するに暇ということである。

 そこで、待ってましたとばかりにアニスが食いついた。


「あのね、昨日話してくれた幽霊のことなんだけど……」

 

 そう前置きして、周囲に聞かれないか確認したあと、昨夜、誰にも内緒で森の墓地に向かったこと、出会った幽霊の正体を、アニスはルーにこっそり耳打ちしたのだった。

 一部始終を聞き終えたルーは、怪訝そうに眉根を寄せて言った。


「それ、本当なの?」


「本当だって! だって、この目で見たし」


「あなたが見たって言うだけじゃ、どうにもならないじゃない……」


 それこそまったく根拠のない説得に、盛大な溜息が出る。

 とはいえ、アニスが器用に嘘をつくことのできる性格ではないことは、ルー自身、よく分かっていた。


「まぁ、いっか。それもまたちょっとした遊びってものね」


「遊びじゃなくて本気なんだってば、もうっ」


「はいはい」


 ルーはベンチからゆっくり立ち上がると、意気揚々と先行するアニスの半歩後ろをついていく形で、一緒にくだんの墓地へと向かうことにした。

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