第33話 怪物は燃やせば、どうにかなるって話

 前方を走るルカが、前から飛来する触手を受け流す。大剣で弾き、宣言通り道を作っていく。


「あぁ…………ッ!もう!他の動物は直ぐにどっか行ったのに、貴女達は何処かへ行かないのかしら!」


 王妃はうざったい虫を払うように、複数の触手を天から降らす。


「ティア、横に移動する」

「合わせる」


 ルカは横に移動しながら、天から降り注ぐ触手を弾いて道を開く。

 その後ろを駆けるティアは、王妃の動きを観察する。

 何かしら予備動作があるやもしれん。それが分かれば、ルカの負担を軽減するだろう。

 天から降り注いだ触手は、一旦王妃の元まで戻った。その後にもう一度触手を伸ばす。


 ────伸ばしきった状態から、更に伸ばすことは不可能…………ということか。


 全ての触手が王妃の元へ戻って行った。


「ティア、今のうちに攻め込む!」


 ルカの掛け声に応じ、一気に駆け出す。

 王妃まであと僅か。

 それと同時に、不安が渦巻いていた。

 何か起こるかもしれないという、危機感知みたいなもの。その正体は分からないが、警戒すべきだろう。


「ルカ!嫌な予感がする。警戒しろ!」

「────…………ッ!?」


 その言葉と同時に、一本に束なった触手が一直線にルカに迫った。

 ルカは咄嗟に大剣の側面を向け、防御の姿勢を取った。

 次の瞬間、凄まじい力がルカを襲う。踏ん張っても、どんどん後ろへ下がって行く。

 ティアはルカの背中を肩で押して、手助けをする。


「う、ぐ…………ぁ…………ッ」

「が、頑張れ…………ルカ…………ッ!」


 二人でも、徐々に後ろへ下がって行く。圧倒的に、触手の力が強いのだ。

 ルカの背中を支えるように押している自分も、脚の骨が軋み痛む。恐らくルカは、今にも骨が折れそうな激痛が走ってる事だろう。


「ティア…………行って…………」


 苦痛に耐えるようにルカは、ティアに先に行くよう促す。

 ティアが支えているからこそ何とか防げているが、いなくなったらどうなる事やら。潰されるか、全身の骨が粉々になり、再起不能になるか。どちらにしろ、最悪な結果になるだろう。それでも彼女は自分に頼ったのだ。怪物を倒せと。

 生きるか死ぬかは分からない。しかし今の状態を保ってるのでは、近いうちに全滅する。


「…………分かった」


 ティアは素早くルカの横に移動して、後ろを空けた。そして石畳を蹴って、駆け出す。

 初めて使う武器だ。果たしてどれくらいの威力があるのか分からない。けれど、託された以上やるしかあるまい。


 ルカを攻撃する太い触手以外に、細い触手が数本出て来る。─────が、取るに足らない。

 身をかがめ、石畳に身体を擦り滑って回避する。

 素早く立ち上がり、勢いに乗ったまま更に走る。杭打ち機が重いため重心が偏るが、それでもティアは確実に王妃との距離を縮めた。


 その後ろで地響きに似た音が聞こえる。恐らく、ルカが押し負けて壁に触手ごと激突した音だろう。


「これでも…………ッ!喰らえッ!!」


 十分に近付いたティアは、杭打ち機を王妃の身体に押し付けた。

 そして引鉄トリガーが引かれ、杭が王妃の身体を撃ち抜いた。それと同時に杭打ち機が粉砕した。

 その凄まじい衝撃により、ティアは吹き飛ばされ石畳と血肉の上を転がった。数回転がり、直ぐに顔を上げて王妃を見る。


 王妃の胸部に大きな風穴が空いていた。後ろの景色が見える。


「aaaaaaaaaaaaaaaaa!!!」


 王妃は奇声を上げた。ヨタヨタと身体を左右に傾け、膝を着く。しかしその頭部にいる不定形の怪物は、触手を戻しふよふよ動かし、先端をティアに向けた。


「畜生ッ!身体が弱点じゃなかったか!」


 ティアは想定を外れ苛立つ。そしてなにより、倒しきれなかった。ルカに託されたというのに、成せなかった。


 ─────ルカは、生きてるのか?


