助けてください勇者様!〜この後5限があるから無理です〜

星見谷南来

助けてください勇者様!〜この後5限があるから無理です〜

有倉ありくら、また遅刻か!!」

「世界救ってたら遅れました」


 黒板をコツコツとチョークで叩く担任の尾庭おにわに睨まれながら、コソコソと席に着く。

 静かに入ったのにバレてしまった。

 後ろの扉から入ってすぐの最後尾だからいけると思ったのに。


「もう4限だぞ。それで、今日はどこを救ってきたんだ?」

「それはもちろん、魔物の軍勢に襲われて滅亡しそうな王国?的な。『助けてください、勇者様!』なんて可愛い女の子に頼まれちゃったら、そりゃあ断れませんよ」

 

 ペラペラと口を動かしながらカバンを開き、筆箱やら教科書やらを取り出す。

 そういえば今日は宿題の提出日だったか。

 ええっと、数学のノートは……

 あれ?あれあれ?

 控えめに開けていたファスナーを限界いっぱいに開き、一冊一冊めくってみるものの、見慣れた青色の数学用ノートが出てこない。

 ドサドサとカバンの中身を机にひっくり返してみても、それは変わらなかった。


「どうした、有倉?」

「宿題、向こうに忘れてきちゃったみたいで」

「向こうって、家か?」

「いえ、例の王国に」


 それからの尾庭の顔は傑作だった。

 メガネ越しの瞳が大きく見開かれたかと思うと(普段からアレくらい開いていれば可愛いのに)、今度は普段の数倍目を鋭く細め、眉間にこんなにも皺を寄せてから、 目を瞑りスウっと息を吐いてみせた。


「それじゃあこれは解けるか、有倉?」


 目が笑っていない、とびっきりの笑顔で威圧する尾庭を横目に、黒板に書かれた問題を見る。

 どうやら連立方程式の問題らしい。

 メトロノームの如く正確に、しかし力強く鳴るチョークの音を聞きながら頭の中で数式を組み立てる。


「x=2、y=5です、ソヨちゃん」


 バキッ、という音と共にギィと黒板を引っ掻く不快な音が鳴り響く。


「正解だ、有倉。あとソヨちゃんと呼ぶな、尾庭先生と呼べ。まったく、お前という奴は……」


 延々とつづく尾庭の小言を聞き流しながら適当な裏紙を引っ張り出しノートをとる。

 幸い予習していた範囲は過ぎていないようだ。


「聞いているのか、有倉?」

「聞いていますよ、ソヨちゃんセンセー」


 バキリという音と共に二本目のチョークが尾庭の手の中で砕け散る。

 あれじゃ掃除が面倒だな。

 ぼんやりと考えながら尾庭のどなり声を粛々と受け止める。

 結局尾庭の説教は昼休みのチャイムまで続いた。



                ***



「まったく、何であんたはああなのよ。それにいつもこんなところで」


 屋上に続く階段で飯を食っていると、そこが定位置とばかりにマミが座り込んできた。


「だって教室は居づらいだろ?」

「そうしているのはライ、あんたじゃない。中学2年生にもなって、何やってんだか」

「隣の席なんだから助けてくれたっていいじゃねえか。それに仕方ねえだろ。好きなんだから」

「えっ、す、好きってなに、ソヨちゃん先生のことが?」


 手をバタつかせて慌てるマミをみて思わず笑みが溢れる。


「ソヨちゃん先生をからかうのが。コロコロ表情が変わって可愛いじゃん?」

「あ、あんたってやつは……」


 少しからかい過ぎたか?

 マミと話しているとついやってしまう。

 コイツはとにかく話すこと全てを一度は信じてくれるから、他の誰といるよりも楽しいのだ。

 だが拳を握り締め怒りを込めているのが見えたので、そろそろ潮時だろう。


「いや、悪い。ごめん。この通り、この女神様に誓って反省してる」


 いつも首から下げている水晶でできた、神聖な女性を形作っているように見えるオマモリを見えるように手に握り、わざとらしく祈るような仕草をしてみせる。


「女神様って、またその御守り? 前から思っていたけれども、それって本当に女神様なの?」

「さあ? あのホラ吹き親父の言っていたことだからどうだかね」

「ホラ吹きって、前はあんなに好きだったじゃない」

「もうそんな歳でもねえよ」

「それにそれ形見なんでしょ?」

「死んだって言ったって、行方不明になって見つからないだけだけどもな。案外どこかで元気にやっているんじゃねえの?」

「あなたのお父さんはそんな人じゃなかったでしょう?」

「知らねえよ。あんな親父も、このうさんくさいオマモリも。ご利益が本当に有るってんなら、親父にとっとと会わせろってんだ」


『勇者様』


「勇者様だあ? 親父の話していたからって、親父のホラ話を持ち出してくることはないだろ」

「なによ、勇者様って。そんなこと言ってないわよって、ねえ、なんかその御守り光ってない?」

「ああん、なにが光っているって、うわ本当に光っていやがる」


 気がつくと手に握っていた御守りから白い光が漏れ出してきている。こんなのこれまで一度も見たことがない。


『勇者様、どうか私たちをお救いください』


「ねえライ、これマズいんじゃ」

「畜生、何なんだよ‼︎」


 どんどん強くなる光に恐怖を覚え、見えなくなる視界の中抱きついてきたマミを庇いながらオマモリを放り投げてしまおうと振りかぶったところで、


 周囲の景色が一変した。


「おお、成功ですかな」

「これが伝説の……」

「まだ随分と若い」


 さっきまで二人しかいなかったはずの空間には、気がつけば俺たちをぐるっと囲むように見たことのない大人たちがいて、こちらを値踏みするようにジロジロと視線を向けている。

