第22話:卑弥呼の遺産

「邪馬台国にまつわる古代遺跡と判明いたしました」


 調査団のその一言に、詰めかけた報道陣が大きくどよめいたのは言うまでもない。

 古代都市が当時そのままの形で見つかっただけでも大発見なのに、まさかそれが日本の歴史上で最も有名で最も謎に包まれていた邪馬台国であるとはさすがに想定外すぎた。

 

「それは本当ですか? そもそもどうしてそんな重要なことがこんな短期間で分かったのです?」

「簡単です。卑弥呼の手記が見つかりました」


 ハァ!?!?!?!?!?!?!?!?

 

「いやいや、ちょっと待ってください。卑弥呼の手記ってどうしてそんなものがあるんです? そもそも邪馬台国の時代にはまだ文字は日本に伝来していないのでは?」

「はい、みなさんの疑問は当然だと思います。私たちだって正直混乱しています。ですのでここは論より証拠、卑弥呼の手記の現物を皆さんに


 その物言いに記者たちは違和感を覚えたものの、続けて記者会見の場へ現れた人物を見るなりそんな疑問は吹き飛んでしまった。

 

「兄川高鳴さん!?」

「兄川滋賀県知事だ!」


 皆がその名を呼ぶ中、兄川は会見席の前に立つと一回深くお辞儀をする。

 顔を上げると満面の笑みを浮かべながら、手にしていた持ち運び用の書類ケースからタブレットらしきものを取り出した。

 

「どうも、皆さま、滋賀県知事・兄川高鳴でございます。そしてこちらが今回見つかりました卑弥呼の手記です」

「え? それが手記ですか? まるでタブレットのようでとても二千年近く前のものとは思えませんが?」

「ですよね。でもよくご覧ください、タブレットと違ってどこにもスイッチのようなものはなく、画面もありません。一見すると表面に何か文字のようなものが彫られただけの金属板のようです」


 笑顔で金属板を持ちながら記者たちからフラッシュを浴びせられるその様子は、なるほど、確かに某林檎社の新製品発表会にしか見えない。


「ですが、触ってみたらこれが手記であることが一目瞭然です。どうぞ、そこの方、ちょっと触ってみてください」


 兄川に指名された記者が戸惑いながら金属板の表面――文字のようなものが彫られた部分へと指を伸ばした。

 

「なっ!? あ、頭に言葉が直接響く!? こ、これは一体!?」

「この金属板の文様は念写文字というもので、卑弥呼の言葉が記録されているんです」

「ええっ!? でも、その卑弥呼の言葉ですが、我々が現代で使っているものと同じものですよ!?」

「ふふ、自動で再生者の言葉に翻訳されるんですよ。それに収められているのは声だけではありません」

「ああっ!? 続けて映像までもが頭の中で再生され始めた!?」

「そう、これが卑弥呼……古代女王の真の姿です」


 我も我もと記者たちが金属板に触れると、彼らの中で物語が紡ぎ出されていく。

 それはまるで映画のようだった。

 ワンピースを着た、抱きしめたら折れてしまいそうな体型の可憐な少女・卑弥呼。

 ひとりで森の中を彷徨っていると、お供を何人も連れた少年と出会う。

 少年は近くの小さな国の王子であった。

 最初はどこかよその国のスパイかと疑われて卑弥呼は監禁されるも、それまで聞いたこともない知識の数々を持つ卑弥呼を王子が気に入って釈放され、卑弥呼はそのお礼に彼の国の発展に力を貸した。


 卑弥呼のおかげでどんどん豊かになっていく国。

 王子は自分の夢を彼女に語る。

 国をもっと大きくして、もっと多くの民に幸せになってもらいたい、と。

 

 しかし当時の日本は多くの国が乱立し、戦争に明け暮れている時代。

 急激に力を付けてきた王子の国は、突然、周囲の国々から一斉に戦争を仕掛けられた。

 敵のあまりの大軍勢に滅亡は必至と誰もが諦めたその時。

  

 卑弥呼が戦場を駆け抜けた。

 

 文字通り目にも止まらぬスピードで戦場を駆け抜ける彼女に次々と吹き飛ばされる敵兵たち。

 おまけに卑弥呼は分身するわ、分身しながら輪っか状のエネルギー体を放ちまくるわ、異世界へ敵を吸い込むわ、異世界から強力な助っ人を召還するわと完全に無双状態。

 さらには巨大なロボットに乗り込んで敵対勢力を制圧してしまった。

 

