第4話

「当たり前だけど、私だって当時の部員だったから、一冊、手元に置いといたのよ。とにかく、目次をご覧なさい」

 言われるがままに、勝夫はページを繰った。表紙の裏が、目次である。

 目を走らせるまでもなく、蒲生信江の名前はすぐに見つけることができた。すぐに題名を確かめる。

「『メールフィメール』……」

「どうかしら? 私の『エトセトラに隠された死』とは、似ても似つかぬタイトルでしょうが」

「分かるもんか」

 勝夫は吐き捨てた。

「タイトルぐらい、変えて当たり前だろう。そのままだったら、すぐに盗作がばれるじゃないか」

「そこまで言うんだったら、内容を見てみなさいよ!」

 突然、癇癪を起こしたかのように、三枝が叫んだ。

「言われなくても」

 むきになって、勝夫も応じる。

 彼が文章を読み進める間、相手は無遠慮に話しかけてきた。

「ねえ、読んでもいいけど、高校一年生の君には刺激が強すぎるわよ」

「うるさい。黙っててください」

「タイトルの意味、分かってる?」

「知らないよ」

「メールが雄とか男って意味で、フィメールはその逆。つまり、女。男と女の話なんだけど、ちょっと捻ってあるんだな、これが。信江が書くのもミステリーだから」

「うるさいなあ!」

 勝夫が怒鳴ると、ようやく井口三枝は黙った。作家先生は、やれやれといった風に笑っている。

 時間をかけて、勝夫は『メールフィメール』を読み終えた。男と女の関係を描いた話だと思っていたら、最後に来て女同士の話だったというどんでん返しのある、広義のミステリーだった。

 だが、その内容は、井口三枝のデビュー作『エトセトラに隠された死』とは全く似ていなかった。『メール・』のどこをどういじっても、『エトセトラ・』にはならないのは明らかだった。

「納得してもらえた?」

 覗き込むようにして、井口が聞いてきた。

「……いや」

 勝夫はきっぱりと言った。

「え? どうしてよ。全然、違う作品だって、分かったでしょうが」

「姉さんの『メールフィメール』が、あなたのデビュー作とは関係がないということは分かりましたよ」

 自分でも不思議だが、笑いそうになりながら、勝夫は言った。

 井口の方は、目を白黒させている様子。

「だったら」

「いや、危うく、見落とすところだったなあ。さすが推理作家、盲点を突いていますね」

「何のこと?」

 訝しげな目になり、井口は声を震わせた。勝夫のことが、恐ろしく見えてきているのかもしれない。

「あなたがこの十三号を人目から隠したがっていたのは間違いないんだ。そこを突き詰めたら、答は簡単に出ましたよ。ここにあるあなたの作品、『ピリオド』こそが、盗作なんだ!」

「はあ?」

「本にする作品を書く前に、あなたは姉さんから一つのアイディアをもらった。もらったのか奪ったのかは定かじゃないけどね。ともかく、それを基にこの『ピリオド』を書き上げたんだ。そして、今度は『ピリオド』をベースにして、長編の『エトセトラに隠された死』を書き上げたんじゃないですか? それが入賞したことを知った姉さんは、あなたを詰った……」

「ちょ、ちょっと待ちなさい」

 真面目に話そうと、井口三枝は居住まいを正した。

 それに構わず、勝夫は続ける。

「姉さんに詰問されたあなたは、殺したんだ、姉さんを!」

「待ちなさいって言ってるのが、分かんないの!」

 相手の大声にびくりとさせられた勝夫は、くじかれるように黙った。

「いい? まだ『ピリオド』は読んでいないようだけど、それの中身は『エトセトラ・』とはかなり違うわ。そりゃあ、似ているところもあるかもしれない。でも、それは当然と言えば当然なのよ。どちらも同じ、私が書いたのだから」

「うまく言いくるめようたって」

「違うわ。そうね、証人だって探せばいるわ。同じ部にいた人に聞けば、私がこれを自分の力で書いたことを証言してくれるわ、きっと。それに、あなたが会った司書の先生だって、文芸部の顧問をされているのよ。証言してくださると思うわ」