 マミを抱く腕に一層力を入れ、睨み返す。

 よくよく周囲を見てみれば、ここがどうやら先ほどまでいた場所とは違い何か広場のような場所で有るとわかる。

 真っ白な石造りで、俺たちを囲んでいる大人たちの外側には西洋甲冑が並んでいる。

俺たちが座り込んでいる床も白い石造りでは有るようだが、壁にはない円や直線などが複雑に絡み合った模様が描かれている。

魔法陣って奴だろうか。

かつてクソ親父に聞いたことがある気がする。

異世界から人間を召喚?する時に使うらしい。

聞いた時には心躍ったものだが、よくよく考えると誘拐じゃないか。

される方からすればたまったものではない。

そうして周りを観察していると、大人たちの輪が開き一回り小さな俺らと同じくらいの年齢のドレス姿の少女が出てくる。

俺はこの展開を聞いたことがある。

親父の話だと、確かこう続くのだ。


「助けてください、勇者様!」


明らかに身分の高そうな少女は、俺らに向かって頭を下げてみせた。

周りの大人たちは明らかに動揺している。

これも聞いたことがある展開だ。

かつて、親父から聞いた話そのままだった。

俺はこの話を聞いた時、自分ならなんて返すか考えていた。

しかし、実際に当事者となった今、俺の答えはもう決まりきっていた。

震えるマミの手を握ってやり、落ち着いた気持ちで口を開く。


「この後5限があるので無理です」


バコン、といういい音が広場に鳴り響く。

音の発生源は俺の頭からだ。


「痛えな、なにするんだよ」

「なにするんだはこっちのセリフよ。なに言ってんのよ、ここはカッコ良く『分かりました、私が何とかしてみせましょう』とかいう場面でしょ。それがなに、なんでよりにもよって『この後5限があるから無理です』になっちゃうのよ。あんたいつも言っていたじゃないの、世界を救ってたら遅刻しましたって。そのままサラッと救っちゃいなさいよ!!」

「そんなホイホイ世界を救えるわけねえだろ!!」

「あんたは毎朝世界を救ってるんでしょ、今更一つくらいなによ!!」


「まあ、勇者様は世界を何度も救った経験がお有りなのですね」


見ると少女は目を輝かせてこちらを見ている。

マミめ、余計なことを。


「ご安心ください、勇者様。こちらの世界は勇者様の世界とは時間の流れが異なります。こちらの危機を脱し次第、また元の世界に送れるよう手配いたします。世界を救ったことのある勇者様なら、きっとその用事にも間に合いますわ」


そう言いながら花のように咲く笑顔をこちらに向けてくる。

思わずマミのことを睨むも、ソッポを向いてこちらを見ようともしない。

思わずため息を一つ。

これも日頃の行いという奴だろうか?

首から下げていたオマモリを外し、代わりにマミの首にかけてやる。


「なによ、ライ」

「いいから持っておけよ、無くすんじゃねえぞ」

「なにを言っているの、ライ?」


聞いてくるマミを無視して、少女の方に向き直る。


「それで、何をこの英雄にお望みですか、お姫様?」


「今この地にはモンスターの大群が向かって来ています。私達も対応は行っておりますが、そのお手伝いをしていただきたいのです。こちらをご覧ください」


彼女が横に避けると、後ろに棒状のものが床に刺さっているのが見える。


「それは?」

「聖剣、キンゾクバットですわ」

「聖剣、なんて?」

「聖剣、ですわ、勇者様」


思わず聞き返してしまったものの、その表情も答えも一切変わることはなかった。

近づいてみると確かに俺の知っている金属バットそのものである。


「これが、聖剣?」

「ええ、由緒正しき、先代勇者様もお使いになられた聖剣ですわ」


恐る恐るそれに触れてみるとご丁寧にグリップまで巻かれており、やけに手に馴染む。

試しに上に持ち上げてみると、驚くほどあっさり床から抜けた。


「おお、あんなに軽々と」

「やはり伝承の通り……」


軽く振り回してみると、大人たちがまた何やら騒がしくなった。


「やはり勇者様は力持ちですわね」

「そんなことないでしょう。こんなに軽いのに」


ブンブン振り回しながら甲冑姿の方に視線をやると、全力で動きにくい首を振っているのが見えた。


「それはここにいる、いえこの世界のあらゆる強者が持ち上げられなかったものでしてよ。試しに少し上から地面に落としてみてくださる?」


「こうですか?」


とベースを回るために投げる時くらい自然にバットから手をはなす。

次の瞬間、ドゴっと音がしたかと思うと、バットが落ちたところから白い床に蜘蛛の巣のようなヒビが出来上がった。


「ひえっ」


冷たい汗が首筋を伝う。

おいおい、嘘だろ?


