第3話

「これらのことから、僕は次のようなことを考えてみました。ここからが肝心です。最後まで、黙って聞いてください。

 井口三枝は僕の姉・蒲生信江のある作品からアイディアを盗み、それを基に書いた作品で新人賞入選を果たした。姉さんのある作品とは、消えた十三号に掲載されていたんだと思います。

 デビューが決まった方はよかったでしょうけど、姉さんはかんかんになった。姉さんは……あまり、悪く想像したくないんですけど、仕方がありません。姉さんは、あなたのやったことを、賞を設けていた出版社に話そうとした。その前にあなたに察知され、自殺に見せかけて殺されたのではないか。

 幸い、警察も蒲生信江の死は自殺だと結論を出した。でも、まだ安心することはできない。基となった作品が、SDSの十三号に掲載されているからです。

 まず、あなたは、とにもかくにも、蒲生信江の家族――つまり僕らに十三号を見られたくなかった。だから、姉さんの葬式のためにうちに来たとき、話し込んでいる隙を見て、姉さんの部屋を探し、十三号を持っていった……。

 さらにあなたは、K**高校の方にも十三号が置いてあることを思い出した。折りよく、文化祭で講演会をしてくれるようとの依頼が後輩から持ち込まれた。これ幸いと、あなたは引き受け、文芸部の部室に立ち寄ったとき、そして図書室で控えていたとき、それぞれ、十三号を見つけ出して、持ち去ったんじゃないでしょうか」

 蒲生は最後の言葉を言い切った。その瞬間、自分が大量の汗をかいて、喋っていたことが分かった。

「……おしまい?」

 井口が聞いてきた。

「とりあえずは、おしまいです。続きがあるかどうかは、そちらの出方次第だと、言わせてもらいます」

「ふふん。仲々、面白く聞かせてもらったわ。あなた、話し方は結構、上手だったし。ちょっと、オーバーなところがあったけど、まずは及第点ね」

「そんなことは聞いていません、えっと、井口さん」

 緊張がぶり返してきたのか、勝夫は詰まりながらも、相手に詰め寄ろうとする。

「すると何かしら」

 井口は、まるで彼女の作品に登場する悪女のように、気取った台詞を口にした。その様子はあまりにも芝居がかっているように、勝夫には思える。

「あなたは、私が小説リードの新人賞に応募し、賞をもらった『エトセトラに隠された死』が、盗作であると主張しに、わざわざここへ来たの?」

「……はい」

 他に答えようがないので、勝夫は素直に言った。

 それに、彼は少し、気抜けしてしまった。何故、気が抜けたかと言えば、盗作という表現を用いるのは、避けようと努めていたからだ。いくら何でも、そんなことを言えば叩き出されるだろうと考えたからであるが、それは杞憂だったようだ。

 勝夫の懸念に関わらず、相手の作家は簡単に盗作という単語を口にした。だから、気抜けしてしまったのだ。

「どういう根拠があって、あなたはそんな主張を?」

 井口が聞いてきた。

「それは今、話したでしょう。それが根拠です」

「さっきのあれが、根拠ですって? 問題にならないわね」

 口に片手を当て、笑いをこらえるようなポーズをする井口。

 その姿に、勝夫は頭に血が昇った。

「何がおかしいんだ!」

「あら、怒らないで。でもねえ……。だって、あなたの言うことは、辻褄だけは一応、合っているみたいだけど、どこもかしこも推測ばかり。何の具体的な証拠もない訳よ。お分かり?」

 小馬鹿にしたような調子で、井口は勝夫に言ってきた。

「証拠ならあるさ」

「へえ、どんなの?」

「姉さんが言っていたことが証拠だ。『自分だけいい目を見ようったって』っていう言葉だよ」

「それが証拠ねえ。それ、私のことを指しているとは限らないんじゃないの?」

「他に誰がいるんだ?」

「そりゃあ、そうかもしれないけど……。いいわ、仮にあなたのお姉さん、蒲生信江が私のことを陰でそう言っていたんだとする。そのことが、どうして、私が信江の作品のアイディアを盗んだっていう妄想につながるのかしら?」

「妄想なんかじゃないさ!」

 思わず、叫んでしまった勝夫。

 井口は顔をしかめた。

「あのね、今はそんなことを議論しているんじゃないの。こちらの質問に答えてくれないかな?」

「姉さんは、文芸部の部室の中で、ドアの鍵のかかった状態で死んでいるのを発見されたと聞いてる。当時、鍵を自由に使えたのは、あなたのような同じ部の同級生だけでしょうが?」

「それはそうだけど、そのことが即、信江を自殺に見せかけて殺したことにはならないでしょう。部室の中に信江の遺書があったの、知っているでしょう? あとであなたも見せられたはずよ。筆跡だって信江のものに間違いないって……」

「あんな物、どうにでもできるでしょう。推理作家の頭でなら」

「遺書のトリックという訳かしら。どうやって?」

 面白そうに、井口は勝夫を見つめてきた。

「よくある手だそうだけど……。姉さんが昔に書いた原稿を探して、その中から遺書に使えそうな部分を切り取ったら、簡単に偽の遺書なんて造れるさ」

「ははあ、結構、ミステリーのことを知ってるんだ」

 井口のその口振りは、勝夫をかっかさせるだけであった。

「でも、それじゃあねえ。そうすれば自殺に見せかけられるってだけで、誰が犯人なのかには、まるで迫っていないわね」

「……あなたが行く先々で、十三号が消えている。これは絶対に怪しい」

 支離滅裂な主張になりつつあるなと自覚しながら、勝夫は抗弁した。もはや、突っ走るしかない。

「もう、しょうがない坊やね。何にもならないことを並べ立てて。いいわ、決定的証拠を、私の方から見せてあげる。何の犯罪もなかったってことをね」

 井口は微笑むと、すっと立ち上がり、奥の部屋へと消えた。

 気まずい時間が過ぎて、やがて、彼女は戻ってきた。手には、何やら古びた本が握られている。

「あなた、SDSの十三号、結局のところは見たことがないのよね?」

「そうですよ。姉さんの部屋にもなかったって言ったでしょう」

「じゃあ、これを見なさい」

 テーブルの下にあった井口の手が、さっと上がってきた。ガラス越しにわずかに見えていたが、彼女が持って来たのはやはり、SDSであった。手に取り、表紙を見ると、十三号と記してある。

「これ……?」

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