「……」

 勝夫は何か言い返そうとしたが、相手の自信に満ちた態度に圧倒され、どうすることもできなかった。

「よく、考えてみなさい。あなたは大変、失礼なことを面と向かって言ったんだよ? 普通の人だったら、本当、叩き出しているところだわ。いいえ、悪くしたら警察に突き出してるかもしれないわよ。私は、あなたのお姉さんのことを知っていたから、そんなことはしないけれど」

「……」

「分かってくれた? 言いたいことがあったら、いつでも聞いてあげる。でも、盗作したなんて言うのなら、しっかりとした証拠を持って来なさい。もちろん、私はそんなことしてないんだから、絶対にあるはずないんだけど」

「……分かりました」

「そう、よかった。近い内、お家の方に寄せてもらってもいいかしら?」

「……考えさせてください。気持ちの整理が着いたら、こちらから電話します」

 勝夫がそう言うと、井口はメモを手渡してくれた。数字が書かれていた。この家の電話番号らしい。

「じゃあね。気を付けて帰るのよ」

 井口の見送りには答えず、勝夫は背を丸めて出て行くしかなかった。


      *      *


「ようやく帰ったわ」

 井口が言った。

「かわいそうに、しょんぼりしちゃって」

「いいのよ。ああいうのには、がつんと言ってやらなきゃ。あなたの言い方じゃ、端から見ていて、歯がゆかったわ」

 井口の言葉を受けて、三枝が応じる。

「三枝は肝が据わってるわね。私なんか、どきどきしてたまらなかった」

「何、言ってるの。私だってそうだったんだから。口答えしそうになるのを、ようやく抑えていたんだから。私、喋るといらないことまで口走っちゃうと思って、途中から自粛したんだ」

 三枝――三枝美恵子は残っていたジュースを喉へと一気に流し込んだ。

「それにしても、あの子が来た直後は、危ないかなと思ったんだけど」

 井口――井口嘉都代のそんな言葉に、三枝はすぐに反発した。

「それだったら、どうして十三号を見せたのよ? 学校にある分とかは苦労して隠したのに……。寄りによって、信江の『メールフィメール』を見せるなんて」

「あ? それだったら大丈夫よ。あんな子供に分かる訳ないったら。あれに描かれていた二人の女のモデルが、実は私と三枝のことだなんて」

「……それもそうか。同じ年頃にしても、せめて女生徒じゃなきゃ、感づきようがないかもね。まあ、うちの母校の女子高生は、ほとんど、物を考えないようなのばっかりだと思うけど」

 三枝は安堵のため息を、大きくついた。ついで、すっきりした顔になる。

「でも、もしかしたら、あの子も信江と同じように私達の関係に気が付いて、何かを要求してくるのかと心配したわ」

「それは私も思ったけど、あの子がまるで見当違いのことを言い出してくれたから、何とかなると思ったのよ」

 井口は思い出しながら言った。蒲生信江が、井口と三枝の関係に気付き、秘密をばらされたくなかったら自分もデビューできるよう出版社に口をきいてと、悪魔のように笑いながら要求してきたことを。デビューが決まったばかりの井口三枝に、そんな発言力があるはずもない。だが、相手に無理だと伝えると、信江はこちらが真面目に取り合っていないからだと決めつけ、秘密をばらすと宣言したのだ。

「話題の新人、女流合作作家の井口三枝が、実はレズの関係だと知ったら、どこのマスコミも喜ぶと思うわ!」

 信江のあの笑い声が忘れられない。

 仕方なく、井口と三枝は、蒲生信江を部室に呼び出し……。

「あーあ。クイーン井口だなんておだてられても、ちっとも嬉しくないわ。単に合作してるだけで、作品のスタイルはほとんどエラリー・クイーンと似ていないんだもの」

「あれは女王様とかけているだけでしょ。それより、井口ったら、あの子のことを『あなた』だなんて呼んでいたけど、気に入っちゃったの?」

 相棒のからかい口調の言葉に、井口は大きく首を左右に振った。そして冗談っぽく、切り返す。

「とんでもない! 私は三枝一筋、男に興味はございません。三枝こそ、あの子のことを君、君だなんて、おばさんみたいよ」

「余計なお世話!」


――終

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女王様に物申す 小石原淳 @koIshiara-Jun

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