第23話:兄川高鳴は革命する
琵琶湖の沖に突如現れた邪馬台国の遺産。
そしてついに明らかになった滋賀県の野望、宮内省獲り&皇居移転。
天皇陛下をお迎えするということは、すなわちそういうことであった。
このあまりにも大胆な、そしてあまりにもスケールの大きな話に世間が揺れ動いたのは言うまでもない。
テレビでは連日のように取り上げられ、滋賀に遷都すべきかどうか激しく議論が交わされた。
ポイントはずばり三つ。
ひとつはそもそも今回の話が真実であるかどうか。
だがそれは卑弥呼の残した鉄板の手記という圧倒的な証拠がある。
そもそもこの鉄板を調べたところ、表面の素粒子の状態からして250億年以上の時を経ていることが分かった。
宇宙の始まりが138億年前である。つまりこの鉄板は兄川の言う通り、我々の宇宙とは別の宇宙からやってきたことになる。
ともなれば鉄板を触るだけで声が聞こえたり、映像が頭の中に浮かんだりするのもさもありなん。
大きな島の形をした超巨大宇宙船が空に浮かんでいたり、宇宙へ飛び立って行ったりするのも別宇宙のスーパーテクノロジーならば納得である。
ポイント二つ目はこんな遺跡を皇居にして大丈夫か、すなわち天皇皇后両陛下がお住まいになるのに問題はないのか?
しかしこちらも行政機関による調査の結果、問題がないことが判明した。
見た目は歴史を感じさせる寝殿造りである。荘厳ではあるが、いざこの現代で日常生活を送るには使い勝手が悪そうに思われる。
が、その正体は別宇宙から来た超巨大宇宙船の一部。快適じゃないわけがない。
たとえば建物の中はどういうわけか常に最適な気温・湿度に保たれており、防音性も抜群。
さらには床に座ったらその部分がいい感じの弾力ある素材へ変化するわ、机が欲しいなと思ったら瞬時に床がにゅーと隆起して机に変化するわ、テレビが見たいなと思ったら壁からテレビが現れてくる。
しかも契約もしてないのにアマゾンプライムやネットフリックスやPPVまで無料で見れちゃうおまけつき。
加えて大雨や台風の時には出現時に覆っていたバリアが自然展開されるわ、このバリアを試算してみたところ核兵器の直撃すら耐えうる強度だわ、インターネットは超高速だわ、あちらこちらにトイレはあるわ、お風呂は天然温泉だわ、サウナ、スポーツジム、プール、図書室、映画室、ゲームセンターまで完備しているとなれば、天皇皇后両陛下がこれらをご使用なされるかどうかは別として完璧であった。
そして三つ目は、このスーパーテクノロジーは本当に願いを叶えてくれるのか? また天皇陛下はどんな願いをされるのか?
これが世間で最も関心を集めた。
なんせ今の日本は問題だらけである。
物価は高いわ、税金も高いわ、そのくせ給料は上がらないわ、連日の残業や休日出勤が当たり前だわ、どこも人手が不足してるわ、中抜きがひどいわ、転売がはびこって正規の価格で欲しいものが手に入らないわ、詐欺が頻発するわ、やたら声だけでかいクソ主張がまかり通るわ、気が付けばお菓子の容量がめちゃくちゃ減ってるわ、インボイスみたいなクソ制度が始まるわ……。
他にもセクハラ、パワハラ、イジメと問題だらけ。そりゃあ最近の日本人がなんか余裕がなくて怒りやすいのも当然である。
テレビで偉そうな学者が「まずは自然災害をなんとかしていただきたい」と語れば、ツイッターでは「痴漢を撲滅して陛下!」ってツイートがあったりと日本中を賑わせている。
そんな中、滋賀に嬉しいニュースが舞い込んだ。
「今年のレコード大賞は兄川高鳴さんに決定しました!」
そう、兄川高鳴のレコ大受賞の吉報である。
楽曲は言うまでもなく琵琶湖は沖の白石でPVを撮った例のアレだ。