「お分かりになって、勇者様。これが山割の逸話を持つ、聖剣キンゾクバットですわ」


ゴクリと生唾を飲み込む。


「勇者様には、これを使ってモンスターの討伐を手伝って欲しいのですわ」



                ***



あれからあれよあれよと話は進み、気づけば敵前。

着いて来たがったマミは何とか城に置いてもらい、一人で戦場に立っている。

マミのところにモンスターを通さないためにも、俺が何とかしなくては。

地平線には土煙が立っているのが見える。

あれと戦うことを考えと、思わず身震いする。

こちらの世界の戦力には、後ろで控えてもらっている。

しっかり守りを固めてもらいたいのと、俺の攻撃に巻き込まないようにするためだ。

両手でしっかりとグリップを握り、竹刀を握るように正面に構える。

現実でこんな振り方をしたら怒られるかもしれないが、ここは異世界だ。

好きにさせてもらおう。

俺はバットを頭の上に構え、勢いのままに振り下ろした。


ボコリ、という音と共に地面にヒビが入る。


瞬間体が大きく浮き上がった。


地面がかなり遠く見えるし、今叩いた部分は赤く熱を発し溶けている。

いくら何でも強すぎやしないか?

土砂がまるで波紋のように広がるのを見て、皆には離れてもらっていて良かったと思う。

でなければ味方の被害の方が多くなってしまっていただろう。

しかしまさかこれ程とは。

先ほどの床に落ちたバットを見て思いついた作戦だったが、あれほど多く見えたモンスターたちも殆ど土砂に飲まれてしまったようで、見る影もない。

いや良かった、都市は何やら結界?という奴で護られているらしくて。

薄く光る膜のようなものが土砂に抗ってチカチカと光っているのが見える。

いや本当に良かった。

守るべき場所を俺がほろぼしましたじゃ、示しがつかない。

本当の本当に無事そうで良かった。


しかしどうやって降りようか。


地面を叩いた反動か俺の体は大きく浮き上がってしまっている。

何なら雲に手が届きそうな気がする。

果たして着地できるのだろうか?


「ライ〜!」


何やら小さく俺の名前を呼ぶ声が聞こえた気がする。

気のせいだろうか?


「ライ〜〜!!」


いや、どうやら気のせいではなかったらしい。

空中でバットを振りながら無理やり体勢を変え声のする方をみると、何やら近づいてくる影が見える。

アレは、竜!?

それに上で手を振っているのは、マミ!?


呆気に取られていると、そのトカゲのような口で首筋を咥えられる。


「ちょっと、何だよこれ!?」

「あんたが無茶しているのが見えたから、迎えに来てもらったのよ。馬鹿じゃないの。考えなしにあんなことして」

「うるさいな、俺だってああなるとは思ってなかったよ。あとなんだよこの格好。怖えんだよ、これ」

「我慢しなさいよ。つくまでそこで反省していなさい」

「いや、マイ、無理、これ落ちる、落ちる」

「あまり暴れないでください、勇者様」

「ほらライ、人を困らせちゃダメだよ」

「だったらこの状態を何とかしてくれ〜〜!!」

                


                ***



あれから凱旋パレードをさせられそうになったり、晩餐会に誘われそうになったのを断りながらマミと一緒に元の世界に何とか返してもらった。

マミは『助けてあげたんだから』とまるで自分が何かを成し遂げたかのように得意げな表情だったのがやけに腹が立ったのは良く覚えている。

こっちがどんな思いをしていたかも知らないで。


まあそこは良い。

問題は戻った後だ。


場所は屋上前の踊り場、向こうに行く前と同じ状態だった。

ただ昼休み終わりの予鈴が鳴っている。

おいおい、間に合うんじゃなかったのかよ、と愚痴る余裕もない。

不運なことに、次の授業も尾庭の数学だ。

今度はどんな小言を言われることやら。

ため息を吐く暇もない。

周りに散らかったものを適当に纏めて、教室へと駆け出す。

ちゃっかりマミは既に先を走っているのが見える。

頼む、間に合ってくれ。

祈ろうと思ったところで、オマモリはマミに預けていたのを思い出した。

あとで返してもらわなければ。

チャイムを聴きながら階段を駆け下り、曲がって真っ直ぐ3年生の教室を突っ切って、一つ目、二つ目。

2ーBの標識を目印に扉を開け飛び込む。

勢いよく開いた扉に、クラスメイトの視線が集まる。

畜生、マミは間に合ってやがる。

マミの方を睨みつけるも、冷たい視線を感じ尾庭の方に視線を向ける。


有倉ありくら、また遅刻か」

「世界救ってたら遅れました」

「嘘をつくのも良い加減にしろ!!」

「そんなあ」


このあとコッテリ絞られたのは、また別のお話。

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助けてください勇者様!〜この後5限があるから無理です〜 星見谷南来 @gurakami

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