第13話 あなた、嫌な人



 サテラを連れてギルド本部に行くことになったが、当然クローネには白い目が向けられることとなった。


「また犠牲者を連れてきたのか。今度はあんな小さい子を……」


「死神さまも隅におけないねえ。アイファズフトちゃんだけじゃ飽き足らず」


 聞こえよがしな悪口や下衆の勘ぐりがあちらこちらから発せられたが、クローネは表情を変えずに真っ直ぐ受付に向かった。


 私の隣にいたサテラは、物珍しそうにギルド本部を見渡している。クローネへ向けられる悪口にも気づいた様子はない。呑気なやつだ。


「……本日は、どのような御用向きで?」


 受付嬢のエルフは、冷ややかな眼差しをサテラとクローネに向けて言った。クローネが拳を握りしめている。氷魔法よりも冷たい受付嬢と話すのは、さすがに緊張するのだろう。


「今日は、その……冒険者登録の紹介で来ました」


「後ろの方でしょうか? 随分とおさな……いえ、見た目で判断してはいけませんね。では、登録用紙を書いてください。推薦者の欄にはクローネ様の署名を」


「はい。ほら、サテラ……」


 クローネから紙とペンを手渡されたサテラは、不思議そうにまばたきを繰り返して小首を傾げた。


「そこにサインすればいいんだよ」


「……字、書けない」


 そりゃあそうよね。


 なんたって、奴隷なんだし。まともな教育を受けているはずがない。


「……そ、そうか。ごめん」


 クローネはバツの悪そうな顔でサテラから書類を受け取り、代筆を申し出る。サラサラと走る文字は綺麗だった。


「では、登録料としてゴール銀貨五枚の納付をお願い致します」


「はい」


 クローネは財布から銀貨を取り出して受付嬢に渡した。銀貨の数を数え、秤に乗せて重さを確認すると、受付嬢は頷いた。


「では、これで登録完了です。サテラ様には初級冒険者証をお渡ししますので、ギルドに要件がある際はそちらをご提示ください」


「……ずいぶん、あっさり」


 サテラのつぶやきに、受付嬢は小さく笑った。


「そうですよね。ビギナーの皆様は驚かれる方が多いんですよ。こんなにあっさり終わるのかって」


「うん。これで私は冒険者?」


「はい、そうですよ。頑張ってくださいね。あなたに女神イェルディスの祝福があらんことを」


 受付嬢は典型的な激励の言葉を述べると、静かな眼差しでクローネをみた。


「……それで? サテラさんをパーティに加えるおつもりですか?」


 周りの温度が、少しだけ下がった気がした。他の冒険者たちの冷ややかな視線が、きっとクローネの背中に突き刺さっていることだろう。


「……えっと」


 逡巡したクローネを遮るように、私は口を挟んだ。


「今回はあくまで紹介です。私たちのパーティは現状余裕がありませんし、不幸が続いていますから、しばらくは二人でやっていこうかと思っています」


「お、おいアイファ!?」


 焦ったクローネが声を上げたが、睨みつけて黙らせる。


「なによ? 言っていることは別におかしくないでしょう? なけなしの活動資金を貸して冒険者登録まで斡旋してやったんだから、十分でしょう。あとはこいつの頑張り次第よ」


「勝手に決めないでくれよ。二人より三人で活動した方が」


「先にいろいろ勝手に決めたのはあんたでしょ? それに、私たちの状況をもっと冷静に考えなさいよ。不幸が続いているのに平然と仲間を増やしていたら、ただでさえ低い冒険者やギルドから評判がガタ落ちになるわ。……次なにかあってみなさい。最悪、活動停止や冒険者資格の停止にまで発展しかねない」


 すべての元凶は私だが、棚にあげて「正論」を振りかざす。犬女のパーティ加入を阻止するには、周りに冒険者たちがいてギルド側の人間が聴いているこの状況しかない。


 多少、クローネから恨まれるかもしれないが、背に腹は代えられないだろう。大丈夫。間違ったことは何も言っていないのだから。


「そうですね。私としても、しばらくパーティの人数を増やすのは推奨しかねます。これ以上悪い噂が広まって、他の冒険者からのノワール活動停止の陳情が増えたら、ギルドも動かざるを得なくなりますので」


 予想通り、受付嬢が援護に回ってくれた。


 正論を二連続でぶつけられたクローネは、うつむいて悔しげに歯噛みしていた。


 認めざるをえないのだろう。クローネとしては、人員が喉から手が出るほど欲しいだろうが、意図しない不幸続きの中でサテラを入れることにまったく躊躇がないわけではない。


 現状を変えたいという焦りで周りが見えなくなっているだけで、元々こいつは馬鹿と言っていいほどにお人好しだ。


 これで、お邪魔虫の侵入を阻止できた。


「……、……わかったよ」 


「クローネ?」


 犬女が、小首を傾げながらクローネを見遣る。


「私たち一緒にいられない?」


「ええ、残念だけどね。仲間に入れてやりたいのは山々だけど、私たちにもいろいろと事情があるのよ。ソロで頑張ってね。あんた優秀そうだし、そのうち仲間もできるわよ」


 私がそう言って、犬女の頭に手を置いてやると、あろうことか弾かれた。


「……なにすんのよ?」


「……あなた、嫌な人」


「は? それが命の恩人に対して言うことかしら」


「クローネは優しいのに、あなたは邪悪。たくさん血の匂いがする」


「酷い言い草ねぇ」


 肩をすくめる。


 よくわかるじゃない。いつも身体は洗ってるんだけどね。


「モンスターたくさん狩っているからじゃない? あんたもソロでやっていくうちに、同じ匂いになるわよきっと」


「……がるるっ」


 受付嬢がため息混じりに、机に広げていた冒険者登録帳を閉じた。


「喧嘩なら外でしてくださいね。ここは役所なんですから」


「はーい。別に喧嘩していたわけじゃないですけど」


「……とにかく、サテラ様のソロ登録は受け付けました。次の方がお待ちなので、大変恐縮ですがご要件がすんだら退席をお願いします」


 




 





 

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アイファズフトは聖剣を壊したい 浜風ざくろ @zakuro2439

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