阿呆にも暫しのお暇を

ぬくぬくリベレーター

阿呆にも暫しのお暇を

 はるか昔、京都の比叡山延暦寺は京都御所から見て鬼門の方角、北東に建てられた。そこから入ってくる鬼を防ぎ止めるために。

反対の裏鬼門、南西には石清水八幡宮を建てた。万が一鬼が入ってきた場合にそこから追い出すため。他の世界でどうかは知らないが、この世界ではそうなのである。




 財布を無くした。金はそれほど入っていなかったが、学生証と保険証を無くしたのはまずい。一体どこで無くしたのだろう。念の為荒れ放題の自分の部屋を探してみるが、なんせ四畳半のため探す場所もあまりない。ただただ部屋をさらに散らかしただけになってしまい、不貞腐れて布団に寝転がった。寝返りをして時計を見ると火曜日と書いてあった。はて、今日は月曜じゃないかしら、と疑問に思うが、そもそも曜日を気にするような暮らしをしてはいないので間違えることもあるか、と腑に落ちる。落ちた後に僕も堕ちたな、と独りごちる。

 大学に入学して気づけば二回生となった。この一年、何かを成し遂げたことがあるかと問われると即答できる。ジャージャンカラのダイヤモンド会員になったということだけだ。携帯を取り出しても連絡を取り合う人はほとんどいない。というか携帯も無くした。メールをくれる人なら一人だけいるが、その人にこちらから連絡したことは一度しかない。つまりは紳士だということだ。

 布団が埃っぽい。鼻水が出てきた。財布を探しに行く気にも学生証を再発行する気にもなれず通帳を引っ張り出す。気づけば預金は底をつきかけていた。仕送りだけで生活するのはやはり厳しい。バイトをしないのかという声もあるかもしれないが、僕はそんなことは断じてしないと心に決めていた。人の下につくことも誰かに搾取されるのも御免だった。大学に入っている時点で学費を搾取されているじゃないかという声は受け付けない。通帳と以前使っていたボロボロの財布を身につけて、五日ぶりに外に出る。


 下宿先の廊下にいたゴキブリを華麗に回避し外を歩いていると、気づけば寺町通りに来ていた。ひとまず郵便局に寄って現金を引き出した後、寄るべきではないことは分かっているのだが足はつい同人誌を売っている店の方に向かってしまう。悲しいことがあったのだから自分への慰めとして何か買ってもいいではないか。

 店は四階と五階にある。四階は一般向け、五階は成人向けだった。エレベーターに乗り、四階のボタンを押す。

 いつも通り、お気に入り作家の売られなくなった絶版本を探す。見つからないと分かっているのだがつい探してしまうのは、いつものことだった。その作家の本が並んでいるところと睨めっこするが、やはりない。軽く肩を落とす。

「この作家の本を、探してるのかね」

 ただならぬ雰囲気を感じて隣を見ると、ひどく陰気なおっさんが立っていた。会社勤めに疲れた「おっさん」という表現が最もしっくりくる姿だった。

「なんですか、あなたは」

 つい詰問するような口振りになってしまう。

「それはそうと君、この作者の登場人物は優しすぎると思わんかね」

 なんだこのおっさんは。なぜそんなことを唐突に問うのだ、といぶかりつつも一応答える。

「そういうところがいいんじゃないですか」

 優しいだけではいけない、と分かってはいるがやはり優しさは大切だ。

「とは言っても君ね。その優しさの理由を考えてみればいい。ただただ子孫を残したいから彼氏彼女に優しくしているに過ぎないんじゃないかね」

 この人はなんなのだろうか。冷笑主義者を気取っているのか。

「でもヒロインだけじゃなく周りの人に優しくしてる描写もありますよ」

「確かにそうだがそれは本当に他人を思いやってのものだろうか。それは偽善じゃないのか。子供の頃からよく考えてたんだよ。善と偽善の境界はどこにあるのかってね。最初は全ての思いやりは偽善だっていう考えに囚われていた。それでも偽善で社会に利益がもたらされているならいいかって割り切ってた。でもある時気づいたんだよ。テレビの前で誰かの幸せを喜んでいる自分に。誰かも知らない人の幸福を喜んでも利益なんてないだろう?それで思い知らされたんだ。自分は合理的でない行動もするものなんだと。だったらもう、自分に利益がないのに他人のことを優しくすることだってあることになる。それが善行ということなんじゃないかと。そこからはなんだか気が楽になったんだ」

 そこで一息つく。

「だったら、登場人物が人に優しくするのは本当に人を思いやっているからですよ。それでいいじゃないですか」

「いや、それでは終わらなかった。ある日気づいたんだよ。あの時自分は『喜びたかったから喜んだ』のだと。都合の良いきっかけを見つけて快感を享受したに過ぎない。僕は善人でもなんでもなく、ただの快楽の虜だったというわけだ。頭を抱えたね、あれは」

 気持ち悪い、そう感じた。初対面の人に抱くべき感情ではないことはわかってはいるが、それでも抑えることはできなかった。

「気持ち悪い」

 思わず口から漏れる。

「それはそうだろうね。この考えは大衆に受け入れられるとはとても思えない。特に自分のしていることが偽善であるにも関わらず善だと思い込んでいる連中とかにはね。でもこれはまあ、割り切ればなんとかなることだ。進化論ってあるだろう。我々人間は社会的動物なんだから利他的行為をすることは自分の利益につながりやすい。だからこそ、優しくすると快感を得られるように進化したと考えることができるんじゃないかな。我々は遺伝子に操作されている、だったらあらがうのは無駄じゃないか。そうやって割り切る。そして善行をして快楽を貪れば良いんだよ」

 到底受け入れ難い考えだった。それよりもなぜ、このおっさんは初対面の僕にこんな話をしているのか疑問に思った。

「結局何が言いたいかというと」

 結論に入った。研究者と同じく結論が長くなることを危惧する。

「人間の本質は善でも偽善でもない。ただの中立な、欲望の塊だってことだ」

 案外結論は短かった。そう満足そうに言い切った後、おっさんは時計を見て血相を変えた。「それじゃ、本が見つかるといいね」

 頭を光り輝かせながら、颯爽と去ってゆく。一体なんだったのだろうと考えようとしたが、この一年何も考えていなかったことが祟って一瞬で思考をやめてしまう。まあいいか、と目についた良さそうな本を引っ張り出して、レジに向かった。


 元田中にある下宿先に帰り一通り本を読み耽った後、明日比叡山に行こうか、と思い立つ。別に信仰心が厚い訳ではない。僕の唯一の知り合いに会うためだ。僕はそんなに流川さんに会いたいのだろうか。先ほどから雲行きが怪しいため天気予報でも見るか、とすっかりゲーム用のモニターと化していたテレビをつける。地方番組は、通り魔を報じていた。どうやら犯人は昨日、被害者を急に後ろから刺した後身包み剥がしたらしい。犯人の手がかりはなし、被害者の身元もまだ不明だそうだ。全く、物騒なことだ。

 テレビのボタンを操作し、予報を見る。どうやら雨は降らないらしい。なぜかその動作だけで気だるくなってしまい、そのまま布団に身を任せた。


7:00


 久々に乗る電車は、人が多くなぜか恐怖を感じさせた。いつからこんなに人ごみが嫌いになったのか。流れゆく街並みは京都とは思えないほど平凡だった。全国どこでも見れる家々をただ視線が滑っていく中、思い出したように寺や神社が見える。押入れの奥から探りあてたデイパックがやけに重く感じた。


8:00


「やあ、流川さん」

 ケーブルカーの駅から歩いてきて疲れたのをひた隠しつつ、爽やかに挨拶をする。流川さんは僕にとっては高校の部活の後輩にあたり、僕が浪人したために今は同回生となっている。大学で友達のできなかった僕に唯一連絡をとってくれるのが、この人だった。僕が進級できたのは流川さんのおかげというところが大きい。寺社仏閣を見るのが好きらしく、ここで巫女さんのバイトをしているが、寺に巫女というのもちゃんちゃらおかしい。彼女曰く「信仰心はあまりない」そうだ。

「先輩、お久しぶりです」

 事務所の窓口の向こうから、丁寧に頭を下げられる。少し驚かれたように見えたのは、気のせいだろうか。黒髪の束がふわりと落ちる。

「今日も参拝ですか。敬虔なことです」

 別に参拝しにきた訳ではない。しにきた訳ではないが、彼女にそう思われるのは都合が良い。

「そうだ」と胸を張って言うと、

「参拝する前に他のことに取り組んでください」と巫女とは思えない正論で返してくる。

「なんのことかな」

 ため息をつかれる。

「先輩、申し訳ないですけど今忙しいのです。上司がヘマをしてしまってその後始末をしないといけません」

 確かに先ほどから、流川さんの周りで巫女さんや男巫さん、住職さんが右往左往している。上司は大変な失敗をしてしまったらしい。

「そうなんだ。忙しかったら手伝うよ」

 それを聞いて流川さんは少し考えてから口を開く。

「では後で、別の人にお願いしてもらいます」


8:10


 事務所から少し進んでぐにゃぐにゃの手すりを撫でつつ階段を降りる。信仰心はなくともこの寺の雰囲気は嫌いではなく、参拝料が無料ということにも好感が持てる。根本中堂は改修工事をしていた。堂の全体を白い天幕が覆い隠している。中に入ると薄暗く、お香の匂いがした。賽銭は入れずに手を合わせる。単位が来ますように。僕のいるところと仏様のいるところは少し遠く、また間は落ち窪んでいる。これは人間の煩悩を表しているらしく、この煩悩の海を渡って初めて悟りに到達できるらしかった。僕なんかだと、きっと煩悩の海は太平洋より広くマリアナ海溝より深い。だったら最初から煩悩に支配される道を選ぶ。諦めが早いとは言わず、効率的だと言ってほしい。

 天井の花などを一通り見た後に外に出る。白い壁が太陽を遠慮なく反射し、目が痛い。振り向くと、見覚えのある光り輝く頭があった。昨日のおっさんだった。急いで目を反らせるがもう遅く、おっさんはにやにやしながらこちらに歩いてくる。手を挙げて挨拶することも会釈することも気まずくて、ただ俯く。

「やあ、奇遇だね」

「そうですね」

「ところで」

 もう、嫌な予感しかなかった。でも人とあまり話さなかった僕に話を遮る技術などあるはずがなかった。そして遮らなかったことを、激しく後悔する。

「鬼ごっこをしないか」

 何を言っているんだこの人は。


「難しい話じゃない。君はただあるものを持ちながら逃げればいいだけなんだ」

 だから何を言っているんだこの人は。詐欺に決まっている。

「そんな変な話に乗っかる人がいると思いますか?」

「そうだろうね。でも、鬼ごっこって言っても鬼はそんなに足が速い訳ではない。それに賞金も出るしね」

 思わず、興味を持ってしまう。僕の浅はかさに心底呆れつつ恐る恐る聞く。

「いくら、ですか」

「百万だよ」

 百万。耳を疑う。僕にとっては、いや大抵の人にとって大金だ。しかも鬼は速くないらしい。もしかしたら僕でも。

「円じゃなくてジンバブエドルですか」

「いや、百万円だ」

「いやでも、そんな美味しい話ある訳ないですよ。いくらボケている人だって気付きますよ」

「うんうん、そうだろうね。じゃあ私は諦めよう」

 意外にも食い下がってこない。安心感と、大金を手放した喪失感とに包まれる。

「そうしてください」

 そう言うとおっさんは去って行こうとしたが、少し進んでこちらを振り返った。

「ああでも、もし参加したくなったらあそこの仏像に話しかけてくれ」

 おっさんは根本中堂の反対側、古いお守りを納める社のようなところを指差した。見ると、社の隅に小さい仏像が鎮座している。薬壺を持った左手と薬指を曲げた右手から判断できる。延暦寺の本尊、薬師如来だった。

