第55話 新たな火種を生み出し



 時は遡ること三日前。

 レンが南の国を立った二日後の事である。

 この頃すでにレン達一行は西の国に入った所だろう。


 出立の日、十基の竜騎士達を伴って飛び立った緋色の王子が空の彼方へ小さくなるのを見送って、南の宰相は王宮へ戻った。

 王族不在の王宮は静かであったが、急に何かから解放されたかのように気分が軽く感じた。

 その、何か。

 それは自分の犯した罪のように感じて、息を吐いた。


 そんな気分を静かな王宮で味わいながらの二日の間に、宰相は色々と考えを巡らせた。

 結局、王を弑したものの、決して傀儡などになり得ない王子を王位につかせたとして、自分には何の良いこともないではないか。

 それどころか、国王殺しの弱みを握られているようなものだ。

 例えば軍部を掌握して力を誇示するという手もあるが、ホーバ率いる重装騎兵は自分の支配下にはあるものの、この国最強の竜騎士団を掌握しているのは王子なのだ。


「女王の方が御しやすかったか」


 宰相はそう呟いたが、それはそれで気に食わない。

 あの魔女を王座に据えるなど、北の者たちの思うツボ…。


「いや、待てよ」


 北の一派の貴族、官吏たちはあの夜一掃されたではないか。

 それならば、魔女一人ならどうとでもなるのではないだろうか。

 例え精霊王の再来だとしても、所詮は国政などは学んでも来なかった深層の姫君。


「象徴として即位していただいて、あとはこちらで何とかして差し上げれば良いではないか」 


 それにはまず国王崩御を発表しなければならない。

 それと同時に国王を弑したのは養子である王子と発表しよう。

 大逆人である王子はちょうど少数で西の国へ行っている。

 事情を伝えて、西の国の援助を頂きながら捉えてしまおう。

 その上で、命からがら逃亡した姫君をお救いして、女王として即位していただき、のんびりと王宮の奥で暮らしていただけばいい。

 ああそうだ、私には息子がいた。ちょうど姫君と釣り合いの取れるいい年の頃ではないか。


「ああ、いい考えだ」


 南の宰相はすぐさま密書をしたためた。

 滞在人である王子をとらえて欲しいと。

 そしてホーバを呼びつけ命じた。


「これより軍の総指揮をホーバに任せる。全軍は西の国との国境に配備。大罪人であるレン王子を捉えよ」


 これにはホーバは耳を疑った。

 宰相は己の罪を全て王子に被せようとしている。

 しかも殺そうとした姫を即位させようなどと、正気の沙汰ではない。

 宰相は気でもふれたのではないか。

 しかしホーバは黙って宰相に首を垂れた。

 宰相を罪に問えば自分も一蓮托生であることは分かっていた。

 どうせなら嘘に嘘を重ねて、いかにもそれが正しいことであるように自分すら騙すしかない。

 歴史はいつも勝者が正しく書かれるものだ。勝者になるしか道は残されていなかった。


「事の成り行きを知っているラーニアはいかがなさいますか?」

「ラーニアはレンと結託して国王を害した犯人だ。ラーニアは捉えて投獄しろ」

「………っは」


 南の王宮の軍部は大きくは竜騎士団、騎馬兵団、重装騎兵団、弓騎兵団の四つに分かれている。それを四人の大将軍が頭に立ち、その下に数人の将軍が配備され、更にその下に士団長がいて組織化している。

 竜騎士団は王子レンが大将軍として任につき、騎馬兵団はラーニアが女大将軍として任についている。重装騎兵団の大将軍はホーバだ。弓騎兵団の大将軍はアーレスという宰相の弟が任に就いていた。

 ちなみにブラウン将軍はラーニアの下にいる将軍で、タイガとテンガはレンの下についている将軍の立場だ。

 つまりレンが不在の今、ラーニアさえなんとかしてしまえば、現在南の国の軍は、宰相が抑え全権を握ることとなる。

 ホーバは急ぎテンガを呼び出した。





 その夜、テンガは自分の下にいる士団長三人と城下町の酒場にいた。

 彼らと酒を飲むのは割と頻繁なことで、普段は深酒をして帰ろうものならタイガに静かに怒られるのだが、タイガ不在の今、テンガは自由に羽を伸ばして飲み歩いているのである。

 今晩も二、三軒は梯子しようと思っていたのだが、一軒目の店に入る手前で、ホーバ将軍の使いに捕まった。


「テンガ様、急ぎ王宮にお戻りを。ホーバ将軍がお呼びです」


 テンガは不審そうに使いを見たが、無視することはできない。

 竜に選ばれた竜騎士は、一介の騎士でも他とは一線を画した地位にある。その上にテンガは竜騎士団を率いるレンの副将だ。とは言え、国に四人しかいない大将軍の命令を無視はできない。


「…すぐに登城するとお伝えしてくれ」


 使いの者が走り去っていく背中を見ながら、自分の信頼おける部下である士団長達がテンガに声を掛けた。


「宰相の腰巾着のホーバ殿が呼び出すなど、どうせ宰相の差し金でしょう」

「殿下の留守中にテンガ将軍を自分の側に取り込もうとでも言うんですかね」

「それこそ無駄なことを」


 テンガの中のホーバの評価は武人としては決して低い方ではない。

 重装騎兵はその名の通り、重く硬い甲冑で身を包み闘うアーマー部隊である。

 硬い甲冑は剣や槍を容易に通さず防御に優れているが、守りの強い重い甲冑は機動力を奪う。

 その為、兵の配置や戦術に長けていないと、ただの動きの悪い集団になってしまう。

 個人の勇でも戦えてしまう竜騎士団とは指揮官の資質が違うのだとテンガは考えていた。

 ホーバは戦争時の指揮官としては非才であり、学ぶべき所が多い。まるで盤上の駒のように、実に見事に重装騎兵を導くものだと尊敬すらしていた。

 だがしかし、その一方で全く政治力のない人間だとも認知していた。

 戦い以外の難しいことは考えに及ばないところがあり、成り行きに巻き込まれている傾向がある。それを上手に宰相に良いように扱われているとテンガは常日頃思っていた。

 そんなホーバが自分を呼んでいる。

 ロクな話ではなさそうだと内心ため息を吐いた。







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或る四人の王の物語 向日 葵 @riehitan

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