「『魏志倭人伝』に卑弥呼が『鬼道』なるものを操るとありますが『鬼道』とは『機動』、すなわち『機械で動くロボット』のことだったのです!」

「そ、そんな……こんなことが本当に!?」

「そして卑弥呼は母船――後に人々から邪馬台国と呼ばれる超巨大宇宙船を呼び出しました」


 とても太古に起きたこととは信じられない映像の数々だが、その極めつけがこの邪馬台国の登場シーンであった。

 卑弥呼が空高くへ手を伸ばすと同時に、青空にすっぽりと穴が開き、そこからとんでもない大きい、まるで島のような超巨大宇宙船が現れて空に浮かんでいるのである。

 

 そう、邪馬台国とは次元跳躍デバイスを有した超巨大宇宙船だったのである。


「この圧倒的な戦力を前に王子の国を攻めていた連中は次々と降伏したわけですが……ここでひとつ予想外な問題が発生しました」

「それは一体!?」

「降伏した連中が王子ではなく卑弥呼を担ぎ上げたのです。『卑弥呼様、万歳!』『邪馬台国で日本ひのもとを統一しちゃいましょう!』『卑弥呼様しか勝たん!』などなど、卑弥呼を祀り上げるばかりで王子には見向きもしませんでした」

「いや、それはそうでしょう、だって王子は何もしてないわけですし」

「ですが卑弥呼としては王子を助けてあげたいだけであって、自分がかの国の人々を引っ張っていくつもりなんてこれっぽっちもなかったのです」


 ここまで武力介入しておいて何を無責任なと思われるかもしれない。

 が、責任感があるからこそ、この状況は拙いと思った卑弥呼であった。

 

 かくして卑弥呼は王子との決別を――この星を去ることを決意する。

 王子に大切な贈り物を残して。

 

「それが琵琶湖に眠っていた邪馬台国の置き土産・沖の白石なのです」

「……ということは今回見つかった遺跡はああ見えて兵器ということでしょうか?」

「圧倒的な力でねじ伏せたわけですからね。その置き土産となればそう考えて当然でしょう。ですが、それが卑弥呼の狙いでした」

「どういうことです?」

「卑弥呼が星を去る時の様子を大勢の者が見ています。きっと彼らは気が付いたでしょう。巨大宇宙船の一部が失われていることに。ではその一部はどうしたのか? 彼らは考えたはずです。卑弥呼が親しくしていた王子がその行方を知っているに違いない、と。一部とはいえ、あの圧倒的な力の欠片を彼は引き継いだのだ、と」

「なるほど。もしそれが本当ならば連中はそう簡単に王子へ手を出せなくなりますね」

「そうです。こうして後に崇神天皇と知られる王子は彼の国――大和政権の力を伸ばしていったのです」


 兄川は決して学者ではない。ロックシンガーであり、滋賀県知事だ。

 にもかかわらず記者たちを前にして滔々と語る兄川は、まるで歴史の目撃者のようだ。話に妙な説得感があった。

 

「つまり卑弥呼は抑止力として遺跡を残したのですね」

「そうです。事実、彼女は王子にも宇宙船の一部をどこに隠したかを伝えてはいませんでした。ただし、その力の内容だけは伝えていたのです。国が乱れてどうしようもなくなった時、この力を求めなさい。きっとあなたの国を助けてくれるはずです、と」

「……やっぱり兵器なのでしょうか?」

「……いいえ、卑弥呼はこの地を愛していました。戦争でこれ以上血が流れることを望んではいませんでした。ですから彼女は王子とその血筋に連なる者が望んだことを叶える力を、この地に残したのです」

「そんなことが可能なのですか!?」

「信じられませんよね。しかし卑弥呼は我々よりも数次元上の宇宙からやってきたのです。彼女たちの宇宙の力ならば、三次元の私たちの願いなんて簡単に叶えることが出来てしまうのでしょう」


 それはいわゆる神と呼ばれる存在の御業である。

 もしかしたら卑弥呼が祭祀者として語り継がれているのは、そんな力も当時から知れ渡っていたからかもしれない。

 