何を言っているんだ、とおっさんの方を見るが、すでに階段を上がっている。追いつくのは面倒臭い。

 社に近寄り、まじまじと仏像を見てみる。木でできており、色褪せ方を見るにかなりの年季があるようだった。しかし作り込みはしっかりしており、顔の表情や手の向き、光背などは一見の価値があると自分でも判断できるほどだった。この仏像に話しかけると、どうなるのか。言葉を発するとは思えないし、恥を偲んで話しかけたとしても、さっきのおっさんが「やーい、ひっかかった」と小躍りしながら出てくるイメージが浮かんでくる。

 しかしそれがどうしたというのか。大学に入学してはや一年、何事もなし得なかった僕が何かを成しうる好機と見なすこともできる。それにそれに、さっき流川さんが言っていたではないか。「別の人にお願いしてもらう」と。別の人とはさっきのおっさん、もしくはこの仏像なのかもしれない。というよりきっとそうに違いない。だったら迷ってはいけない。

「あの、すみません」

 恐る恐る話しかける。しかしというかやはりというか、仏像はうんともすんとも答えない。思わず仏像を投げつけたくなる衝動に駆られたが、バチが当たる気がして踏みとどまる。信仰心はないはずなのに、不思議なことだった。

「いきなり謝るとは、どういう了見だ。おのれは何か悪いことでもしたのか」

 いきなり、仏像から声が発せられる。思わず体を痙攣させ、奇怪な行動を誰かに見られていないかと恐れあたりを見回す。幸い人はいなかった。

「もしくは我を人のように扱っているからそう吐かしたのか。全く、願い事を言う時はちっともへりくだらないでキテレツな願い事を押し付けてくる癖に、妙なことだ。おのれもさっきは単位をくれなどと無茶な要求をしおって。欲しければ勉強するか流川君に頼めば良いではないか。少し努力したら解決することをなぜ我に頼もうとするのか」

 理解が追いつかない。まさか本当に仏像がしゃべるとは思っていなかった。口を死にかけの金魚のようにぱくぱくさせている僕を尻目に仏像は喋り続ける。

「おお、言い忘れたが、我はこの比叡山延暦寺の本尊、薬師如来の容れ物だ。いつもの容れ物は根本中堂から動けんから、こうやって容れ物を持ち運んでもらって移動するわけだ。で、早速だが小僧、鬼事…おのれらの言う鬼ごっこに参加してもらおう。賞金はもちろん出す。百万円ではないが、まあ換金すれば百万と変わらん。どうだ、金欠の君にとってはこれ以上ない好機だとは思わんかね」

 好機。偶然ではあると思うがさっき僕の頭の中にもその言葉が浮かんだ。そう、これはまたとない好機なんだ。なんせ仏像が喋っているし、僕の願い事まで知っているんだ。これは詐欺でもなんでもない。しかも参加すれば雇用主は仏ということになる。だったら補償も手厚いはずだし。報酬が大きいことも頷ける。そう、自分に言い聞かせた。

「や、やります」

 思わず口から漏れる。

「そうか、そうか。では今からおのれは我を持って移動してもらう。ひとまずここから離れてはくれぬか」

 心なしか仏像は焦っているようだった。だとすると、鬼ごっこはもう始まっているのかもしれない。「逃げ切ったら百万円」がほぼ確定した僕は俄然やる気が出てきていた。仏像を優しく抱え上げ、元来た道を引き返す。

「その、鬼に捕まった場合は何かペナルティとかあるんですか」

「おお、その辺りの説明をしなければならんな。まず失敗しても罰はないから安心してくれ。次に鬼ごっこの時間と範囲だが、時間は今日の午後九時まで、範囲はこの根本中堂から円形十五キロ。そこから多少は出てもいいがすぐに戻ること。で、今日を超えたらエリア制限が解放されるから石清水八幡宮まで行ってもらう。とは言っても鬼の速さは歩くくらいだからな。そこからは消化試合みたいなものだ」

「ち、ちょっと待ってください。そんなに遅いんだったら、エリア制限があっても余裕で逃げ切れますよ」

「いや、そういうわけにもいかない。鬼は時間差で大量に湧いてくるのだ。最終的には約三千体湧いてくる。円形の範囲の中で何も考えずに動き回っておると囲まれて捕まるぞ。それと鬼は我の位置を常に認識することができるから、隠れても無駄だ。だが自転車や公共交通手段などは自由に使ってよい」

 なんと妙なルールだろう。

「あの、鬼はどんな外見なんですか?人間と同じだったら分かりようがないですし、他の人にも見えるんだったら三千体も出てきたら大変です」

「ああ、安心したまえ。鬼は見たら一目で鬼とわかる。物語に出てくるような鬼ではないがな。それと鬼はおのれと我にしか見えん。それについても、安心してくれ。我の声も、おのれにしか聞こえん」

「というか、なんであなたの位置わかるんですか。あまりに不公平じゃないですか」

「もっともな疑問だな。我と鬼らは深いところで繋がっているのだよ。まあ、我が親みたいなものだ。それと不公平に関しては我も鬼らの位置がわかるから安心してほしい。説明はこんなところで終わりだ。まだ伝え忘れていることもあるかもしれんが、それは思い出したら伝える」

 なんと適当な仏だろうか。などと思っていると分岐点につく。ここは重要な分かれ道だった。右に行けばバスに乗ってケーブルカーで宝ヶ池、京都市街方面に降りることになる。左に曲がると徒歩で別のケーブルカーの駅まで降り、そこからさらに琵琶湖西岸まで降りることになる。最終ゴールは石清水八幡宮と言っていたから、ここから大体南南西の方角だった。だとすると、何も考えずにその方角に向かっていくと大量に湧いてくる鬼に追い込まれてしまうことになる。ならば湖西に降りて鬼たちを誘導した後、電車で京都市街に行く手が有効に思えた。とりあえず、左にあった遊歩道に進み、駅に向かって歩いていく。

「鬼たちは電車に乗らないんですか」

「ああ、そんな能はない。ただただ追いかけてくるだけだ。だが、最短距離をひた走って…歩いてくるから気をつけてくれ。ほら、近づいてきたぞ」

 そう言われてぞく、と背筋が凍る。振り返っても、おばさんしか見当たらない。改めて考えてみると、鬼が来るとしたら根本中堂の方からだ。左、つまり堂の方を見てみる。深く切れ込んだ谷の先に、事務所が少し見えた。

 谷の中腹あたりに、小さいが不気味な炎が揺らいでいた。鬼火、というのだろうか。怪談で聞く墓に出る奴のような外見だった。唯一違うのは色が赤や青ではなく灰色ということだった。ゆっくり、谷を降りてくる。後ろにも同じものが二体、三体と見えた。

 こちらに徐々に近づいてくる。炎の模様が、不気味に嘲笑っているかのように思えた。その視線に射すくめられ、足が震える。ガードレールを超えて、こちらに近づいてきた。ゆっくりと、炎の中から腕が伸びてくる。咄嗟に仏様を背中に隠すと、鬼火は背中に手を回そうとしてきた。手が、背中に触れる。意外にも熱くはなく、むしろ冷たかった。

「おい、逃げろ」

 その冷たさが、仏様の声を耳に届ける。急いで後ろに一歩下がった後、ロープウェイ駅に向かって走りだす。久しく運動などしていない。早くも悲鳴を上げ始めた筋肉を無視して、足を前に進め続ける。

「待て、落ち着くのだ。これから先は長い。体力を温存せぬとすぐ捕まるぞ」

 そう言われても簡単に足を止められるものではない。もつれてこけそうになりながらも、なんとか走る。この山を降りれば電車やタクシーを使えるようになる。ならば、今が一番距離を稼ぎにくい時だといえる。それはつまり、今のうちに走ってできるだけ鬼との距離を離しておいた方がいいということだ。なら今走っていることは無意味とは言えない。その後付けの作戦で自分に言い訳し、ただただ足を回転させることに集中した。

 ケーブルカーの駅に着くと、ちょうど出発するところだった。これだけでも、十分に走った意味がある。急いで財布を取り出しチケットを購入する。流石に仏像を持ってこれに乗るのは目立ちすぎるため、仏像をデイパックに入れて、息を落ち着かせつつケーブルカーに乗り込む。

 平日の朝だからかケーブルカーは空いていた。赤と黒の車体は僕好みの色合いではあったが、寺に適したデザインだとは思えなかった。麓の駅に着くまで九分、できるだけここまでに作戦を考えておきたい。財布の中を弄って所持金を確認する。二六五四円。電車を乗り回す分には問題ないが、タクシーを使うには心もとない金額だ。タクシーは最終手段として取っておくべきだろう。昨日使った通帳を家に置いてきたのは良くなかったと歯噛みする。次に、鬼はどれくらいの頻度で湧いてくるのか計算する。スタートは八時くらいだったか。そこから二一時までに三千体湧いてくるとすると、およそ十五秒に一体湧いてくる計算になる。凄まじいスピードだった。そして一方向に進んでいると常に一定の距離を保ちながら鬼が近づいてきて、そこから方向転換するといろんな方向から鬼が進軍してくることになる。これは、かなり難しいのではないだろうか。それ相応の作戦を練って、どうにかして鬼を一箇所に集めて逃げやすいようにしなければならない。そこで、ある一計を思いつく。この作戦なら、公共交通機関さえあればどこでも使える。僕のような阿呆にも、案外できるではないか。そろそろ終着駅のようだった。受験期から一年ぶりに、本気を出す時が来たようだった。僕はあの頃は、もっと頭の回転が早くて創造力のある男だったはずだと、頬を叩いて気合いをいれる。扉がふしゅうーと間の抜けた音を立てて開いた。なんだか締まらない。開いたんだから当たり前か。


8:40


 駅を出て少し歩くと大きい通りに出た。すでに散り切って葉桜となった枝垂れ桜が両側に植えられている。緩やかな傾斜が続く道の先には、霞んだ琵琶湖がかすかに見えた。この近くに電車の駅は二つある。京阪石山坂本線の坂本比叡山口駅と、JR湖西線の比叡山坂本駅だ。前者の方が近いが、こちらに乗るとびわ湖浜大津で乗り換えなければならない。なるべく乗り換えを少なくして、一定のペースで進みたかった。それに加え先ほど思いついた作戦を実行するため今回は比叡山坂本駅に向かう。鬼とは先ほどのケーブルカーで一キロ強の差をつけることができたはずだ。体力を温存するために、走ることはしない。

「案外、落ち着いているな。小心者のおのれのことだから初めは取り乱すかと思ったが」

 両手に抱えた仏像が話しかけてくる。側から見るとかなりおかしい人物と判断されそうだ。

「百万がかかっているなら落ち着きもしますよ」

「そうか。おのれは小心者である以前に守銭奴だったな。もっとも、こと同人誌に関しては財布の紐が緩くなるようだが」

 仏様はやはりなんでも把握しているらしかった。

「わかるぞ。我もあの人の描く本は好いておる」

 驚いて仏像を見る。当たり前だが何も変わってはいない。僕たちは煩悩の海で隔てられているとは言っても、仏様にも欲望というものはあるらしい。

「そうなんですか。やっぱりあの絵っていいですよね」

 ここから僕の話は駅に着くまで続いた。オタクの悪い癖だとわかってはいるのだが、それでも直しようがない。だからこそオタクとも言えるだろう。仏様が多少呆れていたのは気のせいだと思いたかった。


9:00


 駅のホームは高架の上にあった。湖西線は踏切がないため大体の駅でこういう構造になっているのだろう。切符を買って改札を通り抜ける。

「鬼たちはこういうところにも上がって来れるんですか」

 電車が来るまでの僅かな空き時間で聞いてみる。もし来れないのだったら余裕だ。

「残念ながら。流石に鬼にもそれくらいの知能はある。駅の高架下を一周回って改札先の階段を見つけ出すはずだ」

 話している間に、京都行きの電車と近江舞子行きの電車がほぼ同時に到着する。京都方面ではなく、近江舞子行きの電車に乗車した。抹茶色の車体が特徴的だった。やけに古臭さが感じられる。そろそろ引退なのではないだろうか。