 あまり見たくないという気持ちと、確認しなければという気持ちが拮抗する。

 果たしてティアが取った選択は、後ろを振り返りルカの安否を確認した。


 石造りの家の壁に穴が開き、瓦礫でルカの姿が見当たらなかった。


 ─────嘘だ。


 現実を受け入れたくない。死んだなんて、思いたくない。自分に関わった皆が、死んで行くなんてあんまりじゃないか。


 ─────私と関わる人は…………みんな死ぬ?


 心に真っ黒い闇が小さく生じる。

 まだ、死んだという確証は何処にもない。

 ティアは駆け出す。触手などお構い無しに。

 広場に広がる血肉に足を取られて転んだとしても、直ぐに立ち上がり走り出す。


「ルカ!生きてるか!?」


 そして瓦礫に辿り着いたティアは、肩を上下に激しく揺らしながら叫んだ。

 しかし返答は返って来ない。しーんと静まり返っていた。


 ─────嘘…………だろ。


 ティアは瓦礫に手を掛けて、退かし始めた。重たいのは無理でも、ある程度重いのなら退かす。


「ルカ!頼むから、返事をくれ!」


 ティアは焦燥感に駆られる。

 やたらと重い石を退かす。しかし返事は一向に返って来ない。

 心の闇が広がる。一度生まれた憎悪は、消えないものだ。いつまでもその人を蝕む。

 ティアは壁に突き刺さったクレイモアを引き抜いて、怪物に視線を戻す。

 脚を前に一歩出して、歩き出した。


 次の瞬間、瓦礫の奥から足音が聞こえた。

 ティアは歩みを留めて、振り返る。

 そこには反応が無かったルカが、暗闇から出てきていた。とはいえ無傷とは行かず、左腕の骨が折れているのか腕を垂らしていた。

 頭から血を流し、黒死病仮面ペストマスクの右上が欠けて藍色の瞳を覗かせていた。


「ルカ!生きていたか!」

「まあ…………ね」


 いきなりティアに抱かれたルカは、恥ずかしそうにもじもじする。

 しかし疑問が残る。


「お前…………私の叫び聞こえなかったのか?」


 あれだけ叫んだのに、反応が無かったのだ。あの近くにいるなら、聞こえてたはず。

 ルカは右手で頭を掻きながら、照れ臭そうにする。


「いやぁ…………」


 ルカ曰く。壁に激突した後、偶然にも寝台に落ちて衝撃が緩和されて最小の負傷で済んだようだ。ティアの声は聴こえてたらしいが、なんて反応したら良いか迷っていたらしい。

 大丈夫と答えても良いが、左は折れてるから大丈夫とも言い難い。そのため迷っていたらしい。

 つまるところ、心配して損をしたという事だ。


 だが、ティアは安堵する。彼女が生きていたという事実が、何よりも喜ばしい。


「それで…………倒した?」


 何も知らないルカは、ティアに怪物を倒したかどうかを伺う。

 ティアは静かに首を横に振った。


「残念ながら…………ご覧の通りだ」


 指を差しながら、沈んだ声で吐いた。

 ルカは指を沿って、怪物に視線を向ける。

 そこには片膝ついた王妃の頭部で蠢く怪物の姿があった。

 どうしたものか。最大の一撃を外してしまった。杭打ち機は壊れたし、本当に困った。

 ルカは大剣をその辺に放り投げた。

 その姿にティアは首を傾げる。一体何をしているのやら。


「家の中に…………」


 そう言ってルカは、崩壊した家の中に再び入って行く。そしてまた戻ってきたかと思ったら、右手には瓶が握られていた。


「お前…………火炎瓶にするつもりか!?」


 それだけで彼女のやる事を理解したティアは驚愕する。火炎瓶についてでは無く、火炎瓶の知識があった方に驚く。


「…………火炎瓶?」


 ルカは首を傾げ、頭上に疑問符を浮かべる。

 どうやら、分かっていないようだった。

 では、なぜこれを持ってきたのか。


「なんで持ってきた?」

「いや、怪物に飲ませようかなって」


 ──────なんて?


