第1話

今から5年前、10月の16時頃。

日も暮れ始め、空が青とオレンジで見事に分かれる時間帯。

紫庵13歳。蒼藍14歳。


私たち2人は、家から徒歩30分程度の山に来ていた。

きのこや山菜、栗といった秋の味覚がそこらじゅうに落ちている。

一般的な料理といえば、川で魚を釣ってきたり、山で採集をしてきたりがほとんどだ。肉などには基本ありつけないが、男衆がたまに狩猟に出かけ、冬支度のために乾燥肉を作ろうと猪や鹿などを見つけては持って帰ってくるのがたまのご馳走だ。


きのこや山菜がよく見つかる場所まで、紫庵が枯葉をザクザクと言わせながら走っていく。

「蒼藍!はーやーく!こっちこっち!」

「ちょっと、紫庵。早いよ。もう少し待ってってば」

落ち葉ばかりで歩きにくい。そんな中よくもそのスピードで歩いていけるものだと、蒼藍は感心する。1歳しか変わらないし、前は僕の方が手を繋いで誘導していたのにと、少しだけ愚痴をこぼす。

「もう!蒼藍は本当に体力がないんだから!」

「紫庵が早すぎるだけだ……っ」と、ついていこうとした矢先に落ち葉に隠れていた木の根っこにつまづいて転んでしまった。

それを見て、紫庵が少し後戻りしてきて、手を差し出す。

「もー。大丈夫?ほら、手を貸して?」

手を差し出すと、思ったより力強く引っ張り上げられた。

「ん。ありがとう、紫庵」

「怪我してない?」

紫庵心配そうに顔を覗き込んだり、土を払ったりしながら傷がないかを確認する。ただ、その力も思ったより強くて、本当に怪我をしていたら悪化してしまうんではないかと思ってしまうほどだ。

紫庵の方が女の子で非力のはずなのに。もう少し力をつけないとなと少しだけ一人で反省する。

「うん、落ち葉がクッションになってくれたから、大丈夫だよ」

「ふふふ。この山全部に、落ち葉の敷物が引かれているみたいね」

「敷物……ね」

敷物という言葉を聞き、せっかく引っ張り上げてもらったのに、落ち葉の中に倒れ込んだ。ボフッという音と、ちょっとした土煙が上がる。

それを紫庵は不思議そうな顔で見つつ、どうしようかと見つめているのを僕は見上げる。

「僕の家にもそんな高価なものがあればなー!」

その言葉に紫庵もハッとしたように僕の横に倒れ込んだ。

「あー!いいな!私も落ち葉の布団使うー!」

「もう、紫庵。汚れちゃうよ?」

「蒼藍だって一緒でしょ?」

そういって、僕らは見つめあって、ハハっと笑った。

オレンジ色や黄色、茶色の葉っぱの先に、紫庵の黒髪と白い肌、紫色の瞳が目に映る。

一瞬静かになったかと思うと、彼女の髪の毛の上の方に落ち葉が絡まっているのが見えた。

横になりつつ、落ち葉に手を伸ばす。

「ほら、もう。髪の毛に落ち葉が絡まってる」

「あ……」

取り終わった瞬間、一瞬時が止まったかと思った。

目線が混ざり合った時間はきっと1分にも満たないだろう。ただ、時間は何十分にも感じられた。紫庵のアメジストのような綺麗な瞳から目が離せなかった。

「あ……ありがとっ!」

真っ先に目を離したのは、紫庵の方だった。

上体を起こし、そっぽをむく。その仕草に、ぷっと吹き出してしまったのを、彼女は見逃さなかった。

「な、なによ!」

いつもは見せない動転さ加減に思わず口元が緩んでしまう。

彼女の頬は周りの風景にも負けないほどだった。

「ううん。紫庵……顔真っ赤だよ?」

「なっ!!」

頬を手で覆い被しているが、耳まで真っ赤で隠しきれていない。

僕の方が1歳上だけど、いつもお姉さんぶっている紫庵が子供に戻ったみたいだった。

「ふふ。この、紅葉もみじみたいだ。僕……好きだよ」

「え!?」

「紅葉」

"好き"が何を意味するのか、紫庵が考える間もなく即答する。

その言葉に、さらに真っ赤になりつつも、そっぽを向きながら虚勢を張っているのが見てわかる。

「……!あ、も、紅葉ね!!」

安堵しているのか、少しくらい寂しがっているのか、少し語尾を強め彼女は大声を上げる。僕は起き上がりながら、彼女の顔を覗き込んだ。

「ん?なんでさらに赤くなってるのさ」

わかっているけれど。理由なんて。

「な、なんでもないわ!!……私も好きよ」

彼女が声を振り絞るように呟く。ニヤニヤと問うてみる。

「紅葉が?」

「紅葉が!」

「そっか」

僕に弄ばれているのがわかってきたのか、徐々に真っ赤になっていく頬と耳にさらにくすくす笑っていると、紫庵が急に立ち上がった。

「ほら!いくわよ!母さんと紅月こうづきに栗とキノコを採ってきてといわれているんだから!」

「そうだね。僕も明翠めいすい兄ちゃんにお土産をもっていかなきゃね」

さっきまでの余裕のなさはなんだったのか。彼女は僕の方をじっと見つめて、両手をお化けのように上げた。

「そうよ〜。あの子たち、約束破るとうるさいんだから」

怒りながら襲ってくる様子を表現しているのだろう。思わず笑ってしまった・

「違いない」

こんな他愛のない日々が、いつまでも続くと思っていたんだ。

こんな、みんなの、楽しい日々が。

真っ赤な落ち葉が山の端々まで永遠と広がっているように。

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仇番-あだつがい- 花月-KaGeTsu- @kokone_aira

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