「京都に行かなくていいのか」

 答えたいところだが電車の中で話すのは気が引ける。無視していると仏様は察したのか何も言わなくなった。僕はボックスシートに一人、いや一人と一仏で陣取った。目を瞑り、静かになった仏様を抱えながら思索に耽る。

 今はまだ、鬼が少ないし比較的狭い範囲にしか広がっていないから余裕がある、しかし問題はこの後だった。広範囲に鬼が広がる前に、なるべく一箇所に固めておきたい。そこで考えたのが、今回の作戦だった。一旦比叡山から北方一五キロ圏内ギリギリまで行った後に電車から降り、鬼が近づいてくるまで待つ。そこから再び電車に乗り、大津あたりまで一気に行く。これである程度は鬼たちを分散せずに済むはずだが、電車に乗り込んでこないかだけが心配だった。知能があまりないにしても、引きつけすぎるとこちらに寄ってきて電車に乗ってしまう可能性は十分にある。まあ湖西線は高架だから僕らに近づく前に駅のホームまで上がってくる鬼はいないはずだ。心配しなくても大丈夫だろう。


「先輩、集中してください」

 流川さんに頭を小突かれて目を開ける。国際高等教育院、通称kkkのオープンスペースで教授が出した理不尽課題を流川さんと協力してやっているところだった。いや、半ば流川さんの答えを写しているところだった。

「先輩は数学苦手ですねぇ」

「高校の頃から苦手だったよ。ちなみに入試本番四割」

「それでよく受かりましたね」

 流川さんが髪をかきあげる。この人は僕の生命線と言っても過言ではなかった。

「英語と国語は得意なんだ。理系だけど」

「でも高校の時は苦手とは言ってもある程度はできてましたよね。どうして大学に入るとこんなにも…」

 そう言いつつ頭を抱える仕草をする。

「言葉を濁さないでくれ。心にくる。なんというか、数学って元々抽象的な部分も多いじゃん。大学に入って、線形代数のベクトル空間とか線型写像とかが出てきてもっと抽象的になったからだと思う」

 そう言いつつノートに書き殴る。流川さんのノートは、几帳面な字で見やすく書かれているにもかかわらず全く理解できなかった。

「確かにそうですよね。先輩は具体例がないと厳しいんですかね」

「というよりかは、もっと問題が現実的なものになったら少しはまともになるとは思う」

「そうやって希望を持つのは大切ですけどね。でも数学がそうなることはこれから先ないと思いますよ」

 得体の知れないクッションのようなものに全方位から押し潰されていく場面が思い起こされ、戦慄する。

「でも」と流川さんが続けた。

「先輩は現実の問題に対してはうまくこなせそうですよね。実験も手際いいですし」

 そう、試験はできないのに実験だけできるのは僕の謎な利点でもあった。実験に関しては、というより実験に関してだけ流川さんの手伝いをすることができるのは、唯一の救いと言っても良かった。

「犯罪者になって逃げる時とか、なかなか捕まらなさそうですよね。先輩はずる賢いですし」

「もっとましな例はなかったのか」


9:20


 睡眠とも覚醒とも解釈できないまどろみの中二十分ほど揺られた後、蓬莱駅というところで降りた。琵琶湖が目の前にあったため、砂浜に出て座って休む。海とは違う穏やかな波が僕の目の前に打ち寄せる。

「聞いていいですか」

「うむ、なんだ」

「どうして鬼ごっこなんかしてるんですか。仏様の戯れとかだったら仏様の間だけでやっていればいいじゃないですか。僕みたいな一般人まで巻き込んで、何がしたいのか。僕なりに考えてみたんですけど」

 仏像に語りかけている自分が、心を病んでいる人のように思えてきて滑稽だった。

「うむ、言ってみろ」

「あなたたち、鬼を防ぎ止めることに失敗したんじゃないですか。京都の鬼門は延暦寺の方角ってことは僕でも知ってます。鬼の大群が来たからその防衛に失敗した。今朝みんなが忙しそうにしていたのはこれが原因で、鬼たちは親玉であるあなたを始末しにこっちに向かってきているんじゃないですか」

「なるほど」と仏様は相槌を打つ。表情がわからないため図星なのかもわからない。

「で、石清水八幡宮は裏鬼門、鬼を追い出す方角ですよね。円形十五キロは鬼があなたを感知できるギリギリの範囲で、鬼が全部こっちの世界に入ってきてあなたに十分近づいてきた後に、エリア制限を解放することで鬼を石清水八幡宮に誘導できる。そういう計画なんじゃないですか」

「おおむね、間違ってはいない」

 自分の推理に満足し、改めて海、ではなく湖を見る。それでもまだ、わからないことがあった。

「でも、どうして僕が選ばれたのかがわからないんですよ。普通なら僕みたいな取り柄のない人じゃなくてもっと優秀な人とか、お寺の人とかに任せると思うんです。どうして僕を選んだんですか」

 先程近くにあった和菓子屋で買った大福を頬張りながら尋ねる。餅はプリンの味がして、なかの餡の部分にはカラメルソースが入っていた。プリンの味と餅の食感の相性がよく、非常にうまい。

「さあ、どうしてだろう。偶然通りかかったからじゃないか」

 この仏様が正直に答えるとは思えない。多分、自分で考えないといけないのだろう。

「疑問は、まだありますよ。ああいう鬼とか俗に言う怪異って、そこら辺にいるものなんですか」

 仏様はしばし黙る。答える気がないのか、それとも悩んでいるのか。僕には後者のように思えた。答える気がないなら仏様ははぐらかすはずだ。

「ああ、いる。特に動物は多い。都市部に住む野良猫などだ。そもそも怪異となる原因は強い怨念や後悔にある。交通事故や病気で野垂れ死ぬ動物は、特にそういったものを抱きやすいから怪異の数は非常に多い。おそらく気づいていないだけでおのれも見たことがあるはずだ」

「じゃあどうやって成仏するんですか。そのままだったら怪異はとんでもない勢いで増えていきますよ」

「簡単だ。自分がすでに死んでいると自覚したら成仏する。怨念を晴らしたり、後悔しなくなったりそういう本人にとって良いことが起きてから成仏できることもあるが、実際はそんなことがよく起こるほどこの世界は生優しいものではない。猫などは生殖の時やあまりに長く生きすぎた時に自覚して成仏する」

 なんだか、悲しい話だった。

「それだったら、人間の怪異はほとんど存在しないってことですね。人間だったら死んでいることは人と話せばすぐに自覚できるでしょう」

「ああ、そうなる」

「あ、それと怪異と元の動物って外見は同じなんですか」

 同じでなければ、あの鬼は何かの動物の怪異だ、と説明することができる。

「いや、全く同じだ。実体もしっかりとあるから簡単には判断できん」

「じゃあ、鬼は一体なんなんですか。あれも何かの怪異だったりするんですか」

 そこまで言ったところで、仏様は黙る。こんな一般人に怪異のことをべらべらと喋るのは気が引けるのだろうか。

「あやつらは、怪異ではない。怪異とは別の『妖怪』だ。簡単に言うと、元々命あったものが化けたのが怪異、元から命ないものが妖怪と分類される。あやつらはこの世に蔓延る怨念から生まれた不純物よ」

 そう言う仏様の口調は、なぜかそれほど鬼に対しての嫌悪感を感じることはできなかった。ならばきっとこの仏様は嘘をついているのだろう。だったら僕の知る必要がないことか、僕が自ら答えを出すべきものだ。そしておそらくこれは前者。今考えることではない。

「あ、そういえばあなたは鬼の親、みたいなこと言ってましたよね。あれってどういうことですか」

「それくらい、自分で考えろ」

 そうですか。


12:00


「そろそろですかね」

「ああ、そろそろだ」

 もうすぐ、鬼がこの駅に近づいてくるはずだった。今度は京都駅方面の電車に乗り、ボックス席に身を預ける。程なくして、列車は出発した。右側の車窓を眺めていると、田んぼの中を鬼たちが行軍しているのが見えた。三十メートルほどの間隔をあけてこちらに迫ってきている。しかしこの先は高架が続いており、登ってくることはできない。昼ごはんがわりの大福を食べたせいか、眠くなってきた。ここから京都までの安全は保証されている。仏様を抱いて、目を閉じた。


「珍しいですね。先輩が遊びに誘うなんて」

 一回生の秋、僕と流川さんは百万遍のカラオケボックスに来ていた。この店の内装が好きでよく来ていたのだが、深夜になると同じ大学生の集団がぎゃあぎゃあとうるさい。別に一人が寂しいわけではなかったが、ならばこちらも騒がしくせねばと思い呼んだのが流川さんだった。誘う時に感じた緊張には気づかないふりをした。

「歌は得意ではないのですが」

 と言って上手いのかと思いきや、本当に得意ではないようだった。そして気づく。二人とも未成年だった。二人きりで酒が飲めないとなると、あの連中と騒がしさを競うには少し足りない。早々に諦めて、流行りのヒップホップを歌い終わった流川さんに促され歌い始める。デヴィット・ボウイの『世界を売った男』。

「You are face to face with the man who sold the world」

 お前は世界を売った男と向かい合っている。奇妙な歌詞だった。

「We must have died alone a long long time ago」

 歌い終わると、流川さんが拍手をしてくれた。アウトロが長いため演奏を中止しようとするが、止められる。

「なかなか上手いですね」

「そう?ありがとう」

 流川さんは満足そうに頷く。

「サークルのボーカルにいそうな声です。歌手ほどの力はないですが」

「つくづく僕は、中途半端だな」

「それにしても、なんだか悲しい歌ですね。私たちはずっと前に寂しく死んだはずだったよな、なんて」

「ああ、そうだね」なんとも物悲しい感じの雰囲気が好きだった。デヴィット・ボウイは自分の中のもう一つの人格をテーマにしてこの曲を考えたそうだ。ボウイは、もう一つの人格と向かい合って何か答えが出せたのだろうか。

「それにしても」

 流石にアウトロが長すぎたのか、演奏中止を押される。

「この曲はカラオケで歌う曲ではないですよね」

 盛り上がらない曲調、英語、歌詞の意味が分かりにくい、アウトロが長い。確かにそうだった。再び、流川さんが歌い始める。

「いつもどおりの通り独りこんな日々もはや懲り懲り」

 まさに、僕のことだ。流川さんはこちらを見て歌う。

「you are loser」

 その替え歌はやめてほしかった。


12:15


「おい、起きろ」

 デイパックの中から仏様に声をかけられて、ゆっくりと目を開ける。いまだに眠気は頭の中に黒い塊として残っていた。

「どうしたんですか」

 そう言ったところで、周囲の視線が向けられたことに気づく。慌てて目を窓に逸らした後、頬が急激に熱くなる。列車はトンネルを通行している最中だった。

トンネル?