 ティアは目を白黒させて戸惑う。

 しかしこの瓶は使える。後はどう火をつけるかだが、どうやら心配は不要らしい。

「変なの拾った」と衣嚢から火打石を見せたのだ。偶然にも程があるだろう。


「じゃあ…………燃やすか」


 やる事が決まれば、二人の動きは素早い。

 広場に転がる衣服をルカに大剣で切った貰って、それに火打石で火をつける。瓶の蓋を開けて、その火を蓋で挟み、投擲した。


 その瓶はくるくる回り、王妃の頭部まで飛んだ。

 怪物は触手を動かし、その瓶を割った。瓶の中に入っていた液体が怪物に降り注ぎ、更に火種が落ちて引火する。


「aaaaaaaaaaaaa!!」


 奇声を発しながら、のたうち回る。王妃の頭部から離れた怪物は、萎れるように力を無くし、燃やされた。

 それ以上怪物は動くこと無く、王妃も動かない。焼かれ、時期に灰になるだろう。


「これで、一件落着だな」


 ティアは満足気に腰に手を当てて、燃える怪物を見る。

 何か忘れているような。ティアはふとルカに視線を戻す。そして垂れた左腕を見て合点が行った。


「そうだ!お前…………折れてんだよな!」


 ルカの左腕を固定しなければ。

 ティアは適当な木材を広場で回収し、衣服を切る。木の棒で折れた左腕を支え、衣服を巻き付けて固定する。そして三角に折った衣服を、ルカの首にかけて応急処置は終了だ。

 それを黙ってじっと見つめていたルカは、ボソッと呟く。


「なにこれ」

「骨折の応急手当だ。まあ、友人の友人…………から昔教わった」


 ティアは懐かしむように呟いた。

「ふぅん…………」ルカはどこ吹く風といった様子で応急処置された左腕を眺めている。

 あまり、興味がないようだ。

 当たり前と言えば、当たり前なのだろう。ルカから見れば自分の友人の、更に友人の友人となるだから。


「次…………何処行くの?」

「随分と長居しちまったからな。早々に此処を出て、次の国を目指そう」

「次の国?」


 ルカは首を傾げる。


「サリウス王国さ。前にも言ったろ?聖樹教会によって、滅んだ国さ。今は友人が再建してる最中だがな」


 たまには、顔を出さないと怒られてしまう。

 ティアは笑いながら言う。

「それに…………」とティアはルカの左腕を見ながら付け足す。


「休暇も必要だろう?あそこ程安全な場所を私は知らん」


 ティアはキッパリと断言する。豊満な胸を張り、堂々とする。指をルカに差し、更に言葉を続ける。


「他にも理由はあるぞ?恐らく、私達は聖樹教会に目を付けられている。その視線を一旦断ち切って置く」


 ルカはこっくりと頷いた。「ティアに従う」と簡潔に了承する。了承と見て良いのか怪しいが、存外彼女は素直だから言葉に裏はあるまい。


「なら、このまま行くとしよう」


 ティアはクレイモアを背中に背負い直した。そして左腕を負傷している為、一人では大剣を背中に背負えないルカを手伝う。

 お互いの準備が出来たので、足早に広場から去って行った。














聖王国のとある一室には、二人の人物が何やら話していた。


「彼女は侵入者に負けたようなので、排除してきました」

「うむ、ご苦労であった」


彫刻が掘られている椅子に、もたれ掛かる老男は目先の男に労いの言葉を掛けた。

黒い聖職者の装いの男は、頭を下げてた。


「他に…………その侵入者についてなのですが…………」

「なんだ?お前が深刻そうな表情をするなど、珍しい」


男は言い淀む。

その姿に老男は驚き、身体を前に倒して机に腕を置いた。

「それで…………?」と、詳しく伺う事にした。

何しろ、彼がこのような表情をするのは珍しいのだ。相当の事だろう。


「侵入者は二人で…………一人は傭兵殺しとして昔、名を馳せたティアです。そして、もう一人は彼女が従える少女です」

「ほう?」

「どちらも、アルカナを倒せる程の実力者です」


なるほど、興味深い。老男は思案を巡らせる。彼女らをもっと知らなければ排除が出来ない。アルカナを倒せる実力だと彼は語る。

なら、国を動かす必要があるか。


「ニール王国の王に伝えろ。その二人の所在を探し出して、始末しろと」

「御意」


男は一礼して、下がった。

一人となった部屋で、老男は笑った。

たった二人で、聖王国を敵にするとは愚かにも程がある。まったく、馬鹿な者もいるものだ。


「最終段階が見えてきたのだ。ここまで来て、私の計画を壊される訳には行かんのだ」



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灰色の戦乙女 Neru @RunaNeru

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