ただでさえ兄川高鳴&浅井倉DA輔の名コンビ復活と注目を集めていたのに、そこに邪馬台国の遺跡が浮上する中で撮られたという情報が流れるやいなや関心は日本のみならず世界中に広がった。
おかげでYouTubeにて公開されるやいなや世界中からアクセスが殺到。あっという間に生成回数は前代未聞の200億回に達した。これは世界最速&世界最高の同時記録である。
ちなみにレコード大賞は長らくその価値が低迷していたが、令和4年にバンド・世界の尾張が受賞したのをきっかけに再び注目が集まると、昨年令和5年にはMAD動画『君は完璧で究極なゲッター』が受賞したことによって一気にかつての栄光を取り戻した。
そこへ今年度は兄川高鳴が世界最高記録を引っ提げての受賞ということもあり、今後はますます価値が上がっていくことであろう。
そして時は流れて
「こっちから見る琵琶湖も絶景ポコー!」
タヌ子は滋賀県大津市の打見山山頂につくられた「びわ湖テラス」からの光景に感嘆の声をあげた。
これまでは新安土城から背後に比良山脈を抱く琵琶湖を風景を毎日のように見ていたが、その反対側から見る景色は同じ琵琶湖と言えども新鮮な感動があった。
「ああ、やはり琵琶湖はいいな」
タヌ子の横で兄川も目を細める。
言わずと知れた日本一の大きさを誇る、日本人の母なる
しかしそれも今となっては過去の話。
だって今や滋賀は日本の首都なんだから!
「ついにやったな、高鳴」
兄川たちのすぐ後ろに立つ比古の目に映るのは、琵琶湖に浮かぶ壮大な邪馬台国遺跡。
そこに天皇皇后両陛下がお住まいになっている。
しかしそこに至るまでにはいくつもの難問があった。
省庁の地方移転は計画されていたが、皇居と宮内庁はさすがに想定外だったのだ。
そもそもいくら正当な理由があれども、おいそれと遷都など出来るはずもない。
しかし社会情勢の不安解消を求める大衆の声を背に兄川が粘り強く政府へ訴え、そしてなにより天皇陛下自らが邪馬台国遺跡への移住を強くご希望されたことによって一年前の国会でついに承認。
晴れてこの春、実現したのであった。
「何だか不思議ポコね。馬鹿にされていた滋賀県が日本の首都ポコなんて」
「そうだなぁ。今でも信じられねぇよ」
「不思議と言えば陛下が遺跡に移住されたのはほんの一ヵ月前ポコ。なのにその前からなんだか日本は良くなってきたポコよ」
そう、国会で遷都が承認された頃からであろうか、少しずつだが日本に明るい兆しが見え始めた。
円安が回復してきて、物価もちょっとずつ安くなり、転売屋や転売屋から購入する人が何故か激減した結果、転売が撲滅されてポケカやガンプラが普通に買えるようになった。
給料が上がり、人が集まってきて、休みが増えて残業がぐっと減った。
ネットでも不毛なレスバトルはもう過去の話。人々は不思議と前向きな気持ちになり、なんだか言動に余裕が持てるようなった。
それはまるで日本がかつての「お互いさまの精神」を取り戻したかのようであった。
「ふふふ。案外、卑弥呼はこうなることを予想していたのかもしれないな」
「どういう意味ポコ?」
「あの遺跡に願いを叶える力なんてないってことさ」
「おい、そいつぁどういうことだ? まさか卑弥呼がウソをついていたって言うのかよ?」
「さぁな。ただ、俺はどうも気になってたんだ。どうしてこのタイミングで俺が遺跡を蘇らせることが出来たんだろうって」
「それは知事が台与の子孫だからポコ」
「それはそうだが、だったら俺以前にもご先祖様が蘇らせていたかもしれないだろ? そもそも応仁の乱や太平洋戦争の時の方がもっと遺跡の力が求められていたんだ。なのにどうしてその時代ではなく、今この令和に蘇ったんだ?」
そんなこと言われてもふたりに分かるはずもない。