「湖西線は全部が高架ではなかったのだ。踏切がないというだけで周りの地面と線路の高さが同じなところはある」

「じゃあ、まずいじゃないですか。それってつまり駅も地面と同じ高さにあるかもしれないってことですよね。鬼たちが電車の中に入ってくるかも」

「いや、まだ入ってきてはいないが」

 列車がスピードを落とす。車掌が「次はー、比叡山坂本―」と間伸びした声で言っているのがひどく鬱陶しかった。

「列車の先頭にへばりついている。おそらく、次の駅で乗ってくるぞ」

 失敗した。行きも帰りも寝ているのが不味かったのだ。下手な先入観に囚われたまま行動する。僕がよくやるミスだった。無情にも、扉が開く。昼時なのにも関わらず、高校生が大量に乗車してきた。テスト期間なのだろうか、「あそこの問題できた?」「俺もできんかったー」と傷を舐め合う声が聞こえてくる。その中に、何か猫の鳴き声のようなものが聞こえた気がした。列車が出発する。ここは延暦寺に最も近い駅であるため。降りると鬼にすぐに囲まれる。だとすると、降車するのは得策ではない。

「鬼は先頭の車両に乗ったぞ」

 僕たちは今最後尾の車両にいる。急いで連結部分に行き、扉の前に立つ。扉を塞げば、鬼はこちらに来れないはずだった。

 扉のガラス越しに、鬼がゆっくりと隙間を縫いながらこちらに進んでくるのが、見えた。こちらの車両より混んでいるためかなり緩慢な動きだったが、それがさらに不気味さを加速させる。

「このまま扉を塞いでおけ。次の駅で急いで降りて、京阪に乗り換えれば大丈夫だ」

鬼が、扉の前に到達する。不気味な手を伸ばし、ガラスを引っ掻く。神経を苛立たせる、嫌な音が脳に届く。それと同時に、先ほど聞こえた猫のような声も、届いた。

「おぎゃあ、おぎゃあ」

 それは猫の鳴き声というよりは、赤ん坊の泣き声に近かった。どう考えても、鬼から発せられている。

 どん、と扉が揺れる。見ると、高校生が僕を侮蔑するような表情を浮かべて僕を凝視していた。どうやら、こちらの車両の方が空いているため移動したいようだった。

「どうしましょう」

 助け舟を仏様に求める。仏様は少し逡巡した後、答える。

「仕方ない、あれを使え」

「あれって、なんですか。そんな必殺技みたいなの知りませんよ」

 四方八方から向けられている冷たい目線は、なんとか無視する。

「我の目線の先にある、あれだ」

 目線を辿って、焦点が一点に集まる。確かに、今の状況を切り抜けるにはあれが最適とも言えた。だが。

「流石に、まずいですよ。下手すれば逮捕です」

「大丈夫だ。我が責任を取るから、安心しろ」

 仏様がどうやって人間の責任を取るのか全くわからなかったが、今はその言葉を信じるしかなかった。それと。

「やっぱりこれって、一回使ってみたいですよね」

 そう言って椅子に座っている客を押し退けて椅子の上に立ち、非常用ドアコックの蓋を開ける。扉が開いて鬼が入ってくるのも構わず、力任せに赤いコックを引いた。

 ベルの音が耳をつんざき、体が壁に押しつけられる。乗客はドミノ倒しのようにつまずいていき、鬼もその流れに流されていくのがゆっくりと、見えた。

 降車口に駆け寄り、思い切り力をこめる。存外、勢いよく扉が開く。急ブレーキをかけているとはいえ、列車は依然としてかなりのスピードで走っていた。今飛び降りれば、命は助かっても歩くことはできないだろう。車内を見ると、鬼は体勢を整えた人たちの合間を縫ってこちらに進んできている。乗客の中には、こちらを凝視して携帯を握りしめている人もいた。警察に通報するのだろう。躊躇っている暇はない。袖を掴んで、なるべく肌の露出面積を狭くする。仏様はデイパックごと腕で抱え込み、体全体を使って守る。高校の時にした、柔道の授業を思い出す。僕は倒されてばかりで、受け身の練習だけは熱心にした。今こそ、その経験を活かす時だった。意を決して、飛び降りる。右半身全体で落下の衝撃を受け止めた後、石の上で体が回転する。その勢いが弱まってきたところで、左手のみでデイパックを抱えつつ右手で受身を取った。砕石が体に食い込んであちこちに痛みが走るが、服のおかげで石が皮膚を突き破ることはなかった。服をはらって仏様の状態を見る。

「大丈夫ですか?」

「我をこんなぞんざいに扱ったのは、おのれが初めてだ」

「愚痴れるなら、大丈夫ですね」

 そう言って、歩き始める。遠くから、警笛が聞こえた。瞬時に、体を落としてレールの間に伏せた。体のすぐ上を、凄まじい音を立てて特急、サンダーバードが通り過ぎていく。激しく体を叩く心臓を押さえつけて起き上がり、前方に向かって歩いていく。列車はすでに止まっており、鬼が降りてくるところだった。咄嗟に走り出し、鬼の横をすり抜ける。砕石に何度も躓きそうになりながら、走り続ける。心臓が、うるさいくらいに鳴り続ける。足の力が、自分の意志とは反対に抜けていく。振り向くと、鬼はかなり離れていた。震え始めた足を一旦止めて、歩き出す。少し進むと、点検用の階段があった。柵を乗り越え、高架下に駆け降りる。

 西に向かって、歩き出す。携帯がないためわからないが、このまま進んでいけば京阪石山坂本線にぶつかるはずだった。おそらく、もうJR湖西線は使えない。だとするとこちらを使って移動するしかない。ふと、ボロボロの財布を見ると所持金は一五二四円に減っていた。ここから京都市街まで移動するには、おそらく五百円ほどかかる。そして今はまだ十二時を過ぎた頃だった。まだ後八時間は逃げなければならないため、この程度の所持金では心もとない。

「いったん家に帰りましょう」

「大丈夫か?おのれの家は延暦寺から近いが」

「そうは言っても五キロくらいは離れているはずですよ。しかも今までずっと僕たちは延暦寺の東側にいます。ということは比叡山より西側にいる鬼は一体もいないということです。そして僕の家は西側にあります。僕の家に一番近い鬼が到達するまで、一時間は余裕がありますよ」

 仏様が「ほう」と感心した声を上げる。流川さんの言った通り、僕にはやっぱり逃亡犯の才能があるのかもしれない。

 田んぼを抜け、住宅街を抜けた先に駅はあった。穴太と書いて「あのお」と読むらしい。山際に面しており、改札はなく駅員もいない、ごく簡素な駅だった。古びたベンチに座り、なぜかある自販機で買ったお茶で体を潤す。耳の中に、さっきの鬼の泣き声がこびりついて離れなくなっていた。

「なあ、仏様」

「なんだ」

 次第に、仏様に対する口調が適当なものになっていっている気がする。

「さっきの鬼のことなんですけど、あれは本当に妖怪なんですかね」

「何が言いたい」

 心なしか、声の調子が少し厳しくなったような気がする。

「さっきの泣き声ですよ。あれはどう考えても、赤ちゃんのものだった。赤ちゃんの泣き声と鬼の泣き声、全く同じってことはありますかね」

「偶然とは言えないか」

「誤魔化すのはやめてくださいよ。僕が今気になっていることは鬼ごっことは関係のないことかもしれない。でもここまで足を突っ込んだんですよ。恩着せがましいかもしれませんが、それくらい教えてくれてもいいじゃないですか」

仏様が、ため息をつく。いや、呼吸はしていないのだが、ため息の音がした。

「おのれは、やはり図々しいな」

 そこから一息おく。電車は、後三分ほどで到着するようだった。おそらくそれまでに鬼は来ないため、心配しなくてもいいだろう。山から吹きおろす風が汗を撫でる感触が、心地よかった。

「あやつらは妖怪ではない。赤子の原型、というのが最もわかりやすいだろう」

 なんというか、予想していた答えではあった。仏様が「自分は鬼たちの親のようなものだ」と言ったのも納得できる。しかしそれでも、疑問点は多々ある。

「じゃ、じゃあなんで、あんな醜…変な姿をしているんですか。僕の中のイメージ的には、『もののけ姫』の木霊みたいな感じだと思うんですけど」

 赤ちゃんの原型の姿があのようなものなのは、受け入れ難かった。

「おのれは我の部下から聞いたであろう。人間の本質は善でも偽善でもなく、ただの中立な欲望の塊であると」

「あの人はあなたの部下だったんですか」

「そうだ。そして、現代、というより相当前から欲は恥ずべきものであるという考えはある。そしてその認識が、外見を変化させる。怪異などの超常現象は、他からの認識の影響を強く受ける。だからあのような、醜い外見となるのだ」

 二人とも、押しだまる。列車が気まずそうにホームに入ってきた。高校生に囲まれることに辟易しつつ、吊り革をしっかりと掴む。列車が少し進んだ後、先ほどJRに乗ってきた鬼が駅にたどり着いたのがちらりと見えた。これでしばらくは安泰なはずだった。大きくため息をつく。


12:45


 列車はびわ湖浜大津駅に着いた。先ほどの田舎具合とはうって変わって住宅や商業施設が増え、喧騒も増す。

「ちょっと考えたんですけど」

「なんだ」

 列車の中で考えたことをもう一度反芻し、話し始める。

「延暦寺が建てられた目的って、鬼門封じのためですよね。なのになんで、赤ちゃんの原型を作るなんて役割があるんですか。それと、なんであなたを追いかけているかもよくわからないですし、石清水八幡宮に連れて行かないといけない理由もさっぱりです」

 仏様は再び沈黙する。また話す内容を考えているのかと思ったが、話し始める気配がない。仕方なく座ってぼーっと街を眺める。京都のベッドタウンの役割が大きいためか、平日の昼間は活気がない。京都市役所前行きの列車が来たため、乗り込んだ。高校生は大方はけており、今度は座ることができた。

「延暦寺を建立した理由は、鬼門封じではない」

 やわらに仏様が語り始める。黙っていたのは、僕に話を邪魔されたくないために電車を待っていたからだろうか。

「あれは元々、赤子の原型を作りやすいように作られた。比叡山は元々霊山だ。我らは昔から、そこで人を創っておった。そして我らも祀られたいという欲が出てきてな。最澄という僧侶を招いてここに寺を建立することにした。鬼門封じは、人間を操るための理由づけに過ぎない。人間は恐怖で操った方が都合いいのだ。その手法は実際に、うまくいっておるしな。それと、我を追いかけている理由は簡単だ。我があの赤子の原型を身体に容れる役割を担っておるからだ。赤子は、我に身体を与えてほしいが故に我を追いかけてきている。もちろんいつもはそんなことは起きない。だが今日は我の失敗で容れる作業に滞りが出た。それにより赤子の原型が溢れ出したのだ」

 一日に生まれる赤ちゃんの数は約三千人だと聞いたことがある。鬼が三千人だと仏様が知っていたのは、おそらくここから推測したからだろう。

「溢れ出した赤子の原型は、人間界に渦巻く怨嗟や憤怒の嵐に飲まれて、汚れていく。もちろんこういうことは想定してある。保険として、石清水八幡宮も建立したのだ。万が一汚れた赤子が出た場合、我や同僚が石清水八幡宮に出向くことで赤子は浄化されるのだ。おのれは、それに巻き込まれたに過ぎん」


13:10


 東山駅で降り、階段を登っていく。着物を着た女性とすれ違い、ついそちらの方に目が行ってしまう。

「変態だな」

 仏様が含み笑いをしながら言う。

「それくらいで変態って言わないでください」

「おのれは現実の女性には興味はないと思っていたのだが」

「そりゃあ、興味はありますよ。でも、近づこうとしたってどうせ無理なんですからそんなことは最初からしません。漫画とかに逃げているだけってことは自分でもわかってますよ。でも、創作物には理想が詰まってるからついついそっちに行ってしまうんです」

「そういうものか」「そういうものです」

「ところで」「なんだ」

 さっきの話を聞いてから、ずっと気になっていることがあった。普段の僕なら、こんなに何かに興味を抱くことなんてないのに。

「僕が鬼ごっこで捕まってしまったら、赤ちゃんはどうなってしまうんですか」

 仏様はまた、黙り込む。その沈黙が、次に来る言葉を容易に想像させた。

「流産」

 その言葉が耳に入り、脳に届いて、全身を冷たくさせる。このまま黙っていると凍りついて、足も動かなくなっていく気がした。急いで、言葉を継ぐ。

「なんで僕が巻き込まれたんですか。今やっていることってかなり責任重大なことじゃないですか。三千人の命を背負ってるわけですよね。なんでそんなことを怠慢な僕にやらせるんですか」

