第12話 冒険者になればいいんだよ
「……一つ、いい方法がある」
クローネが深緑の目を地面に向けながら言った。
「冒険者ギルドへの登録だよ。冒険者になればこの街の市民権が与えられる」
「……あんた」
呆れてものも言えないとはこのことか。
たしかに、ノルドブルクには冒険者になったものに市民権を与えるという制度がある。魔のアウトブレイク後、冒険者の不足を補うことを目的に施行されたものだ。
この制度は、よく神学者や法学者などから批判されていた。なぜなら犯罪者や盗賊でも条件さえ満たせば市民権が与えられるからだ。よほどの重罪人やノルドブルク内でやらかしたものでもない限りは、罪も免除されてしまう。
たしかに、この制度を使えばあいつにも市民権を与えることは理論上可能だ。だが、そんなこと到底許容できない。
どうせクローネのことだ。サテラを放っておくわけがない。こいつは仲間を欲しがっている。パーティに入れようとか馬鹿なことを言い出しかねない。
「あのね、あいつはただの浮浪者や犯罪者ってわけじゃないのよ? 奴隷なんだから、あいつ自体には契約をする権利はない。あいつを買った主人を通さなきゃ、冒険者登録なんてできないわよ」
「通常ならそうだろう。でも、あの娘の契約は現在宙に浮いている状態だ。契約紋の色が黒かったからな。おそらく、契約主が何らかの事情で亡くなったんじゃないかと思う」
舌打ちを鳴らしそうになった。
こいつ、よく見てるわね……。向こう見ずなところはあるが、こいつは馬鹿ではない。気付いているのだ。
「それなら、サテラの冒険者登録は法律上問題ないはずだ。空白になった契約主の権利はいま、サテラに一旦戻されているからな」
「……すでに買い手がついている可能性もある。契約主が犬女の権利を委譲する遺言を残しているかもしれない」
「いや、それはないだろう。なら、契約紋は赤色のまま変わらないはずだ」
それも知っているか。
「……登録料はどうするのよ? あいつが銀貨五枚を持っているとは到底思えないけど。まさか、貸してやろうとか言う気じゃないでしょうね?」
「……え、駄目?」
「駄目に決まってるでしょ! こっちはつい先日まで宿代にも窮している状況だったのよ! あんなどこの馬の骨とも知れないやつに、そんな大金貸してやる義理なんかありゃしないわ!」
私は錫杖で地面を叩きながら叫んだ。
どうしてこいつはこうもお人好しなのか。あんな女に優しくしてやる必要なんかないのに。腹立たしい。私だけ見ていればいいのに、なんであんな小汚い獣みたいなやつのことまで考えるの? 腹立たしい。腹立たしい腹立たしい腹立たしい――。
「でもさ、今回俺たちがもらった報酬は銀貨六枚で、素材を売って得たのは銀貨四枚だろ? この十枚の銀貨……半分はあの娘のものだと考えた方がいいんじゃないか?」
「はあ!? なに言ってんのよ!」
「だって、オークの大群のほとんどはあの娘が倒していたじゃないか。状態が悪かったから素材はそんなに高く売れなかったけどさ。でも、それを踏まえてもあの娘の功績は大きいと思うぜ?」
「だからなによ! あいつが倒したのは間違いないけど、あいつはクエストを受けていたわけでもないし、素材をお金にすることもできないでしょ! オークの肉を食うような馬鹿なんだから! そもそもあいつがいなかったら私たちで全部やってたでしょ? 違う!?」
「……そうかもしれないけどさ。ちょっと落ち着けよ。ここ往来なんだぞ」
クローネが周りを気にしながら諌めてくる。道を歩いていた連中がこちらをチラチラ見ていた。睨み付けてやると、全員目をそらしてそそくさと去っていった。
「そりゃあ、金欠なのは元々俺のせいだし腹立つのはわかるんだけど……。そんなにムキになるようなことでもないだろ?」
「ムキにもなるわよ。人の気も知らないで! さっきも言ったけど、さっさと手放せばいいのよ手放せば! お金なんか出す必要ない!」
「でも、それじゃいくらなんでも可哀想じゃないか。解決方法が何もないならアイファの言ったとおりにした方がいいとは思うけど、より良い解決方法があるんだから助けてやろうぜ。お金は……まあ、後でサテラの報酬から少しずつ返してもらえば、すぐに取り戻せるだろうし」
「そういう問題じゃない! あんな奴に気を遣ってやる必要なんかないって言ってんの!」
「……。やけにムキになるけどさ、なんかあの娘のことで気に障ることがあるのか?」
眉根を寄せたクローネの言葉に、私は押し黙る。気に障ることしかないが、その不快感をうまく言葉にすることが出来なかった。あの女の悪口や罵倒しか浮かばない。あまり悪口を言い過ぎると、クローネから嫌われるかもしれない。
そう思うと、急に言葉に詰った。
――そんな風に人の悪口ばかり言うアイファは、好きじゃないよ。
昔、あいつに言われたことが頭を過る。それだけで足が震えそうになった。
「……う、うぅ。別に、ないけど。ただ、せっかく得た報酬を減らしたくないだけ……」
「そうか。まあ、俺も奴隷と知ってて黙っていたのは悪かったし、そもそも金欠なのは俺のせいだしな……。サテラには金を貸す代わりに、誓約書書いてもらおう。な? それならいいだろ?」
「……」
錫杖を握りしめる手に力が入る。
ほんと鈍感なやつ……。なんで気付いてくれないの? 私は、クローネと二人だけで居たいのに。
なんで――?
「じゃあ、さっそくあの娘を連れてギルドに行こうぜ。服は、新しいのを買ってきたからそれを着てもらって……」
ブツブツと言って宿に戻っていくクローネの後ろ姿を見ながら、私は唇を噛んだ。
きっと、私の青い隻眼には光がない。
だって、私の後ろで『
「……クローネの馬鹿」
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