「だからな、俺は全てが卑弥呼に計画されていたんじゃないかって思うんだ。陛下が願えば全てが叶うという遺跡という与太話を残しておいて、実際はその話を聞いた国民が自ら進んで陛下の望みを叶えようと動ける社会になった時、遺跡が蘇るようになっていたんじゃないかってな」
あっとふたりが驚きの声をあげた。
荒唐無稽だが、確かにそう考えたら辻褄が合う。
「もっとも別宇宙のスーパーテクノロジーだ。望みは叶える力は無くても、地震や水害、干ばつ、噴火などを防ぐ力はあるんじゃねぇかな。陛下もきっとそっちの方に期待して移住されたんだと思うぜ」
そう言って兄川は皇居へ向かって深々と頭を下げると、琵琶湖に背を向けて歩き出した。
「知事、どこへ行くポコ?」
「おいおい、俺はもう知事じゃないのにいつまで知事って呼ぶんだ?」
つい先日のことである。
兄川は「自分の仕事は終わった」と言葉を残して滋賀県知事を辞任した。
「だったらマネージャーとしてこれからはなんて呼んだらいいポコか?」
「そりゃあ兄川さんとかだろ。別に比古兄やんみたいに高鳴呼ばわりでも構わんが」
「……ター坊はだめポコか?」
「そいつは勘弁してほしいな」
兄川をター坊呼ばわり出来るのは浅井倉だけである。
ちなみに浅井倉は兄川がレコ大を取り、岐阜県もまた科学省の誘致に成功すると「んじゃ僕はこれで」とどこかへ行ってしまった。
彼曰く、世の中には兄川以上の才能を持った若者が埋もれまくっているらしい。きっと今もそんなダイヤの原石をどこかで磨いてることであろう。
「で、高鳴、次はどこで何をするつもりだよ?」
「なぁ、比古兄やん、何度も言うようだけど議員に戻るつもりはないのか?」
兄川が嘆息した通り、比古もまた兄川が辞任した翌日に議員を辞職していた。
「てめぇが知事を辞めたら、俺も辞めるのが当然よ。なんたって俺は兄川高鳴の懐刀だからな」
「それは世間が言ってるだけポコよ?」
「うるせぇ! 俺は高鳴の革命が終わるその日まで常に一緒よ!」
その一言にハァと深いため息をつく兄川。
「あのさぁ、一介のロックミュージシャンが滋賀県知事になってだよ、滋賀の勢力を伸ばしたり、知名度をあげたり、県民の意識を高めたり、しまいには滋賀を日本の首都にしたんだからさ、普通はこれで革命終了って思わない?」
至極当たり前な問いかけである。
が。
「思わないポコ」
「俺たちの兄川高鳴はそんなちっぽけな革命で満足するような奴じゃねぇ!」
ふたりは即答した。
それどころか真顔で「お前こそ何言ってんの?」とふたりして首を傾げる始末だ。
「ったくお前らなぁ……」
「それで次は何をするつもりポコか? 鎌倉の時みたいに内緒にされてはたまらないポコ!」
「へっ! なんだよタヌキ、お前まだあの時の事を根に持ってやがるのか?」
「タヌキじゃなくてタヌ子ポコ! そういう比古さんだって遺跡とか宮内省誘致とか聞かされていなかったポコー」
「う、うっせぇ! そ、そ、そんなもん、高鳴から教えられなくてもなんとなく気付いてたぜ!」
「絶対うそポコ。そういうミエミエのウソをつくから浅井倉さんにからかわれるポコよ」
「な、なんだとこのクソタヌキ!」
「だからクソタヌキじゃなくてクソタヌ子ポコ!!」
今日も今日とて口喧嘩を始めるふたり。
あまりにもいつも通りの光景に思わず呆れた兄川であったが、やがて「ふっ」と笑みを零すとふたりの間へ強引に身体をねじ込んでその肩に両腕を置いた。
「仕方ねぇなぁ。お前たち、覚悟しておけよ。次に俺が目指す革命は――」
兄川高鳴の革命はまだまだ続く。しかし今はここにて一度筆を置くことにしよう。
最後までお付き合いいただきありがとうございました!
滋賀県知事・兄川高鳴は革命する タカテン @takaten
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