 元田中へ向かうバスが到着する。落ち着くという目的も兼ねて大きく伸びをした後、乗り込む。今日、公共交通機関に乗るのは何度目だろうか。

「それは、自分で考えることだ」

 やっぱりそうですか。


「奇遇ですね、先輩」

 大学に入りたての頃、僕はみやこめっせで開かれていた同人誌即売会に来ていた。コミケとまではいかないが多くの人がひしめき合い、各所に長蛇の列を作っている。僕もお気に入りの作家さんの本を買うために並んでいるところだった。声をかけられて辺りを見回したところ、人の流れに、見慣れた姿を見つけた。

「流川さん」

「どうもです。先輩はこの作家さんの本が欲しいんですか」

「うん。しかし、流川さんもこういうイベントに来るんだね」

 そう言うと少し目を逸らされる。

「恥ずかしながら。それにしても人が多いところは少し怖いですね。一緒に回りませんか」

「ああ、いいよ。僕はこの人の本が手に入ればいいや」

「そうなんですね。この人のことはあまり知りませんが。どんな作品を描く方なのですか」

 そこから僕はこの人の魅力について滔々と説明した。いつの間にか列ははけていったので、躊躇いなく金を払い両手で同人誌を受け取る。流川さんは適度に相槌を打ち、話を聞いてくれた。でもその間にも色々とグッズを買い漁っていたから、そんなに熱心には聞いてなかっただろう。

「で、その人が結構前に出した単行本があるんだけど、それがもう売られなくなっちゃったんだ。時々いろんな店に行って探すんだけど、見つからないんだよ」

 そう言うと目を丸くされる。

「そんなに、読みたいんですか」

「まあ、死ぬまでには」

 流川さんは、優しく微笑む。

「京都には古本屋がいっぱいありますからね。どこかにはあるかもしれませんよ」

「古本屋に同人誌は売ってるものなのかな」

「京都の古本屋をみくびってはいけません。よかったら私が探しておきますよ」

 そう言うと流川さんは「ではここで」と言って別れようとする。どうしたのか、と不思議に思うと、女性向けのコーナーに消えていった。


13:30


 バス停から少し歩き、薄汚い廊下を抜けて部屋に戻る。中は台所からか風呂場からかわからないカビの匂いで満ちていた。ここにあまり用はない。通帳だけを引っ掴み、郵便局に向かう。

 ありったけの現金を引き出したあと、どこかにいく宛もないので家に戻ることにする。

「逃げなくて良いのか」

 仏様に聞かれる。

「逃げたら鬼に囲まれますよ」

 靴を玄関に放り出した後、手持ち無沙汰になりテレビをつける。部屋の中だけ異様に暑い。シャツを脱いで上半身裸になる。緊迫した状況であるにもかかわらず、今僕に思いつくことは「待つこと」だけだった。それにより生まれる焦燥感が、テレビのチャンネルを変えていく。有名なコンビが漫才をやっていたが、それすらも面白いと思えなかった。仕方なく、ニュース番組を流す。大学生は時事に疎い。どこの局も大国と小国との戦争を流していたが、そんなことは今まで知らなかった。大変なことになっているな、とは思うが、僕の方が大変だ、とも考える。三千人の命を背負っているのだから。

 父親がかなり前に来た時に置いて行った京都のドライブマップを広げる。捨てるのが面倒だったこれも鍋敷き以外に役に立つ日が来るとは思わなかった。

 物差しを使って、ここから延暦寺までの距離を測る。およそ七キロ、そして今も鬼が移動していることを考えると、一番近い鬼は四キロ程度離れているとするのが妥当だと思えた。つまり最初の鬼は14:30ごろにこの家に到着する。それまではゆっくりしても大丈夫、ということだった。後三十分、できればこの間で最後までの作戦を考えておきたい。

 次に逃げるなら北だろう、と思った。ここから東に逃げると、鬼の大群に出くわす。かといって西や南に逃げると時間が経つにつれて取り囲まれていく可能性があった。北に行ってから回り道して追いかけてきた鬼を撒いて、そこから一気に南へと下っていく。悪くない作戦だ。

 次に、北に行く方法を検討する。真っ先に考えられるのは、叡山電鉄だった。叡山電鉄で鞍馬まで向かい、そこで鬼を引きつけた後に折り返し電車に乗り、一気に鬼たちを通り過ぎる。しかしこれは、リスクが大きい。さっきのように鬼に電車に乗られることが考えられる上、こちらは高架も少ないため乗ってくる可能性は高い。だとするととりうる方法は車しかなかった。上賀茂神社から北上した後府道六十一号線を進み、府道百七号線と合流したところで待機、鬼を引きつけたのちにそのまま百七号線を進んで府道三十一号線と当たったら左に曲がって京都市街に戻る。この作戦のいいところは往復するわけではなく一周するため鬼と出会う危険性が低いことだった。だがもちろんこの作戦にも、問題点はある。

 そう、車がない。タクシーを使うという案もあったが、待機場所はそんなに栄えているところではない。行きはここからタクシーに乗れば良いが、帰りにタクシーに全く乗れないことが考えられた。携帯は持っていないため、タクシーを呼び出すこともできない。バスも、こんなところには通ってなさそうだった。レンタカーは登録しておらず、する時間もない。自転車に関しては論外だった。このルートは、最高標高が四百メートルくらいある上に、一周約三十キロ。僕には厳しい数字だった。

 考えるのがしんどくなってきたため、つけっぱなしにしておいたニュースを眺める。戦争の話は終わり、京都で出た通り魔の話をしているところだった。商店街でおばちゃんが「怖いねえ」と全く怖がっていなさそうな嬉しそうな顔で、インタビューに答えている。結局はどこか遠くで起きている大きなことよりも、自分の近くで起きている小さなことの方に関心がある。人間の浅はかなところを見透かした気がしたが、僕だっていつも気にしていることは単位の有無くらいのため、結局僕が一番浅はかじゃないかといった情けない結論になる。寝転んで天井を眺めると、蛾が飛んでいた。悩みなんて一つもないわ。とでも言うように優雅に舞っている。蛾にすら敗北を喫している気がして、やるせなさを感じ寝返りを打つ。

「先輩」

 扉の奥から声がした。がばっと身を起こし、シャツを着る。そして急いで、でも足音は立てずに玄関まで行き、何気ない顔で扉を開けた。

「お疲れ様です」

 流川さんが丁寧にお辞儀をする。清潔感のある流川さんと薄汚い廊下は、あまりにもふさわしくない組み合わせだった。咄嗟に口から音を発する。

「ああ、こんな汚いところもなんだから外に行こうか」


「すみません、こんなことに巻き込んでしまって」

 外に出た途端、謝られる。人目を気にしてあたりを見るが、幸い誰もいなかった。

「いやいや、いいんだよ。流川さんが悪いわけではないし」

「すみません、うちの上司が」

「それこそ流川さんが気にする必要はないじゃないか。全部この仏様が悪いんであって」

 そこまで言って違和感に気づく。

「あれ、仏は信じていないんじゃなかったっけ」

「私は信じていないとは言ってません。『信仰心がない』とは言いましたが。仏様がこんな方だったら、信仰する気も失せますよ」

 そう言って、仏様の方を見る。仏様は少し機嫌が悪くなったように見えた。外見は何も変わっていないが。

「流川君、なかなか言ってくれるじゃないか」

「今までそう言われても仕方ないことをいっぱいしてきたじゃないですか」

 ぴしゃりと言い切る。仏様は喋らなくなった。図星のようだ。

「とにかく、今のところは順調そうですね。何か私にも手伝えることがあったら遠慮なく言ってください」

「ああ、それなら」と、先ほど考えていたことを話す。流川さんは少し考えるそぶりをした後答える。

「すみません、私は車を持っていませんから。協力すると言った手前申し訳ないですが」

「いや、いいんだ。まだ終わったわけではない。なんとかなるさ」

「そのセリフを高校時代から何度聴いたことでしょう」

 痛いところを突いてくる。確かに僕は、困った時このセリフをよく使っていた。その後うまくいった記憶は、ない。

「では私は石清水八幡宮で待っていますね」

 そう言って、出町柳駅の方へ向かおうとする。ある疑問が頭をよぎった。「ちょっと待って」と呼び止めると、黒髪がふわりと揺れた。

「なんでしょうか」

「なんで寺にも巫女がいるのか気になったんだ。巫女って神社じゃなかったっけ」

「ええ、そうです。ですが、昔はもともと寺と神社は一緒でした。明治になって神仏分離がなされたのです。巫女が寺にもいるのは、江戸時代の名残ですね」

「じゃあ、鬼門が寺で裏鬼門が神社なのも」

「ええ、そうです。仏様が神社で赤ちゃんを浄化できるのは、神様と仏様は同じ存在だからですね」

「ああ、そういうことか。ありがとう」

 それを聞いて流川さんは再び駅に向かおうとしたが、また振り返った。

「それと先輩」

「ん、なんだ」

「今度、カラオケ行きませんか。あれからデヴィット・ボウイの曲、覚えたんです」

「いいよ。でも」覚えてきてくれた流川さんには申し訳ないけど。

「僕、デヴィッド・ボウイの曲あれしか知らないんだ。ゲームの主題歌だったから知っているだけで」


 流川さんの後ろ姿を見送る。できれば一緒に来てほしかったが、流川さんにこんな辛いことをさせるわけにはいかなかった。

「おそらくおのれは計算を間違えておったな。あと十五分ほどでここにくるぞ」

 長らく沈黙を貫いていた仏様が口を開いた。いや、実際に口を開いたわけではない。機嫌が直ったかと喜んだが、発言内容はちっとも喜べないものだった。

「まじっすか」

「早く車を手に入れぬと、詰みだ」


 外で呆然と立ち尽くす。時々通る車に乗る人々が、ひどく妬ましかった。これからどうしようか。いっそのこと、路駐している人の車を奪ってしまえば良いのではないか。仏様も、きっと責任をとってくれるだろう。

十台ほど通り過ぎるのを見送った後、左手から見覚えのある車が出てきた。運転席に乗っている人は僕を女性にして老けさせたような顔をしていた。まるで母親のようだった。というより母親そのものだった。

「あんた、電話くらいでなさいよ。心配したんだから」

 開口一番に小言を言われる。財布と携帯を無くした後、母親は電話をかけてきていたらしかった。

「ごめん、無くしたんだ」

 そう言うとはぁぁぁぁ?と耳障りな声を出される。「あんたはいつもそうよね」などという愚痴は耳を通り過ぎ、僕は車の方だけを見ていた。

「無くしたら無くしたで友達の借りるとか公衆電話使うとか手があったじゃない」

「そうだね」

 車のキーを母が刺しっぱなしにしていることは、さっき確認していた。

「急げ。早くその車で逃げるのだ。すぐそこまで来ておるぞ」

 よりによって母は運転席のドアにもたれかかっている。「ちょっと、聞いてる?」

「うん、聞いてるよ。ところで車貸してくれない?」

 そう言うと母に怪訝な顔をされる。しまった、いきなりすぎたか、とほぞを噛む。

「あんたに貸すわけないでしょ。免許取ってから一回も運転してないじゃない」

 にべもなく断られる。道の先に、鬼がちらりと見えた。もう一体、二体と数を増していく。

「だいたいあんたは大学も留年ぎりぎりのくせによく貸してもらえると思ったね。信用あるわけないでしょ」

 あと百メートル。

「早くするのだ。突き飛ばしても構わん。我が責任を取る。今はとにかく、逃げるのだ」

 そうはいっても、やはり親を押し退けることなんてできない。あと、二十メートル。咄嗟に、口から言葉が漏れる。

「とりあえず、部屋に入らない?」

 母が「まあ、そうね」と言って車から体を離すのを見逃さなかった。素早く後ろに回り込んでドアを開け、席に滑り込む。クラッチとブレーキを踏んだ後キーを回しエンジンをつける。力強い音が響いた。ギアをローに入れて、ハンドブレーキを下ろすのとほぼ同時にアクセルを少し踏んで半クラにする。窓から聞こえる母の制止も聞かず、一気にロケットスタートした。素早くギアをセカンドに入れる。回り込んできた鬼が、フロントガラスにべちゃりとへばりつく。動転してハンドルを右に切り、ミラーを電柱に擦る。がり、という嫌な音が響いた。ブレーキを踏むが、クラッチを外し忘れてエンストを起こす。慌ててエンジンをかけ直し、スタートしようとするが動かない。よりによってこんな時に壊れたのか。もう、正常な思考はできなくなっていた。

