第6話
刻と逢魔は異世界ことほぎにくるまでに、お互いの持つべき魔法を相談していた。
魔法を簡単に入手できることは知っていた。帰ってくることが、唯一、そして最大の困難だ。
治療の魔法を片方が覚え、攻撃の魔法を片方が覚えるのか。もしくは、サバイバルに使える魔法を覚えるのか。
刻がガンダの前に進み出て、左腕を掲げる。
「私と一緒にどんな魔法がほしいか、世界に祈れ。祈った通りの魔法を授けよう」
ガンダの言葉に、刻は静かに答えた。
「私も、母さんを治したい。治療の魔法を望む」
「治療の魔法を、承知した」
結論は既に出ていた。どちらかが帰れなくとも、絶対に母を治せるよう、二人は二人とも、治療の魔法を覚えると決めていた。
同じ魔法を持つことは、二人にとっても安心できることだった。双子であるから同じなのだと、逢魔と刻は信じていた。
ガンダが白く濁っていく。
刻は少し悲しそうな顔で目をつぶって、その時を待った。
「「「「それで良いの?」」」」
右耳のそばで聞こえる金糸のささやきに、刻は掲げていた左腕をびくっと震わせた。
「我ら知っているよ」「キミはお母さんの病気を治したくもあるけれど」「自由にもなりたい」「人生最後の機会だよ」
刻は目を開け、金糸の顔を見た。
金糸は四つの顔の口を三日月にゆがませていた。ひどくまがまがしい顔だった。
「ノロイ種」
刻は気がついた。ノロイは呪いという漢字だ。
金糸は呪いらしく言う。
「「「「どっちも出来る魔法を得ればいいのに」」」」
刻は思わず、返事をしてしまった。
「そんなことが出来れば、まるで魔法みたいだね」
逢魔が叫んだ。
「おい、何してんだ、刻!」
刻が頭上をふり仰ぐと、ガンダの上半身がぶくぶくと泡立って、その色は星屑を混ぜたような乳白色に変わっていた。
刻が見れたのはそこまでだった。すぐに彼女は、ガンダの巨腕の濁流にのみ込まれた。
乳白色の湖水が刻を包んだとき、大きな力が流れ込んでくるのが、彼女にはわかった。ぎゅっと目をつぶっても、星屑の光はまぶたのしたにもぐりこんでくる。
「「「「「呪いある祝福をあなたに」」」」」
水のなかにも関わらず、何者かの何重にも重なった声が聞こえる。
「「「「「あなたは力を与える力を手に入れた」」」」」
反論の言葉は泡になって溶けていった。
次に目を開けたとき、もう既に刻は泣いていた。
逢魔は、刻がしたように、自らかみ血の流れる左腕を、刻に差し出した。
刻は逢魔の左腕に手をかざし、魔法を使った。ぽうと星屑のような細かな光が、彼の腕にまとわりつく。
腕の血は止まらない。
逢魔が失望したように腕を下した。刻が魔法を得られるのは、生涯でこれきり。そのチャンスをふいにしてしまったと、彼は思った。
「双子なのにな」
彼の失望の言葉に、刻はうなづいた。何と言って良いかわからない彼女と彼。彼らに向けて、ガンダは言った。
「さあ、旅立ちのときだ。外に転移させよう」
返事も聞かずに彼は、三度高く腕を振りかぶった。
「東に向かえば祝福種の村落が、西に向かえば人間の村落がある。まずはそこでこの世界を知ると良い」
「待って、行かないで」
刻の叫び声に、集まった木霊たちが手を振った。幾度となく繰り返した別れで、同行する同胞に手を振るのは、彼らも初めての経験だった。
金糸は故郷の友人たちに応じて、手を振り返した。批評を繰り返し、嫌われていた彼らが誰かに手を振ろうと思うのは初めてだった。
逢魔は背を向けて、木の葉が舞う風の先をじっと見据えていた。もうここに用はなかった。
ガンダは慈愛の笑みを浮かべた。もう何も考えていなかった。彼らはよくいる異世界転移者。いつものように、送り出すために、祈りの言葉を口にした。
「呪いある祝福をどうか、得られますように」
「これからどうすればいい」
刻の言葉は、切実な痛みに満ちていた。
答える声は、耳元の金糸から返ってきた。
「それを決めなければ、この世界からは帰さない」
そして、目の前が深緑色の湖水に覆われた。
魔法を覚えに緑生い茂り獣闊歩する異世界まで来たけど、ここからどう帰ろうか 小早敷 彰良 @akira_kobayakawa
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