「応仁の乱、太平洋戦争など、日本が有事に見舞われた際にこの卑弥呼が残した力を巡って懸命の捜索が行われたそうです」

「ですが今の今まで見つかることはなかった……それが何故この令和の時代になって見つかったのです?」

「いや、そもそも今回の発見は兄川知事の新曲PV撮影がきっかけだったと聞いています」

「率直に伺いますが、もしかして兄川知事はこの邪馬台国の遺産を知っていたのではないのですか?」


 だって偶然にしては出来すぎているではないか、たまたま沖の白石の上に乗ってPVを撮っていたら島が浮上してきたなんて。

 それに卑弥呼の手記を持ってきてから会見は兄川の独壇場、しかも全て知り尽くしたかのように話している。

 どう考えても兄川が今回の件について予め知っていたとしか考えられなかった。


「2009年から滋賀県でジグザグロック祭りというのをやっているのですが……」


 そんな記者からの質問に兄川が切り出したのは、意外な言葉だった。

 記者たちも勿論ジグザグロック祭りのことは知っている。

 今や経済効果は数百億円規模とも言われている、滋賀県の夏の終わりを告げる風物詩だ。

 

「最初は地元に貢献したいと気持ちで始めたものでした」

「兄川知事、一体何の話を?」

「途中コロナで中止したりと色々ありましたが、今年も開催させていただく予定です」

「知事、ごまかさないでください。我々が聞きたいのは知事が今回のことを予め知っていたのかどうかという――」

「ただ、年々歌う度に不思議な声が聞こえて来るようになったんです……」

「兄川知事?」

「それは僕が幼い頃、琵琶湖で溺れかけた時に聞いた声にそっくりでした」


 思い出したのは幼き頃の記憶、祖父から聞いた「琵琶湖で歌ってはならぬ」という教え。

 それはなんだかんだで頑なに守ってきた。今だって琵琶湖の湖畔、草津氏は烏丸半島にステージを構えてジグザグロック祭りを開催しても決して琵琶湖の中では歌ってはいない。

 

 だが、子供の頃と違い、今の兄川高鳴は押しも押されぬロックミュージシャン。たとえ湖畔であったとしても、その一流の歌声は琵琶湖に轟き、湖底に沈む遺跡へも届く。


「そして気が付いたのです。自分が何者であったのかを」

「…………」

「卑弥呼は誰にも琵琶湖に隠した遺跡のことを話さなかったと言いましたが、実はただひとりだけ、そのありかを伝えていたのです」

「それは一体誰なんですか!?」

「……卑弥呼の後を受け継いだ、当時わずか13歳の少女・台与とよ。彼女だけがその場所を教えられたのです」


 しかし、卑弥呼以降の邪馬台国がどうなったのかよく分かっていないように、台与やその親族がどうなったのかは知られていない。

 ただ、超巨大宇宙船・邪馬台国は卑弥呼ととともにこの星を去ったのだ。その遺産の場所を知らされていたとしても何の力も持たない台与たちはいつの間にか歴史の闇に葬り去られたと考えるのが普通であろうが……。

 

「そうです、僕がその台与の子孫のひとりだったのです!」

「なんですって!?」

「とはいえ二千年近くも昔の話。いくらなんでも正確な形で伝わっているわけがない。事実、僕の家では『琵琶湖では歌うな』という教えだけが受け継がれていました。何故なら台与の血を引く者の歌声が遺産を蘇らせるカギだったからです」

「それを琵琶湖の底に眠る遺跡からの声で気が付いた、と?」


 はっきり言って眉唾ものの話ではある。

 が、事実として兄川は知事に就任下克上するとすぐに琵琶湖計画B-Projectと称して琵琶湖の湖底調査に乗り出した。

 言うまでもなくこれは邪馬台国の遺産の正確な位置を明確にするためである。

 

「ちなみに僕だって最初は信じていませんでした。ジグザグロック祭りで聞こえてくる声だって、単なる気のせいだと思っていたんです。でもあのお茶会で戴いたお話が全てを変えた」

「お茶会、ですか?」

「ええ。忘れもしません、2019年11月28日の京都御所でのこと」

「ま、まさかそれは天皇が主催された茶会! ということは天皇陛下自らが!?」

「そうです。陛下は今の世を憂いておられました。そして僕に卑弥呼が残した遺産についてお話くださったのです」

 

 そう言うと兄川は深々と頭を下げ、その言葉を告げるのであった。

 

「陛下、ついに見つけました。是非とも滋賀へお越しくださいませ」

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