「落ち着け」

 その時、体に染み渡る仏様の低い声が聞こえた。これが仏の力なのかわからないが、たった四文字の言葉がしっかりと耳に届く。

 改めて、ギアを見る。ただ、セカンドに入っているだけだった。なんだ、それだけじゃないか。と落ち着いてローに入れ、ワイパーを作動させる。鬼はあまり重さがないのか、それだけで簡単にずり落ちていった。再び発進し、左に曲がって御蔭通りに出る。高野川の橋を渡って河合神社を通り過ぎ、左折して今度は賀茂川にかかる橋を渡り、加茂街道に出た。ここからはほとんど道なりに行けば着くはずだ、と先ほど見た地図を思い出す。車校の記憶はもうほとんどない。ギアをトップ以上に上げないようにして、トロトロと進んでいく。若葉マークをつけていないと法律違反であることが頭をよぎるが、無視してしまうことにした。仏様が責任をとってくれるだろう。


15:10


 ノロノロと山道を進んでいくと、やがてポツポツと古い民家が見えてきた。ということは、もうすぐ目的地だ。道幅が狭く離合が難しかったが、なんとか無事故でここまで来ることができた。民家なのか店なのかわからないカフェを通り過ぎたところで左に曲がる。そのまま先ほどより狭く険しい道を進んでいくと、峠に着いた。持越峠というその名前は、僕にふさわしいようにも思える。三時ごろなのにもかかわらず、あたりは薄暗かった。林道に少し車を入れて、シートを倒して横になる。「近づいてきたら起こす」と仏様が言うので、遠慮なく寝ることにした。一年間ろくに動いていなかった上に、今日だけ歩き過ぎた。目を閉じるとすぐに眠気に襲われ、そのまま僕の意識は沈んでいった。


「多分一人裏取りしてきてる、気をつけて」

「了解です」

 夏休み、僕と流川さんはビデオゲームに明け暮れていた。三人でチームを組んで戦うゲームなのだが、一人でやっていると心が荒んでくる。奇遇にも流川さんもやっていたので、二人で話しながらやることにしたのだ。

「一人ノック、一人は割ってる。これ詰めよう」

「了解しました」

 そう言って二人で敵がいる家に入っていく。野良もこちらの意図を汲み取ったのかついてきてくれた。

「すみません」

 不意にそう言って流川さんがダウンする。ログを見ると最強のスナイパーで頭を撃ち抜かれていた。

「大丈夫、任せて」

 そう言い、リボルバーで残った一人を撃破する。野良が流川さんを起こしている間に、アーマーを落としておく。敵の死体から、スナイパーを取る。足音が聞こえた。

「漁夫きました」

 それを聞くのと同時に、新たな敵が家に飛び込んできた。蘇生していた野良は無防備だったためダウンし、僕もアーマーを着ていなかったためにやられる。「部隊全滅」と画面に表示された。

「ドンマイドンマイ、ナイスファイトナイスファイト」

 あの時は、スナイパーではなく先にアーマーを取るべきだった。アーマーを着ていたら、僕は逃げスキルを持っているキャラだから多少削られても生き延びていた。軽い反省会をした後、流川さんが一対一で対戦をしようと言うので訓練場に行く。

「それじゃあ、行きますよ」

 遮蔽物を挟んで向かい合う。僕はほぼ真上にグレネードを投げる準備をした。

「用意、スタート」

 流川さんの掛け声と同時に投げる。グレネードは高い放物軌道を描き、流川さんのところに落ちた瞬間に爆発した。間髪入れず相手に張り付くスティッキーグレネードを当て、流川さんをダウンさせた。

「不意打ちはずるいですよぉ」

 ごねる声に「ごめんごめん」と謝り、今度はグレネードなしで一対一を始める。

「先輩はグレネードうまいですよね」

「まあ、結構練習したからな」

 褒められて調子に乗ったためか、遮蔽から体を出し過ぎてしまう。一気に、アーマーを削られる。

「なんかコツとかあるんですか?」

「いや、別に。練習あるのみだよ。ああでも、僕運動全然できないけど投げるのだけは得意なんだよね。それが関係してるかも」

 喋っていたため、足音が聞こえづらくなり流川さんの位置がわからなくなる。

「つまりは才能ってことですか」「才能ってことだよ」

「関係ないと思いますけど、ね」

 急に流川さんが遮蔽物の上から飛び出してきた。ぱふん、と間抜けな音を出して僕のキャラクターがダウンした。


17:00


「起きろ」

 大きめの声で怒鳴られて、無理やり覚醒に持っていかれる。時計を見る。

「おのれはなかなか起きんな。疲れているとはいえ、大学生活で堕落し過ぎたのではないか」

 頭を振って眠気を飛ばす。仏様の言っていることは、否定できない。僕は起きるのがしんどくなっていた。

「そんなことより、鬼が来るまでまだ時間あるでしょう。なんで起こしたんですか。もうちょっと寝たいですよ」

 そう言うと仏様は流石に申し訳なさそうな雰囲気を漂わせた。次第に感情がわかるようになってきた、気がする。

「それに関してはすまない。だがどうしても考えておかねばならないと思ったのだ。少し聞いてくれぬか」

 そんなに重要なことなのだろうか。シートを元に戻して、姿勢を整える。

「我らはこれから一気に南に降って鬼ごっこの範囲限界まで行ってから待機、その予定だったな。そして、範囲内で最も石清水八幡宮に近いのは竹田駅付近だ」

 それの何が問題なのだろうか。

「大体の計算だが、これから一五分後に我らは延暦寺より南側に移動する。それはつまり、それ以降に湧いてくる鬼たちは我らを目指して南下してくるわけだ。そして我らが竹田駅付近に着いた時、一番近い鬼は竹田駅から約十一キロの位置におる。竹田駅に着く時刻は、18:10ほどだ」

 十一キロ、18:10、鬼の歩行速度、エリア制限開放時間である21:00。様々な数字が頭の中に浮かび、それを組み合わせて計算していく。そして結論に達した時、僕の頭から血の気が引いていった。

「どういうことかわかったであろう」

 最初の鬼が竹田駅に着くのは、20:55。エリア制限開放五分前だった。


「まずいじゃないですか。どうしましょう」

 そう言いながら、頭の中で対応策を考える。西に逃げる、という手が真っ先に浮かんだが、西のエリア制限は太秦くらいまでだ。そんなに延暦寺から離れることはできないし、囲まれる危険性が高い。次に南東か、と考える。草津まで行った後そこで待機し、一気に鬼を追い抜けるのではないか。そう思ってマップを広げる。しかし、考えるうちにこの案も厳しいことがわかってきた。エリア制限内だと、琵琶湖畔に逃げる際に最も安全なのは山科を通るルートだった。しかしそこを通っても、今度は石清水八幡宮に向かう際に鬼に出くわしてしまう。ならば山科まで行って南下し、六地蔵の方から八幡宮の方に、とも考えるが、こちらはエリア制限外だった。

「八方塞がりじゃないか」

 言った後で、この言葉ほど今の自分に合う言葉はないな、語彙力あるじゃないかと自画自賛する。した後でさっき流川さんに言われたことを思い出し、やっぱりなんとかならなさそうじゃないか、と自己嫌悪に陥る。

「おい、ひとまず逃げることが先決だ。京都市街に出るまではルート選択のしようがない。そこまでは行こう」

 そう言われて、とりあえずギアをニュートラルからバックに入れる。何もかも不透明な今、ギアの入る感触だけが確かなものを与えてくれていた。


 次第に暗くなっていく山道をゆく。破滅の道に自ら向かっているというのもおかしな話だった。かといって今現在、竹田駅に行くことよりいい案がない。こんな後ろ向きな行動しかできない自分が情けなかった。空が赤、紫から黒に支配されていく。京都市街には次第に街灯が灯り始め、急ぎ足のサラリーマンが歩いていく。できることなら、流川さんに話して今後の策を練りたかった。どうして携帯を無くしてしまったのだろうか。どこで落としたのか、全く記憶にない。今出川通に出ると、交通量がぐっと増えた。やっと進んだかと思えば、数十メートル進んですぐに止まる。何かをしていないと不安になるため、ずっと動いていて欲しかった。流れが良くなり、ギアをサードに入れる。少し走ると、また赤信号が見えた。ブレーキをかけ、クラッチを踏む準備をするとエンストを起こした。ギアをサードに入れていると、速度がある程度出ていてもエンストするのだ。ああ、またやってしまったと呟いて、エンジンをかけ直す。


 国道一号を進み、東寺の五重塔を通り過ぎる。気を紛らわしたいという思いが強くなり、信号待ちの間にダッシュボードを漁る。デヴィッド・ボウイのアルバム『Legacy(The Very Best Of David Bowie)』が見つかる。親も聞いていたのだな、と思いつつ、先ほどの流川さんとの会話を思い出してCDを車に飲み込ませる。

『Let us dance』という曲が流れ始める。僕の唯一知っている曲の印象とはかけ離れた、明るい曲調だった。

代わり映えのない街並みの中を運転していると、意識があらぬところへ飛んでゆく。流川さんとの様々な記憶が蘇る。カラオケに行ったこと、ゲームをしたこと、勉強会をしたこと、即売会で偶然会ったこと…

 その中に、一つ引っかかる記憶があった。もしかしたらあれをすれば、切り抜けられるのではないだろうか。頭の中で作戦を練っていると、ナビがもうすぐ竹田駅だと知らせてくれる。近くのホームセンターを表示し、そちらに向かう。スピーカーから、ボウイの声が聞こえてくる。


Ain't got no money and I ain't got no hair

But I'm hoping to kick but the planet it's glowing


 僕の場合は金がほとんどなく、運も尽きかけている。もう諦めたいけれど、頭上には宵の明星が輝いていた。


 必要な物資を買い込んだ後、ホームセンターの駐車場でアルバムの続きを聞く。唯一知っている曲、『The man who sold the world』が流れ始める。ゲームの主題歌に使われていたのは、発表後に誰かがカバーしたものだったため、今聴いているものとは違う。こちらの方が、バンドで演奏している感じがある。しかし暗く、不気味な曲調や歌い方はカバーと変わらない。むしろボウイの方が、謎めいた雰囲気をより醸し出しているように思えた。こちらの方が好きかもしれないな。


20:40


 しばらく竹田駅付近をうろついた後、作戦決行にふさわしい場所を選定した。エリア制限、ギリギリだった。後少しで、鬼がくる。最終決戦にしては少し物足りないかな、という心の意見もあるけど、全てがそんな物語のようなことにはならないさ、という声もある。今は、ただ作戦完遂のことだけを考える。ホームセンターで買った物品とベルトとを長い紐でくくりつけた後、すみませんすみません、と心の中で念じながら、家と家を隔てているフェンスにしがみつく。一メートルほどの高さのフェンスの上に立ち、今度は駐車場の屋根によじ登る。そこから家の壁に張り付いて、慎重にベランダの桟に左手を伸ばした。なんとか掴むことに成功したので、左手と右足に体重をかけてから腰を落とすようにして右手でも桟を掴む。左足を投げ出して、重心がなるべく両手の垂直二等分線上にくるようにした後、右足を離す。それと同時に投げ出していた左足を戻して、桟にぶら下がる格好となる。そこから手に力を込め、足も壁にくっつけてグリップを強めることで体を引き上げる。慎重に桟の上に立ち、腰の高さほどにあるベランダの庇に登った。そこから庇を物音を立てないように歩き、さらに隣の工場らしき建物の屋根に飛び移った。

