あなたとコンタクト

やざき わかば

あなたとコンタクト

 昔は今よりも現世と幽世の境目が曖昧でな。ヒトと妖怪が共生していたわけだ。もちろん、どちらにも良いやつもいれば悪いやつもいる。小さな諍いも絶えなかったが、まぁおおむね仲良くやっていた。


 職人気質の妖怪も多く存在していて、ヒト側の職人もその妖怪について修行したり、仕事を依頼したり。逆に、妖怪がヒトの作った工芸品を購入したり、作り方を教わっていたこともしばしばあった。


 これは、そんな職人気質の妖怪「一本だたら」のお話だ。


 一本だたらは鍛冶の達人で、それはもう刀や包丁といった、刃物を作ることに関しては右に出るものはいなかった。妖怪仲間だけでなく、ヒトの依頼も快く受け、全ての仕事を完璧にこなしていった伝説の達人だ。


 だからこそ少なくない実入りがある。一本だたら本人はとくに金銭や物欲に頓着しないようで、仕事や生活に必要な、最低限のものだけを買う生活だった。要するに、あまり生活力がなかったんだな。


 そんな彼に世話を焼いてくれる人間の女がいつしか現れた。彼女は若く、それも美人で、いろいろなところから縁談が舞い込んできていたらしいんだが、彼女はストイックな一本だたらに惚れてしまっていたんだろう。全て断っていたらしい。


 彼も彼女を好ましく思っていたようで、逢瀬を重ねていたらしい。そして一本だたらはついに、自分の気持ちを彼女に伝えようと決心した。結婚しようと。


 しかし、これには少し問題があった。


 言うまでもないが、一本だたらは一つ目だ。そして一つ目に限らず、特殊な眼の形をした妖怪は多い。からかさ小僧に一つ目小僧、一目入道、百目、手の眼、目目連などなど。


 そういう特殊な眼の構造をした妖怪達で、「一つ目組合」という寄り合いを作り、いろいろと悩み事や問題事を相談、助言、解決していたんだ。考えてみなさい。例えばあなたが一つ目になったとする。基本的に一つ目の眼は大きい。外部からの刺激が普通の人間より大きいんだ。


 要するに、一つ目の種族は、小なり大なり乾き眼に悩まされていたんだな。埃も入りやすいし、そうなるとよく見えなくなってしまう。しかも、ヒトと違って全ての視界をひとつの眼で補わなくてはならないから視力も落ちやすい。


 一本だたらは、近く来る求婚の日に、眼を赤くしょぼしょぼさせて臨みたくはなかった。だから自らの所属する一つ目組合に相談したわけだ。


 組合はそれこそ一丸となって動いた。この技術が完成したら、乾き眼や近眼、乱視、老眼にも活用できるのではないかと思われたのだ。もう一本だたら一人だけの問題ではなかったわけだ。


 そして、その技術によって、一本だたらは乾き眼を克服し、人間の彼女と近くの花畑で逢い、想いを成就させた。


「そうやって出来たのが、コンタクトレンズなわけだ」

「マジかよ」


 

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