しょっぱいポトフ
花里 悠太
都合の良いメニュー
「美味しくなーれ」
柄にもなく、独り呟いて塩を鍋にひとつまみ。
作っているのは、彼が好きな料理の一つであるポトフ。
おしゃれな名前と雰囲気な割に、とても簡単。
ベーコン炒めて。
にんじん、じゃがいも放り込んで。
水入れて、コンソメ入れて、コトコト煮込んで。
ウィンナー入れて、追い煮込み。
塩胡椒で味を整えたら出来上がりだ。
鍋の火を止めて、窓の外を眺める。
雨が降って肌寒いこんな日には特に美味しいだろう。
彼の食べる時の笑顔が浮かぶ。
三年前、彼と付き合う前は料理がとても嫌いだった。
下手に作るよりもお店で食べたり買ったりした方が手軽で美味しい。
今でもそう思ってる。
「私の料理より、スーパーの惣菜の方が美味しいよね」
彼の家でご飯を作ることになり、材料を買いに行った時。
思わず本音をこぼしてしまった。
「あ、料理したくないわけじゃなくてね」
慌てて発言を取り消すと、彼は困ったように笑って、
「スーパーの惣菜って美味しいけど、気持ちがこもった料理はもっと美味しいよ」
とか言ってた。
ありがとうとか、返した気がするけど詳しくは憶えていない。
気持ち?
賭けてもいいけど、同じレシピで気持ち有り無しの区別なんかつくわけがない。
よっぽど化学調味料の方が美味しくしてくれる。
……けれど。
料理するという行為自体が、お互いの気持ちを満足させるのだと気づいた。
彼は、自分のために料理をしてくれる彼女がいるという満足感を得て。
私は、彼のために料理して尽くす献身的な彼女だという満足感を得る。
お互い、いい気分になれるなら良いのかな。
そう思ったことだけは憶えている。
そこから料理を頑張ってきたけど、今でも嫌いで苦手なままだ。
でも、同じやり方で色々な料理が作れるやり方があることに気づいた。
今日作っているポトフもそう。
調味料次第で、肉じゃがでも、カレーでも、シチューにでもなる。
ただ、肉じゃがは家庭的でありきたりだし。
カレーやシチューは市販のルーの味だっていうのがバレバレだし。
ポトフが1番おしゃれな感じがして気に入っていた。
そう、私は彼にとってのポトフ。
彼は家庭を持っている。
他に付き合っている女もいる。
彼が他の料理に飽きた時に食べたくなる、見てくれと都合がいいピンチヒッター。
でも、彼の1番にはなれない。
急に涙がこみ上げてきた。
出来上がったポトフの味見をする。
「しょっぱ」
とても塩辛くなってしまった。
もう、ポトフはやめよう。
私は料理が嫌いなのだ。
しょっぱいポトフ 花里 悠太 @hanasato-yuta
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