 ここなら、鬼たちは登ってこれない。結局僕が考えた作戦は「逃げる」ことではなく「逃げない」ことだった。ゆっくりと腰を下ろし、ホームセンターの自販機で買った麦茶を飲む。すっかり黒に支配された空の向こうに、わずかに京都タワーが見えた。「寒いな」と呟き、縮こまる。南側には道路を挟んで幅二メートルほどの用水路、そのさきに堤防があり、その辺りがエリア制限らしかった。さらに奥には鴨川が流れている。まさに、理想的な場所だった。ベルトにつけた紐をゆっくりと引き上げて、先ほど買った商品を並べる。

 次に仏様を取り出し、分解にかかる。木目の流れを見るに、この仏像は二つ以上の木材を組み合わせて作られた寄木造りのようだった。光背と本体、土台の三つに分ける。土台はずんぐりしており、多少の衝撃でも壊れはしない。プチプチの緩衝材を少し巻いて、デイパックに入れる。次に光背と本体を重ねて、緩衝材でぐるぐる巻きにする。次にガムテープで巻いて、緩衝材が外れないようにする。何より保護すべきなのは本体であるため、光背でも衝撃を吸収しようという考えだった。光背は面積が本体より大きいため、一緒にぐるぐる巻きにしておくと光背の方が先に壊れる。本当は光背を壊すのも良くないのだか、この際どうしようもない。苦肉の策だった。

「つくづく、おのれは我の扱いが酷いな」

「あなたのミスでこんなことになったんでしょう。ちょっとくらいは許してくださいよ」

「言い返すようになったではないか。我の失敗は致し方なかったものだ」

 致し方ない失敗で三千人も犠牲にすることがあるか。そもそも石清水八幡宮で浄化するという保険は、三千人も一気に連れてくることは想定していないだろう。想定していたとしたら、失敗するたびにこんな鬼ごっこが行われていることになる。そんなことはないはずだ。この仏様はどんな失敗をしたのか。それはわからないしこの先わかる気もしないが、とてつもない失敗だということは確かだった。流川さんの言う通り、上司がこんなのだったら信仰心は失ってしまうな。


20:55


 最初の鬼が、僕の真下に到着する。延暦寺方面を見ると、続々とこちらに向かってきているところだった。夜になったため鬼火の明るさが目立ち、比叡山からここまで光の道ができているようだった。

「僕を導いてくれているみたいだ」

 そう呟くが、実際この道を行ったら大変なことになるなと思って一人で笑う。この状況になっても笑えることは、僕を勇気づけてくれる。

「そろそろですね」と語りかけるが、緩衝材により音が吸収されたため微かな声しか聞こえない。この一日中かなり長い時間話していたため、違和感があった。さらに、昨日までほとんど人と話していなかった僕がそんなことで違和感を覚えたことにも、違和感を覚えた。訳がわからないな、と苦笑しつつ、デイパックをガムテープでぐるぐる巻きにしてなるべく小さくする。これで、準備は完了した。仏様はまだ喋っているようだった。僕に対して罵詈雑言を並べ立てているのだろうか。

 ボロボロの腕時計を見る。あと、数十秒。デイパックを傍に置いて、肩を回す。

「先輩はグレネードうまいですよね」と言った流川さんの声が蘇る。こんな僕でも、ここまで来ることができた。あとはもう、投げるだけだ。

 デイパックの中から、まだ声が聞こえる。集中力が高まってきたためか、それとも夜も深まって交通量が少なくなってきたせいか、仏様の声が聞こえた。

「登ってきているぞ」

 急いで振り返ると、目の前に鬼火があった。手を仏様に伸ばそうとしている。数々の鬼火を踏み台にして、次々に登ってくる。まずい、とデイパックに飛びつこうとするが、屋根の段差につまづいて転ぶ。顎を強かに打ち付け、うめく。鬼火の手が、デイパックに触れる。ここまで来て、ダメなのか。ここまで僕は、何をしてきたのだ。こんなことで、諦めるわけにはいかない。歯を思い切り食いしばり、蛙のように飛び上がってデイパックにしがみつく。無様だったけれど、それでもよかった。体を捻って、鬼火からデイパックを奪い返す。素早く立ち上がり、投擲体勢に入る。ボールを投げる動きではなく。砲丸を投げるように。なるべくデイパックを押し出している時間を長くする。息を一瞬止めて、歯を食いしばった。

 デイパックが、電線の間を通って堤防の上に落下した。鬼火が一斉にそちらを向く。僕も同じ挙動をしたあと、素早く屋根から飛び降りて一階の庇に着地する。庇がギザギザだったため足をひねるが、アドレナリンが出ているため痛みは感じない。さらに飛び降りて、道路に着地する。強く地面を踏みしめ、走り出す。用水路の縁ギリギリで、跳躍した。中学の時にやった走り幅跳びは、下から一桁番目だった。飛び越えられるかどうかなんてわからない。ただ、祈る。

 腹に、強い衝撃を感じる。用水路のへりに当たったのだ。息が一瞬止まるが、必死にへりを掴んで体を引き上げる。鬼たちは、用水路を渡ろうとして次々に落ちていっている。積み重なって上がってくる前に、デイパックの元に駆け寄った。そのまま堤防の上を歩いて行き、国道一号線に合流する。後ろを見ても、まだ鬼たちは用水路に詰まっていた。落ち着いてバッグを地面に置き、ガムテープと緩衝材を剥がしていく。仏像は、光背も含めてどこも壊れてはいなかった。

「よくやった」

 仏様も、どこか嬉しそうな顔をしている、気がした。そう、僕は、僕たちはやり遂げたのだ。

 えもいわれぬ解放感に包まれつつ、鴨川にかかる橋を渡る。さすがに、足に疲労が溜まってきていた。足が棒のようになる感覚が痛みに変わり、それが関節へと移動していく。気を紛らわすために景色でも眺めよう、と思い前方に視線を向けると、黒髪の乙女が見えた。トートバックを下げている。

「流川さん、どうしてここに」

 石清水八幡宮で待機しているのではなかったのか。流川さんはいつものように麗しく一礼をしたあと、口を開く。

「先輩がどうしても心配になったもので、探しておりました」

「それにしても、どうしてここにいると分かったんだい」

「本当はお手伝いをしたかったのですが、エリア内は広すぎて先輩を見つけることはできなかったのです。ですので、この橋で待機することにしました。竹田駅あたりはエリア範囲内では石清水八幡宮に最も近いのでこの辺りにいる、とあたりをつけ、エリア制限解放後には必ずこの橋を渡ると予想したのです」

 鬼が追いついてきそうだった。二人で並んで、歩き始める。夜のしじまに二人の声と川の音だけが響いていた。

「さすがだね」

「さすがなのは先輩です。鬼の大群から、よく逃げ切れましたね。やっぱり、先輩は逃亡犯として一級でしたね」

「褒め言葉として受け取っておくよ」

「褒め言葉としての受け取り方以外何かあるんですか」

 そう言って、少しはにかむ。どこか儚い空気を纏っていたのは、気のせいだろうか。

「それはそうと先輩、疲れていませんか」

「いや、大丈夫だよ」

 弱みを見せるのが恥ずかしい気がして、いや弱みなど今まで見せ続けてきたのだが、隠そうとする。

「足引きずってますよ。どこかでレンタカーしてきましょうか」

ああ、それだったら、と先ほどホームセンターに置いてきた車の説明をする。

「それでは、私が取ってきますよ。このまま一号線を行っていてくださいね。もう少しの辛抱です」

 そう言い残して流川さんは踵を返し元来た道を戻ってゆく。関節の痛みが倍増し、それが分裂して今度は筋肉を焼いてゆく。膝で受け止められなくなった衝撃が、腰を執拗に刺激する。話しかけてくる仏様の声も、今は煩わしかった。

 トラックの割合が多くなった車道の横をただ歩く。九時ほどとはいえまだ営業している店は多く、あたりを煌々と照らしていた。痛みも、疲労も、わだかまりも、後ろの鬼も全てを無視して歩き続ける。


21:45


 ただ歩くことに集中していたためか、鬼はもう見えなくなっていた。少し大きい交差点を渡ったところで、全国チェーンのハンバーガー屋が目に入る。ふと、今日は昼に餅を食べた以降何も腹に入れていないことに気づき、空腹を感じる。迷わずにドアを開ける。

 店内は時間も遅いため空いていた。気だるそうにあくびを噛み殺す店員のところに行き、ハンバーガーを二つ注文した。もう一人客が入ってきたところで商品が渡される。そろそろ追いついてくる頃かな、と予期して外に出ると、百メートルほど北に鬼が見えた。再び半ば足を引き摺りながら歩いて行こうとすると、店内から人が出てきた。

「歩いていくつもりですか。先輩がいいなら、いいですけど」

 駐車場を見ると、見慣れた車があった。ミラーが少し歪んでいる。

「それだけは、勘弁してください」

 それを聞いて流川さんは恥ずかしそうにしつつ、精一杯の低い声を出して言った。

「待たせたな」

 「鬼全員を八幡宮まで誘導せねばならんからな。車を使えるとは言っても、飛ばしてはならんぞ」

 仏様からそう言われ、流川さんはゆっくりと車を走らせていた。先ほど買ったハンバーガーと麦茶を押し込む。安価なもののはずなのに、僕には高級料理店の味に勝るとも劣らないものに思えた。空腹と疲労とは恐ろしいものだ。

「先輩は寝ていてください。私が八幡宮まで連れて行きます」

 食べ終わると、急にひどい睡魔が襲ってくる。シートを少し倒し体を預けると、睡眠はすぐそこだった。瞳を閉じる前に、流川さんの頬に一筋の光が見えた。どうして。


「相談というのはなんですか」

 京大前のknowカフェという喫茶店で流川さんと向かい合ってコーヒーを飲む。一口飲んで熱さと苦さに顔をしかめた後、シュガースティックを取り出した。

「友達が、できないんだ」

 我ながら、情けない相談内容だとは思う。

「サークルとか入ればいいんじゃないですか」

「いやでも、入りたいサークルないからさ」

「バイト…は先輩嫌いでしたね。講義で仲良くなるとかできないんですか」

「それができたらこんな相談してないんだ。本当に、情けない」

 もう一口含むと、まだ苦い。もう一本追加する。

「でも高校の時は授業だけで仲良くなった人もいたはずですよね。その時の感じを思い出しながら話してみるというのはどうでしょう」

「うん…それができたらいいんだけど、もうどんな感じでやっていたか覚えてないし、あの頃よりもっと気にすることが増えちゃったからできないと思う」

「私と話すときは普通に喋ってますよね。話しかける人を全て私だと思えばいいんじゃないですか」

「そんなこと、できないよ」

 沈黙が流れる。耐えられなくなり、もう一本スティックをコーヒーに流し込んだ。口に含むと、まだ苦い。

「そうやってなんでも否定していると、どんどん自分を追い込むことになってしまいますよ」

 流川さんの口調が強くなる。彼女の言う通りだった。せっかく相談に乗ってくれたのにこれでは、彼女が怒るのも当然だった。先ほどからスプーンで混ぜていなかったことに気づき、混ぜ始める。

「でも…うん、そうだね」

 否定の言葉を飲み込む。呆れつつも、流川さんはまだ考えてくれているようだった。

「こういうのはどうでしょう」

 再びコーヒーを口に運ぶ。僕には、ちょうどいい甘さだった。

「逆に考えるんです。友達ができなくてもいいじゃあないか、と考えるんです」

「それって、どういう」

「二十代にアンケートを実施したら、『本当の友達はいない』と答えた人は三五%もいたそうです。その人たちは家族以外信頼できる人がいないってことになると思うんですよ。そして、人は信頼できる人が家族以外に二、三人いればいいというデータもあります。先輩には私と、多分高校の時仲が良かった人がいるでしょう。それだけでいいのではないでしょうか」

「え、ああ、うん」

 急によくわからない話をされ、戸惑う。

「課題などで協力する人も話し相手も既にいますから、心配する必要ないですよ」

「すまないね、いつも頼ってばかりで」

「課題についてはいいんです。しかし先輩は落単ギリギリを狙うのが上手いですよね。職人の域に達しているとも言えます」

「ずる賢さには一級品だからね」

 今思うと、別に流川さんがいれば友達は必要ないように思えた。そして高校時代よく遊んでいた同級生を思い出す。あいつは現役で東大に入学したはずだった。また、旅行に誘ってくれるだろうか。学生時代の流川さんやあいつとの出来事を回想する。どれも、いい思い出ばかりだ。やっぱり、友達を作らなくてもいいんじゃないか。作らなければ、思い出はできない。あの頃の思い出が風化されることも、ない。少しぬるくなったコーヒーを飲み干す。僕にはこれくらいの温度がちょうど良かった。

「結局何が言いたいかというとですね」

 そこで流川さんが一拍おく。何か逡巡しているようにも見えた。

「私がいるから安心してくださいってことです」

 その日の会計は、珍しく強情になった僕が払った。


23:50


 ゆっくりと目を開ける。他人や目覚まし時計に起こされるわけではない、自然な覚醒だった。木々に囲まれた駐車場で車は一台静かに佇んでいた。

「神主さんに話は通してあります。しんどかったら先輩は休んでいてもいいですよ」

 そう言ってトートバックをつかむ。

「いや、見届けるよ」

 シートベルトを外して外に出ると、空気がひんやりと冷たかった。足を引き摺りながら本殿前まで行くと、神主さんが一人で立っていた。暗闇で仁王立ちしているその姿は、安倍晴明に引けを取らない力を感じさせた。「よく頑張ったね」と声をかけられ、両手を差し出される。よくわからないまま両手を乗せた。

「お手じゃないよ。仏様を渡してくれないかな」

 少し赤面した後で、丁寧に仏像を渡す。

「おのれは、よくやった。おのれを選んで正解だったぞ」

 仏様はそう言い残して、神主と共に本殿へと消えていった。

「私たちも、もう少しいますか」

 夜の神社を探索するのはなかなかない経験だった。参道に並んでいる灯籠が、次々と灯ってゆく。木々の間から見える京都の光は暖かく感じられた。ゆらり、と灰色の光が表参道から出てくる。一体、二体と隊列を組むように進んできたかと思えば、一気に十体ほど出てくることもあった。皆一直線に本堂に飲み込まれてゆく。

「これで、本当に終わりだね」

 僕たちは本殿の北東、鬼門除けに座って話していた。終わってみれば、どことなく寂寥感があるような気もしたし、それはただ身体的疲労によるものなのかもしれなかった。

「いいえ、まだ終わりではないですよ」

 流川さんは寂しそうに微笑みながら、トートバックからあるものを取り出す。

「見つけるのに苦労しました」

 差し出されたのは、売られなくなったお気に入り作家の本だった。

「すごい、どこで見つけたんだい」

「言ったじゃないですか。京都の古本屋を見くびってはいけませんよ。百万遍の古本屋にありました」

「もらっていいの」

「もちろんです。そのために探したんですから」

 ありがとう、と言って受け取り、表紙を眺める。儚げな顔をした少女が田舎の駅のベンチで佇んでいる絵だった。キャラも背景も細部にまでこだわっており、二つが互いに邪魔をせず調和し合っている。「ライトもありますよ」とランタンを取り出してくれたので、ありがたく読むことにする。

 ふっと流川さんの方を見ると、何かをつぶやいていた。いや、口だけ動かしたのだろう。母音のU、I、A、E、最後に口を閉じたまま少し尖らせる。IとAの部分については一瞬口を閉じていた。ということは、マ行かバ行。最後は「ん」しかない。だとすると。UみまEん、UみばEん、UびまEん、UびばEんのどれか。この中だと。

 最初の、「すみません」が最も自然だった。どうして、謝るのか。聞こうとしたけど、なんとなく憚られてやめておいた。今は、作品に没頭する。


 本を閉じる。大きくふぅ、とため息をついた。多分僕の目には、陶然とした色が加わっていることだろう。長らく探した甲斐があった、いやそれ以上だったと思わせるほどの、圧倒的な芸術がそこにはあった。再びため息をついた後、流川さんの方を見る。両手で口を包んでいた。手が冷たいのか、と思ったがその真剣な表情を見て、そうではないと気づく。

「読み終わったよ」

 そう言うと流川さんは「え」と言ってこちらを向く。

「本当に読み終わったんですか」

「それは、そうでしょ」

「満足したんですか」

「満足を超えたね」

「どうして」

「え?」

 一体、何がおかしいというのだろう。ひょっとすると、「絵柄を真似して私が描きました」とかいうドッキリなのだろうか。

「いえ、いいんです。何も起きないなら、それで、いいんです」

 そう言って黙ったかと思うと、流川さんはその場にうずくまって嗚咽し始める。ひぐっ、えぐっ、と泣きじゃくる声が夜のしじまにこだまする。僕はどうしたらいいかわからず、ただ流川さんの背中を撫でる。普段見ない流川さんの表情を見て、ただただ動揺する。

 「それ」が見えたのは、ただの偶然だったのだろう。月明かりに反射して、「それ」の光は目に届く。無表情の男の手には、月光に照らされ光るナイフ。靴下のみを履いて足音を消し、こちらに近づいてきていた。

 こちらに気づかれた、と相手が認識すると、ナイフを突き出して突進してくる。僕は咄嗟に流川さんの前に出て、庇う。ナイフがゆっくりと近づいてくるのが、見えた。必死に右手を体の前に持っていく。手のひらに、ナイフが突き立てられる。次に、ナイフがずぶずぶと手の中に入り、手の甲から出てくるのが、見えた。その衝撃で、地面に倒される。後ろにいた流川さんは、逃げたようだった。手と体の動きで衝撃を吸収したため、胴体には刺さっていない。男と、睨み合う。

 さっき本を読むために使っていたランタンが、男と僕を照らした。男は、どこにでもいる会社員のような顔をしていた。どうしてこんなことをしているのだろうな、と今考えるべきことからかけ離れた疑問が浮かぶ。必死にナイフを胴体から遠ざけようとしていると、男の顔が青ざめていった。まるでこの世のものではないものを見たかのように、一目散に逃げていく。途中でポケットに入っていたものを落としていったが、それすらも気に留めていないようだった。すぐに流川さんが駆け寄ってくる。

「抜かない方がいいです、じっとしててください」

 助かった、と分かった途端痛みが出てきた。流川さんに先ほど使用したロープとそこらへんの木の枝で手首を思い切り縛られる。

「三十分に一度は緩めてください。壊死してしまいますから」

「うん、すまないね」

 流川さんの目尻は真っ赤になっていた。

「こちらこそ、助けていただいてありがとうございます」

 ふぅ、と息を吐き、二人でその場にへたり込む。

「ところで」

「はい」

「なんで泣いてたの」

「それは」

「悲しいことがあったのなら、僕にだって話を聞くことくらいはできるよ」

 流川さんは、首を振った後また少し泣きながら言う。

「いいえ、いいんです。嬉しいことがあっただけですから」

 嬉し泣きだったのか。だったら、僕も嬉しい。どんないいことがあったかは、わからないけど。ふと、男が落としていったものが目に留まる。それは少し離れていても、見覚えのあるものだと分かった。痛みを堪えながら、ゆっくりと近づく。左手で、それを拾い上げた。

 無くした、僕の財布だった。

 中身を見ると、僕の学生証や保険証まで入っている。絶対に、僕のだ。なぜ、あの男が持っていたのだろうか。気味が悪くなり、頭を抱えて後ずさる。

 僕の頭の中を、ここ二日間の記憶が駆け巡った。

―寝返りをして時計を見ると火曜日と書いてあった。はて、今日は月曜じゃないかしら。

―地方番組は、通り魔を報じていた。どうやら犯人は昨日、被害者を急に後ろから刺した後身包み剥がしたらしい。犯人の手がかりはなし、被害者の身元もまだ不明だそうだ。

―流川さんに少し驚かれたように見えたのは、気のせいだろうか。

―人間の怪異はほとんど存在しないってことですね。人間だったら死んでいることは人と話せばすぐに自覚できるでしょう。

 ああ、そうか。僕は。

 既に、死んでいたんだ。

 仏様が僕を選んだのは、僕が怪異だったから。怪異にはこんな無茶振りをしても許されるから。

 仏様が僕に電車を止めても車を奪っても責任を取るとか言ったのは、僕が死んでいるためそもそも責任が発生しないから。

 さっき男が逃げたのは、殺したはずの僕がここにいたから。

 流川さんが何度か悲しそうにしていたのは、僕がもう死んでいたから。

 じゃあ、流川さんが僕にあの本を渡したのは、僕を成仏させたかったからか。僕が前、「死ぬまでには読みたい」とか言ったから、僕の後悔の原因がそこにあると思ったんだ。さっき泣いたのは、僕が成仏しなくて安心したからだ。

「先輩」

 流川さんはまた、泣いていた。今度は嬉し涙ではない。泣いている原因は、僕だ。

「辛いことさせちゃったね」

「すみません、仏様から、巫女の仕事だって言われてたんです」

 昼に流川さんとした約束を思い出す。あれはたぶん、僕にやる気を出させるためのものだったのだろう。

「カラオケには、行けそうにないなあ」

 そう言って、あるフレーズが思い浮かぶ。デヴィット・ボウイの、ある歌の。

「I must have died alone a long long time ago」

 僕は、ずっとずっと前に一人寂しく死んでいたんだ。流川さんは泣きじゃくりながら必死にかぶりを振る。

「先輩は、一人じゃないです」

 そうだね。僕には君がいる。体が次第に消えていくのがわかる。もう、泣かないで。

「それと、僕が怪異になった理由は」

 たぶん。口に出そうとしたけど、声が届くことはなかった。

 そこで、僕の意識は途絶えた。


 「重ね重ね、よくやった」

 どこかで、仏様にお礼を言われる。暗闇の中で僕は宙に浮いていた。

「僕はこれから、どうなるんですか」

「また、生まれ変わるさ」

 そうなのか。僕は、誰に生まれ変わるのか。もしかしたら、蟻にかも。

「でも、もうちょっとこのままでいたいですね」

「何故だ」

「少し、休みたいんです」

 僕みたいな阿呆も、ちょっとくらいお暇をもらってもいいだろう?




 著者あとがき


 こんにちは。

あとがきを先に読む方もいらっしゃると思うので、話の根幹に触れるような内容はここでは記述しないことにします。

 この作品は私の処女作となります。物語の構成についてはある程度の自信がありますが、文章力や緊迫した場面の展開の仕方の方はからきしですね。読み辛かったらすみません。また、自分で書いてみて分かったことは「この人の作品は面白い」と言うことはできても「私の書いた作品は面白い」という確信は持てない、ということです。この作品が多くの人に「面白い」と評される作品となることを願っています。そもそも、この本を取られる人自体が少ないでしょうが。

 この作品を読み終わった人へ、拙著を読んでいただきありがとうございます。京大生の方なら、「この人の作品に似ている」と思われる方もいるかもしれません。その通りです。ちなみに参考にした作家さんは五人(ゲーム入れると六人)います。誰でしょうか。二人は京大出身です。

 私は、京大生ではありません。京大の友人からお誘いを受けてこの小説を書くことになりました。他大学で同人誌を出品するというのはなかなかできる経験ではありませんので、今回の執筆は非常に楽しかったです。そして私なりに京都や京大のことについて調べて、それを小説に投影したつもりです。リアルに描写できていたでしょうか。

 最後に謝辞を。この企画に誘ってくれた人、京都に取材に行った時に遊んでくれた人、泊めてくれた人、ありがとうございます。これを読んでいるかは、わかりませんが。そして何より、この拙著を手に取ってくださった方々に、心から感謝いたします。

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阿呆にも暫しのお暇を ぬくぬくリベレーター @vermin117

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